【知らなかった北斎に出会う】 超必見!「新・北斎展」

2019/2/1 09:00 虹

「葛飾北斎」

その名を聞いて、あなたは何を思い浮かべますか?
豪快な波と彼方の富士、振り落とされないよう船にしがみつく人々を描いた「神奈川沖浪裏」でしょうか。
それとも青空に映える赤富士を描いた「凱風快晴」でしょうか。

あまりに有名な浮世絵師・北斎ですが、それ以外のイメージは? というとすぐには湧いてこないかもしれません。



現在、森アーツセンターギャラリーにて開催中の「新・北斎展 HOKUSAI UPDATED」は、そんな既存のイメージをアップデートしてくれる展覧会です。浮世絵のみにとどまらず、森羅万象を描くべく筆を揮った北斎の画業は、エネルギーにあふれた凄まじいものでした!



神絵師・北斎の歴史を画号でたどる

北斎は生涯のうち何度も引っ越しをしたという逸話を持っています。その数なんと93回! なかには1日で3回移動したこともあったというから驚きですよね。
部屋がごちゃごちゃしてくると片付けるよりも転居する方を選んでいたそうで……。単に片付けが嫌いだったのかもしれませんが、新しい環境に身を置くことでインスピレーションを得たり、生活のマンネリ化を避けていたのかもしれません。

そんな彼は、自らの画号(ペンネーム)も頻繁に変えていました。
「新・北斎展」は、その代表的な画号6つをピックアップ。デビュー作から絶筆まで、およそ480件(会期中展示替えあり)もの作品で約70年の画業を通覧できる構成となっています。


▲会場では趣向を凝らした見せ方も

今でこそ神絵師的存在の北斎ですが、初めから絵が上手かったわけではありません。もとは木版の彫師であった北斎は、19歳で浮世絵師に転向。勝川春章の弟子となりました。
春章も特別目をかけていたのか、自らの画号のうち「春」の字を入れた勝川春朗という名を若き北斎に与えます。本展はその「春朗」期からスタート!


▲これぞ北斎のデビュー作! 右下に勝川春朗の落款があります。《四代目岩井半四郎 かしく》 安永8年(1779) 島根県立美術館(永田コレクション)※展示終了しています


その後勝川派より離脱。続く俵屋宗理(たわらやそうり)を名乗った「宗理」期では、私的な出版物の挿絵で高い評価を得ました。手ごろな価格で売られる浮世絵に比べ、「摺物(すりもの)」と呼ばれるこれらは主に非売品の自費出版。富裕層が潤沢な予算で注文することが多かったため、絵師はその技術をフルに発揮することができました。
本展では揃いで展示されるのは初めてという《津和野藩伝来摺物》を含め、若き絵師・北斎の才能が惜しげもなく注がれた作品を存分に堪能できてしまうんです!


▲全点公開はこれが初! 写真では伝わりませんが、細部まで凝りに凝った色彩です。《津和野藩伝来摺物》 寛政元~12年(1789~1800) 島根県立美術館(永田コレクション)通期展示 ※4期に分けて全点を展示


このほか美人画や肉筆画など、人気を博した宗理時代。しかし彼はあっさりこの号を弟子に譲り、幾つかの改名ののち、ついに「葛飾北斎」を名乗るようになったのです。
ペンネームを変えて新たな作風を切り拓く漫画家がいるように、北斎もひとつの画風と画号にしがみつくことなく、どんどん自身のフィールドを開拓していきました。これぞまさにアップデート。


▲北斎期にはこのような「おもちゃ絵」も。切り抜いて組み立てると……?「しん板くミあけとうろふゆやしんミセのづ」文化中期(1807~12)頃 島根県立美術館(永田コレクション)2月18日(月)まで展示


▲2階建て銭湯の立版古が出現!絵のクオリティが半端ない……。ちなみにこの銭湯を引き延ばしたフォトスポットもありました!

この頃北斎は「造化(森羅万象)」を師とし、それを描こうと決心しました。この姿勢は彼の画業の中で、生涯貫かれることになるのです。



やっぱり観たい「あの名作」から 晩年の巨大肉筆画まで!

知られざる北斎にせまる本展ですが、もちろん誰もが知っているあの作品もきています。
「葛飾北斎」期に続く「戴斗(たいと)」期では、多くの門人へ、そして全国にいる北斎ファンへ向けてイラストのテキストを出すことに力を入れるようになりました。それがあの『北斎漫画』を中心とする絵手本です。


▲コンパスを使えば誰でも牛や馬が描けてしまう! 画期的なテキスト『略画早指南』 文化9年(1812)頃 島根県立美術館(永田コレクション) 通期展示

「ぶんまわし(コンパス)を使って絵を描こう!」という初心者向けの内容から、パースの取り方、人物のポーズ集など本格的な内容までカバーした絵手本集を観ていると、あらためてその豊かな才能に驚愕します。

そして迎えた61歳、北斎は号を「為一(いいつ)」と改めました。この為一期こそ、彼を象徴する時代と言えるでしょう。
赤富士こと「凱風快晴」「神奈川沖浪裏」を代表とする「冨嶽三十六景」「諸国瀧廻り」、そして「諸国名橋奇覧」「百物語」と、私たちが北斎をイメージするときに必ず連想する作品が多く生み出されました。


▲左より「冨嶽三十六景 神奈川沖浪裏」 日本浮世絵博物館 2月18日(月)まで展示。(2/21より島根県立美術館 新庄コレクションに展示替え)、「冨嶽三十六景 御厩川岸より両国橋夕陽見」 島根県立美術館 2月18日(月)まで展示、「冨嶽三十六景 凱風快晴」 島根県立美術館(新庄コレクション) 2月18日(月)まで展示 (すべて天保初期(1830~34)頃)


晩年、北斎は「画狂老人卍(がきょうろうじんまんじ)」というなんともインパクトの強い号を名乗り、画技を一層極めようとします。
版画から遠ざかり肉筆画を中心に筆を揮いますが、およそ80代、90代とは思えないエネルギッシュな画風からは辺りの空気を変えてしまうほどの熱気が漂っていました。
なかでも北斎晩年最大級の肉筆画と言われる《弘法大師修法図》は、手前の緊迫した様子と背景の美しい木々の対比が異様なまでの迫力! 釘付けになること必至です。


▲《弘法大師修法図》 弘化年間(1844~47) 西新井大師總持寺 通期展示

そうかと思えば涼やかな作品も遺しており、北斎がこの歳になってもなお型におさまらず、アップデートを貪欲に繰り返していたという様子が伺えました。



新発見に初公開・見逃せない貴重な作品たち

「新・北斎展」は、北斎研究の第一人者である永田生慈先生が監修された展覧会。残念ながら先生は2018年2月にお亡くなりになりました。
子どものころに「山下白雨」を観て、まさに雷に撃たれたように北斎の虜となった永田先生。それからお亡くなりになるまで、研究と収集を続けられ、コレクションは実に2,000件を超えるまでになりました。本展にはそれらが多数出品されています。


▲繊細なグラデーションや精緻な筆致は肉筆ならでは。手前:《赤壁の曹操図》部分 弘化4年(1847) 島根県立美術館(永田コレクション) 奥:《朱描鍾馗図(画稿)》 弘化元年(1844)頃 島根県立美術館(永田コレクション)※いずれも展示終了しています 

この永田コレクション、展覧会終了後は島根県のみで公開されることになります。ゆえに東京で見られるのは本展が最後のチャンス! 国内外から集められた優品とともに楽しみたいですよね。

また、期間限定の作品もあります。永田先生が2005年にパリ・ギメ美術館で確認した《雲龍図》。実は太田記念美術館の《雨中の虎図》と対幅であったことが判明しました。なんと本展ではその奇跡の共演を観ることができるのです!(※1/30~3/4)

そのほか、北斎の絶筆に最も近い一図とされる《富士越龍図》も2月21日から出品されます。富士を越えて天を泳ぐ龍の姿は、長く富士を描き続けてきた北斎にも重なって見えることでしょう。(~3/24)



今こそ北斎を満喫しよう!

展覧会といえばミュージアムショップの存在も楽しみのひとつですよね。
「新・北斎展」のショップは赤を基調とした目を引くラインアップ。『北斎漫画』に出てくる顔芸のマスキングテープや、底に顔が現れるちょっと変わったマグカップなど、面白いグッズが目白押し!


▲鮮やかなショップは、その場にいるだけで楽しい気持ちにしてくれます!

また、展示作品にもあった『三体画譜』『北斎漫画』などの豆本も。手のひらに収まる北斎作品はウイットに富んだお土産になりそうです。


▲豆本は1冊1,836円(税込)とお手頃価格。ひとつひとつ職人さんの手で和綴じにしているそうです!


そして忘れちゃいけない音声ガイド!
今回はナビゲーターとして女優の貫地谷しほりさんが、そして語り役として講談師の神田松之丞さんが展覧会をさらに盛り上げてくれているのですが……神田さんの粋な語りが神キャスティングすぎて楽しさが5億倍になりました! いやあ……講談師、すごい。ボーナストラックの「四谷怪談」は必聴です!
 

六本木と時期を同じくして、島根県立美術館でも「北斎展」が開催されます。
永田コレクションが納められている島根では、2月8日からの展覧会を〈序章〉とし、今後およそ10年をかけて壮大なコレクションの全貌を公開するとのこと。今年は北斎が本当に熱い!


▲「開館20周年記念展 北斎ー永田コレクションの全貌公開<序章>」



自身をアップデートし続けていった北斎を知ることで、私たちのなかにある北斎のイメージもアップデートされる、まさに知らなかった北斎に出会える展覧会。
この先北斎の作品を鑑賞する際、受け取り方が今までと変わってくるなと思える内容でした。
2期(1/30~2/18)・3期(2/21~3/4)で大きな展示替えが行われます。今しか見ることができない作品も多数ありますので、「赤富士と波しか思い浮かばないなあ……」という方は今すぐ森アーツセンターギャラリーへ急ぎましょう!


新・北斎展 HOKUSAI UPDATED
会期:〜2019年3月24日(日) ※会期中、展示替えあり
時間:10:00~20:00、火曜日のみ17:00まで (最終入館は閉館の 30 分前まで)
休館日:2月19日(火)、2月20日(水)、3月5日(火)
会場:森アーツセンターギャラリー(六本木ヒルズ 森タワー52階)
▶「新・北斎展」ホームページ