バラエティ番組の放送がない今だから読みたい東野幸治『この素晴らしき世界』
こんにちは。
ライター・放送作家の吉村智樹です。
誰もが外出を自粛するよう要請されている昨今、自宅で楽しめるエンタテインメントと言えば、やはり読書。
そこで、こんな時期だからこそ読んでいただきたい書籍を紹介してゆきたいと思います。
第一回目は、芸人たちのウラオモテを書いた東野幸治さんの新刊『この素晴らしき世界』!
■新型コロナウイルスの影響でテレビが危機に!
今、多くのテレビ番組が収録を中断しています。もちろん、新型コロナウイルス感染拡大防止のためです。
ドラマは撮影できず、放送開始時期はずるずる伸び、いまだスタート日ははっきりとしません。旅行系、街ぶら系番組も過去に放送した映像のなかから「名湯」「絶景」「花の名所」などキーワード別に強引にかき集め、再編集でしのいでいます。「騒ぎが収束したら訪れてください」の言葉を添えて。
芸人さんたちが活躍する「バラエティ番組」もまた、血まなこで対応に追われています。スタジオに観客席を設置したり、出演者が座るひな壇をしつらえ大勢のゲストが並んだりするバラエティ番組は、言わば究極の「三密」。どの番組も「密です!」な状態を回避できないため収録がかなわず。さらに軒並みストックが底を尽き、総集編でなんとか綱渡りをしています。
先ごろ放送された『新婚さんいらっしゃい!』に至っては、司会の桂文枝さんが椅子から転げ落ちる瞬間だけをひたすらつないだ“イスコケ”50連発SP“なる、まるで芸術系大学の実験映像課題のようなシュールな総集編まで登場。制作者たちの胃の痛みが伝わってくるようです。
とはいえ過去映像もコスりにコスり倒し、再編集できる映像素材の在庫も早晩に枯渇するでしょう。皆「5月6日には緊急事態宣言が解除されるハズ!」と信じ、息をひそめてじっと耐えているのです(5月6日解除説も、どうやらアヤシくなってきましたが……)
■東野幸治『この素晴らしき世界』が面白い!
実質「バラエティ番組」は、もう新規収録回の放送を停止している状態。そんな切迫した状況下だからこそ、読んでほしい本があります。それが東野幸治さんの新刊『この素晴らしき世界』(新潮社)。東野さんが所属する吉本興業の芸人たちをオモテからウラから多角度的観察した一冊です。テレビのバラエティ番組で笑えないいま、書籍で思いっきり笑いませんか。
収められているのは、大御所から今を時めく人気者、新人時代から苦楽を共にした仲間たち、関西ローカルでだけ知名度がある人たち、一世を風靡しながらも一発の打ち上げ花火で散っていった人たち、お笑い界から去って行った人まで多種多彩。ラストは極楽とんぼの加藤浩次さんが日本テレビ系『スッキリ』で、“闇営業”問題での会社の対応に本番中にブチギレた伝説回の裏話で締められています。つまり本書は2019年8月までのお笑い界の動向が掲載されているのです。
東野さん自身、この文章を書いた頃は、まさか翌年2020年に所属芸人の全員が活動を自粛する展開になるとは想像もしていなかったでしょう。それゆえに感慨深い、まさに今読むべき一冊でもあります。
■愛すべき芸人たちのウラ側
綴られたエピソードが、どれもこれも「こそばゆい」おかしさ。長女が静岡、次女が広島、ともにテレビ局に就職をしたため、忙しい娘のかわりにわざわざ大阪から車でゴミ捨てに通っている大木こだま師匠。レストランのくじ引きで「吉本の劇場招待券」を引き当ててしまう矢野・兵動の矢野。自分の命であるはずのライオンキングの衣装を忘れたままニューヨークロケへ行ってしまった大西ライオン。同じく命であろうガンダムのフィギュアコレクションの8割も処分して「もしや身辺を整理して自殺するのでは」と周囲が心配し始めた若井おさむ。ジャッキー・チェンのほうから「会いたい」と言われているのに興味がないと断った次長課長の井上などなど、改めて文章で読むといっそう塩味が効いて面白い。
特にトミーズ健さんの「幼い頃は家が貧しくて、クリスマスプレゼントは茹でた豚の頭だった」エピソードなどは、おそらく本人が話すとスベってしまっていた、あるいはスベり笑い的な別方向のイジリで処理されてしまっていたでしょう。東野さんのクールな文書だからこそ昇華できた逸話が、この本には多々あるのです。
■「嫌われキャラ芸人」を斬らせたら右に出る者なし!
東野さんの筆がとりわけ活き活きと冴えるのは「嫌われキャラ」芸人について書いた章。品川庄司・品川、キングコング西野、ダイノジ大谷の3氏について書いた文章は、グルーヴの輝きが格段に違います。いかに彼らに嫌われる要素があるか、身内から煙たがられているかを嬉々として綴り、反して「東野さんは本当に、この3人が好きなんだなあ」と、とびきりの想い入れが伝わってくるのです。好感度が高い人をそのまま好きになるなんて、つまらない。「生理的に無理だからこそ、好きになってしまう」という人物観があることを、この3氏を通じて教えてくれるのです。読後はきっとあなたも、この「東洋一の嫌われ芸人」たちを好きになっているでしょう。
■お笑い界と距離を置くソーシャル・ディスタンス感覚
とにかく一冊を通じ、地獄耳とも言えるリサーチ量、記憶の量の凄さ、そしてなんといっても観察眼の鋭さに舌を巻きます。情報を得るためには愛想笑いもいくらでもする。稀代のウオッチャーであり、お笑い界でもっともゴシップライターの視点を持つ人でしょう。
そして、読んでいて心地いいのは、芸人を愛しながらも、自分自身はお笑い界とは一定の距離をとっている点。文中でも「私なんか出来れば挨拶せずに遠くからこっそりお笑いスターを観察したいタイプですから」と語るように、芸人の美学を理解しつつも耽溺しない。自分は決して飲む打つ買うの側には踏み込まない。単なる「愛だけ」の礼賛には終わらない批評眼があるのです。
その冷静さゆえに、東野さんはときに「他人事」「心がない」「冷血」「毒舌家」と呼ばれる場合もあります。しかし、この距離感は、言わばソーシャル・ディスタンス。対象を愛しすぎない涼しいものの見方は、右派も左派も両論に耳を傾けるべき令和の時代に必要なのではないでしょうか。
■知らなかった「あの芸人の意外な近況」
この本にはもうひとつ、刮目すべきポイントがあります。それは「書かれた芸人さんたちの近況」。2019年8月以降~新型コロナウイルス騒動直前までの動向が追記され、読み逃せません。メッセンジャー黒田の妻が部屋から出てこないこと、ニューヨークに渡って2年が経ったピース綾部がまだ英語が話せないこと、吉本から契約を解除されたカラテカ入江が清掃のバイトをはじめ、清掃会社の起業を考えるほどその世界で頭角を表しているらしいこと(すごい!)などなど、知らなくてもなんら困らないけれど知ればなんだか豊かになった気がするエピソードが続々と登場。落ち込んでいた自粛の日々に、ほのかな灯りがともったような気がします。
それにしても、近況にさらっと「今は、パリにいます」と書くキングコング西野にイラっとし、「イーッ」となりながらも、「嫌われ芸が一枚も二枚も上手だなあ」と感心するばかりです。
笑ったり、驚いたり、彼らの悩みに共感したりしながら読み終えたこの本。できるだけ早く、笑いに溢れた素晴らしき世界が蘇りますように。そう願わずにはいられません。
『この素晴らしき世界』
東野幸治/著
1,430円(税込)
新潮社
芸能界屈指のゴシップ好きがイジり倒す、アクの強い芸人たちの知られざる伝説!
自分に自信がない西川きよし師匠から、悪口をエネルギーに突き進む山里亮太、スケールのデカいバカぶりを発揮するピース綾部、恐ろしいほどの執念で紫綬褒章まで行き着いた宮川大助・花子まで……。毒舌を吐き続けても絶対に嫌われない男による「吉本バイブル」、ここに誕生! キンコン西野による“東野幸治論”も特別収録。
https://www.shinchosha.co.jp/book/353161/
(吉村智樹)