【被爆前の原爆ドームも】原爆投下10年前の広島を捉えた超貴重映像

2017/7/7 21:54 服部淳 服部淳

どうも服部です。8月6日の広島の原爆の日まで1ヵ月となった2017年7月6日、「広島平和記念資料館」が、原爆投下10年前となる1935年(昭和10年)4月に撮影されたと思われる映像を公開しました。

河崎源次郎氏が撮影をし、1963年(昭和38年)に同資料館へ寄贈された16mmフィルムを、デジタルリマスター処理したものだそうです。詳細は「資料館のページ」をご覧ください。

昭和の映像を紐解いていくシリーズ、今回はこの貴重な映像を取り上げていきたいと思います。
※動画はページ下部にあります。


冒頭は桜を捉えます。映像はモノクロ、無音となっています。

1935年という時代をざっと説明しますと、2年前の1933年に満州からの撤退勧告を受け国際連盟を脱退、2年後の1937年に「日中戦争」開戦と、国際的に孤立し始めた頃ですが、庶民の生活はこれまでとそれほど変わらず、娯楽を楽しみ、ゆとりある生活を送っていました。


太田川を北側から見た映像のようです。橋を渡る路面電車(広島電鉄=広電)の背後に見える球状屋根は、現在の「原爆ドーム」、当時の「広島県産業奨励館」です。


川面には手漕ぎボートとエンジンボートの姿。橋の上にいる3人組は、川を眺めているのでしょうか。のどかな光景です。


タバコをくゆらせながら、釣りをしている男性。


同、足元のカット。静止画に切り出すと分かりにくいですが、川の水はかなり透き通っています。


橋のたもとの船着き場のようです。




場所は変わって、広電の始発駅でしょうか。車掌さんらしきが車外に出て待っています。停車場前には、果物などを売っている店が見えます。キオスクのようなお店なのでしょうか。






広電と歩行者に加え、自動車、自転車も併走して、とても賑やか。見ているだけで楽しくなってきます。


広電の背後には、見えにくいですが、右から左書きで「洋食十銭均一」という食堂があります。ぱっと見、結構賑わっているようです。資料によると「お汁粉」1杯20銭という時代なので、格安な部類だったのでしょう。


画像右手には、もう一軒の「十銭均一」のお店が。


「東洋座」でしょうか。「恋の一夜」という1935年2月に日本公開のアメリカ映画を上映しているようです。


続く場面を見てみると、同じくアメリカ映画で日本公開が1935年の「奇傑パンチョ」と、同年公開で熊谷久虎が監督を務めた日活の「青春音頭」の看板が出ています。「青春音頭」の横には「オールトーキー」と書いてありますが、現代の映画と同様に字幕や弁士のない、セリフや音楽付きの映画のことです。日本では1920年代後半より増えてきていたようです。


「東新天地」と書かれた柱が見えます。新天地は1921年(大正10年)に新しく開発されたという歓楽街です。


カメラに気づいた学生さんたち。思わずニッコリ。


続いてはカメラのある方に向かってくる女性2人。


カメラの邪魔にならないよう、避けて歩いてくれています。


スズラン灯がある通り。右後ろには馬車の姿も。広島県のHP(pdf)によると『鈴蘭灯は大正 10 年(1921)夏に常置されたもので,当時,市内の各地に鈴蘭灯が設置された広島は,「全市鈴蘭灯の大都会」とも称されたほど』とのこと。

しかしスズラン灯は、戦争末期には、金属回収のため取り去られたのだそう。


画像の左の方には「八丁堀」と地名が書かれています。


「クチョコレート」の看板が見えます。森永ミルクチョコレートでしょうか。


ここから少しの間、道行く人たちの足元に注目しているようです。まずは素足に革靴という、とある俳優さんを想起させるようなこちらから。


3人並んで歩くこの足元は……、


陸軍の軍人さんたち。昭和13年制式になる前の、詰襟で肩に階級章が付いている軍服を着用しています。広島は、日清戦争中に軍の最高統帥機関である大本営が置かれたことがあり、陸軍の「軍都」と呼ばれていました。




道行く人たちの多くは、弁当包みのようなものを手にしています。お花見に行く、もしくは帰りでしょうか。


理由は分かりませんが、何人かの女性が走り出します。目的の市電が出発するところなのかもしれません。




手漕ぎ船に乗っているのは、学生さんが多いみたいです。遊覧というよりは、移動手段としてでしょうか。


間近から撮影した「広島県産業奨励館(現・原爆ドーム)」です。全景が映ってないのは残念ですが、それは贅沢というもの。


こちらもスズラン灯のある通り。三つ編みをした女学生さんだけ、現代にいても普通に溶け込めそうです。


川を見ながら立ち話をしているらしき女性たち。どんな会話をしていたのでしょうね。



映像時間はわずか3分9秒(冒頭のカウントダウンを含め)と、とても短いながら、お客で賑わう格安食堂だったり、カメラに微笑む少年たちだったり、急に駆け出していく女性たちであったりと、リアルな日常の光景が収められていて、映像がとても鮮明であることもあって、その当時に紛れ込んだような気分で楽しむことができる映像です。YouTubeでのステイタスは「限定公開」となっていますので、ぜひお早めにご覧ください。引き続き、歴史の1ページを紐解いていければと思います。

(服部淳@編集ライター、脚本家)

※最新記事の公開をFacebookページTwitterにてお知らせしています(「いいね!」か「フォロー」いただくと通知が届きます)。



※参考文献
・原爆が消した廣島/田邊雅章 著(文藝春秋 2010)
・ヒロシマをさがそう 原爆を見た建物/山下和也・井出三千男・叶真幹 著(西田書店 2006)
・呉・江田島・広島 戦争遺跡ガイドブック<増補改訂版>/奥本剛 著(潮書房光人社 2016)

【動画】「広島平和記念資料館 【河崎源次郎氏撮影・寄贈 1935(昭和10)年4月の広島】」