初めて見たのに懐かしい。「台湾の団地」に魅了された女性

2019/10/1 11:00 吉村智樹 吉村智樹


▲円型の建物に、住む人の個性がにじみ出たベランダ。台湾の団地には、ワイルドだけれども人懐こい情緒がある。そんな台湾の団地に魅せられた、ひとりの日本人女性がいる


いらっしゃいませ。
旅するライター、吉村智樹です。


おおよそ週イチ連載「特ダネさがし旅」
特ダネを探し求め、私が全国をめぐります。





今回は台湾発の情報をお届けします。


■「台湾の団地」に魅せられた女性


秋は旅行のシーズン。
海外旅行ならば、比較的安価で渡れて移動距離も短い「台湾」が人気です。


パワースポットと呼ばれる龍山寺、各地で開かれるにぎやかな夜市など、台湾は観光したくなるスポットが目白押し。グルメ、ショッピング、マッサージ、台湾発祥のタピオカミルクティーも、もちろんあります。


大阪に住む「tamazo(タマゾー)」こと桝本典子さん(47)も、台湾を熱烈に愛するひとり。テレビ局でデータ入力をする職務に就きながら、足繁く台湾へ通っています。


しかし! tamazoさんが台湾を訪れる最大の理由は、グルメやショッピングなどではありません。彼女が台湾へ行く理由、それは「団地の鑑賞」です。


「団地? 日本にもある、あの団地? なぜ台湾まで、わざわざ団地を見に行くの?」


多くの人はきっと、不思議に思うでしょう。



▲「tamazo」こと桝本典子さん。台湾の団地に惹かれ、会社勤めをしながら台湾各地を巡り、団地の撮影をしている


■「台湾の団地」を撮影した写真集を自費出版


そもそもtamazoさんは、団地が大好き。団地研究の精鋭ユニット「チーム4.5畳」のメンバーでもあります。


チーム4.5畳
https://sites.google.com/site/danchiunplugged/home


そしてtamazoさんは、これまで「植物激烈地繁殖的台灣的公寓 〜台湾の集合住宅探訪〜」(1,000円+税)、「為了看國宅的高雄旅遊 団地を見に行く台湾旅 〜高雄編〜」(1,200円+税)などなど、台湾の団地を撮影した写真集の数々を自費出版しているのです。



▲tamazoさんが自費出版した台湾の団地1st. 写真集「植物激烈地繁殖的台灣的公寓 〜台湾の集合住宅探訪〜」



▲写真集「植物激烈地繁殖的台灣的公寓 〜台湾の集合住宅探訪〜」より



▲2nd. 写真集「為了看國宅的高雄旅遊 団地を見に行く台湾旅 〜高雄編〜」



▲写真集「為了看國宅的高雄旅遊 団地を見に行く台湾旅 〜高雄編〜」より





台湾の団地をメインとした写真集。ページを開いてみると……ああ、なんという味わい深さ。初めて見るのに、幼少期に自分がそこにたたずんでいたかのような錯覚をする、シックでノスタルジックな風景が展開されます。


雑多なようでいて、大きくおおらなか力によって保たれるストレンジなバランス。日本の団地とは趣が異なる、パッチワークのような魅力が伝わってくるのです。


「海の向こうの団地を旅する」という、新たな視点は、どこから生まれたのか。
tamazoさんが台湾の団地に魅せられた、その理由をお聴きしました。


■ひと月に2回も行くほど台湾が好き


――tamazoさんは、どれくらいの頻度で台湾を訪れるのですか。


tamazo
「年に3回から5回かな。去年は、よく行きましたね。1月から5月の間に5回。ひと月に2回も行ったこともあります。今年は、すでに3回。なんかもう、はずみがついちゃって」


――台湾では何泊されるのですか。


tamazo
「できるだけ3日以上は滞在するように心がけています。けれども、どうしても行きたくなると、会社が終わった金曜日の夜に23時発の飛行機で向かう場合もあります。それで、日曜日の最終便で帰ってくる。そんな感じです」



▲仕事が休みの日を利用して台湾へ渡るため、団地鑑賞は一刻の猶予も許されない。巡行スケジュールは分刻みだ


――慌ただしいですね。言葉はどうされているのですか。


tamazo
「中国語(台湾では台湾華語と呼ばれる中国語が広く話されている)は読めるのですけれども、話せない。なので、基本は英語です。とはいえ現地の言葉も理解したいので、半年前から台湾華語のトラベル会話入門講座に通ってます。レストランの注文の仕方とか、ホテルのチェックインの仕方とかならば話せるようになりました。ただ、伝えることはできるんですけど、訊かれても答えられない(苦笑)」


■「台湾の団地」を鑑賞するために一週間滞在


――初めて台湾を訪れたのは、いつですか。


tamazo
「5年前です。それまで台湾に特別な関心があったわけではなく、たまたま台湾を往復するピーチ(Peach・Aviation/関西国際空港を拠点とする日本の格安航空会社)が安かったからなんです。その頃は5,000円台で台湾へ渡れました。それで友達とふたりで2回、観光して、それで台湾が好きになったんです」


――「台湾の団地」を訪れるようになったのは、どうしてですか。


tamazo
「高雄に団地があるってわかったからなんです。『団地って、台湾にもあるのかな?』と思って。調べてみると、『どうやら高雄にあるらしい』と。それが『果貿社区(グオ マオ ショーァ チュイ)』という、元国民党軍専用の集合住宅でした。この眼でしっかりと見ておきたかったから、一週間、休みをとって、ひとりで観に行きました


果貿社区*旧城南門近くにある、1965年に建てられた円型の市街地住宅。



▲圧巻の円型建築「果貿社区」。


――これは素晴らしいデザインですね!


tamazo
「すごいでしょう。もう3回も観に行きました。『インスタ映えがする』というので、いま台湾の若者の間でも大人気のスポットなんです」


――台湾にも「インスタ映え」という概念があるんですね。


tamazo
「台湾はインスタがめっちゃ流行っているんです。“映え”ポイントのガイドブックが何冊も出版されているくらい」



▲「果貿社区」の中央は児童公園になっており、絶好のインスタ映えスポットとして、台湾の若者たちにも人気がある。


■雑居ビルだと思ったら、まさかの団地


――そもそも、団地がお好きになったのは、なぜなのですか。


tamazo
「きっかけは大阪でした。およそ12年前、大阪市内に引っ越したんです。散歩していたら、『大阪って面白いビルが多いな~』と思いましてね。なかでも、『これはカッコいいな』と感じたのが、中央区にある内久宝寺(うちきゅうほうじ)団地だったんです」


*内久宝寺団地……昭和36(1961)年3月竣工。5階建ての鉄筋コンクリート造。テナントと住居が入り混じる市街地住宅。併存住宅とも呼ばれる。現在は解体され、跡地ではタワーマンションの建設が進んでいる。


――大阪市内の中心部にも団地があったのですね。団地って、郊外に並んでいるイメージでした。


tamazo
「内久宝寺団地は、パッと見て、団地かどうか、わからないんです。一階と二階は会社やお店が入っていて、3階以上は住宅になっていました。そのため、一見すると雑居ビルなんです。『デザインがおしゃれやな~』と思って中に入ったら、なんと団地やったんです。驚きましたね。それからですね、団地にハマったのは。改めて団地に引っ越したくらい、団地が好きになりました


■「台湾の団地」には戦争の歴史がある


――台湾の団地を鑑賞するために何か所を巡られましたか。


tamazo
「およそ30か所強でしょうか。台北、新北、基隆、桃園、台中、台南、高雄、屏東(ピンドン)を巡りました」



▲台北



▲台北



▲新北



▲基隆



▲桃園



▲台南



▲屏東


――移動の足はどうされたのですか。


tamazo
「鉄道で移動し、駅からは徒歩かバスで。台湾の団地って、日本のように郊外ではなく、けっこう都市の真ん中にあるんです。駅前にドーンと建っている場合も少なくない。交通至便な、いい場所にあるんですよ。多くは賃貸ではなく分譲ですしね。分譲だから、どんどん改造しちゃう。一軒一軒の主張がすごいんです」


――あ、台湾の団地は分譲なんですか。だからこんなに一軒一軒の外見が異なるのですね。


tamazo
「分譲が多いんです。台湾の団地は、実は裕福な方々が住んでいるんです。故宮博物館にいいものを持ってきた元軍人さんたちが住んでいるので、みんな、お金持ちなんです」


――元軍人さんが住んでる? 日本の団地とは異なる歴史があるようですね。


tamazo
「そうなんです。話は*日本が台湾を統治していた時代にまでさかのぼります。日本から赴任したの役人や軍人、教師たちのために平屋の家屋が建てられました。これは台湾ではのちに『日式宿舎』『日治宿舎』などと呼ばれるようになりました」


*日本統治時代……日清戦争の「下関条約」によって台湾が清朝から日本へ譲り渡された1895年4月17日から、第二次世界大戦の「ポツダム宣言」によって台湾が日本から中華民国へ返還された1945年10月25日までの時代



▲新刊3rd. 写真集「為了看日治建築的桃園旅遊~日本統治時代の建築を巡る桃園旅行」



▲写真集「為了看日治建築的桃園旅遊~日本統治時代の建築を巡る桃園旅行」より



▲日式宿舎


――なんと、団地のルーツは明治時代にあったのですか。


tamazo
「そのあとに中国で国共内戦があり、蒋介石が率いる国民党と、毛沢東が率いる中国共産党が闘ってたんです。それで国民党が負けて、国民党員とその家族が台湾へ何十万人も逃げてきた。そして、ちょうど日本人が帰国して空き家になっていた日式宿舎に住みだして。でも、それだけじゃ家が足りなくなって、中国人が集合住宅、つまり団地を建て増しして……そういう歴史があるんですね」


――台湾の団地には、そんな壮大な歴史があったのですか!


tamazo
「日本人が台湾に建てた日式宿舎と国民党員が建てた団地は、切っても切り離せない関係なんです。団地に興味を持ったがために、日中台湾の歴史を調べざるをえなくなりました


■団地がある場所はGoogle Mapではわからない


――団地がある場所は、どうやって見つけるんですか。


tamazo
「日本はGoogle Mapで上空から見ると、団地かどうかがわかるじゃないですか。でも台湾は屋上にも家を建てちゃうので、俯瞰では戸建てと区別がつかない。なので、地名を手掛かりに、googleストリートビューで降りて調べます」


――地名で団地を? どうして、地名で団地があるかどうかがわかるのですか。


tamazo
「“新村”など、新しいを意味する言葉が入っていると、そこに団地がある確率が高いんです。たとえば、イギリス人が入植した国に地名を残すとき、『ニュー』をつけますよね。ニューイングランドとか、ニュージャージーとか、ニュージーランドとか。ああいう感覚なのだと思います」


――なるほど。地名には歴史が刻まれていますものね。やはり台湾の歴史と団地は密接なつながりがあるのですね。


■チャーミングな「ベランダの面格子」


――歴史以外に、台湾の団地と日本の団地の違いはありますか。


tamazo
「日本の団地ともっとも異なる点は、面格子(めんごうし)ですね。パッと見て、面格子のインパクトが大きくて。なぜベランダに面格子をとりつけるのか、不思議に思って理由を訊いたら、『防犯のため』なのだそうです。『面格子をとりつけないと、上からも下からも泥棒が入ってくるでしょ』って。なので、侵入できないようにベランダを面格子で覆ってしまう」



▲ベランダを覆ってしまう面格子は台湾の団地の大きな特徴











――面格子が、まさかの泥棒除けだったとは。とはいえ、面格子のデザインは見ていてひじょうに楽しいですね。


tamazo
「それぞれ個別のオーダーメイドで。カタログもないらしいんです。私自身はお花の面格子が好きですね」



▲かわいい、お花の面格子








――お花の面格子、めっちゃラブリーですね!


tamazo
「あと、日本と違う点は、植物のパワー。台湾は南国なので、植物の生長が早く、ベランダを覆ってしまうほど生い茂るんです」



▲植物が生い茂るベランダ








――まるでジャングルですね。本来は無機質なはずの建物に命が宿っているかのような。あと、壁全体をカラフルに塗り替えている団地もありますね。


tamazo
「高雄には、古くなってきた団地をアートによって再生させて町おこしをする動きがあるんです。フランスやイギリスから、わざわざアーティストを呼んで壁を塗っているんです。撮影もウエルカムで、気兼ねなくカメラを向けることができます」





■日本と同じく台湾も抱える住民の高齢化問題


――そういえば、日本では団地居住者の高齢化が問題になっています。台湾では、どうなのでしょう。


tamazo
「日本と同じで、高齢化が進んでいるようです。台北の南機場公寓(みなみきじょうこうぐう)という場所にある団地は、お年寄りが多く居住していて、『エレベーターをつけよう』という運動があるようです。現在は、足が悪くて買い物へ行けないお年寄りのために、自治会長さんがかわりに買い物をしてあげているのだそうです。一階に冷蔵庫を設置して、買ったものをそこへ置けるようにしてありました」



▲南機場公寓


――心温まるお話ですね。では、さまざまな要素をひっくるめ、「台湾の団地の魅力」は、どこにあると思われますか。


tamazo
「団地って、はじめはどの家のどの部屋も同じなんです。構造も、予算も同じ。そんな限られた空間なのに、人が住むことで、それぞれのかたちに変わってゆく。特に台湾はそれが顕著で、そこが面白いですね。同じベランダでも、面格子のかたちや生えている植物によって、まるで違ったものになる。見ているだけで楽しくなります。私はどうやら、型にはまったものが変容していく様子が好きなようです」


――今後、台湾で訪れてみたい街はありますか。


tamazo
「まだ台湾の西側へしか行けていないので、東側を訪れてみたいですね。東側には日本統治時代の建物が残っているので、もしかしたら、知らない団地に巡りあえるかもしれないのです」


たくましくて、やさしい。
住む人の人柄まで滲み出てくるような、愛おしい台湾の団地。


tamazoさんの本を片手に、台湾へ行って、団地を眺めてみたくなります。そして、人々の日々のいとなみに、想いを馳せてみたい。


いや、もっと大切なのは、tamazoさんにとってそれが団地であったように、自分なりの旅のテーマを見つけること


お仕着せさせられたものではない、独自の視点で歩く。それが、旅の醍醐味なのでしょう。



tamazoさん Twitter
https://twitter.com/tamazo919build2


tamazoさんが発行する「台湾の団地」の本は、下記にて購入可能です(売り切れの場合もあります)

・甘夏書店(東京都墨田区)
https://amanatsu-shoten.hatenablog.com/

・弥生坂 緑の本棚(東京都文京区)
https://midorinohondana.com/

・シカク(大阪市此花区)
http://uguilab.com/shikaku/

・本は人生のおやつです!(大阪市北区)
https://honoya.tumblr.com

・フォルモサ書院(大阪市北区)
https://formosa8.webnode.jp

・古書みつづみ書房(兵庫県伊丹市)
https://www.facebook.com/mitsuzumishobo/

・1003(神戸市中央区)
https://1003books.tumblr.com

・「本」屋プラグ(和歌山市)
https://books-plug.com

・広島蔦屋書店(広島市)
https://store.tsite.jp/hiroshima/





TEXT/吉村智樹
https://twitter.com/tomokiy


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