あなたも仏像になってみては? 段ボールに「顔出し仏像」を描き続ける女性がいた
▲思わず手を合わせたくなる、あたたかみに溢れた笑顔。彼女はひたすら段ボールで「顔出し仏像」を描き続けている
いらっしゃいませ。
旅するライター、吉村智樹です。
おおよそ週イチ連載「特ダネさがし旅」。
特ダネを探し求め、私が全国をめぐります。
今回は岡山県倉敷発の情報をお届けします。
■ほっとけない! 段ボールに仏像を描き続けるアーティストがいた
「芸術の秋」がやってきました。特に、伝統の美である仏像を鑑賞するには、うってつけの季節。
燃えあがるような紅葉で彩られた境内を歩き、本堂に祀られた由緒ある仏像に合掌する。心が静まり、癒されるひとときです。
ああ、仏像めぐりがした~い。そのように思っていたある日「倉敷に段ボールに仏像を描いて顔ハメしている女性がいる」という噂を耳にしました。しかもその姿をInstagramやTwitter、FacebookなどのSNSで発信しているとのこと。
見れば……本当だ! オー・マイ・ブッダ!
仏像の顔ハメ看板を手作りし、歩いたり動いたりしている女性が、確かにそこにいるではありませんか。
思わず三度見してしまいました。仏の顔も三度見。
この方はいったいなぜ、このようなことをしているのか。
「知らぬが仏」なのかもしれません。でも知りたい。
僕はいてもたってもいられず、倉敷へと向かいました。
■自分の身長を超える大作も!
お会いしたのは「2D(にーでぃー)仏像顔出し看板」を制作するアーティスト、ニシユキさん(41)。
▲段ボールに「2D仏像顔出し看板」を描くニシユキさん
2012年から段ボールにアクリル絵の具で仏像を描き始め、その数はおよそ40体。
「自宅の片隅で、ちまちま作業している」のだそうですが、なかにはご本人の身長を超える150センチという大型作品も。
▲段ボールの質感のためか、アクリル絵の具で描かれる不動明王はワイルドな迫力に満ちている
▲ご本人の身長よりも大きな作品も
よく見ると、光背や蓮華座までカッターで切り抜かれるなど、ひじょうに精巧な仕事が施されています。「いつ失敗するか、ハラハラしながら切っています」とのこと。光背にも仏像が散りばめられた「2.5D」の労作も。
どうして段ボール仏像(しかも顔出し)を描きはじめたのか。
作者のニシユキさんにお話をうかがいました。
■段ボール仏像を持参してさまざまな場所へ
――いやあ、こうして「2D仏像顔出し看板」がずらりと並ぶと壮観ですね。段ボールとはいえ三十三間堂を思わせる迫力があります。根本的な質問なのですが、ニシユキさんは仏教徒ですか。
ニシユキ
「いいえ。仏教徒ではありません。なので、お坊さんから『怒られるんじゃないか』と不安でした。でも、各地の寺院から『イベントに出てくれ』と依頼されるようになり、受け容れてもらえています。この頃は仏教関係の催しに出ることが多いです」
――ニシユキさんは「ニシユキテン」の名で、さまざまな場所で2D仏像顔出し看板を試着してもらう(?)パフォーマンスやインスタレーションを行っていますね。イベントには何体くらい持っていかれるのですか。
ニシユキ
「少なくとも二十体は持っていきますね。ご来場の方に、お好きな仏像を選んでいただけるように。私、お見立てするのが好きなんです。『今はどんなご気分ですか?』とか」
――その日の気分に合う仏像があるんですね。
■顔もちゃんと描き、あとで切り抜く
―― 一体を描くのにどれくらいの時間がかかるのですか。
ニシユキ
「描き始めると2~3日で終わるんです。けれども、描くまでが時間がかかります。描く仏像の歴史や背景を調べたり、想いを巡らせたり。自分の中で咀嚼しきらないと描きだせないんです。InstagramやTwitterを見てくださる方は新作を待っていてくれるんですが、気持ちが入らないと描けないですね。『まだ違う。まだ違う』って」
――そこまで心を込めて描いていらっしゃるのですか。あいている顔の部分は描かないんですか。
ニシユキ
「一番大事な顔の部分は、実はちゃんと描いているんです。眼も鼻もしっかり描いてから、そこを切り抜いているんです。段ボールとは言え仏様を作っているので、顔だけ描かないというわけにはいかないんです。仏様の顔をカッターで切り抜くのは、とてもつらい作業です。とはいえ、私が描く仏像は、誰かが顔を装着しないと完成しない。そういう作品なので仕方がないですね」
▲人間が仏像の絵に参加することで、初めて彼女の作品は完成する
――人が顔を出すことによって魂が入る?
ニシユキ
「そうなんです。『人の顔があって仏になる』というところが大事なので」
■はじめは、ぶっとんだ「着ぐるみ」だった
――顔出し看板を自作しようと思われたのは、どうしてなのですか。
ニシユキ
「幼稚園児の頃から絵を描くのが好きで、学生時代は油絵を描いていたんです。けれども、社会人になってから、完成のイメージが浮かばないまま白いキャンバスに絵を描き続けているのが辛くなってきて。二十代前半から二十代の中頃まで、『なにか新しい表現はできないものか』と、もがいていたんです。そうしてふと、『自分が何かに変身をしてみてはどうだろう』とひらめきました。これがすべての始まりです」
――「変身」というのは、初めから仏像だったのですか。
ニシユキ
「いいえ。はじめは仏像ではありませんでした。素材も段ボールではなく布製の着ぐるみです。自分がなりたいものをラフスケッチして、それを、お針子をしている友だちに渡して、着ぐるみを作ってもらっていました。できあがった着ぐるみを身につけて、友人たちに撮ってもらった写真をカレンダーに加工して、アートイベントなどで販売していたんです」
――顔出し看板ではなく着ぐるみから始まったのですか。どのような着ぐるみを作っていたのですか。
ニシユキ
「最初に手掛けた着ぐるみがハチ。あとイヌと、ニワトリと、さらに“尻相撲力士”という架空の関取といったように、どんどん加速してったんです。言わばコスプレイヤーですね」
▲イヌ
▲ハチとニワトリ
▲尻相撲力士「白桃龍」
――尻相撲力士とは、かなりぶっ飛びましたね。絵を描く辛さは、着ぐるみ制作によって解消されたのですか。
ニシユキ
「そうですね。ノリノリでした。非日常を楽しんでいました。アートイベントだったり、友人同志の集まりだったり、パーティだったり、機会があるたびに着ぐるみを自分で装着して出かけていました」
■東寺での「立体曼荼羅」に衝撃を受けた
――布製の着ぐるみが段ボールになっていったのは、どうしてですか。
ニシユキ
「だんだんと“人に作ってもらった着ぐるみを自分しか着ない”というスタイルがつまらなく感じてきまして。広がりがないというか。それだったら反対に『自分で作って、それをいろんな人が着たり身につけたりした方が面白いんじゃないか』と考えるようになっていったんです」
▲二十代は「自分にできる新しい表現はないものか」ともがき続けていたという
――なるほど。それで「顔出し」になったのですか。確かに、着ぐるみとは正反対のアプローチですよね。
ニシユキ
「一度だけ、宴会用に『スター・ウォーズ』に登場する(パドメ・)アミダラの顔出し看板を作ったことがあって。それが意外とウケていたのを思い出したんです。『顔出し看板だったら、いろんな人が楽しめるな』って。ただ、モチーフは何にしようかと悩みましてね。いろいろ考えを巡らせた末に、仏像になりました」
――考えた末に仏像に至ったのは、どうしてですか。
ニシユキ
「自分がこれまで心の琴線に触れたものはなんだったんだろうって思い返しているうちに、2003年に京都をひとりで旅をして、東寺で立体曼荼羅を観た日の記憶が蘇ってきたんです。『そういえば、あの仏像はよかったな。衝撃的だったな』と」
――もともと仏像や仏教美術に関心があったのですか。
ニシユキ
「正直に言って、仏像に対しては、実は関心が高くはありませんでした。それどころか現代アートに傾倒していた時期は、日本の伝統美術に対して斜に構えていたほどです。ただ、二十代後半に友人たちとパリとベネチアを10日間ほど旅しまして、現地のいろんな美術館や博物館や現代アートなどをどっぷり鑑賞して過ごした結果、西洋の美術を見疲れてしまって……。それもあって、京都の東寺で見た立体曼荼羅の魅力に改めて気づいたんです」
――「2D仏像顔出し看板」のルーツが京都にあったのですか。
ニシユキ
「立体曼荼羅に出会った衝動がずっと心の奥底に残っていたんでしょうね。それからじょじょに仏像そのものに関心をいだくようになりました。書籍を読んだり、写真集を見たりして、勉強するようになっていきました」
▲「東寺の立体曼荼羅に出会った衝撃が忘れられなかった」という
■帝釈天の魅力は「セクシー」さ
――東寺の立体曼荼羅は21体ありますが、特に気に入った仏像はありましたか。
ニシユキ
「私は帝釈天が好きなんです。それまで抱いていた仏像のイメージって、阿弥陀如来像のような、しっとりとした感じ。静かな印象が自分にはありました。でも帝釈天は、躍動感と力強さを兼ね備えていて、肉肉しくってセクシーだと思ったんです。それで好きになりました」
――初めてお描きになった「2D仏像顔出し看板」も帝釈天ですか。
ニシユキ
「そうですね。初めはあまり深く考えずに、段ボールに衝動的に下描きもせず帝釈天をはじめとした4体の仏像を描きました。勢いだけで描いたのでバランスが悪く、絵がどん詰まりになっていっているんですが(苦笑)。でも楽しかったですね。『仏像を描くのって、こんなに楽しいんだ』と思いました」
■段ボールだからゴミだと思われて捨てられる
――段ボールは、どのようなものを使いましたか。
ニシユキ
「テレビを運ぶ段ボールをもらってきて。その頃は何も考えていなかったので、折り目がある段ボールにも平気で描いていました。折り目の部分から傷んでくるので今はタブーですが」
▲開始当時の作品はやはりタッチが粗く、折り目も気にしないなど、ラフな印象を受ける。しかし荒々しさゆえに初期衝動的な魅力がある
――そもそも段ボールを素材にしようと思ったのは、どうしてですか。
ニシユキ
「入手がしやすく、軽い。それになにより地の色が樹木と似ている点かな。白いキャンバス地だと下地を塗らなきゃいけないけれど、段ボールだと木の色合いによく似ているから、そのまま描けるんです」
――では、反対に欠点は。
ニシユキ
「欠点というわけではないのですが、段ボールなので裏返すと、ただのゴミだと思われて捨てられちゃう。お貸ししたものが返ってこない場合もあります」
――それはひどいですね。でも裏返されてしまうと、まさか仏像だとは思わないですものね。
ニシユキ
「背中も描くしかないですね(苦笑)」
――初期作品に較べて、それ以降のものは絵が繊細になり、かつサイズが大きくなっていっていますね。
ニシユキ
「年を重ねるごとに作品がどんどん大きくなってきていますね。車に積みこむのもギリギリで、これ以上に大きいと、もう荷台に載りません。知人に『大きな使用済みの段ボールがあったら教えてね』と声をかけているうちに、高さや幅が100センチを超える段ボールが入手できるようになってきたんです。ただ、大きくても強度に問題がある場合が多いので、二重にしたり、最近は大きな板状の段ボールを購入したりしています」
▲「大きな段ボールがあったら譲ってほしい」と声をかけ、入手できるようになった。これは卓球台を梱包していた段ボール
■仏様になった瞬間に出る笑顔が好き
――今後も続けてゆくという意志はおありですか。
ニシユキ
「はい。求められる限り。当初はこんなに長くやるつもりじゃなかったんです。始めは岡山県で開催していたアート市へ出店するためのひとつのツールという意識でした。でも、『次はあの仏像を作ってみよう』『次はあの仏像に挑戦したい』と、次から次へとイメージが浮かんできて。いっこうに飽きることがなく現在に至るという感じです」
――「2D仏像顔出し看板」を作っていて、一番のやりがいは、なんでしょう。
ニシユキ
「顔を出した人が一瞬、仏様になり、それを見たお連れの方々がキャハハと笑う。その瞬間がすごく好きなんです。皆さんに喜んでもらえたときが、やっぱり嬉しいですね」
――今後の展望は。
ニシユキ
「とりあえず年内に立体曼荼羅を完成させたいです。ただ『2D仏像顔出し看板』は、人が顔をハメることで完成します。なので単純に21人、カメラマンを入れると22人が必要なんです。しかも21体を並べる場所が倉敷にあるかどうか……それが悩みですね」
慈愛に満ちたやさしい微笑み。胸に沁みこむような温かい声でゆったりと語るニシユキさんの姿は、並んでいる仏像の一体であるかのような、ありがたい雰囲気をたたえていました。
そして仏様の顔を一度はしっかりと描き、それを切り取るという苦行を経て作品を創出する彼女は、たとえ素材が段ボールであっても、ひとりの立派な仏師なのだと感じました。
さまざまなイベントに手づくりの仏像を運ぶニシユキさん。
秋が深まるこの季節、ひとあじ違う(違いすぎる?)仏像鑑賞に出かけてみませんか。
ニシユキWebサイト「ニシユキテン」
https://nisiyukiten.com/
TEXT/吉村智樹
https://twitter.com/tomokiy
タイトルバナー/辻ヒロミ