1000種類以上もの「カブリモノ」を作り続けたチャッピー岡本さんの新たな挑戦!
▲ズラリ並んだカブリモノ。これらは1枚の紙でできている。作者は「カブリモノ作家」のチャッピー岡本さん
いらっしゃいませ。
旅するライター、吉村智樹です。
おおよそ週イチ連載「特ダネさがし旅」。
特ダネを探し求め、私が全国をめぐります。
■1000種類以上の作品をつくった「カブリモノ作家」チャッピー岡本さん
奈良県に「チャッピー岡本」さん(52歳)という人気造形作家がいます。
この方、とてもユニークなのです。
なんと「カブリモノのデザインと制作」を専門にしている作家さんなのです。
「カブリモノの造形作家なら、ほかにもたくさんいらっしゃるのでは? カブっているのでは?」
そう思われる方も、きっと多いでしょう。
しかしチャッピー岡本さんのカブリモノはひと味違います。
なんと一枚のシート(主に紙)を組み立てることで、複雑な形状のカブリモノを生みだしているのです。
▲頭がすっぽり収まるトラのカブリモノ。なんと1枚の紙でできている
一枚の紙が意外なまでに多面体なフォルムを生みだし、さらにそれを頭にかぶることができる。
これを専業としている作家さんは、おそらく日本でチャッピー岡本さんのほかにはいないでしょう。
そしてこれまで作った作品はなんと「16年間で1000種類以上」!
著書は「子どもとイベントで使えるカブリモノ紙工作」(小学館)ほか多数。
「カブリモノ変心塾」などワークショップは年間100回(!)を数える年もあるというから、すごい。
そこまでカブリモノに情熱を傾けられることにも、そしてそんなにもカブリモノに多くの需要があるという事実にも驚かされます。
▲カブリモノのワークショップ「カブリモノ変心塾」
平面から立体へ、そしてカブリモノへ。
まるでイリュージョンを見ているような摩訶不思議な展開。
誰でも手軽に組み立てられるカブリモノが好評を博し、10年前から毎年「奈良県立図書情報館」にてチャッピー岡本さんの作品展が開催されています。
▲2016「世界のカブリモノ展」
▲2017「奈良の妖怪カブリモノ展」
▲奈良をテーマにカブリモノのショーも開かれた
そして今年、恒例の作品展で、新しいカブリモノワールドに挑まれるのだそう。
いったいどんな新境地を開くのか。
そして失礼ながら素朴な疑問「カブリモノ制作だけで食べていけるのか」などを、ご本人に訊いてみました。
■1枚の紙が立体のカブリモノに変身!
チャッピー岡本さんのアトリエを訪れ、仰天。
膨大な数のカブリモノだけでもたじろぐのに、それを並べる棚やテーブル、椅子までもが紙でできているのです。
さすが! 驚異のペーパークラフト群に囲まれた状態で、取材をはじめます。
▲おびただしい数のカブリモノを陳列する棚もペーパークラフト
まずは実際に作品を見せていただきましょう。
ディスプレイされたカブリモノはどれも入り組んだ構造。
「一枚の紙からできている」とは、にわかには信じられません。
チャッピー岡本
「ちゃんと1枚の平面に戻るんです。ほらね」
▲金銭欲に目がくらんだようなカブリモノ
▲実は一枚の紙によってつくられている
本当だ! 平面に戻った!
やはり1枚の紙でできていたんだ。 デザインはかなり難しそうですが、完成までにどれくらい時間がかかりますか?
チャッピー岡本
「1日でできるカブリモノもあれば、複雑なものではアイデアから完成まで一か月かかる場合もあります。はじめはコピー用紙に手描きして、留め方や挿し方などあれこれ試行錯誤をし、ある程度のめどがたったらパソコンでデザインする。そんな流れです」
はじめはコピー用紙の切り貼りといったアナログな作業から始まるのですか。
やはりこれだけ凝っていると完成に一か月かかるカブリモノもあるのですね。
▲西陣織のカブリモノ
▲平面が複雑な形状の立体に。摩訶不思議なカブリモノの世界
■「簡単にかぶれるようにするのが難しい」
制作の過程でもっとも難しい点はどこですか?
チャッピー岡本
「難しいのは、矛盾しているようですが『簡単に作れるようにデザインすること』ですね。誰でもが簡単に組み立てられ、かぶれるようにするのが難しい。お子さんに『モノ作りって楽しい』と思ってもらいたいので、自分の思いで形を変えれて応用できつつも組み立てが容易にできることが大事なんです。一枚の平面の紙が簡単に立体のカブリモノになる『2次元から3次元へ変化するおもしろさ』が命なので、ここに頭を悩ませます。組み立てがややこしかったら、お子さんのなかで工作への苦手意識が芽生えてしまいますから、責任は重いです」
なるほど。
「簡単に作れるようにするのが難しい」って、深い言葉ですね。
我々ライターも、簡単に読める文章にするのは難しいです。
▲一枚の紙を簡単に立体化できて、かぶることができる。そんなふうにデザインするのは「とても難しい」と語る
そういった工夫を凝らされたカブリモノは、どういった方がオーダーされるのでしょう。
チャッピー岡本
「プリンターのメーカーが自社製品の印刷技術と発色のよさを伝えるためのサンプルとして依頼してこられたり、企業さんのキャンペーンに配布するキャラクターだったり。キャンペーンだと何千、何万という数が必要になりますから、配布するためにも『もとは一枚の紙である』という前提がとても重要になるのです」
確かに、カブリモノをカブリモノとして配っていたのでは、たいへんですよね。
置いておく場所もありませんし。
一枚の紙をお客さんに配り、お客さんが自ら立体化して、すっぽり頭に乗せる。
それだと省スペースになり、コストも抑えられる。
なによりお客さんが手作りできる楽しさを味わえる。
カブリモノのニーズ、見えてきました。
チャッピー岡本
「一枚で表現するということは『たくさんの人がかぶれる』ということなんです。だから、一枚の紙であるという意味がとても大きい。なのでデザインするときは、多くの人がハッピーになるよう考え抜きます」
「多くの人がハッピーになる」カブリモノ。
そうしてチャッピー岡本さんは一枚の紙のなかに夢や希望やハッピーを込めるのです。
■小学生の頃から「カブリモノ」をつくっていた
チャッピー岡本さんは奈良県をベースに活躍されていますが、ご結婚されるまでは大阪で過ごしたのだそう。
カブリモノにめざめたのも、幼少期の大阪でのこと。
チャッピー岡本
「小学生の頃には、もう趣味で作っていました。厚紙を切ってホッチキスで留め、さらに新聞紙を貼り、その上から色を塗り……。いま考えたら当時からけっこう凝っていますね。なぜ作り始めたかですか? 仮面ライダーやウルトラマンなど変身ヒーロー直撃世代ですし、カブリモノで『変身したい』ていう気持ちはあったと思います。ただ、じゃあ仮面ライダーやウルトラマンをつくったかといえば、そうではなく、自分でつくったのはオリジナルのキャラクターだったんです。主役のヒーローよりも毎回変わる怪物や悪者のデザインに興味津々でした。昔のことなので思いだせないですが、当時から『自分にしか作れないものを生みだしたい』という気持ちはあったのでしょうね」
小学生時代に早くも「カブリモノ作家」としての才能が萌芽していたチャッピー岡本さん。
ものづくりを本格的に学びたいと考え、京都市立芸術大学美術学部へ進学し彫刻を専攻します。
チャッピー岡本
「彫刻と言っても彫るだけではなく、立体造形の制作全般を学びました。ちょうどポップな現代美術が注目されていた時期で、僕も『散髪疑似体験装置』というオブジェをつくりました。これは僕自身が散髪している映像をテレビ画面に映しだし、音や動作が端子を通じてヘルメットに伝わるという、体感できるエンターテインメントな作品なんです」
▲大学時代につくった「散髪疑似体験装置」。早くも「カブリモノ作家」の片鱗が見え始めている
「散髪疑似体験装置」! 80年代コンセプチュアル・アートのおもしろさとあの時代の熱気が作品から伝わってきますね。
そしてこの作品、やはり頭に「かぶって」ますね。
チャッピー岡本
「そうなんです。あとで気がついたんですが、この頃からすでにカブリモノを作品にしているんです。無意識ながら、カブリモノにこだわっていたんでしょうね」
「この頃はまだ『将来カブリモノ作家になる』なんて考えてもいなかった」というチャッピー岡本さん。
しかし「散髪疑似体験装置」のヘルメットのなかに、カブリモノという疑似体験の提供を本職にする運命が、すでに宿っていたのかもしれません。
■結婚式でつくった鯛のカブリモノが大好評。「プロになろう」と決意
そしてチャッピー岡本さんは卒業後、大学で培った立体造形の知見を活かし、印刷会社のパッケージデザイナーとなります。
▲サラリーマンデザイナー時代につくった作品のひとつ。一枚の紙をいかに有効に美しく変化させるかに尽力してきた
ではサラリーマンデザイナーだったチャッピー岡本さんがフリーランスの「カブリモノ作家になろう」と考えたきっかけはなんだったのでしょう。
チャッピー岡本
「友人が海遊館(大阪にある大きな水族館)で結婚式を挙げることになったんです。僕はただ出席するだけでは面白くないので、来賓のために鯛のカブリモノをつくったんです。『めでタイ』にひっかけてね。一枚の紙で構造物をつくる仕事を10年以上やっていましたから、それほど苦なくつくれたんです。するとこの鯛がすごい評判で。結婚式と関係ない一般のお客さんまでワーッと盛りあがり、魚を見に来ていたお子さんたちもあとをついてくるという事態になりまして、『カブリモノって、こんなに喜んでもらえるのか』って感動したんです。それがきっかけですね」
▲結婚式で来賓がかぶる「めで鯛」カブリモノがおおいに喜ばれ、プロのカブリモノ作家になる決意をする
一般のお客さんまで喜んでくれるなんて、いい結婚式になりましたね。
カブリモノに潜在する、人を幸せにするパワーにも圧倒されます。
そして、これを機会に岡本さんは「ハッピー」と「チェンジ」を合体させた造語「チャッピー」をアーティストネームとし、カブリモノばかりをつくる異例の作家として独り立ちしたのです。
▲アーティストネームの「チャッピー」とは「変身して幸せに」という想いを込め、「チェンジ」「ハッピー」をかけ合わせた造語
■軌道に乗るまで5年。快進打となった「タイガースのカブリモノ」
いやあ、それにしても安定した月給生活を捨て、明日をも知れぬカブリモノ作家になるなんて、すごい勇気です。
チャッピー岡本
「はい、実はその会社が倒産しまして(苦笑)。そのまま再就職せず、起業しました。『神様が背中を押してくれたのかな』と思うんです。妻の反対はなかったか、ですか? 『養ってもらえるならどんな仕事でもいいよ』と理解は示してくれてはいたのですが、後から聞くと、僕がひとりでパッケージデザインの事務所を開くのだと思っていたようなんです。ところがヘンなカブリモノばかり作るから、『はあ?』って戸惑っていたらしいです。私にとっては、カブリモノも『人間のパッケージデザイン』なんですけどね(笑)」
▲奥さんのキスマークが活かされた、愛にあふれた作品も
そうたって脱サラしてはじめた、いままでなかった専門ジャンル「カブリモノ作家」という仕事。
順風満帆……とは、やはりいかなかったようです。
チャッピー岡本
「仕事が軌道に乗るまで5年かかりました。それまで貯金を切り崩して耐えました。仕事が順調にいきだしたのは、阪神タイガースのカブリモノグッズの仕事をいただけたことが大きいです。これがマスコミに採りあげられ、ほかからも発注されるようになりました」
▲チャッピー岡本さんが注目されるきっかけとなった阪神タイガース応援カブリモノ「ガブリエール」
カブリモノ作家として名を轟かす第一歩となった阪神タイガースのカブリモノ。
チャッピー岡本さんさんはいまも感謝の気持ちを込めて、人前に出るときはできる限りこれをかぶっているのだそう。
■次なる挑戦は「日本の祭カブリモノ」
そんなチャッピー岡本さんが今年も恒例の、「奈良県立図書情報館」での展覧会を開きます。
今年の開催期間は7月10日(火)から7月22日(日)まで。
今回のテーマは、初めて挑むという「日本の祭カブリモノ展」。
▲2018年7月10日(火)~22日(日)「チャッピー岡本の日本の祭カブリモノ展」
チャッピー岡本
「日本にはお祭がたくさんあります。なかには『奇祭』と呼ばれる、変わった神様やキャラクターがいっぱい出てくるような祭もあって、それをカブリモノで紹介したいなって思ったんです」
確かに日本の祭には、カブリモノや面を使うものが多くありますね。
チャッピー岡本
「自分自身が神様に扮したり、精霊になれたり。カブリモノは柳田國男が言う『ハレ』(儀礼や祭、年中行事などの『非日常』)ですよね。昔の人はカブリモノをすることで暮らしのなかに節目をつくってきた。そういうならわしを、いまの人たちにも体験してもらいたいと考えたんです。実際にかぶれるコーナーを設け、撮影やSNSへのアップもOKにしています。ぜひ遊びに来てほしいです」
【展覧会】チャッピー岡本「日本の祭カブリモノ展」
▲山口県の「鷺舞」
【会 期】平成30年7月10日(火)~22日(日)※会期中7/17(火)は休館
毎年恒例のカブリモノ作品展を、今年も「奈良県立図書情報館」で開催します。
今年のテーマは「日本の祭り」。
日本全国では様々な個性的な祭りが開催されており、それを見つめることで、日本人の豊かな感性や想像力、心の有り様などが見えてくるかもしれません。
そんな全国の祭りの魅力をカブリモノの形で紹介します。
制作には奈良芸術短期大学デザインコースの学生さんと協力し、カブリモノを、1シート1パーツで組立てられように制作し、その解説と展開図ポスターも合わせて展示します。
かぶって、記念撮影できるコーナーも併設!
また、期間中の土日祝日は妖怪や動物などに変身できるワークショップ「カブリモノ変心塾」(予約制)も開催します。
▲奈良県の「春日若宮おん祭」
【開場時間】9:00~20:00
【場所】奈良市大安寺西1丁目1000番地 奈良県立図書情報館 2階メインエントランスホール
http://www.library.pref.nara.jp/
【展示内容】「山口の鷺舞」「徳島の阿波おどり」「山形の花笠まつり」などの全国の祭のカブリモノとその展開図ポスターのほか、迫力ある恐竜や動物のカブリモノなど約50点を展示。
【料金】無料
▲鹿児島県 八朔踊りの「メンドン」
【イベント】カブリモノ変心塾
7/14(土)、15(日)、16(月・祝)、21(土)、22(日)午後2回
(要予約 先着30名 有料おひとり1000円 詳細と予約 http://www.library.pref.nara.jp/event/2714 )
【主催】奈良県立図書情報館
チャッピー岡本
「奈良で開催することにも意味があると思っています。僕は『奈良はカブリモノの発信地点、スタート地点』じゃないかと勝手に思ってるんです。1300年前に古代の舞踊劇『伎楽』(ぎがく)がシルクロードを伝わって中国大陸から日本にやってきた。伎楽は頭全体を覆うようなかぶりもので、パントマイムのように仏の教えを伝える芸能です。正倉院には1300年前のカブリモノがいまだに残っていて、当時のものを鑑賞することができる。そういうものを観ながら想いを馳せるんですよ。『カブリモノの文化を現代に伝えるのが自分の役目なんじゃないかな』って」
お子さんからお年寄りまで楽しめるチャッピー岡本さんのカブリモノ。
初夏の奈良で実際に触れて、変身→変心を体感してみてはいかがでしょう。
▼その他の展覧会とワークショップの予定
■7月29日(日)大阪府立花の文化園(大阪)
http://gfc-osaka.com/events/2018-07-29/
■8月11日(土)あすたむらんど徳島(徳島)
http://www.asutamuland.jp/event/event.php?date=20180811#event-s49977
■8月18日(土)、19日(日)熊本城ミュージアムわくわく座(熊本)
http://www.sakuranobaba-johsaien.jp/waku-index/
7/21(土)~9/2(日)「チャッピー岡本の妖怪カブリモノ展」開催
チャッピー岡本Webサイト「カブリモノ.com」
http://www.kaburimono.com/
TEXT/吉村智樹
https://twitter.com/tomokiy
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