切ないかわいさ。遊園地の「メロディペット」を探して旅をする女性アーティスト
▲おそらく遊園地でもっともゆっくり動く遊具「メロディペット」。このメロディペットを愛し、居場所を探して旅をする女性アーティストがいる(これに乗って旅をしているわけではありませんが)
いらっしゃいませ。
旅するライター、吉村智樹です。
おおよそ週イチ連載「特ダネさがし旅」。
特ダネを探し求め、私が全国をめぐります。
■遊園地のレトロな乗り物「メロディペット」をご存知ですか?
あなたは「メロディペット」をご存知ですか?
「メロディペット」とは、遊園地や百貨店の屋上などの片隅にいる、パンダやダックスフンドなどに模した、あのとぼけた乗り物のことです。100円を入れるとシンプルな電子メロディを奏でながらゆっくりと歩く姿、見ているだけでの~んびりとした気分になりますよね。
▲100円玉を入れると電子メロディを鳴らしながらゆっくりと歩くメロディペット。写真を撮る女性はいったい……
メロディペットという名前を知らなくとも、なんとなくのそのそ歩く姿を見た憶えがあるのではないでしょうか。記事を書いているかくいう私も、あの少々くたびれたのんきな動物マシンをメロディペットと呼ぶとは、今回ご登場いただく方を取材するまで知りませんでした。
現在残存しているメロディペットは、オーダーメイドで新製品が造られるケースもあるでしょうが、大半がレトロな遊具。少子化が進むとともに個体も設置される場所も少なくなる、絶滅危惧種なのです。
■メロディペットを愛し、アート作品にする女性作家
そんなはかないメロディペットを愛し、全国に残る彼らに出会うための旅をしながら、絵に描き残している女性アーティストがいます。それが神戸市在住の竹内みかさん。
▲メロディペットを探し求めて旅をする美術作家、竹内みかさん
竹内みかさんは、大阪芸術大学短期大学部デザイン学科を卒業後、広告代理店のグラフィックデザイナーとして働いてました。入社3年目に趣味で通い始めた神戸の「Gallery Vie絵話塾」でイラストレーションを勉強。そこで次第に「絵が描きたい」という想いが強くなり、会社を退職しました。
そして! メロディペットを描いた作品が栄えある「HBギャラリーファイルコンペ日下潤一賞大賞」(2016年)を受賞したのです。さらにコンペを主催したギャラリーにて移動式遊園地というコンセプトの個展「センチメンタルパーク」を開催。好評を博したのです。
竹内さんが描いたメロディペットは、布のたゆみ、伸びる影など、さびれた遊園地にたたずんでいるような錯覚さえする哀調のある画風です。そして日本中のメロディペットに出会うべく旅をしながらSNSで発信を続けるバイタリティに圧倒されます。
▲竹内さんはメロディペットがある場所を訪ねる旅をしており、現地からSNSで情報を発信している
いったいなぜ彼女はメロディペットをこれほど慈しみ、追いかけるのか。その理由をお訊きしました。
■北海道から九州、さらに海外まで! メロディペット探しの旅は続く
――竹内さんはメロディペットがいる場所を求めて旅をされていますが、現在メロディペットは国内にどれくらいいるのでしょうか。
竹内
「私がこれまで7年間の取材で判明した“メロディペットがいる施設”は41ヶ所。実際に自分で見た現物は166体です。訪れた先は、北は北海道から南は九州まで。九州にはたくさんありますね。沖縄にもあるのかもしれないけれど、私はまだ一台も見つけられていないです。あと国外では台湾などにもいるので、メロディペットを探す旅は、なかなか終わらないですね」
▲竹内さんは「メロディペットがあるという情報を得た場所」「実際に訪れた場所」などリストをノートにつけている
▲台湾のデパート
▲台湾の遊園地「台湾のメロディペットは足下にアクセルペダルがあり、足の裏に車輪が付いているのが特徴。足が可動する日本のものとは明らかに構造が違います」(竹内さん)
――メロディペットがいる場所って、どうやって見つけるんですか?
竹内
「まずはInstagramなどのSNSで情報を探します。あと手がかりとして有力なのは友人や知人が提供してくれる目撃情報。旅先などでメロディペットを見つけるたびに場所を教えてくれるので、ありがたいです。そして実際に現地へおもむく前には、必ず電話でメロディペットの有無を確認します。古いものなので、ずっとそこにいるわけではないのです。行ってみたら『もういない』という事態もありえますので」
――この記事を読んだ方も、もしもどこかでメロディペットを発見したら、ぜひ竹内さんに教えてあげてほしいですね。とはいえ、失礼ながら、メロディペットって場所によってそんなに違いがあるものなのでしょうか。
竹内
「あるんです! バリエーション、めっちゃあるんですよ。モデルは主に動物ですね。パンダ、犬、象、キリン、シマウマ、恐竜、ぶた、ライオン、アルパカなどなど。同じパンダでも、みんな表情が違うんですよ。素材は布も革もありますし、ハンドルだけでも、私が知る限り、自動車のような丸型、自転車のようなV字型、U字型と3タイプを見つけています」
▲アドベンチャーワールド(和歌山)「どれも布製ではなく革製のメロディペットで珍しいです」(竹内さん)
▲北海道グリーンランド「ハンドルが自転車タイプのものと丸いタイプのもの2種類が共存しています」(竹内さん)
■従業員にお願いし、故障中のメロディペットを見せてもらうことも
――そうなんですか! てっきりパンダほか数パターン程度しかない遊具だと思っていました。ほかには、なにか変わったタイプを見つけたことはありますか。
竹内
「『東武動物公園』には人気者のホワイトタイガーのメロディペットがいました。あと、石川県の『手取フィッシュランド』には『テドリン』というオリジナルキャラクターもいました。このように特注された、その場所にしかいないメロディペットもけっこう存在します。なので実際にその場に訪れないと彼らには会えないんです」
▲東武動物公園(埼玉)「動物園で人気があるホワイトタイガーやアルパカをメロディペットにしています」(竹内さん)
――そこ一か所にしかいないオンリーメロディペットがいるのですね。それは貴重な出会いですね。現地を訪れてからは、どのような行動をとられるのですか。
竹内
「取材は写真と動画を撮ることがメインですが、それだけにとどまらず、なるべく従業員の方へ聴きこみ調査をします。そうすることで倉庫に保管されていたり、故障のためにシートで覆われているメロディペットを見せていただけたりすることもあるのです」
――倉庫まで! 遺跡の発掘調査さながらですね。女性がやってきて「倉庫のメロディペットを見せてほしい」と言われたら、係の方もきっと驚いたでしょう。
▲海の中道海浜公園ワンダーワールド(福岡)「足が白いパンダはレア。故障中で収納されているところを従業員の方にお願いして出していただきました」(竹内さん)
▲熊本市動植物園(熊本)「従業員の方が見せてくれたキリンの頭部。故障した本体は処分したがなぜか頭部だけスタッフルームに置いてあるそうです」(竹内さん)
■メロディペットは「乗り物」だから乗る。乗ってみてわかることも多い
――ところで、メロディペットはお子さんのための遊具ですが、大人である竹内さんは実際にお乗りになられるのですか?
竹内
「乗りますよー。だって乗り物ですもの。せっかく大好きなメロディペットに会えたのに乗らないなんて寂しいじゃないですか。年齢に関係なく乗れば童心に帰れるし、楽しいですよ。もちろん、周囲にお子さんがいらっしゃって順番を待っている状況ならば遠慮します。ただ……残念ながら、乗りたがっているのは私ひとりで、お子さんはそっぽを向いている場合の方が多いですね」
▲竹内さんが撮影のみならず、できるかぎり実際に乗り歩く
――時代ですね(しみじみ)。いまのお子さんにはローテクすぎるのかな。お乗りになられるということは、乗り心地も調査のうちに入るのですか?
竹内
「入ります。乗り心地によって造られた時代が体感でわかることもあるんです。機械が古いものだと歩くとガクンガクンと振動が激しい。外側の着ぐるみはおよそ20万円で交換できるので、外見だけでは製造がいつ頃なのかがわからないんです」
――え! メロディペットって着替えられるんですか。それは知りませんでした。
■メロディペットと出会うきっかけは意外にも安齋肇氏
――竹内さんは単にメロディペットを探しているだけではなく、アート作品に昇華させているのが他の路上観察家たちと大きく違う点だと思うのですが、絵に関心をいだかれたのはいつですか?
竹内
「5歳、6歳の頃から絵を描くのが好きでした。私の実家がお寿司屋で、両親が仕事を終えるまで、お店の奥でじっと待っていなければなりませんでした。その待ち時間に、包装紙の裏側に絵を描いてすごしていたんです。グラスとか、食器とか、見たまんまを写実的に描いていましたね。アニメのキャラクターのような、いわゆる『子どもの絵』はぜんぜん描いていなかったかな」
――幼少の頃から早くもリアルなタッチの絵を描いていらっしゃったのですね。メロディペットを描きはじめたのは、どうしてですか?
竹内
「神戸のGallery Vie絵話塾でイラストレーションの勉強をしていた頃、講師でお越しになられていた安齋肇さんが、私が描いたイラストを見て『愛人はおやめなさい。本妻になりなさい』とおっしゃったんです。『ポスト○○になるな。オンリーワンになれ』という意味の、独特な言い回しのダメ出しなんですけれど」
――「タモリ倶楽部」のソラミミストとしても知られる安齋肇さんにですか?
竹内
「そうなんです。私、いろんな人の影響を受けやすい性格で、いつしか好きな作家さんたちの作風をかいつまんだようなイラストになってしまっていたんですね。そこを鋭く見破られてしまいました。そんなふうに安齋さんにアドバイスされてから『そうだ。売れるためのイラストではなく、自分が好きなものを好きなように描いていきたい』と心に決められたんです。そしてカメラを手にして街へ出て、モチーフを探しはじめました」
――メロディペットに情熱を注ぐようになったキーパーソンが、人間メロディペットと呼びたい風貌の安齋肇さんだったとは、意外というか、必然というか。ということはモチーフ探しの過程でメロディペットと出会われたのですね。それはどこでですか?
竹内
「いまはなき神戸ハーバーランドの遊園地『モザイクガーデン』です。メロディペットが並んでいたのですが、生地がボロボロになっていて、パンダは黒ずんでいて、見ていて切ない気持ちになったんです。哀愁を帯びた光景にとても惹きつけられ、『ああ、この子たちを描きたい!』と思いました。ただ、あの日から7年経ってもまだ追いかけ続けているだなんて、当時は想像もしていなかったです」
▲「モザイクガーデン(兵庫)/私がはじめてメロディペットに出会った神戸ハーバーランドの遊園地。閉園後その姿はなく、跡地にはアンパンマンミュージアムが開業しました」(竹内さん)
――海岸沿いのメロディペットだと、潮風を浴びて、傷みが激しかったでしょうね。それ以来ずっとメロディペットを追い続け、描き続けておられますが、こんなに長く続いている理由はなんでしょう。
竹内
「ハーバーランドの遊園地が閉園したことが大きいですね。『あの子たち、もういないんだ……』と、とても悲しくなりました。そして『そうか、全国のメロディペットたちが、いる場所がこうして消えてゆきつつあるんだ!』と気がついたんです。デパートの屋上遊園地などもどんどん姿を消しているなあって。そう思っているうちに次第に『私が描き残して伝えないと』『全国にある遊園地を巡って、そこにいるメロディペットを絵に納めたい』という使命感が芽生えはじめました。ネットでの検索を始めたのも、閉園がきっかけでしたね」
▲佐世保玉屋(長崎)「昔は屋上遊園地でよく見かけたメロディペット。平成20年代に屋上遊園地が立て続けに閉園したため、今ではこのような光景は稀少なんです」(竹内さん)
■メロディペットに出会って作風が変わった
――メロディペットとの別れが旅への第一歩となったのですか。メロディペットと出会ってから、作風は変わりましたか?
竹内
「変わりました。まず単純に絵のサイズが大きくなりました。使い込まれた毛並みや、そこから醸しだされる哀愁は小さな絵だと伝わらない。『本当にそこにあるように思ってもらいたい』ので等身大に近い号数にまでなりました。こんなに大きな絵をキャンバスに描くようになるとは、自分でも思っていなかったです」
――絵を巨大化させるほどのメロディペットの魅力って、どこにあるのでしょう。
竹内
「“いるだけで奇跡”だと思います。こんなに娯楽が多様化しているなか、こんなに世の中の乗り物が速く動く時代に、あんなにもゆっくり動くもじゃもじゃした質感のものがいるというだけですごい。あの子たちがまだいるのって奇跡に近いと思います。『かわいい』だけじゃない。やがて失われてゆくものにしか出せないセンチメンタルを、私は愛してしまうんです」
チープなエレメカサウンド、信じられないほどのっそりと歩く速度、風雪にさらされ薄汚れてゆくボディ、夕陽に照らされさびしい背中を向けるメロディペットの魅力を「かわいいだけではないかわいさ」という竹内みかさん。竹内さんが描く彼らの絵を見ていると、ふと「そんなに急がなくてもいいんだよ」と、なぐさめられている気がしてくるのです。
2019年3月から台湾で個展を開く竹内みかさん。初めての海外で個展です。ゆっくりと動くメロディペットだって、焦らずこつこつ、止まることさえしなければ、海外までたどり着くことができるのですね。
竹内みか
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TEXT/吉村智樹
https://twitter.com/tomokiy
タイトルバナー/辻ヒロミ