店内に運転席まで!「電車パン」が人気のパン屋さん「ぶんぶん」で“鉄分”補給

2017/7/10 17:50 吉村智樹 吉村智樹


▲手づくりパンの店「ぶんぶん」で人気の「電車パン」(バス、機関車を含む)。現在30種類。リクエスト次第でまだまだ増える可能性があるのだとか



こんにちは。
関西ローカル番組を手がける放送作家の吉村智樹です。
こちらでは毎週、僕が住む京都から耳寄りな情報をお伝えしており、今回が41回目のお届けとなります。






■鉄道浪漫満載のパン屋さんがあった!


今回、訪れた場所は宇治市


宇治といえば世界遺産の平等院や、夏の風物詩である宇治川の鵜飼など、京都郊外屈指の観光地。
また「日本三大茶」のひとつに数えられる宇治茶の産地であり、地元産の高級抹茶をかけたかき氷や宇治茶のジェラートなど、冷たいスイーツも豊富。
夏はとびきり暑い京都ですが、川の恵みもあり、清涼を感じさせてくれる街なのです。


そんな宇治にもうひとつ、ウワサになっているスポットがあります。それは一軒のパン屋さん。なんでも “鉄分が豊富なパン” がたくさん並んでいるとのこと。


鉄分が豊富とは、汗をかいて身体のミネラルが欠乏しやすい夏にはもってこいの、ヘルシーなパン屋さんですね。ではさっそく向かってみましょう。


JR奈良線「宇治」駅を下車し、心地よい鉄路のガタゴト音を耳にしつつ249号線を西へと出発進行すると、「あっ!! パン屋さん」。ありました! ウワサのパン屋さんが。このインパクトありまくりな看板を誰しも素通りできるはずがありません。



▲あっ!! 「あっ!! パン屋さん」と書いてあるっ!!


「あっ!!」と驚いたものの、外観はいたって普通。きわだったトピックがあるようには思えません……。



▲一見ごくフツーのパン屋さん





ではさっそく店内に入ってみましょう。


■店内は鉄道グッズでいっぱい


店内は……おお、こ、これは!



▲パン屋さんなのに、なぜかレジの隣に電車の運転席が……



▲ここがパン屋さんだとはにわかに信じがたい店内



▲プラレールも走行する店内。「豆腐とネギ」も気になる



▲「トレインボトルウオーター」は一本378円(税別)


大きな信号機、電車につけられるプレートやさまざまな備品、制帽、模型などなど「鉄道グッズ」がいっぱい
まるで残額不足で自動改札の扉が目の前でバタンと閉められてしまったときのような衝撃。


こちらは手づくりパンの店『ぶんぶん』
2003年に同じ宇治市内のスーパーマーケットのなかで開店し、7年前にこちらに個人商店を構えられました。



▲手づくりパンの店「ぶんぶん」オーナーパン職人の原田明さん


ご主人の原田明さん(47歳)は16歳から京都のパンの銘店「ルパンベーカーズ」で修行をしていたというベテラン職人。
ちなみに「ぶんぶん」という店名は、残念ながら今年2月に天に召された愛犬ぶん太くんの愛称から名づけたものなのだとか。


■いまはなき“国鉄”に囲まれて暮らした少年時代


いやぁ、パンがおいしそうで目移りしますが、それにも増して鉄道関連グッズのコレクションがすごい。ご主人はそうとうなマニアなのでは?


原田
「実は僕は、鉄道マニアというわけではないんです。父がかつて国鉄で、そして兄がJRで働いていたことがあって、家庭のなかに鉄道が当たり前に存在していた。身近なものだったので肌に沁みついているんです」


なるほど。ご家族が鉄道マンで、趣味を超えて暮らしに溶け込んでいたのですね。グッズを集め始めたのも、その延長ですか?


原田
「そうなんです。僕は子どもの頃から鉄道の部品や備品を買うのが好きでした。むかしはいまと違って、こういうものが安かった。小遣いで買える金額でした。そして国鉄からJRに民営化する時期に一気にコレクションが増えました。なぜ増えたか、ですか?  父が国鉄マンだったから、思い入れが深かったんです。お客さんから『これ○○系のなになにやんな?』とか当時のことを訊かれて受け答えができるのは、そういった幼い頃からの環境があるからなんです。鉄道部品は現在も蚤の市などで買い集めています。なのでコレクションはどんどん増えていっているんですよ」



▲国鉄時代のプレートなど、原田さんの幼少期からの想い出が反映しているディスプレイ



▲お客さんが陳列を希望した私鉄のグッズも。制帽はお願いすればかぶらせてもらえる



▲ブルートレインのルーツと呼ばれた憧れの寝台特急列車「あかつき号」の備品も



▲信号機は実際に明滅する。手動で青・赤・黄と切り替えることができる。万引きすると赤信号がつく、かどうかは知らない


■自宅に置けない鉄道備品を店に並べはじめた


そうだったのですか。ここにあるコレクションは原田さんがお父様の背中を見て育ってきたその光景が反映されているのですね。原田さんの心の車窓から眺めてきた想い出のシーンを、お客さんも追体験できるというわけか。


とても胸が打たれるいいお話です。とはいえ、なにもわざわざパン屋さんの店内に並べなくてもという気が……。鉄道備品や部品はいつからお店に並べはじめたのですか?


原田
「いまから10年前、まだスーパーマーケットのなかで店を営業していた時期からです。買い集めた鉄道の備品をずっと実家に置いたままにしていたのですが、『ジャマやから持っていってくれ』と言われ、とはいえ自分の家にも置けないので、仕方なく店頭に並べはじめたのです


ひとつひとつの鉄道グッズに美しい記憶があっても、いざ家の中に置くとなるとさすがに場所に困りますよね。鉄道グッズを店頭にも分割したというのは、言わば家庭内民営化の影響だったというわけです。


■なんと! 模型が走る“自作”の運転席


そしてもうひとつ目を引くのが、威風堂々とした運転席。単なるディスプレイではなく、なんと実際に操作し、ケースのなかの模型を動かすことができるのです。運転席に座ってジオラマの様子をコントロールできるとは驚きの仕組み(何度も言いますが、ここ、パン屋さんですよ?)。



▲実際に模型の列車を操作できる”店主自作”の運転席。リアル「電車でGO!」気分にひたる僕。商品を200円以上購入すると5分間、運転させてもらえる。パンを購入しない場合は1回100円で5分間


このシミュレーターは、どこかで販売していたのですか?


原田
「いいえ。僕の手づくりなんです」


ええ! 手づくり!?


原田
「自分で作ったんですよ。こういうことに凝りだしたら止まらない性格で、朝までやってしまいますね」


はあー、おそれいりました。原田さんの「手づくり」にこだわる気持ちは、パンにだけにとどまってはいませんでした。


■あくまで「本物……っぽい電車パン」


そして、いよいよこちらの本領であるパンをご紹介。人気は、これまた鉄道ファン垂涎の「電車パン」



▲「本日の電車パン」が並ぶ。どれもひとつ253円(税別)



▲京都人にはなじみ深いカラーリングの電車が



▲「目撃すると幸せになれる」とウワサの新幹線も。かぼちゃを生地に練りこんでイエローを表現



▲「城陽行き」という超ローカルなセレクトに落涙。さすが地元に愛されるパン屋さん


ネーミングが「城陽行き電車パン」「国際会館行き電車パン」「嵐山行き電車パン」などなど、これぞ京都みやげのパンといえるローカリズムがたまりません。電車パンはいつ、どういうきっかけで始められたのですか?


原田
「電車パンをはじめたのは、およそ3年前。近鉄に勤める常連さんから『こんどイベントやるから電車のパンを焼いてくれへんか』と依頼されたのがきっかけですね。実際に作ってみると、お子さんの反応がものすごくいいんです。さらに大人たちからも『こんどはアーバンライナーを焼いて』『エースカー(11400系電車)作って』『新幹線ないの?』『僕、阪急沿線やねんけど』『僕は“おけいはん”やねん』って次から次からリクエストがくるようになって、それに応えているうちに、ついに30種類になりました


さ、30種類も! どれもなじみのデザインとカラーリングですが、やっぱり実物がモデル?


原田
「いえ。あくまで本物、のようなパンです。本物をイメージしたそれっぽいパンなので、そっくりではないです。お客さんのなかには『ここがちょっとちゃうで』とおっしゃられる方もいるのですが、あえて、そうしているのです」


了解です。そこはファンタジーなんですね。銀河鉄道で宇宙を旅するかのようで、それもまた風流なり。



▲鉄道マニアのアナウンサー羽川英樹さんが、味、デザインともに絶賛した「レトロ電車パン」。昭和50年ごろまで宇治市近郊を走っていた木造電車をモチーフとしている。よもぎ生地に粒あんが絶妙に合う



▲こちらも地元密着「中書島行き電車パン」(ネーミングも泣かせる!)。かつて宇治線を走っていた電車をイメージし、宇治らしく生地もクリームも抹茶味


■窓はクッキー生地を一枚一枚手貼りする凝りよう


ではひとついただきます……うん! おいしい!


まず、ずっしりと「食べで」があるのが嬉しい。これひとつで駅弁級のボリューム。はさんであるクリームはオレンジ、抹茶、チョコレート、カスタード、いちご、粒あんの6タイプ。梅田と河原町を結ぶあの電車にはチョコレートを、伊勢志摩の陽射しをイメージしたあの車両にはオレンジクリームをと、ちゃんとテイストと電車の性格がリンクしているのがさすが。


そして表面がさくさくして食感が楽しいですね。


原田
「さくさく感はクッキーです。まずパン生地で車体をつくり、窓は一枚一枚クッキー生地を貼っています。手間がかかるので、一日で焼けるパンは30種類のなかから4、5種類というところです」


そもそも30種類もあること自体がすごいですが、窓は一枚一枚、手で貼っていたとは。凝っているんですね。考えてみれば「窓を貼る」という行為そのものが、まず普通のパンづくりの工程にはないですものね。



▲かつて京都と大阪淀屋橋間を結んだ「特急電車パンT」。懐かしのテレビカー! テンションあがらずにはおれない!



▲関西~伊勢志摩~東海を結んだ「特急電車3号」



▲みんな大好き「新幹線パン」



▲京都と伊勢志摩を結んだ特急をイメージした「特急電車パン2号」



▲地元の方が「よくぞ作ってくれた!」と思わずほほがほころぶ「国際会館行き電車パン」



▲車窓を眺めながら食べたい「奈良行き特急電車パン」



▲お客さんからのリクエストで誕生した「東京行き新幹線パンN」



▲電車パンならぬ「機関車パンブラック」



▲旅情をそそる「金沢行き特急電車パン」



▲こちらもお客さんからのリクエストで登場。「秋田行き新幹線パンK」


30種類のうち店頭に並ぶのは4、5種類。そうやってダイヤを組んでいらっしゃいます。午前10時頃に店頭に並び、通信販売などには対応していないとのこと。どういう層のお客さんが買いに来られますか?


原田
「いちばん買いに来てくれるのは30代の若い親子ですね。お父さんとお子さんが一緒にはしゃいでいて、ほほえましいです。親と子で仲よく鉄道ファンというのが、この世代なんやろなあと思います」


では、原田さんご自身のお気に入りの電車パンは?


原田
「う~ん、特にコレというのはないのですが、強いて言うなら、やっぱり国鉄のレトロな電車かな。実家が京都市の南区にあり、西大路から京都駅へ向かっていく光景が想い出に残っています。実は僕、阪急や近鉄、京阪など京都を走る私鉄に乗るようになったのは大人になってからなんですよ」


そうなんですね。電車パンをお買い求めになられるお客さんも、自然と自分のバックグラウンドを選んでいるかもしれないですね。なにを買うかで、その人の生活まで見えてくるような。それもまた鉄道の魅力です。


さて、買うだけではなく新作をリクエストする方も多いと思いますが、今後も新車両……ではなく新作パンのラインナップを増やしていかれますか?


原田
「店頭での種類を増やすより、パンのイベントなどに出店する際に、その日にそこでしか手に入らない限定新作を焼くのが楽しいなと思うようになりました。イベントが決まるとすごく忙しくなるんですが、お客さんの喜ぶ顔を見ると『今度はどんなん作ろうかな~』と考えてしまいますね」


はじめに想像していた鉄分とはちょっと意味が違うお店でしたが、もうひとつの鉄分をたっぷりと補給できました。
思えばこの「ぶんぶん」の立地は、JR、近鉄、京阪というみっつの鉄道路線の駅から徒歩圏内にあるという、まるで鉄道の神に選ばれたような場所。京都市外で三種類の鉄道と歩いてアクセスができるなんて、極めて珍しいのです。
ここは、さまざまな文化が乗り入れ、それぞれが目指す場所の途次にある“街のプラットホーム”なんだなと、パンが焼けるいい香りに包まれながら思いました。


人気の「電車パン」はすぐに売り切れますので“特急”でお買い求めくださいね。



▲電車パンで話題だが、実はこちらは「食パンがおいしいお店」としても名高い


手作りパンの店「ぶんぶん」

住所 京都府宇治市宇治半白8-94
電話 0774-21-4417
営業 07:00~19:00
定休日 水


1・毎日日替わりで4から5種類が10時頃に店頭に並ぶ。
2・希望の電車パン購入の場合は2日前までに要予約。
3・全国発送などの受付はなし。




(吉村智樹)
https://twitter.com/tomokiy