【おススメの新刊】検証!イエローキャブの時代とは何だったのか?「新・巨乳バカ一代 アイドル帝国を築き上げた野田義治の手腕と男気」

2020/6/29 12:33 吉村智樹 吉村智樹






こんにちは。
ライター・放送作家の吉村智樹です。


東京都知事選が今週末に迫りました。都民の方は、ぜひ投票へ。


しかしながら東京アラート解除後も新型コロナウイルス新規感染者は高い数値のまま依然として減少していません。「自粛から自衛へ」なんて言われていますが、外出に慎重にならざるをえない不安な日々がまだまだ続いています。


そこで! こんな時期だからこそ、お家でゆっくり読んでいただきたい「おススメの新刊」を紹介します。


第9冊目となるスイセン図書は『新・巨乳バカ一代 アイドル帝国を築き上げた野田義治の手腕と男気』です。





新型コロナウイルスの影響で在宅率があがり、テレビの視聴率が上昇しているのだそう。テレビといえば、アーリー2000年代にテレビ界に新風を呼び起こしたアイドル帝国「イエローキャブ」となんだったのか、グラビアアイドルのバラエティ進出をけん引した野田義治社長の足跡を振り返ることで検証してみましょう。





■かつて「イエローキャブの時代」があった


かつて日本のメディアにおいて「イエローキャブ」という言葉がひじょうに重要な意味を持っていた時代がありました。それは昭和60年代から平成の半ばのこと。


イエローキャブとは、いまはなき芸能事務所の名前です(現在同名の事務所はありますが資本的なつながりはありません)。所属していたのは故・堀江しのぶ、かとうれいこ、細川ふみえ、雛形あきこ、山田まりや、佐藤江梨子、小池栄子、MEGUMI、根本はるみら、一世を風靡した女性ばかり。


それぞれのキャラクターや活躍したシーンはバラバラです。しかしながら共通している点があります。それはみんな胸が豊かなこと





そして彼女たちを引き連れていたのが「巨乳マイスター」と呼ばれた野田義治さん。所属した女性たちを次々とスターに育て上げた実績からビジネス誌のカラーページでインタビューを受ける場合が多く、ときに「イエローキャブでもっとも売れているグラビアアイドルは野田社長」と呼ばれたほど、時代の寵児でした。


胸が豊かであるという「くくり」で人を選ぶ行為は、今では絶対に許されないでしょう。「当時だから許された」わけでもない。でも「そんな時代があった」事実を知るのはとても大事です。そういう点でこの本は単なる成功譚でもなければ回顧録でもない。時代の再鑑査という点でも重要な一冊と言えます。


■堀江しのぶの遺言がひとりの男の人生を変えた


そもそもイエローキャブとは、世界に誇る映画監督・黒澤明氏の長男である黒澤久雄さんが創業した会社。しかし父の黒澤監督が映画『乱』を撮ることとなり、息子の久雄さんも映画制作の裏方の仕事を担います。それにより多忙となり、知人だった野田さんに代わりにイエローキャブのマネジメントを依頼します。そこから野田さんの「乱」が幕を開けるのです。


野田さんが初めて自ら発掘したのが、まだ高校生だった堀江しのぶ。意外なことに野田さんは堀江さんの胸が豊かであると、しばらく気が付かなかったそうです。むしろ素朴な、男がイメージするお母さんのような、野田さんの言う「和顔」にこだわって選んだのだと。


さきほど「共通している点があります。それはみんな胸が豊かなこと」と書きましたが、もうひとつ「和顔」もまたイエローキャブに通底した基本理念でした。


野田さんの選球眼は確かでした。堀江さんは歌にドラマにバラエティにと引っ張りだこの人気に。『ザ・テレビ演芸』というお笑い番組では往時「暴君」とまで呼ばれわがまま放題だった故・横山やすしの6代目アシスタントをつとめ、「おい、姉ちゃん」と言われると「いい加減、名前を憶えてくださいよ!」と遠慮なくつっかかるなど度胸のよさも買われました。


しかし、堀江さんはスキルス性胃癌により昭和63年に逝去。享年23歳の若さでした。生涯最期の言葉は「私、仕事がしたい……」。その言葉を聞いた野田さんは「しのぶ、仕事はたくさんあるからな。仕事、しような」と語りかけ、それが別れの言葉となりました。この新刊は生前の堀江しのぶを回想するところから始まります。


野田さんは堀江さん亡きあと、かとうれいこを発掘し、彼女もまた大人気に。野田さんはいよいよ和顔+豊かな胸という女性像に大衆性があるとの認識を強くしてゆきます。





野田さんは当時よくインタビューで「素朴な顔立ちとグラマーな体型のギャップ」がイエローキャブの特徴であり人気の秘訣と語っていました。この本でも繰り返し、そう供述しています。


しかし……ここからは僕の推測でしかありません。そういったギャップ論や方程式めいたものって、野田さんなりの、本当の気持ちを言わないための「後付け」ではないかと思えて仕方がないのです。


イエローキャブから羽ばたいていった才女たちに、野田さんが言うほどのギャップを僕は感じられない。皆さん母性的でおおらかで、ふくよかさもイメージどおりです。そもそも彼女たちが活躍した理由は卓越した言語感覚であり、切り返しの反射神経であり、親しみやすさであり、MCを任せられるほどのスタジオ統率力でした。演技力も素晴らしい。そのように、こと放送メディアにおいて彼女たちの胸が大きくフィーチャーされることは少なかったのでは。





野田さん自身も、もともと女性の胸の大きさにことさらの関心がなく、55歳で結婚したときもパートナーの女性はいたってポピュラーなサイズだったそうですし。


ではなぜ、人を選ぶ基準が豊かな胸だったのか。ずっと、亡くなった堀江しのぶの姿を追い続けていたのではないかな、そんな気がします。それは「ある事件」によって、僕のなかでさらに確信に変わってゆくのです。


■イエローキャブを解任された男が教える二つの教訓


盤石に見えた野田イエローキャブ体制の地盤が揺らいだのが2004年。野田さんが所属タレントたちに約400の株を交付し、増資を知らされなかった親会社がこの事実に激怒してしまい、提訴しました。これにより「野田を代表取締役から解任する」と決議され、イエローキャブからの事実上の放逐となったのです。


一時代を築いた人の、あっけない幕切れ。
当時とても驚いたのを、いまでも思い出します。


野田さんの生き方を振りかえってみると、いくつかの教訓が得られます。


ひとつは新しい時代は「正反対の方向からやってくる」ということ。


野田さんがイエローキャブを追われたのが2004年。そして翌2005年には、まるで入れ替わるように、女子たちの新たなカルチャーが萌芽しました。会いに行けるアイドル「AKB48」の進撃と台頭がじわじわと始まったのです。


新しい時代は「正反対の方向からやってくる」。のちに「神7」と呼ばれるメンバーのなかに、胸の豊かさが話題となったり、あるいは事務所がその点をアピールポイントとしてプッシュしていたりした女の子は、ひとりもいなかったはず。しかもイエローキャブのイメージだった青山や六本木ではなく、まるで正反対の街と言える秋葉原でその文化が勃興したのですから。


自分では「軌道に乗っている」ように思っていても、慢心をしたり、思考停止したり、受信力を弱めたりしていると、大きな勢力が振り子のように反対方向からやってきて、時代の空気をたちまち塗り替えます。


クリエイティブな仕事を続けていくのならば、つねに「考えた事もない世界について考えてみる」「関心がないものごとに関心をいだいてみる」、そういった習慣を身に着けることが重要なのでしょう。新しい波が近づいている気配は、ときには自己否定しないと感じることができません。


もうひとつ「ブレるのは決して悪くない」ということ。


よく誉め言葉として「ブレない」という言い回しが使われます。けれども、ブレないって、そんなに偉いんでしょうか?

イエローキャブを去った野田さんが新しくマネジメントを始めたサンズ(現在のサンズエンタテインメント)には、かつての教え子たちとも言える雛形あきこ、山田まりや(現在は移籍)、MEGUMI(現在は業務提携)らが追従しました。かとうれいこも、のちに再び所属となりました。


とはいえ野田さんはすでに巨乳というキーワードへの執着はない様子。男性の所属タレントも少なくなく、そもそもイエローキャブではなく「サンズのタレント」としてバラエティを席巻したのは、はるな愛だったのですから。


巨乳マイスターとまで呼ばれた男なのに、言わば姿勢が「ブレている」わけです。でも、ブレたからこそもう一度グルーヴを巻き起こせたのではないでしょうか。どんな業界であれ、どんな仕事であれサバイバルしながら生き抜いてゆくためには、「ブレない」よりも、ブレてこれまで培ったノウハウやポリシーを平気で捨てられる勇気が必要なのではないかと思うのです。安住することなく自分自身を揺さぶり続けられる「ブレる魂」が。


野田さんがイエローキャブとまるで資本関係がないサンズのマネジメントをはじめたのは58歳のとき。「新しい世界へ挑むのに年齢は関係ない」とよく聞きます。けれども58歳の再起は若い頃のチャレンジよりはるかに恐いはず。ブレたからこそ、柔和に自分自身を揺すり動かしたからこそ、それが実現できたのでは。豊かな胸とともに生きてきた野田さんですから「揺れる」という現象のなかに真理があると気づいておられたのではないでしょうか。


野田さんは自分の人生を振り返り、さらに天国にいる堀江しのぶさんに語りかけます。自分よりずっと年下の彼女なのに、まるで母親に話をするかのようです。





書名こそ「巨乳バカ一代」です。でも、堀江しのぶさんの影を追う気持ちに一区切りつけ、巨乳バカだった一代を終わらせ、新生する覚悟を感じました。



新・巨乳バカ一代 アイドル帝国を築き上げた野田義治の手腕と男気
http://www.kawade.co.jp/np/isbn/9784309028897/
本橋信宏 著
1.800円+税
河出書房新社

イエローキャブで男たちを熱狂させた男、昭和、平成、令和を駆け抜けてきた巨乳マイスターの失意と絶頂。かとうれいこ・細川ふみえ・雛形あきこ・山田まりや・佐藤江梨子・小池栄子・MEGUMI・根本はるみたちとの出会いと別れ。



(吉村智樹)
*画像はすべてこちらで撮りおろしております。