羊毛フェルトで実在する自動車をつくる手芸工房「宇治彩輪堂」
▲疾走感があるロータス79(人呼んで『ブラック・ビューティ』)の模型。素材は「羊毛フェルト」でつくられている。羊毛フェルトで実在する自動車をつくる工房は極めて珍しい
いらっしゃいませ。
旅するライター、吉村智樹です。
おおよそ週イチ連載「特ダネさがし旅」。
特ダネを探し求め、私が全国をめぐります。
■羊毛フェルトで実在する自動車の模型をつくる工房があった!
お手製クラフト販売サイト「minne」などが巻き起こした昨今のハンドメイドブームで、手芸を趣味にされる方がずいぶんと増えました。
そして手芸の世界で人気が高い素材といえば、「羊毛フェルト」。
羊毛でつくるもっふもふなマスコットは、愛らしく、あたたかみがあり、手にするとほっと癒されます。
▲羊毛フェルトは、だいたいこういった感じのほのぼの動物マスコットをつくる素材として使われる
羊毛フェルトはそのやわらかな質感から、「かわいい動物キャラクターをつくる素材」と言って決して大げさではありません。
そんななか、羊毛フェルトでなんと! 実在する自動車をつくっている工房があります。
しかもスポーツカーやレーシングカーなど、硬質なフォルムのものを。
素材とテーマがスピード超過気味にかけ離れた、羊毛フェルトによるモーターショー。
いったいなぜ自動車模型の制作に、ふわふわな羊毛フェルトを選んだのか。
その理由を探るべく、さっそく、ウワサの工房へマッハGO! GO! GO!
わたくし、アクセルを踏み込みました。
■昭和レトロな元アパートのなかに工房があった
訪れたのは京都の八条大宮にて2017年5月にオープンした「SOSAK KYOTO」(ソウサク キョウト)。
https://sosakkyoto.localinfo.jp/
約50年前に木賃アパートとして建てられた築古物件。
10年近く空き家状態だったこの建物をクリエイターのために開放したシェアアトリエなのだそう。
このなかの一室「アトリエ道具箱」に、自動車を造形するミニチュア工房「宇治彩輪堂(うじ さいりんどう)」がありました。
▲昭和のアパートの風情がいまなお残る
■これまでおよそ100台を制作
アトリエを営むのは手芸作家の河合岩次さん(かわい いわつぐ53歳)。
▲手芸作家の河合岩次さん。シェアアトリエ「SOSAK KYOTO」のなかに拠点を構える
屋号にもあるように、京都の宇治市出身で現在も在住。
3年前から本格的に羊毛フェルトによる自動車模型をつくりはじめ、現在でおよそ100台を発表しました。
羊毛フェルトによる自動車模型づくりは、おもにオーダーメイド。
つくり方は、ニードル(針)を自分なりに加工した器具で型に羊毛フェルトを挿しこみ、編みこむようにして固定する方法。
▲ニードル(針)を使いやすいように改良したオリジナルの専用器具
それにしても、しゅ、しゅげー!
BMW、ポルシェ、フェラーリなどなど世界の名車がズラリ。
羊が一台、羊が二台、羊が三台……壮観です。
一台を仕上げるのに、最低40時間以上かかるのだとか。
▲羊毛フェルトでできた自動車模型たち
▲羊毛フェルトが繰り広げるデッドヒート
現在は「過去最大のサイズ」という42センチにおよぶ「テスラ」の製作にいそしんでおられました。
テンポのよいハンドリングで、さくさくと羊毛が編みこまれてゆきます。
▲フェルトならではのやさしい曲線とフェルトらしからぬ写実性が共存した、ほかでは見たことがない自動車模型
▲手前のかわいらしい猫ちゃんも河合さんのお手製。こうして動物と並べるとさらに自動車模型の独自性がきわだってくる
それにしても、やっぱり不思議。
金属でも木製でもプラスチックでもなく、なぜ羊毛フェルトなのか。
逆に、なぜ羊毛フェルトで自動車なのか。
さっそく質問してみましょう。
■幼い頃に買ってもらったミニカーが運命を変えた
――「宇治彩輪堂」では羊毛フェルトで実在する自動車を再現しておられますが、オーダーされるのはどういった方が多いですか?
河合
「愛車や想い出のクルマなど、自分がお乗りになっている、あるいはお乗りになっていた自動車を注文する方がほとんどです。愛車なら実際に見せてもらって、さまざまな角度からおよそ200枚の写真を撮り、それを参考にしながらつくっていきます」
▲実際にサーキットへ出ることもあるオーナーさんたちのために、縁石のある道路も羊毛フェルトでつくることもある
――河合さんが自動車をお好きになったきっかけは、なんだったのでしょう。
河合
「3歳の時、祖父母が僕を京都の髙島屋へ連れていってくれて、*コーギーのミニカーを買ってくれたんです。それで自動車が好きになりました。駄菓子屋さんへ行って、お小遣いで1個50円の安いプラモデルカーを買い、よく組み立てていましたね。あと僕らの世代ですと、やはり*スーパーカー・ブームの影響が大きいです。ランボルギーニ・カウンタックが大好きでした」
コーギー*コーギー・クラシック。イギリスの自動車模型・ミニカーブランド。
スーパーカー・ブーム*1976年から沸き起こったスポーツカーのブーム。ランボルギーニ・カウンタック、フェラーリ・512BB、ポルシェ・ターボ、ロータス・ヨーロッパ、ランチア・ストラトスなどが特に人気が高かった。
――おつくりになられる自動車がどれも見事な造形ですが、美大や芸大などで勉強をされたのですか? あるいは自動車メーカーに勤めていらしたとか。
河合
「いいえ。完全に独学です。小学校3年生のとき、工作の授業で、材木で橋をつくる課題があったんです。そのとき、余った端材を削って橋を渡る自動車をつくりました。それが自動車づくりの最初でしたね。学校を出てからは金型職人になったので、ものづくりはだいたいできるようになりました」
▲BMW 3.0Csi
■日本中から京都にレアな旧車が集結!
――自動車模型を本格的に手掛け始めたきっかけはなんだったのでしょう。
河合
「以前から*メッサーシュミットが好きで、趣味で模型をつくってみたかった。ところが模型をつくろうと思っても細部の資料が手に入らなかったんです。そのことをブログに書いたら、それを読んだ実際にメッサ―に乗っていらっしゃるオーナーさんが『京都嵐山高雄パークウエイの駐車場で*高雄サンデーミーティングという旧車が集まるイベントがある。そこへ乗っていくから、よかったら実物を見てみないか』と誘ってくださったのです。そして、行ってみたら、もう驚いてしまって。へたな博物館よりスゴい数の車が並んでいたんです。実車の写真が撮れるなんて、もう夢のようでした。それで『なんとか皆さんとお近づきになりたい』と思い、はじめはコミュニケーションツールとして*レジンでミニカーをつくってプレゼントしていたんです」
メッサーシュミット*ドイツの航空機、自動車メーカー。
高雄サンデーミーティング*戦前のクラシックカーから超高級スーパーカーまで、旧車を愛する人々が日本中から集まるイベント。1月2月8月以外の毎月第二日曜日に開催される。
レジン*樹脂
▲日本中から旧車が集まるという高雄サンデーミーティング。少年たちを熱狂させた70年代のスーパーカーブームが蘇る
▲かなり初期につくったというメッサーシュミット
――自動車模型がお仕事になっていったのは、やはり高雄サンデーミーティングがきっかけですか?
河合
「そうですね。ミニカーが好評で、高雄サンデーミーティングでキットや一点ものの販売をするようになりました。そうしていると、いつしか制作のオーダーも舞い込むようになって、次第に自動車模型の制作で生計が立てられるようになっていったんです」
■誰も模型づくりに使わない。だから羊毛フェルトを選んだ
――では、羊毛フェルトを素材にしようと思われたのは、なぜなのでしょう。
河合
「はじめはレジンでミニカーをつくっていたのですが、同じようなタイプの作家さんが他にもたくさんいらっしゃったんです。金属加工も、木工も、自分にはできるけれど、誰でもやっているし、平凡だなあと。『ほかの人がやらない自動車模型の素材ってないものだろうか』と考えあぐねていたんです。そんな頃、手作り市で、羊毛フェルトでリスのストラップをつくっている方と出会いました。見ればとても精巧で、小さな耳までよくできている。『羊毛フェルトって、こんなに細かい作業ができるのか!』と驚き、だったら自動車をつくるのもおもしろいんじゃないかとひらめきました。そして、それまで羊毛フェルトには触れたこともなかったけれど、すぐに素材と道具を買いに行ったんです」
▲フェラーリ512s
▲フェラーリF40
――すぐにつくれましたか?
河合
「いやあ、無理でした。強度を保てないし、自動車特有の薄い部分、細い管のような部分がとくに難しい。なのではじめは練習を兼ねて、自動車ではなく鳥のストラップをつくり、次に猫を。そうしていよいよ自動車を、というふうに段階を踏みました」
▲スティーブ・マックイーン主演映画『栄光のル・マン』に登場するポルシェ917
――今後は、どのような作品をつくりたいと考えておられますか?
河合
「いまオーダーを受けて取り組んでいるのがクラシックカーです。ただ……とっても難しい。ドアのような薄っぺらい部品、管のように細い部品、クラシックカー特有のワイヤーホイールのタイヤの再現……。これらをどう羊毛フェルトで表現するかが課題です。これを克服できたら、次はバイクに取り組んでみたいですね」
――ありがとうございました。
取材前、僕は「かわいいマスコットではなく、なぜ自動車を?」と思っていました。
しかし河合さんが、ひと挿しひと挿し、慈しむように羊毛フェルトを編みこんでいく姿を見て、これら自動車も動物たちと同じように「かわいい」と思えてきました。
TEXT/吉村智樹
https://twitter.com/tomokiy
タイトルバナー/辻ヒロミ