「表現の旅を続ける」あえて言おう、吉田栄作こそ「平成とともに歩んできたナイスガイ」だ

2019/1/16 11:00 DJGB DJGB
ギャツビーつけて、カッコつけてますか?

こんばんは、バブル時代研究家DJGBです。

年明け早々、衝撃のニュースです。あの吉田栄作が、長年所属した芸能事務所「ワタナベエンターテインメント」を退所し独立することが発表されました。


1月3日に50歳を迎えたばかりの栄作も自身のブログに

「今年は起承転結の『転』の年…この先まだまだ表現の旅を続けるうえでこの新しい一歩を大事にしたいと思います」

とファンへのメッセージを掲載(1月4日付け。現在ブログは閉鎖)。この報道に触れた私の脳裏にはついつい

栄作、そこは「心の旅」じゃないのか…?

という素朴な疑問とともに、森脇健児と戯れる彼の姿がフラッシュバック。

今日は平成とともに始まり、また平成とともに転機を迎えた栄作の「旅」をふり返ります。


■「ナイスガイ・コンテスト」優勝を引っさげデビュー

栄作の芸能界入りは88年(昭和63年)。同年に開催された「タカキューナイスガイ・コンテスト・イン・ジャパン」でグランプリを獲得したことがきっかけでした。ちなみに準グランプリは彦摩呂らを擁する「幕末塾」がグループ全体で受賞しています。

翌年(89年・平成元年)9月の歌手デビューに先駆け米国で撮影されたショートムービーがこちら。約37分あるので腰を据えてご覧ください。

●”A”-SAKU YOSHIDA in NO PROBLEM (89年)


このショートムービーの脚本を手掛けたのはあの秋元康。そして監督はのちに「金田一少年の事件簿」「トリック」「20世紀少年」など数々のヒットドラマ・映画を手掛ける堤幸彦。さらに”A”-SAKUの相手役は、当時まだ駆け出しの女優だったキャリスタ・フロックハート(「アリー my Love」のアリー役)です。どうですこのスケールの大きさ。


大型新人としてデビューが決まった栄作には、さっそく大手企業も注目。おそらくショートムービーと同時に撮影されたであろうCMがこちら。

●グリコ「ポッキー」 (89年)


こうして栄作は、平成の始まりとともに、芸能界での輝かしいキャリアをスタートします。


■真ん中分けのサラサラヘアで人気爆発、紅白にも出場

栄作の代名詞と言えば白T、ジーンズ、そしてこの真ん中分けのサラサラヘアでしょう。




写真集のタイトル「MURPHY’S LAW(マーフィーの法則)」にも強い90年代初頭感を禁じえませんが、それはさておきデビューから91年までの足かけ3年で20本近いドラマに出演した栄作の人気は急上昇。同時期に活躍した加勢大周、織田裕二とともに“トレンディ御三家”と呼ばれました。代表作を挙げるとすればこの2つ。

「クリスマスイヴ」(90年)



「もう誰も愛さない」(91年)



が、(当時としても少々暑苦しかった)彼のキャラが確立された作品としては、こちらも必見です。夕陽に向かって叫ぶ栄作の「ウォー」(3分45秒ごろ)未体験の方はぜひ。

「代打教師 秋葉、真剣です!」(91年)


90年にはチューリップのカバー曲「心の旅」で紅白歌合戦にも初出場(91年も2年連続出場)。栄作の男前っぷりはお茶の間も認める存在となりました。


■90年代初頭、この二人は確かに好感度が高かった

数々の企業のCMに出演した栄作ですが、アラフォー世代に鮮烈な記憶を残したCMと言えばこちら。

●マンダム「ギャツビー」 (93年)


当代きってのイケメンと、当時「夢がMORIMORI」のメインMCでヤングに人気爆発の森脇健児と共演で、好感度が上がらないハズがありません。

当時は「ダサかっこいい」なんていう便利な言葉、なかったんですよね。


■野茂と同じ年に海を渡った栄作

95年、栄作は突然休業を宣言し、単身ロサンゼルスに移住します。のちに彼は「違う自分が独り歩きしているイメージが嫌だった、気持ちを休めたかった」と渡米の理由を明かしています。





おりしもプロ野球では野茂英雄がドジャース入りし、旋風を巻き起こしていました。この時スポーツ紙に掲載された

「アメリカで皿洗いから頑張る」

「絶対ジャンボになってやる」

といった栄作の発言も注目を集めました。

栄作自身は真剣そのもの。「ギャツビー」のCMで共演していた森脇健児が、休憩中にも英語を練習する栄作のストイックさに感化されボクシングのプロテストを受ける、という副産物も残しています。


■栄作の芸能活動は、平成とともにあった



ふり返れば栄作は、若くして登りつめたスターダムに安住せず、常に自らその道を切り開き、新たな「栄作像」を作り続けてきました。

98年に帰国した栄作は「マネーの虎」(01年)で独特の存在感を発揮するとともに、映画、舞台、ドラマなどで着実に役者としてのキャリアを積み重ねます。近年では渋みと凄みを感じさせる俳優として露出も増えており、このタイミングでの事務所退所・独立は驚きをもって迎えられました。

その背景には、ドラマで共演した女優・内山理名との関係もあるとかないとか。

●「確証」(93年)

平成の終わりとともに、またしても大きな転機を迎えた栄作のキャリア。次の時代、彼はどんな新しい「栄作像」を見せてくれるのでしょうか。

マンダムさん、そろそろシニア向けの男性化粧品のCMに吉田栄作の再登板、いかがですか?

「エーちゃんにシュ! ケンちゃんにシュ!」

いまこそいい味出してると思うんだけどな…。


(バブル時代研究家DJGB)