今の貯金額で老後は大丈夫? 映画化で話題の小説『老後の資金がありません』がヤバい

2020/5/11 13:30 吉村智樹 吉村智樹






こんにちは。
ライター・放送作家の吉村智樹です。


誰もが外出を自粛するよう要請されている昨今、自宅で楽しめるエンタテインメントと言えば、やはり「読書」


そこで、こんな時期だからこそ読んでいただきたい書籍を紹介してゆきたいと思います。


第二回目は、30万部を突破し、天海祐希主演で9月に映画化公開が決まったベストセラー小説『老後の資金がありません』です。


■皆さん、貯金はいくらありますか?


連日、「特別定額給付金」や「持続化給付金」など、お金にまつわるニュースが飛び交っています。あまりにも「○○金」というワードを目や耳にするため、もういくらかもらっちゃった錯覚に陥ってしまうのですが、自分の通帳にその数字が印字される日は、まだまだ先


それでいて、こちらの財布から出ていく「納税通知書」だけは、まるで凄腕のスナイパーのように、悔しいほど正確かつ敏速に届くんですよね。うぅ、払いたくない……(あ、もちろん、払います!)。


日本中に住む人々が、これほど「お金」に対して切迫したおそれを抱いた時代は、過去になかったでしょう。誰しも「他人事ではない」という恐怖を感じている点においては、リーマンショック時をはるかにしのいでいるように思います。「仕事が中止になって入金がない」「貯金を切り崩さないと……」「今月の支払いをどうすればいいのだろう」「このままでは事業をたたまざるをえない」「明日、生きていけるお金がなくなるんじゃないか」。人々は現在、不安な想いを抱きながら、細い綱を渡るように生きています。


■映画化も決定した話題の本『老後の資金がありません』


そのような恐慌目前時代の空気を反映してか、売れに売れている一冊の小説があるのです。それが『老後の資金がありません』(中公文庫)という文庫本。4月で30万部を突破した、超ベストセラーです。9月には天海祐希さん主演で映画化公開も決定しています。





『老後の資金がありません』。あまりの、どストレートなタイトル。口にするだけで胃が痛くなります。作者は『七十歳死亡法案、可決』『夫の墓には入りません』『姑の遺品整理は、迷惑です』など、できれば避けて通りたい、でも向かい合わなきゃならない人生の「もしも」を書かせたらバツグンに面白い垣谷美雨さん


■普通に生きているだけで老後の資金がなくなってゆく


物語は、50代になった主人公の後藤篤子の視点によって進みます。篤子はパートで働きながら、つつましく暮らしつつ夫婦の老後資金として1千200万円を貯めました。しかし娘の結婚相手の親から600万円を超える過剰な派手婚を要求され、さらに費用の折半を条件としてきたのです。


そこからまるで防波堤が決壊するかのごとく、舅の葬式、姑の生活費の工面、果ては「夫婦そろって失職」と金難に継ぐ金難が篤子に襲い掛かります。そうして遂に、老後の資金が底を尽き始めるのです


大事な局面でいつも逃げ腰な夫、長男の家なのだからと強い態度に出る義理の妹、初めて知る葬儀やお墓の値段、中高年にはなかなか見つからない次の仕事……。次々と襲来する地味なスペクタクルに、読んでいて喉がカラカラになります。事業に失敗したわけでも、贅沢をしたわけでもなく、ただ生きていただけなのに、こんなにもお金がなくなるのですから


もうね、ひとことで言うならば、地獄。でも「ああ、いやだ、いやだ」と思いつつ、あまりの面白さにぐいぐいと惹きこまれてゆきます。


皆さんは夜中にふと、布団のなかで「自分がおじいさん、おばあさんになったとき、果たして貯金と年金だけで暮らしていけるだろうか」と不安になったことはありませんか。だったらこの『老後の資金がありません』を読む前に、まずは深呼吸することをお勧めします。全編がコメディタッチだから救われますが、もしもひたすらシビアに書かれていたら、トランクひとつ抱えてどこかへ行方をくらましていたかもしれません。それほど読み手の痛いところを突いてくるのです。


それだけに、家計の立て直しに対峙する主人公の篤子に共感をおぼえずにいられません。


■物議をかもした「老後は2000万円が必要」





この小説の親本が発売されたのが2015年。初文庫化されたのが2018年。翌2019年に金融庁が審議会の報告書に「老後の資産形成には、およそ2000万円が必要になる」といった内容を記載し、大騒ぎなりました。記憶に新しいですね。いよいよ現実が小説に追いついたのです。言わば「予言の書」でしょう。


ごくごく常識的な一般人が、平凡に暮らしているにもかかわらず、なぜか窮する道を進んでしまう。この小説を読んでいると「常識的であろうとする姿勢」こそが実は危ういのだと思い知らされます。「夫の親」や娘の結婚相手の「向こうの親」への気遣い、葬儀にかかる「普通の値段」。そんな「普通はこうだから」に押し流されていると、悪運はそこへつけこんでくる。一般常識という同調圧力は、現在問題となっている正義の「自粛警察」にもつながっているのだと思います。


たとえ「世間は普通はこう」であったとしても流されず、自分が納得できない場合、危険なシグナルを感じた場合は、できる限り手前で断りましょう。


余談ですが、この本の巻末解説は、元新潟県知事と婚約した室井佑月さん。室井さんが自分の老後について綴った文章を読んでいたまさにその時に再婚のニュースが飛び込んできて、びっくり。


本を選ぶのは偶然ではない、いま手に取った本と世の中はつながっているんだなと改めて感じ入りました。



『老後の資金がありません』
垣谷美雨/著
640円+税
中公文庫


老後は安泰のはずだったのに! 家族の結婚、葬儀、失職……ふりかかる金難に篤子の奮闘は報われるのか? 〝フツーの主婦〟が頑張る家計応援小説。
http://www.chuko.co.jp/bunko/2018/03/206557.html


(吉村智樹)