約10,000個のお菓子をつくってできた驚きの絵本『さがそ! おかしのくに』とは?
▲芦屋にあるお菓子のアトリエ&ショップ「エフカ.」では、お菓子でできた絵本『さがそ! おかしのくに』シリーズの作者でありオーナーのイトウユカさんが制作した原画ならぬ”原菓”を鑑賞することができる。かわいさとジオラマのような迫力に圧倒される。使用する素材はすべて実際においしく食べられるものから厳選
いらっしゃいませ。
旅するライター、吉村智樹です。
おおよそ週イチ連載「特ダネさがし旅」。
特ダネを探し求め、私が全国をめぐります。
■お菓子でできた驚きの絵本『さがそ! おかしのくに』
『さがそ! おかしのくに』(学研教育みらい)という絵本があります。
この『さがそ! おかしのくに』は、エフカちゃんという女の子と黒猫のフーガが、部屋から飛び出して新しい世界に触れていく……という内容。お菓子ならではのカラフルで立体感に溢れるキャラクターやモチーフで展開されるストーリーは、子どもたちだけではなく、大人も引き込まれるファンタスティックな絵本なんです。
▲ほがらかな女の子、主人公のエフカちゃん
▲エフカちゃんと仲よし、黒猫のフーガ
▲絵本『さがそ! おかしのくに』シリーズは全3巻がリリースされている
ではこの『さがそ! おかしのくに』が、なぜそんなにも好評なのか。それは書名通り、物語を展開するすべての視覚的な要素が「全部お菓子でできている!」からなのです。
使用する素材は、クッキーやスポンジ生地のほか、木製ジェットコースターがパイでつくられているなど、どのページを開いても、すべて、お菓子お菓子お菓子。長年のお菓子づくりの技術を総動員してつくられた、目をみはるお菓子の世界が展開されています。
▲これ、ぜんぶお菓子です(『さがそ!おかしのくに~せかいりょこう~』より) (c)efuca.
▲ひとつひとつつのディティールにもたくさんのこだわりが!(「さがそ!おかしのくに~せかいりょこう~」より)(c)efuca.
▲約10000個のお菓子をつくってできた『さがそ! おかしのくに ~せかいりょこう~』
目を見張る技術と情熱でお菓子で絵本をつくりあげたのは、お菓子作家のイトウユカさん。
▲「エフカ.」オーナー、お菓子作家のイトウユカさん。店内ではお菓子教室も開いている
イトウユカさんは兵庫県の芦屋市に、お菓子の販売と教室を兼ねたショップ「efuca.(エフカ.)」を営んでおられます。
▲アイシングクッキー教室。まる、さんかく、しかくのシンプルなカタチの組み合わせで生まれる物語 (c)efuca.
東京から移転し、今年でもうすぐ6年。ユニークな表情の人や猫などの動物モチーフで表現した、思わず笑みがこぼれる愛らしいデザインのクッキーが人気のお店です。
▲ハートのモチーフをアクセントに制作したバレンタイン向けギフト (c)efuca.
▲ひとつひとつ丁寧に個装されたパッケージはギフトにもぴったり (c)efuca.
▲髪型を変えるだけでキャラクターの表情もガラッと変わります! (c)efuca.
調理器具を使ってリメイクされた手作り作家さんのランプなど、店内のインテリアにも随所にユーモアを感じることができます。
▲おたまやフォークでできたシャンデリア。店内に入ると自分自身が絵本のなかにいるような気分に!
そしてこちら「エフカ.」で刮目すべき最大の見どころは、話題の絵本『さがそ! おかしのくに』シリーズに使われたお菓子の現物、言わば原画ならぬ「原菓」が展示されていること。これがもう、壮観!
▲真ん中のタワーは、チョコレートと、特別に小さくこしらえたマカロン。絵本ではわからなかった角度。目の当たりにすると改めて凝ったつくりに圧倒される
▲お店の壁一面に『さがそ! おかしのくに』の撮影に使われた作品が展示されており、すべて鑑賞することができる
▲『さがそ! おかしのくに』シリーズの表紙の実物も!
展示されたお菓子の絵をあらためてつぶさに観察してみると、マシュマロの雪、グミのオーロラ、メレンゲのおばけ、チョコレートの道などなど、多種多彩なスイーツ素材が工夫されて散りばめられていることがよくわかります。
こういった機智に富んだ作品およそ20点を一気に観られるなんて。ここを美(味)術館だと呼んで決して大げさではありません。目の保養になるなる。食欲の秋と芸術の秋が一度に訪れたかのようです。
いったいこれらの驚くべき作品は、どのようにして生まれたのか。お菓子作家のイトウユカさんにお話をうかがいました。
■『さがそ! おかしのくに』に使われたお菓子はすべて実際においしく食べられる
――とてもおいしそうな作品の数々に感動しました。たいへんたいへんたいへん失礼な質問なのですが、イトウさんがおつくりになられたこれらの作品は、本当にお菓子でできているのでしょうか。
イトウ
「もちろん! すべてそのまま食べていただけるお菓子です。よく『合成写真やCGじゃないか?』と言われたり、スイーツデコや、フェルトでできたフェイクだとか思われたりするのですが、たまごや砂糖を使用してつくった、本物のお菓子です。絵本をつくるときは予備をたくさん焼いて制作をするのですが、制作途中で失敗したものなどは、撮影後に美味しくいただいています(笑)」
――色合いも愛らしくて素敵です。どのように着色をほどこされているのですか。
イトウ
「絵本なので、楽しくカラフルなお菓子に仕上げたいので、ココアや紫芋、かぼちゃパウダーなど、できるだけ自然の素材を使って色や味を表現しています」
――ということは本当に人が食べることを大事に考えて絵本をつくられたのですね。
■パンも絵本のために特別に小さく焼く
――そして『さがそ! おかしのくに』シリーズは、印刷された絵本はもちろん平面ですが、撮影に使われた作品の実物を横から見るとそうとうな厚みがあり、まるでジオラマのような迫力を感じました。作品はどのような手順でつくられるのですか。
イトウ
「まずイラストレーターの*タマゴタマミさんから原案をいただき、細部まですべてにおいてお菓子づくりの技術でつくってゆきます。そうして次第に平面だったイラストが立体となってゆくんです」
*タマゴタマミさん 『さがそ!おかしのくに』シリーズの原画を描いているイラストレーター
――要所要所でベースとなるお菓子を変えているところも感心しました。本当にたくさんの技法が使われていますね。
イトウ
「そうなんです。原案をいただいたあと、それを『どんなお菓子で表現すれば、もっともかわいくなるか』を考えます。人物などはラングドシャ生地、じゅうたんなどの柔らかい部分はスポンジ生地、『ここはパイ生地にしよう』『ここはシュークリーム生地』『ここは硬さを表したいからグリッシーニ(クラッカーのような食感の、スティック状になった細長いパン)を』……というように、質感を使い分けながら制作を進めていきます。ちいさな食パンのお家はアルミ箔で小さな小さな型をつくってパン生地を捏ねて焼きました」
▲食パンのおうちは、このために小さな型をつくって焼いたという。気が遠くなる作業
■一冊の絵本のためにつくるお菓子の数は約一万個!
――パンを焼く小さな型まで新たにつくられるとは驚きです。そして巻数を重ねるうちに凝り方が増していて、使うお菓子自体の数もかなり増えているように感じたのですが。
イトウ
「はい。増えているんです。使うお菓子に凝るうちに、一冊目では約3000個だったのが、二冊目では約5000個にまで増え、3冊目は約10,000個に!」
――一冊で10,000個ものお菓子を使っていらっしゃるのですか! 主人公であるエフカちゃんのお部屋のディスプレイも、どんどんにぎやかになっていますね。
イトウ
「この『さがそ! おかしのくに』は必ずエフカちゃんという女の子と、黒猫のフーガが暮らすお部屋から物語が始まっているんです。新刊を出すたびにエフカちゃんのお部屋を模様替えしているので、そこも気がついていただけると嬉しいです」
■ひとりの人物ができあがるまでに6回もオーブンで焼くことも
――作品をよく見てみますと、小さな人物が着る洋服の柄まで描かれていて、その細密さに圧倒されます。たとえば人物なら、どういうふうにつくってゆくのですか?
イトウ
「クッキー生地に色がつかないよう、低温でじっくり焼いてゆくんです。顔を描いては焼き、冷めたら髪の毛を描いては焼き、次はお洋服を描いては焼き、手を描いては焼き……とオーブンで5~6回、出し入れを繰り返しながらの作業になります。1度にすべての絵を描かないことで細かい線が描けたり、顔とお洋服のところに段差ができたりするので、立体感がでてきます」
――オーブンで5、6回も……。労作だとは思いましたが、そこまで手間をかけていたとは。そういった小さなお菓子を、どうやって並べてゆくのですか?
イトウ
「小さなパーツはピンセットを使ってひとつずつ割れてしまわないように丁寧に並べてゆきます。女の子に3色団子などを持たせたりする時は、粉砂糖と卵白を合わせたアイシングクリームをつくり、それを糊代わりにして貼りつけていくので、さらに立体感がでてきます」
――パーツをひとつずつ「ピンセットで」ですか! 気が遠くなるような作業ですね。ひとつの作品ができあがるまでに、どれくらいの時間がかかるのですか?
イトウ
「個々のモチーフの大きさや細かさにもよりますが、ひとつの作品(見開き2ページ)で約2週間くらいで急いでつくりあげます。それを3つくらい同時進行しながらというペースです」
▲実際に作品の現物を観れば、「2週間でここまでできるのか」という手際のよさに驚かされる
■「お菓子で絵本をつくるからには、おいしそうでなければならない」
――むしろわずか2週間でつくられていることに驚きました。制作するうえで、特にこだわる点はありますか。
イトウ
「とにかく“おいしそうかどうか”ですね。そのため、撮影直前に組み立てます。食べ物ですから、たとえばスポンジがフワフワなうちに撮影しないと、おいしそうに見えないんです。クリームはできるだけツヤツヤな質感を表現したいので、撮影の直前でつくりますし。お菓子で絵本をつくるからには、おいしそうでなければならないと思うんです」
▲(c)efuca. 撮影:坂上正治
▲(c)efuca.
▲かわいく、かつ「おいしそう」というポリシーに貫かれている。すべての部分が実際に食べられることが重要で、そのため土台もお菓子でできている
■幼い頃から「小さなもの」をつくるのが好きだった
――イトウさんがお菓子づくりに関心をもたれたのはいつ頃からですか。
イトウ
「お菓子は子どもの頃から好きでした。両親が共働きだったので、おみやげに買ってきてくれるケーキが楽しみでした。料理番組を観るのも好きで、徐々に自分でモノをつくるということに興味が湧いてきたんです。たしか保育園に通っていた頃だったかと思いますが、見よう見まねで泡立てをして、液体が空気を含んでメレンゲになる様子なんかは実験みたいで楽しかったことはいまでもよく憶えています」
――幼い頃から、現在の創意工夫に溢れるお菓子づくりの片鱗が見えますね。
イトウ
「それはあったかも。おみやげに買ってきてもらったシュークリームにプリッツを挿して、昆虫に見立てて食べることを楽しんでいた日もありました。お菓子に限らず、ティッシュを使って、おにぎりや卵焼きなどお弁当をつくるなど、暮らしの中の素材を用いて自分だけの世界を創作することが好きな子どもだったんです」
――いまはプロのお菓子作家さんですが、パティシエールになりたいという夢はあったのですか。
イトウ
「それが実は、なかったんです。菓子屋さんでアルバイトをしたこともあり、職人さんにはすごく憧れて尊敬していますが『自分は同じものを毎日つくることにはむいていないな』と思いました。自由に新しいことを考えるのが好きだから、職人さんになれないと思いました。それがまさか将来、自分がお菓子屋さんを開くことになるとは、当時はまったく考えていなかったです」
■猫のクッキーが編集者の目にとまった
――では、仕事でお菓子をつくり始めたきっかけは、なんだったのでしょう。
イトウ
「東京でキャンドル教室のアシスタントをしていた頃、習いに来ていた生徒さんへ、お茶の時間によく手づくりのお菓子をお出ししていたんです。そうするうちに『そのお菓子ってどうやって作っているんですか?』『ぜひ作り方を教えてほしい!』といった声をいただくようになって。その反応を知ったキャンドル作家の先生から勧められたのもあって2009年から自分で教室を開くことになりました」
――お客さん向けのお茶菓子からスタートされたのですか。逸材って、そういうひょんなことから見出されるのですね。さて、そこからどうやって絵本をつくることになったのですか。
イトウ
「当時、『ユニークなお菓子をつくっている人がいる』と知っていただいた編集者の方から、『園児向けの絵本の中に出てくるクマや雪だるまのケーキを作ってほしい』と言われたのがきっかけで、その後『絵本を出さないか』という話につながっていきました。絵本を出版するのは昔からの夢だったので、お話をいただいたときは嬉しかったですね」
▲金太郎飴のように組んで作るアイスボックスクッキー。端っこはぶさいくに(笑)
――読むだけではなく「モチーフやキャラクターを探しながら読み進める、という遊びの要素が入った絵本」というところが、いいですね。
イトウ
「そうなんです。出版社さんから『単なる絵本ではなく、”探し絵”にしてほしい』と頼まれ、少しお菓子の生地の配合を変えることでさらに細かく作れるようになり、一瞬どこにエフカちゃんたちがいるのかをわからなくするために、どんどん複雑になっていったんです(笑)」
▲出版社から「探し絵にしてほしい」という依頼を受け、どんどん複雑化していった
――絵本の中で作られたお菓子はオーダーできたりするんでしょうか?
イトウ
「オーダーは要相談ですが、絵本の中に出てくる黒猫のフーガなどは店頭やネットで購入いただけますし、絵本のようなオリジナルのケーキをご自宅でもお作りいただけるようにお菓子教室でお教えしています」
――これからの目標などはありますか?
イトウ
「今後の目標は、芦屋のアトリエや各地のイベントなどで開催中のお菓子教室などを通じて、お子さんから大人まで、たくさんの方にお菓子の可能性やお菓子づくりの楽しさを知ってもらえるような活動を続けていきたいと思っています。またお菓子をコマ撮りして映像にするなど、新しい表現もしていきたいですね。イベント情報や教室のスケジュールは、SNSなどで更新していますので、興味のある方がいらっしゃいましたらぜひ一度足を運んでいただけるとうれしいです」
卓抜なる技術と、ポップなセンス、そして驚異的な根気でつくられるイトウユカさんの「おかしのくに」。エフカちゃんを探すうちに、人は、お菓子にときめいた幼い頃の自分を探しているのかもしれません。
名称●efuca.(エフカ)
住所●兵庫県芦屋市茶屋之町6-14
アクセス●JR/阪神「芦屋」駅より徒歩約5分。阪急「芦屋川」駅より徒歩約13分
営業日●金、土 その他の曜日は要確認
時間●10:00~18:00
Tel●0797-31-2023
※イベント情報、お菓子教室の開催スケジュールなどはSNSで随時更新しています
※その他著書「絵柄入りでつくるアイスボックスクッキー」(河出書房新社)
http://www.kawade.co.jp/np/isbn/9784309282541/
Homepage: https://www.efuca.com/
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TEXT/吉村智樹
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