動物は家族。愛鳥の老いと向きあう話題の写真集「インコのおとちゃん それから これから」
▲写真集が発売されたインコの「おとちゃん」。人間でいうと、彼はシルバー世代にあたる
いらっしゃいませ。
旅するライター、吉村智樹です。
おおよそ週イチ連載「特ダネさがし旅」。
特ダネを探し求め、私が全国をめぐります。
■ひたすら一羽のインコを撮り続ける写真家がいた
フォトグラファー、村東剛さん(53歳)。
村東さんの仕事はおもに、雑誌や広告に掲載する人物写真を撮ること。
そんな村東さんにはもうひとつ、永年に亘るライフワークがあります。ずっと撮り続けている、あるひとりの、いや一羽の被写体がいるのです。
それが「インコのおとちゃん」。
おとちゃんは、コザクラインコのオスです。村東さんはこの「インコのおとちゃん」を飼い、愛し、ひたすら撮影し続けているのです。村東さんが撮ったおとちゃんは、写真集やカレンダーなどになり、日本中にファンをもつアイドルバードに。
そんな愛鳥おとちゃんの新刊写真集が、このたび発売されました。『インコのおとちゃん それから これから』(小学館)がそれ。
▲新刊写真集『インコのおとちゃん それから これから』村東剛 著/小学館
おとちゃんのソロ写真集としては5年ぶり、2冊目。ページをひもとくと、まさに5年前から現在までの、おとちゃんの「それから」が映し出されています。
小鳥にとっての5年は、人間の5年とは、時間の進み方が違います。前作ですでに成鳥だったおとちゃんが、「それから」5年、生きた。それは、シルバー世代へのflyを意味するのです。
老境にさしかかるインコを撮る。そこから見えてくる「これから」とは?
それをおうかがいしたくて、村東さんのアトリエがある大阪市平野区を訪れました。
■人間の年齢なら70歳近い「おとちゃん」
▲「おとちゃん」を撮り続ける写真家の村東剛さん
――村東さんは、このたび写真集『インコのおとちゃん それから これから』を上梓されましたが、どのような気持ちを込めて本をお造りになられましたか。
村東
「インコがカワイイだけの写真集ではなく、『小説を読んでいるような、物語性が感じられる写真集にしたい』。そう考えていました」
――確かに、おとちゃんの写真がストーリーを語りかけているように感じました。おとちゃんはいま、おいくつですか。
村東
「12歳。年男です。人間なら、60歳から70歳のあいだくらい。おとちゃんが赤ちゃんの頃から飼いはじめ、僕の年齢を追い越し、ついに先輩になりました。振り返れば12年も、ともに暮らしているんですね」
――いまのおとちゃんは、ご自身のお父様と同世代なのでは。
村東
「父は86歳なのでもっと上の世代ですが、日々、近づいてきていますね。このあいだ、父が股関節の手術で入院したんです。術後の父と一緒に歩きながら、介護という問題を切実なものとして捉えるようになりました。それは、おとちゃんに対しても同じ気持ちです。書名にもした『これから』は、老いに対して『これからどう考え、どう付き合っていくのか』というテーマでもあるんです。ただ、それを悲観的には受け取ってほしくはなくてね。あくまで『これから、幸せな時間をともに過ごそう』という想いをこめた、前向きで楽しい写真集です」
■「もう若くない自分」と向き合うインコ
――前作となる写真集『インコのおとちゃん』(パイ インターナショナル/2014)から5年が経ち、この写真集には、おとちゃんの「それから」の歳月が描かれていますね。おとちゃんに変化はありますか。
村東
「いまも、とても元気です。ただ、白内障が進んできていて、眼が見えにくくなっているようです。以前は部屋のなかをアクロバティックに飛んでいたのです。けれども、この頃は飛びたつ前に少しためらう素振りを見せます。飛んでも、早くは羽ばたけない自覚があり、注意深くなっているようです」
――前作では、おとちゃんのハツラツとした魅力が弾けるように伝わってきましたが、今作は、ゆったりとした雰囲気を感じます。表情も柔和になったような。
村東
「おとちゃんの変化が、写っていますよね。前作と同じではないです。以前は好奇心がいっぱいで『あれはなんやろ?』『これはなんやろ?』と、考えるより先に行動する性格でした。見るものがぜんぶ珍しく、楽しくてしょうがない。そんな感情を全身で表していました。『どこにでも行くで!』と言っていそうな勢いがあり、僕も撮っていて面白かったですね」
――この頃は、そうではない?
村東
「やっぱり変わりましたね。しみじみと、楽しい時間を味わっている、ふとそんな表情が垣間見えます。若い頃より落ち着いていて、行動に移す前に一瞬なにかを考えています。静かに一点を見つめている時間があるんです」
――そういうシブいおとちゃんもまた、魅力的ですよね。インコなりに年輪を重ねているんだなと、じんわりと伝わってきました。
■インコを「家族」として撮るようになってきた
――「撮る側」には、変化はありましたか。
村東
「ありましたね。普段は仕事でポートレートを撮っているので、おとちゃんを撮影するときも、はじめは『ちゃんと作品にしよう』と考えたんです。ストロボを立てたり、ライティングをしたりしながら、モデルさんを撮る感覚で。そういうこともあり、生活感が写りこむのがいやだったんです。『プロらしくない』って。でも、個展を開いたり、編集者と一緒に写真を選んでいたりすると、うっかり部屋の家具や暮らしに使う道具などが入り込んでしまった写真のほうが評判がよくて。それは僕にとって、とても意外な反応でした」
――プロなのに気を抜いてしまった写真の方が、評価が高かったのですね。
村東
「そうなんです。担当の女性編集者から『読者はきれいな生物写真が見たいんじゃない。家族写真が見たいんだ』と言われまして」
――いい言葉ですね!
村東
「ハッとしました。そして、尊敬する写真家リチャード・アヴェドンのエピソードを思い出したんです。アヴェドンがファッション誌『VOGUE』の仕事でモデルを撮影した時、編集者が選んだのは、アヴェドンが自薦した写真とは違っていました。その人が採用したのは、モデルなのに、おでこに皺を寄せ、そっぽを向いている写真だけだったそうです。それによってアヴェドン自身の固定観念が崩れたという逸話なのですが、正直、僕はその話を聞いても、いまいちピンときていませんでした。『なんで? VOGUEのほうがおかしいやん』って思っていたくらい。でも自分の身にそういう反応があり、『なるほど、そういうことか』と気がつきました」
――村東さんの固定観念も崩れた?
村東
「そうですね。それ以来、カメラをつねに手元に置き、おとちゃんがいい表情をしたらサッと撮るようになったんです。背景は気にしなくなりましたね」
■大事な小さな命、大事な家族、ともに生きる
――日々の生活が写っていて、村東さんとおとちゃんの関係が、いっそう深まっているのを感じます。それこそ「ペットではなく、家族なんだな」って。写真から、ほのぼのとした家族の情愛が見て取れるんです。写真選びの基準も変わったのではないですか?
村東
「変わりましたね~。実はこの写真集は、本来はもっと早く出版される予定だったのです。ところが担当の女性編集者が初めてのおめでたで、休業となりましてね。彼女が出産したあとに、改めて一緒に写真を選んだんです。すると彼女は『自分の子どもと重なる部分がある』と言うんですよ。自分の子どもに対する愛情が芽生えたあとだと、選ぶ写真も変わってくるんですね。“大事な小さな命、大事な家族、ともに生きる”という主題は、よりいっそう明解になったんとちゃうかなと思います。反面、僕が『どや、これカッコええやろ!』と自信満々だった写真は没になりましたが(苦笑)」
――大事な小さな命、大事な家族……レンズを通して「家族に幸せになってほしい」という慈しむ気持ちが熱く伝わってきて、ページをめくりながら、ちょっと泣きそうになるんです。5年もの時間が空いたのは、むしろよかったのかもしれませんね。
村東
「本当にそうです。前作のあと、すぐに『おとちゃんpart2』とか『もっと! おとちゃん』とか出そうとすれば出せたんでしょう。けれどもやっぱり5年後の、このタイミングやったんやろうなと思います。タイミングって、ありますよね。このあいだ読者の方から『私はインコは飼ってはいないけれど、老犬を飼っています。だから、写真を見ると気持ちがわかって、泣けてきました』という感想をいただいたんです。5年という歳月のなかで、『ああ、もう小鳥というジャンルを超えたテーマになったんだな』と感じました」
動物を家族として迎え、ともに暮らしていると、避けては通れない「老い」と「終」。
でも、そこにあるのは、決して悲しみだけではないはず。
この写真集は、一羽の小さなインコを通じて、一分一秒を楽しく生きることこそが覚悟なのだと教えてくれるようです。
テーマには重みがあるけれど、疲れたときにページを開くと、むしろ癒やされ、羽を休めたくなる。
そんな、やさしい写真集でした。
話題の新刊
インコのおとちゃん それから これから
インコ界のアイドル写真集、待望の新作!
写真家の村東剛が、おとちゃんを迎え入れてから12年が経った。
自由奔放で小さかったおとちゃんも、いつしか彼と同い歳になり、越えていこうとしている。
「かわいい存在」から信頼関係を築いた「パートナー」となった今、もはやいないことは想像できない。
おとちゃんが10歳を過ぎた頃から、ゲージを開けるときはわずかに緊張が走り、鳴き声が聞こえると安堵する。
帰宅は早くなり、夫婦で旅行に行くこともなくなった。
これが村東家の日常となり、毎日が以前よりずっと大事なものになった。
おとちゃん中心に生活が回っていく今となっては、おとちゃんがいない生活は想像に難く、恐怖を感じることさえある。
小さな鳥で、人間よりずっと弱く、命も短いおとちゃん。
以前より転ぶことが増え、目も毛並みも悪くなった。
「老い」とはそんなものなのかも知れないと、それまでとは違ってきていることを受け入れる近頃。
写真家として、ひとつの人生を見させてもらっている、与えられていると日々感じながら、これから更に年老いて、自分より先にいなくなってしまうことを覚悟しカメラを向ける。
2014年に発売した写真集『インコのおとちゃん』(パイ インターナショナル刊)の、それからとこれから。
写真家・村東剛が優しい眼差しで、生命の貴重な瞬間を大切に切り取り続けた、待望の写真集。
これは動物写真というより家族写真。
瞬間瞬間を愛おしく切り取っている様子がすべての写真ににじみ出ていて、「かわいい」だけでは語りきれない、深い写真文集です。
村東剛/著
小学館
本体1200円+税
https://www.shogakukan.co.jp/books/09388632
イベント
心うるおう小鳥ガーデン2019
初参加54名を含む、過去最多、総勢160名以上もの作家と専門店が大集合!
クールなトサカと真っ赤なほっぺで大人気のオカメインコを中心に、個性豊かな小鳥モチーフのアイテムを取り揃えます。
また、動物写真家による小鳥の写真展やトークショーなど、ミニイベントも盛りだくさん。
さっそくチェックして、キュートな小鳥の世界を楽しんで!
2019年6月19日(水)-25日(火)
「阪神百貨店」梅田本店8F催場
10:00-20:00(最終日16:00まで)
村東剛さんトークショー
「ともに生きる」ということ
〜インコのおとちゃんと暮らして〜
22日(土) 午後1時30分〜午後2時
23日(日) 午後3時30分〜午後4時
トーク後サイン会あります。
https://www.hanshin-dept.jp/hshonten/special/kotori/index.html/
村東剛「おとちゃんノート」
http://otochan.hateblo.jp/
TEXT/吉村智樹
https://twitter.com/tomokiy
タイトルバナー/辻ヒロミ