グッドなデザインにうっとり。なぜ? 革製品専門店の店内に「マッチの博物館」があった!

2019/8/21 18:00 吉村智樹 吉村智樹

▲ポップでキュートでクールなデザインの「マッチ」。かつては、こんな素敵な小さな箱が、必ずどの家庭にもひとつはあった


ライターの吉村智樹です。


おおよそ週イチ連載「特ダネさがし旅」
特ダネを探し求め、私が全国をめぐります。





第4回目は、神戸から情報をお届けします。


■花火、線香……夏の想い出は「マッチ」とともにあった


かつては生活必需品だったのに、今ではめったに使わなくなったもののひとつに、「マッチ」があります。



▲「マッチ」は家庭の必需品だった


お盆休みに、ロウソクや線香、花火に火を点けた方は、きっと多いでしょう。
でも、「マッチで火を点けた」方は、さすがに少ないのでは
さかのぼれば、マッチを擦ったときに立ちのぼる頭薬の香りや、火が消えたあとにか細く残る煙が、真夏のメモリーだった時代があったのですが。


■革細工専門店の一画に懐かしい「マッチ」の博物館があった


そんな懐かしいマッチが大挙して並ぶ私設ミュージアムが、神戸の垂水(たるみ)にあります。しかもそこは、かなりユニークな立地に存在しているのです。


各線「垂水」駅を南へわずかに歩くと、「レッドアリゲーター」というお店が現れます。



▲「垂水駅」南側すぐの場所にあるレザーアイテム専門店「レッドアリゲーター」


ここ「レッドアリゲーター」は、美容師向けの「シザーケース」や、園芸職向けの「フローリストケース」など、スペシャリストを対象とした革製品を多く扱うショップです。



▲美容師さんが使う革の「シザーケース」がずらりと並ぶ


扱う商品が、すでに独特。
さらに、お店の造りが、さらに唯一無二。
なんと、店舗の半分のスペースが、マッチのコレクションを展示した「たるみ燐寸(マッチ)博物館」となっているではありませんか。なんとミスマッチな!



▲ビルの二階へあがる入り口には「たるみ燐寸博物館」へ案内する貼り紙が



▲ドアを開けると、革製品専門店「レッドアリゲーター」の左半分が「たるみ燐寸博物館」となっている。なんという奇妙なマッチング!



▲おびただしい量のマッチが展示されている。レジで300円を払うと鑑賞できる


■まるで神戸の街のネオンサイン。マッチが語る青春グラフィティ


レッドアリゲーターの店長であり、マッチコレクションの私設ミュージアム「たるみ燐寸博物館」を運営しているのは、小野隆弘さん(57)。



▲「レッドアリゲーター」の店長であり、マッチコレクションの私設ミュージアムたるみ燐寸博物館」を運営している小野隆弘さん


小野さんは生まれも育ちも、ここ神戸の垂水。マッチの採取地は、やはり小野さんの幼少期からの生活圏である神戸が中心となっています。集めたマッチがそのまま、小野さんの青春グラフィティになっているのですね(ちなみに、マッチの製造は神戸の地場産業でもあります)。



▲小野さんが生まれ育った神戸でゲットしたマッチが多い











蒐集品の多くは、箱に店名や住所などが印刷された「広告マッチ」。神戸の街を彩ったお店やホテル、レジャー施設などが配布したオリジナル広告マッチです。



▲マッチの多くは広告として頒布されていた。商店の場合は、現在でいうショップカードの役目も果たしていた








なんて洒脱で愛らしいデザインなのでしょう。まるで街のネオンを見ているかのようで、ウキウキした気分になります。


■「高度経済成長期の広告マッチ」を出版


そして、運営者の小野さんはこのたび、コレクションを紹介した初の著書『マッチ・ラベル1950s-70sグラフィックス 高度経済成長期の広告マッチラベルデザイン集』 (グラフィック社)を上梓しました。



▲小野隆弘さん初の著書『マッチ・ラベル1950s-70sグラフィックス 高度経済成長期の広告マッチラベルデザイン集』(グラフィック社)


喫茶店、洋菓子店、百貨店、夜のお店などなど業種別に分けたり、色合い、模様、「花」「こけし」などのモチーフ、ラベルを描いた作家別などでまとめたり。楽しみ方は多種多彩。まさにマッチ箱のように味わいは多面体です。



▲カラーリングでまとめたり



▲タイポグラフィ(文字配列によるデザイン)でまとめたり


そして、どのページをめくっても、はあ(ため息)。往時のデザイナーたちの素晴らしいセンスがほとばしり、ほれぼれとしてしまいます。それこそ、マッチ売りの少女が炎の向こう側で観た、夢のような光景なのです。



▲ひとつの絵柄が他県へと広まってゆく現象を追った



▲県別コレクション



▲銀行のマッチ。銀行がマッチを配っていた時代もあった


なぜ、ご自身のお店のなかにマッチの博物館を開いたのか。
ここまで集めさせるマッチの魅力とは。


小野さんに、お話をうかがいました。


■コレクションは3万個以上! 触ってもかまわない博物館


――博物館に足を踏みいれ、先ずマッチの物量に圧倒されました。とてつもない量ですね。マッチの数は、どれくらいあるのですか?


小野
「箱のままが2万個以上。スクラップされているものを足すと3万点以上はあると思います。その中から、およそ600点を選んで、手に取りやすい状態にしてあります」


――さ、3万ですか! マッチが山盛りになっていて、じかに触れられる太っ腹なディスプレイにも驚きました。


小野
「きれいに並べてはいません。きれいに並べて素通りされるよりも、乱雑でも、じっくり見てもらった方がいいです。宝探しをする感覚で、自分でマッチの山を掘りながら鑑賞していただければ



▲現物に触れても大丈夫。手さぐりで自分好みのマッチを鑑賞できるコーナー








――現物に触れてもいい博物館って珍しいですね。


小野
「もちろん、持ち帰りはいけませんが、触るのはOKにしています。マッチ箱は手にした感触も魅力のひとつですから。実際に手のひらに置いて、質感を味わってほしいですね」








■「マッチラベルの絵を描いた人たちの叫びが、僕には聞こえる」


――マッチの数だけではなく、シザーケース販売店とマッチの博物館が地続きになっているシチュエーションも極めて奇特で、びっくりです。なぜお店の中でマッチの私設博物館を開こうと思われたのですか。


小野
「博物館をつくったのは、『コレクションは人に見せなきゃ意味がない』からです。集まったものは、ひとりでにやにやしながら眺めているのではなく、一般に開放すべし。それが僕の持論なんです。とはいえ、店と博物館を別々に管理する余裕はありませんから、どちらにも目が届くように、同じ場所でやっています」



▲「シザーケース」や各種バッグを販売



▲ケースやバッグの店舗「レッドアリゲーター」と地続きになった「たるみ燐寸博物館」



▲ひときわ映えるカラーリング別展示














――確かに、ひとつひとつのマッチのデザインがとてもうるわしく、収蔵したまま人目に触れないのはもったいない。文化的損失ですね。


小野
マッチラベルの絵を描いた人たちの叫びが、僕には聞こえるんですよ『世に出してくれー!』ってマッチはひとつの完結した芸術作品です。マッチのラベルに描き手がいて、作品を無料でもらえて、しかも持ち歩けるだなんて、なんという豊かな時代だったんだろうと思います」



▲優れたデザインやイラストレーションをより見やすく鑑賞できるよう、額装されたコーナーも








■「風呂を沸かすためのマッチ」から始まったコレクション


――これほどたくさんのマッチがあるということは、たばこがお好きなのですか。


小野
「いいえ。たばこは、まったく吸わないです。吸わないからマッチを集められたんじゃないかな。たばこを吸っちゃう人の方が、使い終わったマッチを捨てると思うんです」


――なるほど! では、たばこを吸わない小野さんがマッチと親しむようになったのは、なぜですか。


小野
「それは、小学生だった時代まで、さかのぼります。僕は小学生の頃、家庭内での“マッチで風呂の火を点ける係”だったんです。家は平屋建ての借家で、風呂はいったん家の外へ出てから火を点けて沸かすタイプでした。それで、風呂を焚くためのマッチを父親から渡されていました。当時の風呂って今のように簡単に点火しないから、なかなか大変でした。マッチ棒を擦るのも、ずいぶん上手くなりましたよ」


――家の外から火を点けるタイプの風呂釜、ありましたね。懐かしいです。そういえば昔は、たばこを吸わなくても、家庭でマッチを頻繁に使っていましたね。コンロもストーブも、マッチで火を点けていました。


小野
家庭にマッチは必需品でした。マッチがないと生活できない時代があったんです」



▲「マッチがないと生活できない時代があったんです」


■かわいい絵柄をコンプリートしたい!


――では、マッチを集め始めたのは、どうしてですか。


小野
「あれは小学校4年生の頃でした。いつも風呂を沸かすためのマッチを父親からもらっていて、そのなかに“パッケージがかわいいシリーズもの”があったんです。父親に『これ、集めていい?』と訊くと、『マッチなら、いいよ』と。それから、父はシリーズものの絵柄がかぶらないように、マッチを買ってきてくれるようになりました。マッチは当時、ひと箱5円から10円でしたので、お菓子やおもちゃをねだられるよりも安上がりだと思ったのでしょうね」


――はじめは、お父様がマッチを購入していたのですか。


小野
「父は家庭ではたばこを吸いませんでしたが、外ではヘビースモーカーだったんです。それで、駅の売店などでたばこを買い求める際に、ついでにマッチも買っていました。それを僕に渡していたんです」


――そういえば駅の売店に並んでいるマッチって、まるで記念切手のように、絵柄のシリーズがありましたね。


小野
「あったでしょう。『東海道五十三次シリーズ』なんて、意地になって集めましたよ。ほかには『日本の歩み』シリーズとか、いろいろコンプリートしました。歴史なんて、まったく興味がないのに(笑)」


――スクラップブックを拝見させていただくと、マッチを手にした日とナンバリングがしっかりと書き込まれていて、さすがです。


小野
「父が理系で、かつ几帳面な人で、『コレクションを管理するには、日付と管理番号が必要だ』と教えてくれたんです。今でも、その時の教えはとても役立っています」



▲きれいにスクラップされたシリーズマッチ。裏には日付とナンバリングが



▲「父が几帳面な人で、『コレクションを管理するには、日付と管理番号が必要だ』と教えてくれたんです」


■「たばこを吸うのでは」と疑われた中学高校生時代


――小学生時代から、ずっとマッチコレクションひと筋ですか。


小野
「いやあ、中学から高校時代はマッチが手に入らなくなり、ブランクがありました。父がたばこをピタリとやめてしまいましてね。風呂も新しいのに買い替えて、もうマッチで沸かさなくてよくなっていましたし。そうなると、マッチを自らもらいに行ったり、買ったりしなくてはならない。けれども、中学生や高校生だと、簡単に手に入れることができなくなるんです


――ああ! そうでしょうね。未成年喫煙だと勘違いされますよね。


小野
「マッチが手に入る場所といえば、当時は主に喫茶店だったんです。どの喫茶店でも、ほぼ自分の店のオリジナルマッチをつくっていて、灰皿のなかに置いていたんです。ところが、高校生が店に入ると、灰皿をさげられてしまう。お店の方に『趣味でマッチを集めているので、譲ってもらえませんか』とお願いしても、『嘘をつくな。本当はたばこを吸うんだろう?』と疑われてしまい、もらえない。なので高校時代は神戸の喫茶店へ片っ端から行きまくり、タイミングを見計らって、マッチをポケットへ突っ込むということを繰り返していました」


――喫茶店のマッチは基本的に持ち帰っていいものでしたから問題はないはずですが、それにしてもスリリングですね。



▲「思いつき」という名の喫茶店のマッチは三面揃えると、ひとつの絵になる。学生時代はなかなか入手ができず、3つ揃ったのは成人してからだった


■日本の高度経済成長期は、「もう二度と来ない時代」


――このたび初の著書『マッチ・ラベル 1950s-70s グラフィックス 高度経済成長期の広告マッチラベルデザイン集』(グラフィック社)を上梓なさいましたね。小野さんは高度経済成長期のマッチをメインに集めているのですか。


小野
「決して、そういうわけではないです。コレクションは80年代バブル期のものも多いのです。けれども、本を編集する際に、あえて僕の父が生きていた高度経済成長期に絞りました。日本の高度経済成長期は、残念ながら『もう二度と来ない時代』なんです。換えが効かない時代であり、記録を後世に残しておかねばならないという使命感がありました」


――小野さんの想いは、ページをめくるたびに、熱く伝わってきます。往時のマッチのデザインが新しい時代の息吹きに満ち溢れていて、ワクワクしてきます。そしてこの時代のマッチは基本的に「広告」だったんだなと、改めて感じます。


小野
「そう、高度経済成長期のマッチは単に火を点ける用具ではなく、広告なんです。『マッチを広告として使わなかった職種はないんじゃないか』と思うほど、業態は多岐にわたります。だからこんな小さな箱なのに、アートやデザイン、コピーライティングの最先端の智慧が集まっていて、マッチ箱ひとつでグラフィックのすべての要素を体験できる。この小さなサイズで表現できるあらゆることが凝縮されています。それが僕には衝撃でした」



▲小さなマッチ箱に広告表現のさまざまなアイデアが詰まっていた



▲少ない色数で印象に残る表現をしている


――ということは、高度経済成長期に配られたこの小さな広告マッチは、往時のクリエイターやアーティストたちが小さなサイズの制約と闘った証しとも言えますね。


小野
「そういう点でも、クリエイターさんには、ぜひ読んでほしい。この本は現在のクリエイターに対する警告でもあります」



▲小野さんは自著を「クリエイターに、ぜひ読んでほしい」と語る


■小さなマッチ箱が、広告として重要なツールだった時代


――オリジナルのイラストレーションや絵画がどれも、たまらない味わいですね。


小野
手描きの絵が印刷されているのが広告マッチの特徴でもあります。一般的に販売されていた量産型のマッチは、ラベルがほぼ写真でしたから。なので自分には、よそでは手に入らない広告マッチのほうにいっそう想い入れがあります


――イラストレーターや画家たちがマッチ箱のラベルのためだけに描き下ろしているというのも、無料素材を使うのが当たり前な現代に較べ、本当に贅沢ですね。


小野
「そうです。僕は特に抽象画が描かれたマッチが好きですね。アートが時代を動かす躍動感があります」



▲小野さんは特に「抽象画」が印刷されたマッチがお好きなのだそう





――喫茶店やバーのマッチひとつとっても、広告としての訴求力の強さを感じますね。とはいえ……ひじょうに訊きにくい質問なのですが、広告だからこそ、ないがしろにされた側面もあるのでは。


小野
「そういう部分は確かにあります。広告マッチは言わば新聞のチラシみたいなもので、粗末に扱われていました。なので現存しているものは、とても少ないです。この本を読んで、『そういえば引き出しに一個あったな』『納屋に一個、残っていたぞ』と気がついてほしい。そうして過ぎ去ったあの時代を思い出してほしいです」


――現在でも広告としてマッチをつくることはあるんでしょうか。


小野
「今でもカフェがマッチをつくる例はあります。けれども、それはあくまでノベルティグッズですよね。広告としての意味や役目はもうないですね」


■興味があるのは「マッチの背景にあるヒストリー」


――これほど多くのマッチを展示されていると、「自分のコレクションを引き取ってほしい」という依頼もあるのでは。


小野
「あります。けれども僕は、マッチならなんでも集めているわけではないし、コレクションの数を誇ったり増やしたりしたいのではないんです。寄贈を申し出られても、送料もお礼もお支払いできませんし、お断りする場合は多いです


――引き取るのは、どういうときですか。


小野
「なぜマッチを集めたのか、その理由に共感できるかどうかですね。僕はマッチそのものよりも、マッチの背景にあるコレクターのヒストリーに興味があるんです。喫茶店のマッチだったり、ホテルだったり、集めた人の“想い”が知りたい。持ち主の経歴、集め始めたきっかけ、行動範囲、お勤め先などをお聴きして、受け容れるかを判断しています」


――コレクションが、家族の遺品だという場合は、どうされますか。


小野
「たとえば、『亡くなった父が集めたものなので、いきさつがわからない』という場合。こういう時は、お父様の生前のお人柄や、マッチコレクションのなかにあるお店で記憶にあるものの印象を教えてもらっています」


――マッチを手に入れた場所に、実際に足を運んでいるかどうかが大事なのですね。


小野
「そうなんです。なかには、『ネットオークションで集めたマッチだけれど、もういらないから譲りたい』という申し出もありました。しかしながら、集めている理由が僕とは根本から違うので、お断りしました。たとえネットで1万個を集めたとして、『それが何になるの?』って思うし。マッチと街の記憶が重なっていることが僕には重要なんです



▲マッチの寄贈を申し出る人も多い。「集める理由に共感できれば」譲り受けることもあるのだそう


――最後に、今後の展望は、どのようにお考えですか。


小野
「よく、『マッチを題材にした小説を書いてみれば』と勧められます。ひとつひとつのマッチにドラマがあるだろうと。実は僕は学生時代、『小説家になりたい』という夢をいだいていて、今もその気持ちは消えていないんです。なので、次はマッチ小説に挑戦してみたいですね



▲「いつか、マッチひとつひとつの背景を小説にしてみたい」


小野さんは、新刊のなかでマッチについて、こう綴っています。
(マッチは)生活の中の非日常への入り口でもあり、出口でもある」と。


お店で過ごした楽しい時間の記憶、クリエイターたちの素晴らしいアイデアが、小さな箱に詰まっている。そして頭薬と側薬をこすり合わせれば一瞬、火がともされる。思えば往時の人々は、なんとファンタジックで非日常なものを携帯していたのでしょう。


博物館へ出向いたり、本のページをめくったりすれば、色とりどりなマッチが非日常への扉を開き、あなたのハートに火が点くことは請け合いです。



たるみ燐寸博物館
住所● 兵庫県神戸市垂水区宮本町1-25 ビル・シーサイド西201
電話● 078-705-0883
営業時間● 13 :00~19:00
休館日● 不定休 *要電話確認
入館料● 300円
URL● http://www.in-red.net/?page_id=1127



マッチ・ラベル1950s-70sグラフィックス
高度経済成長期の広告マッチラベルデザイン集


手軽な広告ツールとして展開されていた高度経済成長期のマッチ・ラベルを、「業種別」「デザイン別」「変わり種」「今でももらえるマッチ」のカテゴリーで約1200種を紹介します。


たるみ燐寸博物館 小野隆弘 著
グラフィック社
本体1,700円(税別)
http://www.graphicsha.co.jp/detail.html?cat=4&p=38952




吉村智樹
https://twitter.com/tomokiy


タイトルバナー/辻ヒロミ