産業遺産はかわいい! 「ぐるっと探検☆産業遺産」の著者・前畑温子さんに会ってきた

2018/1/29 18:45 吉村智樹 吉村智樹


▲前畑温子さんは「産業遺産」を専門に撮る、おそらく日本で唯一の女性写真家だ


こんにちは。
関西ローカル番組を手がける放送作家の吉村智樹です。


この連載では、僕が住む関西の耳寄りな情報をお伝えしてゆきます。
今回はその第11回目となります。





■「産業遺産」を専門に撮影する女性フォトグラファーがいた!


「産業遺産」(さんぎょういさん)。


ちょっと難しそうな言葉です。
「産業遺産」とは、かつてその地域に産業が根づいていたことを現代に伝える遺物や遺跡。
また、いにしえの時代の姿を残しながら現今も稼働している工場や産業的景観のこと。
たとえば2014年に世界遺産に登録された「富岡製糸場」は、ジャンルで云うと「産業遺産」になります。


……と、こうして説明文を書いてみても、やっぱりなんとなく近寄りがたい、いかつい漢字四文字。


そんな「産業遺産」の魅力をわかりやすく伝えようと日夜奮闘している女性が神戸にいます。
それが前畑温子さん(34歳)。



▲前畑温子さんの職業は「産業遺産写真家兼探検家」


前畑さんの職業は「産業遺産写真家兼探検家」
日本中にのこる産業遺産を求めて旅をし、撮影し、書籍や講演などで紹介しながら、その魅力を人々に伝える仕事をしているのです。
女性で、産業遺産を専門に撮影しているフォトグラファーは、おそらく日本で前畑さんただひとり



▲日本中にのこる、かつて産業・経済の担い手だった遺跡に分け入って撮影する



▲ときには大雪の日に撮影することも


前畑さんは2014年に産業遺産をフォトドキュメントした初の著書「女子的産業遺産探検」(創元社)をリリース。
それまでは保育園の先生でしたが、この出版を機にプロになる決意をしたのだとか。


■女子目線の産業遺産ガイドブック「ぐるっと探検☆産業遺産」


そんな前畑さんがこのたび、新刊を上梓されました。
それが「ぐるっと探検☆産業遺産」(神戸新聞総合出版センター)。



▲前畑温子さんが取材・撮影した関西の産業遺産ガイドブック「ぐるっと探検☆産業遺産」(神戸新聞総合出版センター)。ともすれば堅苦しくなる産業遺跡をカジュアルに解説し、明日にでも行きたくなる





「ぐるっと探検☆産業遺産」


駅舎、ダム、近代建築、廃線跡、鉱山……日本の近代化を支えてきた産業遺産たち。
この「ぐるっと探検☆産業遺産」は兵庫県を中心に大阪府、奈良県、滋賀県などの産業遺産を集めたガイドブックです

JR「神戸」駅のように気軽に行ける場所から、明延(あけのべ)鉱山のように探検気分が味わえる場所まで、行きやすさごとにレベルで分け、31カ所を紹介

廃墟ファン憧れの地「摩耶観光ホテル」や、大正時代の留置場が残る「旧 尼崎警察署」など非公開の貴重な場所も多数掲載
産業写真家ならではの迫力ある写真もたっぷり収録しています。


神戸新聞総合出版センター
ISBN-10: 4343009661
ISBN-13: 978-4343009661
1,600円+税
http://kobe-yomitai.jp/book/515/





「ぐるっと探検☆産業遺産」を読んでみると「え! 産業遺産って、こんなに楽しいの?」「こんなに行きやすいの?」とイメージががらりとくつがえること請けあいです。


■「産業遺産はかわいい!」


そして過去に産業遺産について書かれた本と大きく違うのは「かわいい」という観点
確かに前畑さんがお撮りになられた写真の数々を見ると、確かに、うん、かわいい!
かわいらしさという部分にフォーカスし、かわいさを評価のひとつとする産業遺産ガイドブックは、きっとこれまでなかったでしょう


前畑
「もう『かわいい』って書きすぎて怒られて、これでもだいぶん削りました(笑)。でも産業遺産は私にとって、本当にかわいい、愛おしいものなんです。これまでの産業遺産の本って字がうわーって書いてあって、『勉強せなあかん』『歴史を知っておかなあかん』というイメージが強くて、私自身も敬遠していました。でも『かわいい』『かっこいい』っていうライトな感覚をきっかけに産業遺産に接してもいいと私は思うんです」


■産業遺産の魅力は建物だけじゃない


そんなふうに「わかりやすい、すぐ行きたくなるガイドブックを出そう」と考えた背景には、ある出来事があったのだそう。


前畑
「私はもともと廃墟の写真を撮るのが好きで、そこから産業遺産へと関心が移っていったんです。けれども産業遺産は地元のガイドさんの解説が歴史に寄りすぎていることが多く、はじめは正直うんざりしていました。学校の授業を聞いているみたいに長い長い時間をかけて歴史を語られ、語り終わると『はい、次!』って移動しちゃう。『ええっ! 私、写真を撮りに来たのに』って。でも北海道の赤平(あかびら)炭鉱を訪れたときのガイドさんは違っていました。事故で自分の後輩が亡くなった話とか包み隠さずなんでも話してくれる。それを聞いて、もう感動して泣いてしまって。そして写真を撮りたいという私の気持ちもちゃんと汲んでくれて、撮影時間を設けてくれる。そのとき『産業遺産は建物だけが魅力なんじゃない。街に人々がいて、暮らしをいとなんでいる。そのぜんぶをひっくるめて魅力なんや。私もそれを伝えていきたい』って思ったんです」


前畑さんがすべて自分で現場を訪れて撮影と執筆を手掛けた「ぐるっと探検☆産業遺産」には、北海道のガイドさんから学んだ、わかりやすく、絵空事ではない、「そこに人がいる」というリアリティを伝えたいという気概が満ちています。


前畑
「産業遺産の面白さって、やっぱり『人への想い』やと思うんです。たとえば旧甲子園ホテルを掲載したんですが、ホテルって本来はお客様のためにあるじゃないですか。でも甲子園ホテルは従業員も大事にした造りなんです。厨房には灯りとり窓があって、ちゃんと光が入る。そしてバックヤードがものすごく広く、従業員がとても働きやすい環境なんです。今までは気に留めなかったけれど、『あ、こういうところに人が人を想う気持ちって表れてるんやな』と思いました」


■近場、穴場、誰もが行ける産業遺産


掲載された場所は「ポートタワー」「神戸駅」など誰しも難なくたどり着ける場所から、「湊川隧道」(みなとがわずいどう)「明延鉱山」「大仏鉄道」などぐっと探検感が増す場所、「神子畑(みこばた)選鉱場」など超巨大でありながら存在そのものが一般化していない場所まで多種多彩。
そしてガイドブックなので、基本的に“誰もが行ける”というのが、この本のポリシー。


前畑
「なくなってしまった場所以外、ほぼ行けるところしか載せてないんです。そして読者の方からは『こんなに身近にあるの?』と驚きの声をいただきます。たとえば『神戸駅』って関西の駅の発祥の地で、それを感じられる風景もたくさんあるんですが『言われるまであそこにあんなものがあるなんて気がつかなかった』とよく言われます。『がんこ寿司』のなかに貴賓室があったり、いままで当たり前に見ていたポートタワーが実は有形文化財になっていたり、産業遺産には“気づき”がたくさんあるんです」



▲昭和9年にできた国鉄「神戸」駅三代目駅舎。ここに造られたのがこの「神戸駅貴賓室」。シャンデリア、暖炉など戦前のモダニズムが色濃く残されている。この貴賓室、現在はなんと「がんこ寿司JR神戸駅店」のなかにある



▲産業遺産の「かわいさ」が堪能できる兵庫県尼崎市最古の銭湯「第一敷島湯」。なんと大正12年創業時の建物でいまだに営業を続けている。浴場建築としてひじょうに貴重なものだ



▲昭和41年に開通し、昭和54年に廃止となった「旧姫路市営モノレール」。廃止後、車体は35年間もここに眠り続けた。現在、モノレールの手柄山駅は「手柄山交流ステーション」と名と用途を変え、展示された車両の内部も見学できる



▲日本で初めて造られた河川トンネル「湊川隧道」(みなとがわずいどう)。毎月第三土曜日に見学会とミニコンサート(!)を実施している



▲和歌山県の加太にのこる戦跡「由良(ゆら)要塞」。見学可能(一部不可)で、この頃はコスプレイヤーに人気の撮影スポットとなっている



▲優雅でフェミニンな意匠をのこし、「廃墟の女王」といわれる神戸の「摩耶(まや)観光ホテル」。内部は見学不可だが、外観は摩耶山再生の会主催のウオーキングイベントで鑑賞することができる


身近にあるのに気がつかない産業遺産。
たとえばこの本に掲載された「兵庫」駅。
兵庫県だから兵庫駅があって当たり前なのですが、では「行ったことある?」と訊かれたら、同じ関西人でも「ない」という人はきっと少なくないでしょう。
ある意味、交通至便な秘境と言えます。


■ぎりぎり写真掲載が間にあった今はなき産業遺産も


例外的に、現在はもう見られない場所も掲載されています。
そのひとつが、あまりの迫力に息をのむ「川崎重工神戸工場第1ドック」
実は老朽化のため地中に埋められました。
当書に収録された写真は、前畑さんが撮影した在りし日の貴重な姿なのです。


いやあ、それにしても、これほど広大かつ重厚な産業遺産が神戸にあっただなんて、この本を読むまで知りませんでした。
デッドな風景ならではの悠久のロマンを感じます。


前畑
「このドックを造るとき、何度も水が噴きあげて工事が中断し、ものすごく苦労されたそうです。本当に川崎重工発祥の地と呼んで過言ではないくらいの、人々が奮闘した歴史を感じることができますよね」


■「廃墟や秘境が好きな女の子、実はたくさんいるんです」


前畑さんが産業遺産を紹介するようになってから、見違えて変化したのが「女子の参加者の増加」
前畑さんの影響でこういった場所を訪れる女子が増えたのだそう。


前畑
「私はツアーもやってるんですが、参加者の半分は女子なんです。そして美しさに感動して『泣きました』って言ってくれる人もいます。産業遺産や土木って、ずっと『男の世界』だと思われていたでしょう。でも古い風景や廃墟や秘境が好きな女の子だって実はたくさんいるんです。これまで、はじめの一歩が踏み出せなかっただけ。私の活動が、そんな女の子たちのきっかけになったらうれしいなと思います」


この本には、安全に産業遺産を探検するための「持ち物リスト」も掲載されています。
どれも専門店へ行かずとも安価で入手できるものばかり。



▲足元が滑ることが多い産業遺産探検。靴選びは重要なポイント。「これまでいろんなトレッキングシューズはいてみたんですけど、『モアブ』というブランドの靴がとても快適でした。ぜんぜん滑らないし、雨の日でも水が入ってくることはなかったですね」。デザインも愛らしく、普段づかいもできそうだ



▲産業遺産探検に携帯しておくべきもの。1.マイヘルメット。前畑さんはカヤック用のものを使っている。2.ズーム機能付きの懐中電灯。前畑さんが使っているものは3000円程度。3.手袋。手が小さい前畑さんは、なかなかぴったりのサイズに巡りあえなかった。「結局、コーナンで見つけた300円の手袋がジャストサイズでした」。4.ポンチョ。意外にも合羽よりポンチョがいいのだそう。「ポンチョはカメラを中に入れらるし、リュックを背負ったまま羽織れるので便利ですよ」



▲そして欠かせない持ち物が「甘いもの」。「コンビニもないような場所に一日中いますから、チョコレートなどお菓子があると疲れも取れるし、心の拠り所になるんです」。お気に入りは「白いダース」


今度のお休み、温かい服装で、貴女も産業遺産へ出かけてみてはいかがでしょう。
ハイヒールをトレッキングシューズに履き替えて。
そしてそこに人々が起居した日々があったことに、思いを馳せてみては。


前畑温子(まえはた あつこ)
1984年 神戸市生まれ。
雑貨屋さんで偶然手にしたトイカメラをきっかけに写真の世界に足を踏み入れ、近年はカメラをたずさえ日本中の産業遺産を制覇するべく旅を重ねている。
また、NPO法人「J-heritage」の設立に関わり、戦略企画室室長に就任。
産業遺産を巡るツアー企画の立案などを担当している。
https://www.atsuko-maehata.com/



(吉村智樹)
https://twitter.com/tomokiy


画像提供:前畑温子、前畑洋平