さくら、あさひ、そして「東京」が消えた…おぼえてる? 90年代の都市銀行たち

2018/4/11 11:00DJGBDJGB


チュウコクファンドは?と聞かれると反射的に「山一證券」とコール&レスポンスしてしまうみなさんこんばんは、バブル時代研究家DJGBです。

この4月より、「三菱東京UFJ銀行」が「三菱UFJ銀行」へ名称変更。これにより、終戦直後の1946年に発足した歴史ある「東京銀行」の名残が行名から消えることに。街中のATMに掲げられていた看板も、年度末に一斉に架け替えが完了したもようです。


「東京銀行」と言えば、バブル末期のこのCMです。

●「父は東京銀行と言い、娘はBank of Tokyoと言う。」(91年)


歌舞伎俳優・片岡孝夫(現・仁左衛門)と実娘の宝塚女優(当時)・汐風幸(片岡サチ)という人選に、「東京銀行」の顧客層の上品さを感じさせます。はたして当時の日本でどれだけの人が「バンクオブトウキョウ」と呼んでいたのかは謎ですが、芸能親子の共演は当時それなりの話題に。

バブルの崩壊と金融市場のグローバル化を背景に、日本では90年代後半~2000年代にかけ政府主導で金融制度の大改革、いわゆる金融ビッグバンが進められました。今日はその過程で姿を消した、懐かしの都市銀行たちをふりかえってみます。


■現・「三菱UFJ銀行」、かつては?

金融ビッグバン前夜、現・「三菱UFJ銀行」は4つの銀行に分かれていました。まずは「三菱銀行」

●「翔べ、平成6年組」(94年)


平成6年度入社の人だけのためにテレビCMを流すというぜいたくな広告戦略。当時起用されたのはドラマ「あすなろ白書」で人気となり、当時「理想の新入社員」ランキング1位をほしいままにしていた俳優・筒井道隆。彼、あるいは西田ひかるなら「がんばります!」だけで許された時代です。

先の「東京銀行」と、この「三菱銀行」の統合により96年4月、「東京三菱銀行」が誕生します。

いっぽうのちの「UFJ銀行」の母体となったうちの1つが「三和銀行」です。

●「話せるメインバンク」(91年)


恋人のような友人のような関係の2人を演じるのは、まだカズと結婚する前の設楽りさ子(現・三浦りさ子)と、「キールロワイヤル」のCMで注目されたばかりのイケメン、東幹久。りさ子が店頭で眺めている株価の行方が心配


●「教育総合ローン 姉、諭す篇」(93年)


「UFJ銀行」のもうひとつの母体は「東海銀行」。起用されていたのは「ラ・ムー」を発展的に解消し現実世界に戻ってきた菊池桃子でした。今回、「三菱東京UFJ銀行」から「東京」が消えたことにより、うっすらと残っていた「海」の名残り(?)も消滅しました。

2006年、「東京三菱銀行」と「UFJ銀行」の統合により「三菱東京UFJ銀行」が誕生。が、顧客からの「名前が長い」「記入欄に入らない」といった声をふまえ、さきごろの「三菱UFJ銀行」への改称となったそうです。


■都市銀行たちのアツかった91年。

ところで記憶をたどると、なぜだか90年代、銀行のCMをよく見たような印象がありませんか?

実はバブル崩壊直前の91年1月1日は、都市銀行にとってのターニングポイントでした。全国銀行協会(全銀協)は、それまで一部の例外を除いて自主規制していた個別銀行のテレビ広告を、この日から解禁。それまで宣伝を制限されていた多くの都市銀行が、この日を境にCMを流すようになったのです。

91年当時、前出の4行以外にもこれだけの都市銀行が存在したことを、覚えていらっしゃるでしょうか。

●「Voice from FUJI BANK」」(91年)


現在の「みずほ銀行」の母体となった「富士銀行」はバブル末期、イタリア人歌手のチェチーリア・バルトリや、カナダ人歌手のデュアーヌ・デュフレーヌを起用し、グローバルメガバンク感を強調したイメージCMを展開。どうやら彼らも英語で「FUJI BANK」と呼んでほしかったようです。それにしても日本語のキャッチコピーは「五十二億人 ひとり一人の心の声が聞こえてきます 富士銀行」なのに、英語になると「Voice from FUJI BANK」とはこれいかに。


●「春、君の一冊がはじまる。」(91年)


「みずほ銀行」のもう一つの母体となったのが、ハートのマークと宝くじの販売でおなじみ「第一勧業銀行」。当時「CMするものすべてが若者の間で流行する」と言われたキョンキョン(小泉今日子)を起用し、新入社員の給料袋を奪いにかかります。


●「君の日に。」(91年)


合併・統合で最もインパクトのあった銀行名といえばこの「太陽神戸三井銀行」

すでにBGMが松田聖子の「チェリーブラッサム」のインストであることからもお分かり?の通り、翌92年からは「さくら銀行」への名称変更を控えていました。せっかくわかりやすい名称に変更したのに、2001年には「住友銀行」と統合し、現在は「三井住友銀行」として営業中。


●「住友のスーパー定期」(91年)


対する「住友銀行」が起用したのはダブル浅野の片方ことトレンディ女優、浅野ゆう子。この年、金利の自由化に伴って提供が開始されたのが自由金利型定期預金、いわゆる「スーパー定期」でした。定期預金のお預け入れは300万円から(!)


●「スーパー定期」(91年)


91年に「協和銀行」と「埼玉銀行」が統合して誕生した「協和埼玉銀行」は、そのわずか1年後「あさひ銀行」へと名称変更。


●大和銀行「ダイワのヒット」(92年)


そして2003年、「あさひ銀行」は「大和銀行」と統合し、現在の「りそな銀行」「埼玉りそな銀行」へ。


●「あなたの物語、お預かりします」(92年)


北海道を拠点に展開していた「北海道拓殖銀行」(たくぎん)のCMは、他地域のみなさんにはなじみがありません。吉岡秀隆を起用し、「北の国から」の世界観をほぼそのまま再現したようなCMが泣かせます。たくぎんは97年に経営破綻。現時点では戦後初、かつ唯一の破綻した都市銀行です。


■まとめ:これだけ銀行減れば、CM業界も大変ですよね。

さすがバブル時代、豪華なタレントを起用したCMばかりです。

当時、「ラフォーレ原宿」や「タワーレコード」、「アンナミラーズ」といったスポットと同様、都市銀行のことをTVでしか見たことのない都会の象徴のように感じていた、私のような地方出身者もいらっしゃるのではないでしょうか。

銀行業界のCMが解禁された直後の3月、バブルは崩壊し、経済は徐々に低迷をはじめます。政府は構造改革を目指して金融ビッグバンを急いだものの、たくぎんや山一證券の破綻(97年)に象徴される金融危機、そしてそれに続く「失われた20年」を回避することはできませんでした。

その過程で多くの銀行や金融機関が合併・統廃合が発生。新しく誕生した銀行は、新しい名前を定着させるために、よりいっそうテレビCMに力を入れることに。

90年代、我々の預金によって得られたメガバンクの利益は、(不良債権処理や中小企業への貸し出しではなく)テレビ広告に費やされていたと言うのは、うがった見方でしょうか。

時代は流れ、銀行は4大メガバンクへ収れん。その代わり、異業種の企業がネット銀行を立ち上げる、というニュースもよく耳にします。

そろそろ私も、ネット銀行への乗り換え、考えようかな。え、モックンがCMしてたJリーグ通帳ってもう無いの!?


(バブル時代研究家DJGB)