パスタだけで世界的名画「ヴィーナスの誕生」を描いた! 日本唯一のパスタ・アーティストの超絶テク

2019/11/25 19:00吉村智樹吉村智樹


▲日本で唯一のパスタアーティスト、上原美紀子さんが半年がかりで完成させた「ヴィーナスの誕生」。パスタの断面を並べて海面のきらめきを表現するなど、気が遠くなる作業の末に誕生した労作だ


いらっしゃいませ。
旅するライター、吉村智樹です。


おおよそ週イチ連載「特ダネさがし旅」
特ダネを探し求め、私が全国をめぐります。





■パスタで名画「ヴィーナスの誕生」を再現


YouTubeをさまよっていると、とてつもない動画に出くわしました。


パスタでつくる「ヴィーナスの誕生」



パスタでつくる「ヴィーナスの誕生」?
あの世界的名画をパスタでつくるの?


観てみると……「オー! マンマ ミーア!」。


長いパスタ、太いパスタ、平たいパスタ、ねじれたパスタ、丸いパスタ、野菜を練りこんだパスタ、エトセトラ。驚くことに、さまざまな色と形状のパスタを組み立てることで、ネッサンス期イタリアの画家サンドロ・ボッティチェッリの名作油彩画「ヴィーナスの誕生」を完成させているではありませんか。



▲さまざまな形のパスタを着色せず、素材そのものの色を活かして名画にしてゆく。直接台紙に貼るのではなく、ロングパスタで基礎工事(?)を行っている点に刮目











動画をアップしているのは、日本で唯一という「パスタアート」のアトリエ「常熱工房」


単にパスタを貼り合わせるのみならず、「施工」と呼んで大げさではない三段積みの構築。これはスゴい。なんとしてでも、このパスタアートの現物を観てみたい。そもそも、なぜパスタでアート作品をつくろうと考えたのかが知りたい。


僕はいてもたってもいられず、「常熱工房」がある名古屋へ向かいました。


■日本で唯一のパスタ・アーティスト


訪れた「常熱工房」は、瓶に入ったパスタがズラリ。造形のアトリエというより、まるでイタリアンレストランであるかのような趣き。制作用のテーブルは、キッチンと呼びたくなります。














この方が「パスタアーティスト」上原美紀子さん(43)。おなじみのロングパスタや、ペン先のような「ペンネ」、耳たぶの形をした「オレキエッテ」など、大小さまざま色とりどりなパスタを使い、アート作品を制作しています。






▲不思議の国のアリス



▲パスタで季節感を表現。カワイイ!








上原さんが常熱工房をオープンしたのは2007年。これまで手掛けたパスタアートは約250作品。アトリエの壁には、ローマの世界遺産「コロッセオ」など、湯気が出そうなほどの情熱を感じる作品が並んでいます。











そして、これがあの「ヴィーナスの誕生」。目の前で鑑賞すると、改めてさすがの迫力……。このグル女神を生みだした創造主、上原さんに、お話をうかがいました。





■143時間、26種類のパスタを使って完成したヴィーナスの誕生


――こうして間近で見ると、細部まで凝っていて、使用されているパスタも多種多彩。改めて「すごい作品だ」と感じました。


上原
「ありがとうございます。これだけ手間がかかる作品だと、なかなか着手できなくて。かれこれ10年くらい前から、ずっと挑戦してみたかったんです。でも、毎日バタバタしていて時間が取れなくてね。昨年結婚して、この頃やっと落ち着いてきたので、『よし、やってみるか!』と。ついに重い腰をあげました」


――前面からだけではなく、横から見ると、組み立て方が複雑で驚きです。動画でも拝見しましたが、三段構造になっているのですね。骨組みがしっかりとしていて建設工事をしているかのように感じました。


上原
「通っていた高校が建築科だったから、自然とこういう作り方になったのかもしれないですね」



▲パスタの重層により3D化したヴィーナスの誕生。横から見ると、その堅牢な造りに改めて驚かされる





――制作には、どれくらいの時間を費やしたのですか。


上原
「できあがったのが今年(2019)の9月。期間は半年143時間を費やしました。使ったパスタは26種類。こうして記録を残しているんです(と言って、ノートを開く)」





使用したパスタ


【ロングパスタ】
プレーン
細フィトチーネ
オーガニック2種
ほうれん草
平打ちほうれん草
唐辛子
イカ墨
イカ墨フィトチーネ
ディチェコスパゲッティ、同フェデリーニ、同カペリーニ
バーミセリ
ブカティーニ
フィトチーネ
リングイネ
バジルリングイネ
ミッキーパスタ


【ショートパスタ】
グリンピースフジッリ
マカロニ3種
ズィタ
フィデワ
フィオーレ
クスクス








■パスタに極力着色しないのがポリシー


――YouTubeでは1分半ほどでしたが、あの動画は半年間のダイジェストだったのですね。なんという根気強さ。しかも記録をしっかり残していらっしゃるのですね。いまの国の行政に見習っていただきたいほどです。どうしてパスタで『ヴィーナスの誕生』を描こうと思われたのですか。


上原
「『自分の工房に飾れる作品がつくりたいな』と思ったんです。日頃はオーダーメイド作品をつくっているので、できあがったらお渡しします。なので作品が手元に残らないんですよ。だから自分の作品として、イタリアの有名な絵画をパスタで再現したかったんです。イタリアはパスタのふるさとですし。とはいえ、『最後の晩餐』は登場人物が多くて難しそうだなーと思って(笑)。それで、以前から構図が好きだった『ヴィーナスの誕生』を選んだんです」



▲「オーダーメイドが多いので、完成したら作品はお客様にお渡しする。なので自分の作品と言えるものをつくりたかった」と上原さんは語る


――オーダーメイドは、どのような方から依頼があるのですか。


上原
「もっとも多いのは、結婚式のウェルカムボードですね。新郎新婦の顔や、おふたりの趣味であるバイクやギター、飼っているチワワだったり猫だったりをパスタで描きます。あとは、ニューオープンのお祝いです。飲食店へのプレゼントがほとんどですが、なかには美容室や洋服屋さんへ贈る作品もあって『洋服屋さんにパスタでいいのかしら』と思いながらつくっています(笑)」








――確かに、もしも自分が店を開くのならば、贈られると嬉しいですね。壁に飾りたいです。しかし、『最後の晩餐』ほど描かれる人数が多くないとはいえ、『ヴィーナスの誕生』もそうとう難しそうに思えるのですが。


上原
「難しかったですね。元の絵がかなり複雑で。なので、隅々まで観ましたよ。それこそ、なめるように。するとね、意外な発見があって、おもしろかった。たとえば、海辺なのに、本来は池や沼に生えているガマの穂が描かれているとか。神話の世界だから、生態系とか気にせず自由に描かれているんですよね」


――構図のみならず、パスタそのものの色を活かしているのも素晴らしいです。着色はしていないんですね。


上原
「できる限り着色はせず、パスタそのものの色と形で表現したい。それが私のモットーなんです。なので、このヴィーナスの誕生も、目と唇以外は無着色です。そして、目と唇を描いたときが、私の中での完成でした」





――生い茂る葉がリアルなのですが、これもパスタ自体の色なんですね。


上原
「そうなんです。葉はグリーンピースのフジッリをパリパリっと割って再現しました」





■木工用ボンドとパスタの愛称はバツグン


――もっとも苦労した点はどこですか。


上原
パスタの断面を並べたところ。これは根気がいる作業でした。あと、服の皺。くねくねしたパスタがあるので、それを皺に見立てて貼っていきました。独学で培ってきた技法がぜんぶ入っているので、集大成といえる作品になったんじゃないかな





――パスタは何で接着しているのですか。


上原
「木工用ボンドです。パスタと木工用ボンドって相性がよくって、15年前の作品でもいっさい剥がれ落ちることがないんです。パスタそのものも、食べ物なのにまったく変化がなくって。腐らないし、カビもはえません。『パスタってすごいな。こんな優秀な素材ってなかなかないな』って思います」





■使うパスタは100種類以上。なかには貴重品も


――そもそも、なぜ「パスタ」でオブジェをつくろうと思ったのですか?


上原
「2004年なんですけれど、広告デザインの会社を辞めてフリーランスになったばかりの頃で、『どんなご依頼でも、お引き受けしますよ』という気持ちだったんです。そんなとき、ある飲食店が『リニューアルオープンする』というので、新たに壁に掲げる絵の制作を依頼されたんです。『飲食店に飾るんだったら、いっそ画材も食べ物にしてしまったら面白いんじゃない?』とひらめいて。それでパスタを選びました。自由に、いろんなものづくりにチャレンジしてみたい時期でした。だから物怖じせずにやれたのでしょうね」


――こちらの工房ではとてもたくさんのパスタが並んでいますね。何種類あるのですか。


上原
100種類以上はあると思います。イタリアンのシェフから賞味期限切れのパスタを譲ってもらったり、名古屋の商店街とスーパーマーケットで購入したり。名古屋って、多国籍な食材を扱う輸入食料品店がとても多いんですよ。『トルコ料理専門の食材店』とか。このあいだもインドとチュニジアのパスタを購入しました。あとは、ワークショップの生徒さんが『旅先のお土産物屋さんで、こんなパスタを見つけました』といって珍品を買ってきてくれる場合もあります。そのように種類がどんどん増えてきて、これ以上もう置くところがないです(苦笑)」



▲ワークショップの課題になる場合も多い星座や干支シリーズ。どれも愛らしい








――珍しい、見たことがないパスタもたくさんありありますね。


上原
「そうなんです。もうどこでも手に入らない貴重なパスタもあるんです。パスタってすぐ製造中止で廃版になるので、あるときに手に入れておかないと。そういう知識がなかった頃は、重宝していたパスタが入手できなくなって、すごくショックを受けた日もあります」





■パスタは役者さん。ドラマ性がある作品を


――今後パスタでつくってみたい作品はありますか。


上原
「イタリア南部にある世界遺産『アルベロベッロのトゥルッリ』(三角屋根の建物)を実際に現地へ行って観て、つくってみたい。建築が好きなので、ものすごく感動するんじゃないかな」


――新作がますます楽しみです。上原さんのパスタ作品って、単なる造形ではなく、ホットなドラマ性を感じるんですよね。


上原
「ああ、私はパスタのことを役者さんだと思っているんです。だからかな。主役をはれるパスタもあれば、脇役でいい味を出すパスタもある。なので主役や脇役をうまく組み合わせながら、これからも物語を感じてもらえるような作品をつくっていきたいですね」



▲「パスタは役者さんだと思っている。主役をはれるパスタもあれば、脇役でいい味を出すパスタもある」。上原さんはパスタの演出家と言えるだろう


「ヴィーナスの誕生」をはじめとした、上原さんお手製のパスタdeアートの数々。素朴でありながら、華やかな気持ちにもなる、女神が微笑むような「ブラーヴォ」な作品ばかり。


部屋に飾っておくと、そこはたちまちトラットリア。あたたかく、目においしい。そんな美味空間が誕生します。


常熱工房
http://jyonetu-kobo.ptu.jp/


常熱工房ブログ
https://ameblo.jp/jyonetu-kobo/




TEXT/吉村智樹
https://twitter.com/tomokiy


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