【おススメの新刊】多くの人がそう思っているでしょ!『どこでもいいからどこかへ行きたい』
こんにちは。
ライター・放送作家の吉村智樹です。
ついに!! 政府が要請していた行動自粛が6月19日をもって緩和され、都道府県を越える移動がおおかた解禁となりました。
7都府県は4月7日に、全都道府県は4月16日に緊急事態宣言が発令され、それ以来およそ2カ月半、誰しもがステイホームを自らに課して耐えしのんできました。
長かった、つらかったですよね。
旅の計画を白紙に戻した方も、きっと多かったでしょう。
そこで! こんな時期だからこそ読んでいただきたい「おススメの新刊」を紹介します。
第8冊目となるスイセン図書は、これしかない! 『どこでもいいからどこかへ行きたい』です。
外出が制限される渦中に多くの人が天井を見つめながら考えたであろう切迫した想いが、まるでそのまま書名になったかのようです。
■外出したら死ぬ。でもこのまま外出できなかったら死ぬ
「どこでもいいからどこかへ行きたい」。
このおよそ2か月半、そう願いながら在宅し続けた人は、きっと少なくないでしょう。
僕はテレビのドキュメンタリー番組をつくる仕事をしています。人や街を取材して構成をたて、さらにできあがった映像につけるナレーションの台本を書く。そうやって収入を得ているのです。
人物に密着するおこないを仕事としてきた僕は、ご多分に漏れず新型コロナウイルスの影響を強く受けました。なんせ「密になってはいけない」のですから、密着取材ができません。新作の撮影は中断してしまい、番組は8週ものあいだ再放送と総集編でしのぎました。
その間、僕たち作家は食料を買うなど不要不急ではない最小限の外出を除き、感染拡大防止のため室内で待機しました。当然、台本執筆の進行はストップ状態。未知なるウイルスが猛威をふるっていた4月は特に「外出したら死ぬ。でもこのまま外出できなかったら死ぬ」、そんな鬱屈した気分にさいなまれていました。なんせ収入がありませんから。騒動がいつ収束するとも知れず、暗いトンネルの出口を指し示す光が見えない日々。ただ悶々と息をひそめていましたね。
■国民の声を代弁?「どこでもいいからどこかへ行きたい」という書名
緊急事態宣言がほどかれ、先ず飛び込んだのは書店です。「新しい本が読みたい!」。家のなかに未読のままの本がたくさん積みあがっているのに、喉がフレッシュなフルーツジュースを求めるかのように、新鮮な文字に飢えていたのです。
いきなり目に飛び込んできたのが、pha(ファ)さんの新刊『どこでもいいからどこかへ行きたい』(幻冬舎文庫)でした。
新型コロナウイルス流行以前に書かれた本であるにもかかわらず、奇しくもタイムリーすぎる書名。「全国民の心の声を代弁している!」とさっそく購入。そうして、ぐびぐびとおいしいジュースを飲むように読みふけったのです。
■観光しない。phaさんのふらふら旅行術
「ニートの歩き方 お金がなくても楽しく暮らすためのインターネット活用法」をはじめ、さまざまな著書で「だるい」「めんどくさい」「がんばれない」「人間関係がしんどい」という感覚を肯定してきたphaさん。この本もまた、いい意味で少しも気合いが入らない、ゆるんゆるんな旅の方法を指南してくれています。
phaさんが旅をする理由は、知見を広げるためでも、旅先での人情に触れるためでもありません。ただただ、「あーもうだめだやってられん」と煮詰まった気分を少しでも晴らすため。自宅以外の場所で「ぼーっとする時間」が必要だから靴を履くのです。
そんなだから、phaさんの旅はとにかく、ふにゃふにゃ。
・計画を立てない。
・長時間かけてぼーっとしながら移動する。
・観光しない。
・食事はチェーン店で済ます。
・ホテルではインターネットをしたりゲームをしたり、無理に外出しない。
・旅先での交流を求めない。
このように、旅の醍醐味と呼ばれることがらを捨て、家にいるのとほぼ変わらない時間を過ごします。あえて高速バスの昼行便に乗るなど、旅先での景勝地めぐりやグルメなどに充てる時間よりも「車窓を眺めてぼーっとする時間」を優先するのです。
「そんな旅の何が面白いんだ」と思う人もいるかもしれません。しかし僕には、どの事例もとても心に沁みました。「このまま家にずっといてはだめになる」→「だから安いビジネスホテルにこもってゲームをする」というのは、決してもったいない行為ではない。心の内側から、ぽこっぽこっと泡のように噴き出る小さな声にしっかり耳を傾けたからこそ、こういう旅になるわけです。
「旅とはこういうもの」という考えにいつしか縛られ、郷土料理に舌鼓を打たなければならないという強迫を自分自身にしてしまってはいませんか。心が窒息しそうだから、息をするために移動する、そんな旅があってもいいはず。
■緊急事態宣言の解除を予言した本?
そしてこの本は緊急事態宣言が解除されたいま読むと、さらに別の輝きを放ちます。カプセルホテルに泊まれること、どこにでもあるチェーン店の牛丼を食べられること、雑魚寝のフェリーで長時間かけて移動ができること、それら当たり前だった光景がどれだけ幸せな、豊かな体験であったか、この本は思い知らせてくれるのです。まるで緊急事態宣言が解除され、移動を容認される日の訪れを予言していたみたい。そもそも「日常から距離をとる」という本書のテーマ自体が、すなわちソーシャルディスタンスではありませんか。
予言と言えば、「だるい」という感情を決して否定せず、心の声に向き合い続けているphaさんだからこそ、未来の日本がどうなるかが見えたのではないかと思ってしまう記述が多く見受けられます。たとえば在宅勤務、テレワークの定着について綴られた部分。この本を執筆した時期は決してそれらは一般的なものではなかったはず。それを言い当ててしまっているのがすごい。
ただ、在宅勤務の一般化は、あまりにも荒療治の末に実現してしまったのですが……。
まだまだ感染拡大の懸念は消えず、我々も用心に用心を重ねる必要があります。けれども心の換気もまた大切。でないと新型コロナウイルスとは別の理由で死んでしまいます。万全の態勢をとりつつ、出かけてみませんか。「ぼーっと」するために。
どこでもいいからどこかへ行きたい
pha / 著
600円(税別)
幻冬舎文庫
家にいるのが嫌になったら、突発的に旅に出る。カプセルホテル、サウナ、ネットカフェ、泊まる場所はどこでもいい。時間のかかる高速バスと鈍行列車が好きだ。名物は食べない。景色も見ない。でも、場所が変われば、考え方が変わる。気持ちが変わる。大事なのは、日常から距離をとること。生き方をラクにする、ふらふらと移動することのススメ。
https://www.gentosha.co.jp/book/b12894.html
(吉村智樹)
*掲載した画像はすべてこちらで撮影したものです。