江戸のオリンピック? ビッグコミックスピリッツ話題の新連載『天を射る』の作者に会ってきた!

2019/3/5 12:45 吉村智樹 吉村智樹

▲ビッグコミックスピリッツで話題の新連載『天を射る』は「江戸のオリンピック」と呼ばれる過酷な競技大会「通し矢」に挑む若者たちの青春群像を描いている。「通し矢」とは、いったいなに? (C)ビッグコミックスピリッツ 西荻弓絵/飛松良輔


こんにちは。
関西在住のライター、吉村智樹です。


この連載では、僕が住む関西の耳寄りな情報をお伝えしてゆきます。
今回はその第57回目となります。





■言わば「江戸のオリンピック」。庶民が熱狂した「通し矢」とは?


「通し矢」という競技をご存知でしょうか。


「通し矢」とは、平安時代に誕生し、江戸時代前期に最盛期を迎えた弓術の競技大会のこと。
京都「三十三間堂」の本堂西側の軒下、長さ約121mの廊下を南から北へ矢を射通すという、とてつもなく難易度が高い武道会を、そう呼びます。
お堂で催されたことから、「通し矢」で矢を射る行為は「堂射(どうしゃ)と呼ばれていました。



▲約121メートルに及ぶ京都「三十三間堂」の廊下で開催された弓道の競技会「通し矢」。お堂で開催されたことから「堂射」とも呼ばれた。 (C)ビッグコミックスピリッツ 西荻弓絵/飛松良輔


ルールはずいぶんと簡略化されたものの、現在も1月中旬(日曜日)に同じく京都の三十三間堂で通し矢が開催され、冬の風物詩となっています。


「通し矢」のなかでも特に、射通した矢の数を競う「大矢数」は凄絶。
暮れ六つ(午後6時)からスタートして翌日の同時刻までの24時間、正座したままの態勢で数千本もの矢を射るのだそう。
次々と矢を射ち放つ様子は「矢継ぎ早」という言葉の語源にもなったという説もあります。



▲「通し矢」は幅も高さも制限された環境で24時間ひたすら矢を射続け、射通した矢の数を競う凄絶な競技だった。 (C)ビッグコミックスピリッツ 西荻弓絵/飛松良輔


そしてこの「通し矢」は、単なるスポーツの試合ではありません。
藩の大名の面子を懸けた、言わば弓術という名の(いくさ)。
出場する弓術家は他藩に記録を敗られれば「切腹」を覚悟せねばならなかったのだそう。


負ければ、待つのは死。
まさに命がけなのです。
特に血で血を洗うような争いとなった尾張藩と紀州藩の一騎討ちは、いまなお伝説として語り継がれています。


■大ヒット脚本家と人気漫画家が「通し矢」にかけた若者の青春を描く


この「通し矢」に懸ける若者たちのみずみずしい姿を描いた漫画が週刊『ビッグコミックスピリッツ』でスタートし、いま話題となっています。



▲(C)ビッグコミックスピリッツ 西荻弓絵/飛松良輔
京都「三十三間堂」本堂西軒下。
約121mの縁を端から端まで、一昼夜で矢を何本通せるか。
「通し矢」は藩と藩の面子を懸けた“江戸のオリンピック”。
勝てば天下無双、負ければ切腹覚悟。
これは「堂射」とも呼ばれた競技に 青春の全てを懸け、天下一を目指した 若武者達の物語である。
テレビドラマ『ダブル・キッチン』『SPEC』の大ヒット脚本家×迫力満点の画力俊英でおくる 江戸の弓術青春ストーリー!!


主人公は、実在の人物である「勘左(かんざ)こと星野勘左衛門(ほしの・かんざえもん)。

▲(C)ビッグコミックスピリッツ 西荻弓絵/飛松良輔

尾張藩下級武士の三男坊で、家を勘当されてでも「通し矢」での天下惣一(天下一の新記録達成)を夢見ます。


そして脇を固めるのが勘左の親友である「ダイノジ」こと高見大ノ新(たかみ・だいのしん)と、

▲(C)ビッグコミックスピリッツ 西荻弓絵/飛松良輔

尾張藩弓術指南役の長屋六左衛門(ながや・ろくざえもん)。

▲(C)ビッグコミックスピリッツ 西荻弓絵/飛松良輔




▲三男坊だから自分には選抜隊に入ることは許されないと諦めようとする勘左と、そんな勘左を励ます親友のダイノジ (C)ビッグコミックスピリッツ 西荻弓絵/飛松良輔



▲暴れる牛をダイノジ手製の弓矢によっておとなしくさせた勘左。団子の串を飛ばし矢を射るタイミングを教えた、通りすがりの尾張藩弓術指南役、長屋六左衛門。これが運命の出会いとなる。(C)ビッグコミックスピリッツ 西荻弓絵/飛松良輔


勘左は親友や師匠の教えと励ましを受けながら天下惣一を目指して修行に励みます。しかし、そう簡単にはいきません。下級武士の出身ゆえに道場でいじめにあうなど壮絶な艱難辛苦が待ち受けているのです。


原作は『ダブル・キッチン』『ケイゾク』『SPEC』シリーズなど大ヒットドラマの数々で名を馳せ、ご自身も弓道の経験がある脚本家の西荻弓絵先生(奇しくもお名前に弓の文字が!)。


そして作画に白羽の矢が立ったのは、かつてラグビー漫画の名作『ブルタックル』を描き、週刊連載も時代劇も今回が初挑戦という飛松良輔先生。



▲週刊誌連載、時代劇、ともに初挑戦となる飛松良輔先生


青春の熱きたぎりと、ページをめくる手にも汗がにじむ迫力。
そして矢のごとくスピーディで予想できない展開。
この話題の漫画をお描きになっている飛松良輔先生に、この作品に懸ける意気込みなどをお話をうかがいました。


■漫画家と原作者がともに弓道経験者という最強タッグ!


――飛松先生が「天を射る」をお描きになることとなったいきさつを教えてください。


飛松
「僕は高校時代の3年間、弓道部に所属していたんです。その経験があったことも含め、お声がけをいただきました。『スピリッツ賞』に入選した時の応募作品も、弓道を描いた内容だったんです


――原作者と作画者がともに弓道経験者だとは、最高にして最強のタッグですね! なぜ弓道をやってみようと思われたのですか。


飛松
「中学時代までバレーボールをやっていまして、高校へ進学した時『今度は団体競技ではなく個人競技で日本一を目指したい!』と夢みたんです。夢が大きかったんですね。しかし実際に入部してみると、弓道はとても厳しく、とても難しく、日本一だなんてとんでもない話でした。そしてなにより弓道も基本的には団体競技だということがわかっていませんでした(苦笑)」



▲「弓道で日本一になりたかったんですが、とても難しく、最高記録は熊本県で5位でした」


■弓道はどんなに練習をしても突然「的に当たらなくなる時期」が訪れる


――弓道の難しい点は、どういったところでしょうか。


飛松
集中力ですね。どれだけ途切れず集中できるかが問われます。人って、そんなに集中できないじゃないですか。そういう点で、とても過酷なスポーツだと思います」


――過酷な弓道の魅力は、どこにあると思われますか?


飛松
「『的を射る』という目標が明確で、やりがいを感じるところですね。突き詰めようと思えばどこまでも突き詰められますし、頑張った分だけうまくはなります。ところが、どんなに頑張っていても、なぜか急に的に当たらなくなる時期が訪れるんです。その原因を模索し、修正して……その繰り返し。この“修行感”も弓道の醍醐味かなと思います。主人公の勘左(星野勘左衛門)が通し矢にのめりこんでいく気持ちは、とてもよくわかります」



▲どんなに頑張っても矢が当たらないスランプの時期が訪れる。その苦悩を描く。飛松先生自身も同じ経験をしている。 (C)ビッグコミックスピリッツ 西荻弓絵/飛松良輔


――飛松先生が弓道部にいらした時期と、いま漫画に描かれている勘左は、ほぼ同世代ですね。シンパシーをいだかれる部分も多いのではないでしょうか。


飛松
「そうですね。僕は勘左ほど一直線な気持ちで弓道をやれてはいなかったですが、最初につまずく壁や、それを乗り越える努力など、『自分にもそういう時期があったな』と共感する部分が多いです」


■24時間、正座したまま数千本の矢を射続ける過酷な競技


――実際に「通し矢」の競技が行われた場所はご覧になりましたか?


飛松
「はい。原作の西荻先生と担当さんの3人で、京都の三十三間堂を取材し、特別に撮影もさせていただきました。矢を射る手元が狂って天井に刺さってしまった痕がいまだに保存されていて、『本当にここで伝説の競技が行われていたんだな』と実感しました」


――「通し矢」は正座をして矢を射っていたそうですが、それはやっぱり難しいんですよね。


飛松
「もちろんです。信じられないですよ。弓道は下半身をどっしり据えて身体を支え、それで的に命中させるんです。ところが座ったままでは、その下半身を使えない。『いったいどうやって態勢を安定させたんだろう』と、とても不思議です。堂射は、細く長い廊下を、矢が壁にも天井にも当たらないように射通さなければならない。いまでは考えられないほど強い腕力で弓を引いていたのではないかと考えられます


――「通し矢」って、やっぱりすごいことなんですね。


飛松
「超人ですよね。廊下という状況で、高さも制限され、壁や天井に矢を当てず、およそ121メートル先にある的を狙うんですから。それを朝から晩まで8000本ほど射ったと後世に伝えられえています。すごすぎます」



▲「廊下で正座したまま121メートル先の的に矢を当てるだなんて自分には無理ですね」


――弓矢の形状も特別なものだったのでしょうか。


飛松
「そうらしいですね。藩ごとにかかえる弓矢師たちが、三十三間堂用にカスタマイズしていたようです。そしてそれは藩ごとの重要な機密事項で、相手の藩はライバルの秘密を事前に知りたいわけです。そういうスパイ的な競い合いも『通し矢』の面白さなんですが……今は、それ以上は言えません


――なるほど! 青春を懸けたドラマだけではなく、そういう藩どうしの頭脳戦も描かれるかもしれないのですね。深いですね。今後の展開がますます楽しみです。原作の西荻先生とは、どのようにやりとりをされていますか?


飛松
「テレビドラマと同じように脚本というかたちで原作が届きます。それを僕がネームになおし、担当さんと一緒に見せ方を考えるという進行です。西荻さんはコマの大きさなどはこちらに任せてくださるので、『ここを大きくして見せたい』といったアイデアを自分なりに考えています」



▲「届いた原作を読んで『この部分はコマを大きくして迫力を出そう』と自分なりに考えるときが楽しいです」


■「江戸時代も現代も、いつの時代でもかっこよさは共通だ」


――初めての週刊連載は、きっとたいへんですよね。


飛松
「たいへんですが、原作が面白いので『こんなふうに展開するんだ』『これから先、どうなるんだろう』とワクワクして、楽しみながら描かせていただいています」


――作画をするうえで、気をつけていることはありますか。


飛松
かっこよさですね。いつの時代でもかっこよさは共通だと思うので。弓を持つ姿、袴を着て立つ姿のかっこよさを表現したい と思っています。そのために、久々に弓を手にして自分でやってみることもあります」


――「天を射る」を描くことで、読者に伝えたいことはありますか。


飛松
「実は僕、かつては時代劇に苦手意識があって、これまで時代物を読むことを避けてきたんです。しかし原作をいただき、『この時代の人たちも、今の若者と変わらない部分がたくさんあるんだな』と感じました。なので『昔の人たちも、きっとこんな活き活きとした表情をして、こんなふうに夢を見て、ここに立っていたんだ』ということを絵で表現したい。時代を越えても変わらない、人々の想いを現代の読者に伝えたいですね


飛松先生、ありがとうございました。



▲「いつの時代でも共通するかっこよさを描きたい」と飛松先生は語る。 (C)ビッグコミックスピリッツ 西荻弓絵/飛松良輔


■ヒットメーカーである原作者からもコメントが届いた


さらに原作者の西荻弓絵先生からも、コメントをいただいています。


Q. 今なぜ「通し矢」の物語を描こうと思われたのですか。


西荻
趣味で弓道を始めてから、江戸時代の通し矢競技を知り、これはまさにオリンピックのようなものだと思いました。
藩の威信(と大金)をかけて天下一の記録を競う挑戦者たちは、当時、人気歌舞伎役者にも匹敵するスターであり、京都だけでなく浅草にも三十三間堂があったことからも、庶民の熱狂ぶりが伺えます。
日本の重要なスポーツ史なのに、あまり知られていないのも淋しいと思い、何とか東京オリンピックまでに物語にしたいと。


Q. 主人公の星野勘左衛門は実在の人物ですが、氏のどのような部分に惹かれましたか。


西荻
通し矢で二度も天下一の記録を打ち立て、三度目は後進に道を譲る為、あえて途中で止めて酒宴に繰り出したという豪快さ。
晩年は、弓奉行、船奉行となる大出世を遂げた生涯に、痛快さを感じました。


Q. 今後の見どころをお教えください。


西荻
通し矢は江戸時代のオリンピック。
主人公とその仲間たちは、夢の舞台を目指し、試合あり、修行の旅ありと、切磋琢磨しながら成長して行きます。
現代スポーツ界の闇にも似た大人の事情もいろいろと。
ただ、それに屈しない、若者たちの志と勇気、青春の輝きを描きたいと思っています。


西荻先生、ありがとうございました。


ストーリーはいま、難題を勝ち抜いた入門試験編を終え、下積み修業へ突入。
漫画史をも射ぬかんばかりのハラハラドキドキの展開を見せています。


東京オリンピックの開催が日に日に迫るなか、「江戸のオリンピック」の今後の動向にも目が離せません!



週刊ビッグコミックスピリッツ 『天を射る』
原作:西萩弓絵 漫画:飛松良輔
https://bigcomicbros.net/comic/tenwoiru/


速報! コミックスの第1巻が4月26日(金)に発売予定!




吉村智樹
https://twitter.com/tomokiy