温かかった“吉本ファミリー”は、なぜ“ブラック企業”と呼ばれるようになったのか。かつての社員が初めて語る『吉本興業史』

2020/7/6 14:00吉村智樹吉村智樹






こんにちは。
ライター・放送作家の吉村智樹です。


この記事が掲載される頃には東京都の新たな知事が誕生しています。「女帝」と呼ばれるあの方が続投するのか? 投票権がない我々他圏の人間も少なからず関心があります。


なんせ東京の新型コロナウイルス新規感染者数はケタ違い。今後都知事が執る対策は、他都市へも強く影響を及ぼしますから。


新型コロナウイルスに水害にと、なかなか心から笑って過ごせない日々が続いています。そこで! こんな時期だからこそ、お家でゆっくり読んでいただきたい「おススメの新刊」を紹介します。


第10冊目となるスイセン図書は、感染拡大の影響をもっともこうむった日本最大のエンタテインメント企業の歴史をひもとく超話題のベストセラー『吉本興業史』です。


■温かかった“ファミリー”は、なぜ“ブラック企業”と呼ばれるようになったのか


今回紹介する『吉本興業史』は、吉本興業が創業した明治45年(1912年)から、記憶に新しい2019年「闇営業」事件、さらには反社会勢力と関わった者だけではなく、のちに所属芸人全員が自宅待機となる今年の新型コロナウイルス禍までの歴史を総ざらえしたウワサの新書です。





第一章が、いきなり「ファミリーの崩壊」! 雨上がり決死隊(というよりYouTuberの)宮迫やロンドンブーツ1号2号の田村亮らの「闇営業」事件、チュートリアル徳井義実の巨額な申告漏れ、ミキのTwitterステマ投稿疑惑、さらにさかのぼり島田紳助と暴力団の関係、中田カウス暴行事件、創業家とのお家騒動などなど血なまぐさい歴史から幕を開けます。





第一章から戦慄のバイオレンスな展開。容赦なき忖度のなさ加減は「この本は信用できる!」と確信にいたらしめるに充分な説得力があります。


そしてこの「ファリーの崩壊」は、一冊丸ごとに通底するテーマなのです。かつて芸人と社員が家族のように触れ合っていた吉本興業。そんな吉本と芸人さんとの書類なき契約関係は、いつしか時代にそぐわなくなっていきました。「タレント、社員を含めて吉本興業は全員が家族、ファミリーであると考えております」と語り5時間以上に及んだ岡本社長の記者会見前後、ファミリーのはずなのになぜ「芸人vs.吉本」という図式ができあがってしまったのか。温かかった“ファミリー”は、なぜ“ブラック企業”と指弾されたか。


この本は、時代が進むとともに吉本興業という巨大な企業(竹中さん曰く『謎の生命体』)の価値観が変容してゆかざるをえない現実を描いた本でもあるのです。


■吉本興業はなぜ誕生したのかわからない「謎の生命体」


著者の竹中功さんは月刊誌『マンスリーよしもと』の初代編集長。さらにNSCの開校や伝説の劇場「心斎橋筋2丁目劇場」のオープンにたずさわり、岡村隆史主演作品『無問題』をはじめさまざまな映画を制作するなど、今日の吉本興業の礎を築いた立役者のひとり。


さすが35年の長きに亘り吉本興業に在職し、社史編纂に携わっていた人だけあります。驚きの事実がいっぱい。まず、そもそも吉本興業が勃興した理由が、正確にはいまだにわからないのだそう。創業者である荒物問屋の吉本泰三がなぜ興業を始めたか、動機を述した記録が残っていないのです。


なるほど、「謎の生命体」という呼称は、決して大げさではありません。そして謎の生命体は細胞分裂を繰り返し強い生命力で増殖していきました。





ほかにも、浪花のイメージが強い吉本ですがかつては現・読売ジャイアンツの株主だったこと、NSC開校のきっかけが深刻な「芸人不足」だったこと、などなどにも目が釘付けになりました。漫才ブーム期にザ・ぼんちがあまりにも忙しく、あのやすし・きよしが代演したと聞けば、どれほど漫才師の需要に供給が追い付かなかったかがわかっていただけるでしょう(世代によりますが……)。


■ファミリー崩壊。会社が芸人をコントロールできない


僕自身、吉本新喜劇の第一期黄金期とほぼ同じ頃に生まれたので(1964年6月に『吉本新喜劇』を正式呼称としている)、吉本への想い入れはひとしおです。「愛憎半ばする」といった方が正確でしょうか。特に近年の、行政と吉本の過度のかかわりには鼻白む気持ちが正直に言ってあります。お笑いはアナーキーでパンキッシュであってほしいという、あくまでこちらの勝手な嗜好によるものなのですが。企業なんだから儲かるのならばクールジャパン戦略をはじめとした政策に汲みいるのは当たり前だと重々承知しつつ、新喜劇の役者さんたちが舞台で転んでも、どうしても「ワシの税金でコケとんのか」と考えてしまいますしね。


そんな若干「吉本アンチ側」に傾きつつある僕ですら、ダイアンやミルクボーイや海原やすよ・ともこのラジオ番組を毎週欠かさず聴き、ニッポン放送「中川家DAYS」を聴くためだけにradikoプレミアムに加入。ジャルジャルの有料リモートコントに課金し、7月11日(土)放送「鬼越トマホークのオールナイトニッポン0(ZERO)」を今から待ち焦がれ、メッセンジャー黒田がただひたすら食材を煮込むだけのYouTubeチャンネルをこちらもひたすら観続ける。などなど、芸人さん個々魅力には抗えないでいます(どこがアンチなんだ。めちゃめちゃ吉本のファンじゃないか)。





先日放送されたアメトーークの「小物MC芸人」をリピート視聴しておりますが、いやもう実際、芸人さんのコミュニケーション能力は吉本興業の有史以来、いま最高のクオリティに達しているのではないでしょうか。舞台での「話芸」ならば過去にもっと名人がいたでしょう。しかし、麒麟の川島や千鳥のノブなどのように会話のトスやパスでまわしてゆきながらコミュニティを形成してゆく「話術」の繊細さならば、過去にこれほど充実している時期はなかったのでは。さんま、紳助、ダウンタウンのように強力なカリスマ性で統率してゆくわけではないぶん、細かく進化したテクニックの集積に感動しきりです。


そして、これほどまでのトランスミッション技術を持つ中堅芸人たちを、肝心の会社がもうコントロールできなくなっている。「ファミリー」と呼ぶためには運営側が家長であり子どもたちから尊敬される必要があります。しかしながら、もうその形が崩れ始めている。カジサックをはじめとするYouTubeチャンネルへの進出なんて芸人さんたちの先導であり、会社側は後追いでしたから。


つまり、この本がいう「ファミリーの崩壊」が、始まっているのです。そもそも所属する芸人さんは6000人を超えるそうですから、ファミリーなんて無理無理。社員や芸人さんどうし「会ったことがない」なんてざらにあるでしょう。


■あなたの会社も意識を変えるべき時


従属、隷属という感覚がなくなるとともに、芸人さんがテレビ出演のために理不尽な苦労を重ねたりパワハラにあったり辛酸をなめなければならない時代は、間もなく終わるでしょう。つまらないディレクターの無茶ぶりに従わずともメディアを自らつくることができ、オンラインサロンを運用でき、noteなどでエッセイを個別販売できるようになり、LINEなどで自分が抱えるスタッフとオリジナルな制作体制を整えることができる昨今は、ある意味で、かつて社名で表明していた「クリエイティブ・エージェンシー」な状態と言えます。つまり現在の吉本は以前のようなファミリーではなく、たくさんいる優れたクリエイターをマネジメントする会社なわけです。


それだけに、いつまでも「ファミリーの温かさ」みたいな、いともたやすく同調圧力に転びえない幻想を抱いているのではなく、それこそロバート秋山が架空の世界で展開する「クリエイターズ・ファイル」のように、個々の奇才的クリエイターたちと適度な距離をとりつつマネタイズする作業こそが「令和」なんだと思います。





そして転換を迫られるべきは、吉本に限ったことではない。今後さらにテレワークの導入が進めば「会社は家族」なんて考え方を誰もしなくなりますから。吉本だけではなく日本中の人々が組織の在り方を考え直す時期に来ているのです。第七世代に突入しなければならないのは演じる側だけではないのでしょう


単なる社史にとどまらず「ファミリーの崩壊」という今日的なテーマを擁する話題の新刊「吉本興業史」は、いまもっともクールなビジネス書とも言えます。withコロナの時代をどう生きるかというヒントが「こんなん、なんぼあってもいいですからね」と思うほど散りばめられています。



吉本興業史
竹中 功 著
KADOKAWA
990円(本体900円+税)


「芸人は商品だ。よく磨いて高く売れ!」
温かかった“ファミリー”は、なぜ“ブラック企業”と指弾された!? 
“伝説の広報マン”にして組織を知り尽くした男が初告白!!


吉本興業はどこへ向かうのか――?
“闇営業問題”が世間を騒がせ、「吉本興業vs.芸人」の事態にまで発展した令和元年。
“芸人ファースト”を標榜するファミリーの崩壊はいつ始まったのか? 
吉本興業に35年勤めた”伝説の広報マン”が芸人の秘蔵エピソードを交えながら組織を徹底的に解剖する。 
笑いの世界を愛するすべての読者に贈る「私家版」吉本興業史!


第一章 “ファミリー”の崩壊
第二章 吉本創業と躍進の歴史
第三章 戦時をくぐり抜けて
第四章 大衆に笑いを提供する使命
第五章 笑える百年企業の未来
https://www.kadokawa.co.jp/product/321910000119/



(吉村智樹)
*画像はすべてこちらで撮り下ろしています。