ゲームアプリから「恋人募集」まで、「鏡広告」がとびきり斬新な銭湯があった!

2019/6/10 16:00 吉村智樹 吉村智樹

▲銭湯の鏡に「彼女募集!」の個人広告。こんな鏡広告、見たことない。Twitterアカウントまで明記。番台に告げればプロフィールがもらえるシステムも斬新


こんにちは。
関西在住のライター、吉村智樹です。
僕が住む関西から、耳寄りな情報をお伝えします。


■「鏡広告」が斬新な銭湯があった!


温泉旅行へ出かける時間も予算もない。
そんなとき、僕は知らない街の銭湯を訪れます。


銭湯の楽しみのひとつが、「鏡広告」を鑑賞すること。


浴室や脱衣場にしつらえられた鏡の多くには、地元の広告が掲載されています。
手書きの文字で表された広告はどれもレトロな味があり、広告主も「質屋」や「鍼灸」「宝石・トケイ・貴金属」「仕出し料理」など、業種がシブい、シブい。
鏡広告は、まさに地元を映す鏡。その街の雰囲気をあたたかに映しだし、旅情をかきたてられます。


とはいえ「鏡広告」の多くは、更新されている様子が見受けられません
長年に亘り湯気にあてられ、熱や湿気に侵され、文字や絵柄は剥がれたり色褪せたりしてゆきます。広告を出しているお店も、果たして現存しているのかどうか……。
だからこそ、失われた時間に想いを馳せ、旅愁にひたることができるのですが。


そんなおり、大阪市の此花区にある千鳥温泉が「5月29日に鏡広告を一気に15枚、入れ替える」との情報が入ってきました。え、いまどき? 鏡広告を一新?



▲50年以上の歴史がある「千鳥温泉」


銭湯の鏡広告を大挙入れ替えする機会なんて、そうそう立ち会えるものでありません。僕は「ぜひ、その様子を見学させてほしい」とお願いしました。


そうして訪れた千鳥温泉。昭和27年創業。浴室の立派なタイル絵に圧倒されつつ、更新された鏡広告を見てみると……なるほど「いまどき」。


Webメディア、ゲームアプリ、アーティスト、ブロガーなど、これまでの銭湯の鏡広告とは一線を画するサブカルなクライアントばかりがズラリ。果ては「恋人募集!」といった超個人的なものまで。しかも、それらが旧来の「手書き」の味わいをそのまんま活かしつつ、表現されているのです。



▲なんと、ブロガーの鏡広告



▲こちらはスマホゲーム



▲こちらはミュージシャン。鏡なので、どうしても撮影者が写ってしまう。もう開き直りました。しばし我慢なさってください



▲なんの広告なのだろう。謎めいている



▲ヌードモデル募集。なるほど、誰しもが全裸で過ごす銭湯での募集は訴求力が高い


昭和タッチなまま令和スポンサー群を迎えた千鳥温泉。いったいなぜ、こんな素敵なギャップが生まれたのか。店主の桂秀明さん(52)にお話をうかがいました。



▲千鳥温泉の店主、桂秀明さん


■脱サラし、廃業の危機があった銭湯を引き継いだ


――浴室に入って、まず目に飛び込んできた「タイル絵」が素晴らしかったです。



「すごいでしょう。50年以上の歴史があるモザイクタイルの富士絵です。豆タイルでこんなに大きな壁画を描いている銭湯は、大阪府内でも数えるほどしか残っていないと思います」



▲女湯と男湯をまたぐ巨大なタイル絵。美術的にも工芸的にも価値が高い。これを拝みながら入浴できるなんて、なんと豊かな時間だろう


――桂さんが店主さんになられたのは、いつですか。



2年前です


――え、まだ2年ですか! それまでは、なにをされていたのですか。



会社員でした。リクルートグループやJTBグループの会社に27年半、勤めていたんです」


――そんな名だたる企業にお勤めだったのに、どうして銭湯を引き継ごうと思われたのですか。



「2年前の7月、『先代の借主さんが他所の銭湯へ移ることとなり、千鳥温泉を引き継ぐ人がいない』という噂を耳にしたんです。このまま新たな店主が見つからなければ廃業してしまうと。なので『だったら自分が千鳥温泉を借りてみよう』と考えたんです。『これから風呂屋のおやじとして生きるのも悪くないな。おもしろい人生になるかもしれん』と。それで大家さんに、自分がやってみたいと伝えました」


――どえらい決断ですね。過去に銭湯で働いた経験はおありだったのですか?


「まったくないです。なんの知識もなかったですね」


――一流企業の仕事を捨てて、血縁でもない銭湯を受け継ぐ勇気、すごいです。ご家族の反対はありませんでしたか?



「なかったですね。千鳥温泉がなくなるかもしれないという噂を聞いたとき、妻に『脱サラして、銭湯をやりたい』と、すぐ相談しました。すると『ええよ』と。お互い、短時間ではありますが熟考し、最後は勢いで決めました」


■古い鏡を交換したい。そのため新たな広告主を慕った


――勢いといえば、鏡広告を一気に入れ替えたのも、すごい勢いとパワーを感じます。しかもゲームアプリだったり、ブロガーだったり、これまでの鏡広告のイメージをくつがえすスポンサーばかりですね。なぜ鏡広告を刷新しようと考えられたのですか?



「千鳥温泉を引き継いだ時、いつから設置されていたのかわからない、磨いても磨いても表面が曇って見えにくい鏡ばかりでした。広告は更新されておらず、おそらく最低でも10年は放置されていたと思います。それで、新品のきれいな鏡と入れ替えたかったんです。けれども、全部で30枚以上あります。すべて交換するとなると、かなりの出費になりますしね。『だったら、鏡広告を新たに出稿してくださる方を募集すればいいのでは』と考えたんです」


――インターネットで広告を発信できるこの時代に「銭湯に鏡広告を出稿したい」という超アナログなスポンサーは、おられたのでしょうか。



「新たな広告主を探していたら、ご近所の『シカク』という書店さんが『うちが出稿します』と言ってくださったんです。それで昨年末に一枚、入れ替えることができました。すると、それを見た方から『私も広告を出したい』という声がぽつぽつあがりはじめたんです。『この調子でいけば、すべての鏡広告を入れ替えられるんじゃないか』と思い、SNSを使って大々的に募集をかけました」



▲出稿第一号は、通をうならせる品ぞろえを誇る書店「シカク」




▲路上観察のバイブル的書籍の鏡広告も! サブカル知的欲求が刺激される


――なるほど。それにしても、手書きで、味がありますね。スポンサーが令和なのに、書き味は昭和で、なんだか時間の感覚がなくなります。どなたが手がけられたのですか。



「銭湯や浴場にまつわる仕事をしている人たちの名簿があって、そのなかから此花区の鏡広告を担当している『近畿浴場広告社』という代理店を見つけたんです。おばあさんがひとりで営業しておられるところで、そこへ電話しました」


――おばあさんが、ひとりで!


*桂さんが近畿浴場広告社に連絡を取り、鏡広告ができあがるまでのメイキングは、ライターのスズキナオさんが「デイリーポータルZ」にお書きになった記事が詳しい。感動を呼ぶ、秀逸なリポートです。

「銭湯の鏡に広告を出した話」
https://dailyportalz.jp/kiji/sento-kagami-kokoku



▲「デイリーポータルZ」も出稿。「いまトピ」もいかがですか


■鏡広告を取りつけたのは82歳のおばあさん


そういうわけで、今回の鏡広告を担当し、設置までやってくれている近畿浴場広告社の江田ツヤ子さんにもお話をうかがいました。



江田
もうすぐ83歳。身体が動く間は、この仕事をやっておこうと思ってね。夫は7年前に癌で亡くなったけれど、それまで60年は一緒にやってきたから、だいたいは私ができます。電話をくださったら、いつでも飛んでいきますよ。ただ、ゲートボールをやってる時間は電話には出られへんけどね。あははは」



▲鏡広告の代理店「近畿浴場広告社」の江田ツヤ子さん。近畿浴場広告社を営んでいるのは江田さんひとり。鏡の取付けまでやってくれる







広告出稿者の中には「彼氏募集!!」と、ひじょうにパーソナルな願望を強く打ち出す方も。


この方は、自分が出稿した鏡広告の設置を見学しに来ていた岸川さん。婚活イベントを主催している女性です。




▲婚活イベントを主催している岸川さんも彼氏募集の個人広告を出稿


男湯に恋人募集の広告を出した女性は、おそらく本邦初。「22歳~59歳(27歳~43歳が望ましい)」と、かなり具体的。婚活本気度の高さがうかがえます。そしてフロントに「鏡広告を見た」と告げれば、彼女のプロフィールが受け取れるシステムも前代未聞です。



▲煙草を吸わず、怒鳴らない男性、名乗りをあげてみては



▲募集要項は番台に告げるともらえます


■ロビーに自転車置き場が! 裏屋号は「自転車湯」


――鏡広告もさることながら、ロビーに自転車置き場があるのも、かなり珍しいのでは。



「そうですね。『折りたたみ自転車やロードバイクなどを店内で預かります』と公言している銭湯は、うちが日本初やと思います」



▲店内で折りたたみ自転車やロードバイクなどを預かってくれるサービスも。これは安心


――自転車は、ご自身がお好きなのですか。



「はい。スポーツタイプの自転車にずっと乗っています。自転車に乗って、あちこちの銭湯へ、よく通っていました。それこそ、電車や飛行機に自転車を積んで他県の銭湯へも行っていたくらい。でも、銭湯の外に駐輪したままにしておくのが怖かったんです。盗まれたり、いたずらされたりする危険性がありましたから。それで、千鳥温泉を継いだ時、自分と同じように悩んでいるお客さんのために、店内に自転車置き場を設けたんです


――GoogleMAPで検索すると「自転車湯」と表記されますね。


「そうなんです。本当は千鳥温泉という店名そのものを『自転車湯』に変えたかったんです。大家さんにも『改名しますが、いいですか』と相談したら、『別にええよ』と許してくださって。ところが、妻から『永く地元で親しまれた屋号を、あんたの一存で勝手に変えたらあかん』と怒られましてね。それでいまは、裏屋号的に『千鳥温泉〈自転車湯〉』とつけています



▲富士山の前をサイクリングする壁画も。描いたのは銭湯画家「湯島ちょこ」さん


――千鳥温泉を継ぐことを賛成した奥様が、名前を変えることには反対したとは。それにしても自転車に乗って、風に吹かれて、銭湯へ。いいですね~。店内のBGMがサウス・トゥ・サウスだったり、関西フォークやブルースだったりするのも、たまらないです。有山じゅんじさんのライブもここで自主開催されているんですね。



▲歴史ある関西フォークの屋外イベント「春一番」のポスターがあちこちに



「もともと関西のフォークやブルースやソウルミュージックのシーンが好きなんです。なので、この頃は自転車湯だけではなく、ライブを開催する時だけは“ブルース湯”とも名乗っています



▲有山じゅんじさんのライブを店内で開催。お隣りには劇団のポスターも。なんと千鳥温泉の館内で公演を行っている



▲千鳥温泉で公演をしている劇団も鏡広告を出稿


――今後は、どのような展開を考えておられますか。



「そうですね……。肩ひじを張らず、『ぼちぼちいこか』という感じです」


想えば銭湯は、身体を清潔にするだけではなく、アフター・アワーズに「のびのび」する場所。
鏡広告の変化も、店内に設けられた自転車置き場も、革新的なことをやってやる! というより、桂さんがのんびりと風を感じながら見つけた答なのかなと受け取りました。


鏡広告は新たな募集を開始する予定もあるとのこと。あなたも、ぜひとも一枚、いかがですか(ちなみに、募集が始まったら僕は応募します)。



千鳥温泉〈自転車湯〉
住所●大阪府大阪市此花区梅香2-12-20
電話●06-6463-3888
営業時間●14:30~23:00
定休日●火曜日
料金●
大人(高校生以上):440円
中学生:300円
小学生:150円
乳幼児:60円
乾式サウナ:無料
アクセス●阪神なんば線「千鳥橋」駅より徒歩6分
JR大阪環状線「西九条」駅より徒歩12分
URL● https://jitenshayu.jp/
Twitter● https://twitter.com/jitenshayu



吉村智樹(ライター/放送作家)
https://twitter.com/tomokiy