妊娠8ヵ月のシャロン・テート惨殺 チャールズ・マンソンに人生を狂わされた美女達

2017/11/23 18:00 星野星子 星野星子




2017年11月20日、1960年代から1970年代初めにかけて複数の無差別殺人事件を起こし、当時妊娠中だった女優シャロン・テートさん惨殺事件の黒幕とも言われるチャールズ・マンソン受刑者(83歳没)の死亡が報じられた。

1969年に殺害されたシャロンさんは当時26歳。映画監督ロマン・ポランスキーの妻で妊娠8ヵ月だった彼女は、マンソンを信望するカルト集団「マンソンファミリー」のメンバー女性に殺害され短い生涯を閉じた。(下段写真:チャールズ・マンソン)



当日ポランスキー邸にいた男女4人と、偶然通りがかった通行人1人と共に惨殺されたシャロンさん。「子供だけでも助けて」と懇願する彼女を、犯人グループは16ヵ所もめった刺しにした。 (下段写真:シャロン・テートさん)



かつて『ビーチ・ボーイズ』のメンバー、デニス・ウィルソンと懇意にしていたマンソンは、顔見知りだったポランスキー邸の前住人の音楽プロデューサーに恨みを持っていた。(下段写真:シャロン・テートさん)



凶悪殺人事件の動機は「彼女の家に以前に住んでいた住人が、マンソンをミュージシャンとしてメジャーデビューさせなかった」という「逆恨み」の上の「人違い」でしかなかった。(下段写真:シャロン・テートさん)



チャールズ・マンソン受刑者はオハイオ州シンシナティで生まれ、幼いころから問題児で度々矯正施設に送られていた。

貧しい育ちながら甘いマスクをもち口のうまい彼は、アウトロー的魅力を持つ青年に成長した。当時のヒッピーカルチャーも相まってカリスマ性を発揮し、カルト集団「マンソン・ファミリー」を形成する。

彼の信者は主に中流階級出身の若い女性が多かった。LSDを用いて洗脳された女性たちは、彼の子を生み、奇妙なコミニティを形成して共に生活をした。(下段写真:マンソンファミリーの女性達)



マンソンの司令を受けたスーザン・アトキンスら「マンソンの女たち」は、命じられるままに殺人の実行犯となった。(下段写真:チャールズ・マンソンとマンソンファミリー)



シャロンさんの夫であるロマン・ポランスキー監督は、生まれなかった子供と妻の死を深く悲しみ、精神的に不安定であったと言われている。(下段写真:シャロン・テートさんとポランスキー監督)



その後、ポランスキー監督は1977年13歳の少女モデルへの強制性的行為を含む数多くの淫行容疑で逮捕されている。また、1979年の自身の獲得作品『テス』で主演した女優・ナスターシャ・キンスキーと「彼女が15歳の頃から性的関係を持っていた」とも報じられた。(下段写真:ナスターシャ・キンスキー)



罪を認め保釈された2017年現在も「かつての未成年少女」からの淫行告発が後をたたない。(下段写真:ナスターシャ・キンスキーとポランスキー監督)



マンソンによって人生の歯車が狂わされた後のポランスキー監督は、『戦場のピアニスト』を始めとする素晴らしい作品を世に送り出す一方で、危うい精神状態を想像させる報道が続いている。


(星野小春)