話題の新刊『吃音(きつおん) 伝えられないもどかしさ』を読んで思ったこと

2019/2/26 12:00 吉村智樹 吉村智樹


▲日本に100万人もいるのに、彼らを孤独に追いやる「どもる」ことの軋轢とは。話題の新刊『吃音(きつおん)―伝えられないもどかしさ―』




いらっしゃいませ。
旅するライター、吉村智樹です。


おおよそ週イチ連載「特ダネさがし旅」
特ダネを探し求め、私が全国をめぐります。





■「吃音(きつおん)」に悩み、命を絶つ人がいる


言葉をうまく口にできない、いわゆる「どもってしまう」状態を「吃音(きつおん)」といいます。
そして、この吃音に悩む人の数は日本におよそ「100万人いる」と伝えられているのです。


いま『吃音(きつおん) 伝えられないもどかしさ』(新潮社)という新刊書籍が話題となっています。


これは吃音症に立ち向かうご本人をはじめ、親戚縁者、相談員、さらに悲しくも吃音に苦しんだ果てに自死を選んだ当事者のご遺族など、およそ80名もの人々を取材した迫真のルポルタージュです。


■NHK「バリバラ」に出演した男性との出会いが近藤さんを突き動かした


上梓されたのは京都市在住のフリーライター、近藤雄生(こんどう ゆうき)さん
近藤さんご自身が吃音症に悩んだ経験があり、それが筆を執ったきっかけなのだとか。

まずこの本は、35年に渡って重度の吃音症にさいなまれ、2013年にNHK『バリバラ〜障害者情報バラエティー〜』に出演した髙橋啓太さんと近藤さんが出会ったことから、本格的な取材がスタートします。
https://www.nhk.or.jp/baribara/lineup/130726.html


そして髙橋啓太さんをとりまく社会の諸問題をひもとくことを縦軸としながら、「吃音が原因で正社員になれない」などさまざまな(なかにはむごく悲惨な)ケースへと触れていくのです。


■「吃音」が原因で、大人が大人をいじめるケースも


とにかく、圧倒的な筆力で、ぐいっぐいと惹きこまれます。
吃音ゆえに「大人のいじめ」に遭って死を選んだと推測される男性の、加害者と思わしき側にまで取材に及ぶ章は、失礼を承知で言うならばサスペンスドラマのような緊迫感がみなぎり、「すごい……。でも、これはドラマじゃない。残酷な現実なのだ」と我に返ります。
このように、高揚と沈鬱が乱高下するなかで読み終えました。


読んだ僕自身も、どもりや言い澱みなどでプレゼンがうまくいかず、仕事を失ったことは多々あります。
「100万人」と先述しましたが、日頃からどもりがちは人の数は、きっともっともっと多いでしょう。
よほど滑舌に自信がある喋りのプロでない限り、おそらくほとんど人が吃音には思い当たる節があり、当事者と言えるのではないでしょうか。


そして、自分もどもる経験をした身でありながら、「吃音について、これほどなにも知らなかったのか!」と驚かされ、書名の通りもどかしく、情けなくなるのです。
「アメリカンドックと言えないがために、10年以上、食べたくても購入できなかった」といったエピソードから、果ては「障がい者採用枠で入社してからいじめにあう」といったハードなシーンも。
どれも「ハッ」と気づかされる事例ばかり。


日本には1920年代にはすでに吃音の矯正所があったそうですが、吃音にいたる原因やメカニズムなどの解明は、なかなか進まなかった模様。
根性や気合いが足りないから治らないなどといった精神論で語られためちゃめちゃな時代もあり、現在においてもなお「吃音は病気なのか、障害なのか、遺伝なのか」が明確ではないのです。


■もしかして、自分も嘲笑していたのかも


わからないから、遠くの世界で起きているように感じてきました。
白状すると僕は、どもる人の様子を見て「おもしろい」と、他人事のようにとらえていた時期があります。


たとえば、ちぎり絵やペン画の才能で頭角をあらわし、「日本のゴッホ」とも呼ばれた山下清画伯。


僕は実在する清氏をモデルにしたドラマ『裸の大将放浪記』を好んで観ており、「ぼ、ぼ、ぼくは、おにぎりが大好きなんだな」と、どもる姿(を役者が演じる様子)をほほえましく思っていました。


ただ、ご遺族の証言によると、清氏は自分をモデルにした映画が上映されたり、舞台が上演されたりする事態はクールに受け止めてはいたものの(テレビドラマ版はご覧になっていない)、幼少期に激しいいじめにあい、それにともなう暴力事件の原因となった吃音を役者に真似されることについては、実は快くは思ってはいなかったのだそう(そして、決しておにぎりが大好物ではなかったのだとも)。


そのような記述を読み、どもる様子をユーモラスだと感じていた自分の内面にも、やはり無意識ながら差別の萌芽はあったのだと、いまは自覚しています。


■吃音が劇的に治癒。しかし社会は厳しい


この本の主人公ともいえる髙橋啓太さんは『バリバラ』に出演後、吃音で苦しんだ経験から多くの患者を救いたいと言語聴覚士となった男性の指導のもと、努力の末に劇的な回復を見せます。
これまでの、伝えられないもどかしい日々を振り返ってスピーチする場面は、落涙を禁じえません。


しかし、当書が伝えたいメッセージは「頑張れば克服できる」などでは、もちろんない。
100万人いれば、100万通りの生き方があり、苦悩があり、社会のなかで人々それぞれが吃音症者とどう汲みあえるかを提議しているのです。


この本は「吃音という生きづらさ」へさす一條の光であり、また、国がしっかりとした予算で原因や治療法の究明にあたるための大切な一歩となるのではと考えます。




『吃音(きつおん)―伝えられないもどかしさ――』
近藤雄生/著
1,620円(税込)

頭の中に伝えたい言葉ははっきりとあるのに、相手に伝える前に詰まってしまう――それが吃音だ。
店での注文や電話の着信に怯え、伝達コミュニケーションがうまくいかないことで、離職、家庭の危機、時に自殺にまで追い込まれることさえある。
自らも悩んだ著者が、丹念に当事者たちの現実に迫るノンフィクション!
https://www.shinchosha.co.jp/book/352261/



TEXT/吉村智樹
https://twitter.com/tomokiy


タイトルバナー/辻ヒロミ