「くぃ」っと曲がった道路標識、名付けて「標しくぃ」を探し求める謎の男がいた!

▲道路標識やカーブミラーを注意深く見ると、なぜか支柱が曲がっているタイプがある。こういった曲がった標識を「標しくぃ」と名づけ、撮り集めているサラリーマンがいる
いらっしゃいませ。
旅するライター、吉村智樹です。
おおよそ週イチ連載「特ダネさがし旅」。
特ダネを探し求め、私が全国をめぐります。

■道路標識が「くぃ」っと曲がっているから「標しくぃ」
Twitterをやっていると、目を見張る活動をしている人に出会うことが、よくあります。
今回ご紹介する、ハンドルネーム「koge」さん( @kooooge )も、そのひとり。
kogeさんは大阪の、とある北摂エリアに住む印刷関連会社のグラフィックデザイナー。
そんなkogeさんが運営しているのが、「【公式】標しくぃ 〜めくるめく曲がり標識の世界〜」 ( @hyoushiqui )というアカウントです。

▲曲がった標識「標しくぃ」のTwitterアカウントを開設した社員デザイナーのkogeさん。ご本人もこころなしか傾いている
「標しくぃ」と書いて「ひょうしくぃ」と読みます。
もちろんそんな言葉はこれまで存在せず、kogeさんがあみだした造語です。
では「標しくぃ」とは、いったいなんなのか?
公式(なんの公式?)アカウントには、こんな説明文が表記されていました。
支柱(ポール)が“くいっ”と曲がったセクシーな道路標識やカーブミラーを「標しくぃ」と勝手に呼び、観賞・収集・報告・連絡・相談などしています。
つまり、「標識」の支柱が「くぃ」ッと曲がっているから「標識」→「標しくぃ」。
アカウントを覗いてみれば、あるわあるわ、曲がった支柱が。

▲確かに標識やカーブミラーを支えるポールのなかには「くぃ」っと曲がっているものがある

▲なぜこんな根元で曲がる必要があったのか
根元から曲がっているものもあれば、人間でいう首のあたりで曲がっているものも。
曲がる角度も、「折れるんじゃないか?」と心配になるほどの強引さを感じるものもあれば、優美にすらりと斜め上に伸びゆく、なるほど「セクシー」なものなど、意外なまでにバリエーションが豊富。
まさに想像のナナメ上を行く世界が展開されていました。
世の中の「標識を支えるポール」が、こんなにもいろんなかたちで「くぃっ」と曲がっていただなんて。
僕はこの「標しくぃ」アカウントに遭遇するまで、知りませんでした。

いや、街を歩くたびに、きっと目にしていたはずなのです。
それなのに、気にも留めなかった……。
路上観察界に新たな誕生した「標しくぃ」という別視点。
kogeさんは、いったいなぜ、支柱が曲がった標識を鑑賞しようと思ったのでしょう。
曲がることなく、ご本人に直接コンタクトを取ってみました。
■「標しくぃ」のTwitterアカウントを開設
――kogeさんは、いつから「標しくぃ」の撮影をはじめられたのですか。

「2017年の夏からで、いまで1年ちょっとです。Twitterを始めたのも、その頃からでした。Twitterには『室外機』『マンホール』『定礎』など路上観察系のアカウントやハッシュタグがたくさんあることを知り、自分でもアカウントとハッシュタグ『#標しくぃ』をつくってみたんです。標識自体を集めている人はすでにいらっしゃったのですが、“曲がった標識”を専門にしているアカウントはなかったので」
――えー! まだ1年ちょっとなのですか。掲載されている数がものすごいので、そんなに短期間に撮影されたものだったとは意外でした。ハッシュタグの反応は?

「ありがたいことに全国から報告があります。初めて投稿があったときは、とても嬉しかったですね」
■会社が休みの日でも通勤沿線の「標しくぃ」探し
――kogeさんご自身は、これまで、どれくらいの「標しくぃ」を集められたのですか?

「撮影したのは200点を超えたくらい。大阪の北部まで通勤しているので、帰りに途中下車したり、休日は定期券が利用できる区間の駅前を歩いて探したりしています。自分自身は自動車に乗らないので、標識は『鑑賞の対象』という感覚が強いです(*もちろん、標識に描かれた歩行者向けの警戒喚起に従って蒐集されています)」
■感動的な曲がり方に「これはイリュージョンや!」
――ということは、ほぼ毎日を、「標しくぃ」の捜索に充てているのですか。しかも、お休みの日にもかかわらず通勤している路線に乗車されるとは。よほど強い愛がないと無理ですね。「標しくぃ」を撮り集めようと思ったきっかけは、なんだったのでしょう。

「学生時代から、ぼんやりと『曲がり方がきれいやな』と思って、気にはしていたんです。そして2017年に、住吉大社の近くで、柵をすり抜けている支柱を見つけて感激し、思わず『うおー!』って声が出ました。そして『これは、ほかのも調べる価値があるな。集め甲斐があるんじゃないか』と思ったんです」

kogeさんのレビュー
柵の格子の間をすり抜けている。手品だ。サーカスだ。いや、イリュージョンだ! シルク・ドゥ・ソレイユもびっくりなアクロバットである。もはや観光スポットとして、るるぶあたりに掲載されてもおかしくないだろう。
――これは確かにすごいですね。美術的に見ても魅力的だし、設置の苦労がしのばれるのもいいです。

「このタイプを『イリュージョン系』と名づけました。そして、これを見つけたことをきっかけに、本格的に支柱が曲がった標識を探して撮影するようになったんです。すると、ゆるやかに曲がっているものもあれば、ダイナミックにカーブしているものなど、さまざまなタイプが存在することに気がつきました。上の方が曲がっていたり、下の方が曲がっていたり、立っている場所が『崖っぷち』だったり。左右に分かれていて、まるで金剛力士像を思わせたりするものは『金剛りくぃし像』と呼んでいます(笑)」

▲ぎりぎりで踏ん張る「崖っぷち系」

▲後ろは側溝。この崖っぷち追い詰められ感もそうとうなもの

▲kogeさん曰く「ガードレールを映画『マトリックス』のようにかわしている』。ガードレールまで「くぃ」っと曲がっていて愛らしい
■あるところにはあるが、ないところにはない。神出鬼没の「標しくぃ」
――路上観察って、分類していくと、さらに観る目が深まりますよね。でも「標しくぃ」って、街にそんなにたくさんあるんですか?

「これがね……あるところにはたくさんあるし、ないところには、ぜんぜんないんです。1日に20本近くの標しくぃがかたまって見つかることもあれば、まるで見つからない日もあります。そして『ある』『なし』の確かな規則性は、まだ発見できていません。思ってた以上に深い世界だなと感じます」
■曲がりなりにも曲がらなきゃならない理由がある
――ということは、まだまださまよう時期が続くというわけですね。たいへんですね。ところで根本的な疑問なのですが、なぜ支柱が曲がっている標識があるのですか。

「ひとつの理由として、トラックが標識をこすってしまうのを防ぐためです。なのでこの場合は、曲がっているというより『引っ込んでいる』と言った方がいいのかな。『すれ違う時に、しんどそうな道』は、標しくぃが現れる確率が高いです」

――左に曲がっているものが多いのは、そういう理由があるのですね。

「そうなんです。とはいえ、だからって“右曲がり”がないかと言えば、少ないながらもあるんです。樹々の陰にならないようにとか、十字路でさまざまな方向から見やすいようにとか、いろんな理由があって曲がっているんですね。引っ込んでいるだけではなく、反対に道路側へせり出しているものもある。それぞれ、なんとなく曲がっているわけではなく、その道その道で、曲げなければならない理由がある。曲がる場所にも角度にも、ひとつひとつにワケがある。そこがおもしろいんですよね」

▲たま~にこういった右曲がりのダンディもいる

▲それぞれに「曲がらなければならない事情」がある
――なるほど。「曲がり方」で、その道やその街の背景まで推理できるわけですか。イマジネーションがふくらみますね。「標しくぃ」が、なんだか盆栽の枝ぶりのように思えてきました。

「曲がり方がキレイだと、感激しますね。どこもつぶれることなく、きれいなカーブを描いている標しくぃを見つけると、職人さんの技術のすごさに感動します。それを見ているだけでお酒が進むという感じです(*あくまで、たとえ話です)」
花見のように「標しくぃ見」で一献傾けたくなるというkogeさん。
「標しくぃ」は意外にも、風流かつ、人間の営みが傾斜に反映された世界でした。
皆さんも街で発見されたら、ぜひハッシュタグ『#標しくぃ』に投稿してみてください。
「曲がったことが大嫌い」なんて言わずに。

▲皆さんが発見した「標しくぃ」を「#標しくぃ」へ投稿してみよう。kogeさんがコメントします
標しくぃ 〜めくるめく曲がり標識の世界〜
https://friedrice.work/?p=3752
【公式】標しくぃ 〜めくるめく曲がり標識の世界〜
https://twitter.com/hyoushiqui

TEXT/吉村智樹
https://twitter.com/tomokiy
タイトルバナー/辻ヒロミ