絶滅の危機にある「昭和遺産ラブホテル」を探して旅をする夫婦に会ってきた!
▲レトロゴージャスな貝殻型のヴィーナス風呂に鎮座する男女。このおふたりこそ「昭和遺産ラブホテル」を探して旅をする夫婦なのです
こんにちは。
関西ローカル番組を手がける放送作家の吉村智樹です。
こちらでは毎週、僕が住む京都から耳寄りな情報をお伝えしており、今回が39回目のお届けとなります。
■夫婦で探す「昭和遺産ラブホテル」
さて、この原稿に手をつけはじめた6月13日の火曜日、Twitterでは、ブロガーとして有名な女性作家さんによる「社会人にもなってラブホテルを使うやつはダサい」発言が論争の火種となっていました。
なんでも、ラブホテルはダサく、シチーホテルでいたすとナウいのだそう。
かたや、そんなラブホテルを愛し、全国津々浦々のラブホテルを訪ねながら旅をし、画像やテキストで記録を残し続けている夫婦が京都にいます。
それが妻の逢根(あいね)あまみさん(31歳)、夫のおだ犬さん(39歳)ご夫妻。
ラブホテルの記録を始め、今年で4年目となります。
▲全国のラブホテルを訪ねてまわっている妻の逢根あまみさん、夫のおだ犬さんご夫妻
日頃は書店員として働く逢根あまみさんと、デザイナーのおだ犬さんが探訪するのは「昭和遺産ラブホテル」。
「昭和遺産ラブホテル」とは、昭和の時代に造られた、独特な装飾や仕掛けが施された豪華なラブホテルのこと。
▲こういった非日常感覚が味わえるベッドがある「昭和遺産ラブホテル」
*以下、昭和遺産ラブホテル撮影 おだ犬、逢根あまみ
円型のベッドが回転したり、ベッドが乗り物のように前後に動いたり、壁や天井のライトが七色にまたたいたり、王朝風であったり、江戸城風であったり。
そしてこのご夫婦は昭和の美意識に彩られ、平成の現代では技巧的にもセンス的にも再現することが難しい希少なラブホテルを撮影し、記録するために活動しているのです。
「終末トラベラー」の名を掲げ、改装や、廃業の危機にある「昭和遺産ラブホテル」を探し求めひたむきにローラー作戦を展開するおふたり。その成果は自分たちで起ち上げたwebサイトや、自費出版しているミニコミ『あまみのラブホ探訪』vol.1~vol.3で発表しています。
▲発刊後たちまち話題となったミニコミ『あまみのラブホ探訪』。美麗な昭和ラブホテルの画像や、関係者の貴重なインタビューなど丹念な取材と記録の成果をまとめ、現在は第三集までリリースされている
このミニコミ『あまみのラブホ探訪』の内容が、本当にすごい! 宇宙船やUFO、スーパーカーを模した夢がありすぎるベッドや、全面鏡張りの部屋などなどを映しだした美麗な画像が満載。ベッドって、寝転ぶものではなく、ライドするものだったのか! と気づかされます。
さらにオールドスクールなラブホテルのオーナーや、往時にこれらドリーミーなベッドを開発製造したインテリアメーカーの社長のインタビューなど、美術、建築、世俗史、あらゆる面で貴重きわまりない資料がもう「満室」状態。スペースデザインを教える大学の副読本に採用していいほどの充実した内容です。
かつてはトレンディな方々がダサいと打ち棄てた「昭和遺産ラブホテル」。これを丹念に記録し集成したこの本を手に取るのは、意外にも若い女性たちなのだとか。さらにトークショーを開けば、会場には平成生まれと思わしき若者たちが詰めかけます。どうやら若い彼女ら彼らの目には、これらきらびやかな昭和の愛の宿が新鮮に映っているようなのです。
▲昭和遺産ラブホテルの写真展なども開催
そんなラブホテルラバーなおふたりに、これまでの道のりを振り返っていただきました。
このご夫婦の話を聞けば、ラブホテルの印象が大きく変わるかもしれません。
■ラブホテルを1日10軒めぐることも
――これまで、どれくらいの数のラブホテルを取材されたのですか?
あまみ
「記録が成功した部屋数は現在71室で、訪れたホテルさんは、『行ったらもう廃業していた』という例を合わせると、およそ250軒です。老朽化が進んでいたり、オーナーがご高齢で廃業したりしてしまうホテルさんも多いのです。1日10軒まわることもありますが、そのうちアタリは1軒あればいいという感じです」
おだ犬
「わざわざ九州まで行って、その日の朝に工事が始まってしまっていたということもありました。あのニアミスは心が折れましたね」
▲残念ながら廃業してしまった、とある昭和遺産ラブホテルのステキなベッド
▲画像は電子データだけではなくプリントしてメモリーを残している
■ホテル取材だけど車中泊
――昭和遺産ラブホテルは刻一刻と、消える危機にさらされているのですね。そしてニアミスなども含め、自腹で活動されていると、お金もけっこうかかるのではないでしょうか。
あまみ
「そうなんです。節約のため、できるかきり高速道路や有料道路を使わず、下道(したみち)を走っています。車で5時間くらいならもう『ご近所』という感覚です。泊りですか? 車中泊です」
――ホテルの取材のために車中泊ですか! 本末転倒なような……。下衆な質問なのですが、ご夫婦でラブホテルをめぐっていらっしゃるのでしたら、取材のあとに おいとなみ になられることもあるのでは?
あまみ
「それが本当にないんです。撮影したり記録をしたりしているうちに休憩の2時間はあっという間に経ってしまいます。時間の余裕がぜんぜんない。ぐずぐずしている追加料金がかかってしまいますし、ひと部屋でも多くまわりたいのでてきぱきと作業します。ただ、ふたりとも作業で汗だくになるので、出てきたところを人に見られたら、『あ、したな』って思われるかもしれません」
■記録活動は夫婦でてきぱき完全分業
――本当に記録だけをされるのですね。部屋へ入ると、どのような行動をとるのですか?
あまみ
「完全分業です。部屋へ入ったら、まず私がブログ用の画像を撮って、あとはトイレなど写真に写りこまない場所にこもって1時間くらいメモをとります」
▲部屋へ入ると、あまみさんはまずブログにアップする画像を撮影する
▲続いて、夫のおだ犬さんが撮影するカメラの画角に入り込まぬよう、身をかがめてメモを取る
▲メモには着色もほどこす
▲それにしてもメモに残されたベッドの形が面白い
おだ犬
「僕は印刷用に一眼レフで撮影します。部屋が暗いので、ぶれないように慎重に撮影しています」
▲夫のおだ犬さんはミニコミ用に一眼レフカメラで部屋やインテリアを撮影。夫婦がささっと自分の持ち場に着く素早さに感動
――ご夫婦で、データの採取と撮影を両面からおさえるのですね。学術調査そのものですね。
あまみ
「それは、アートとして記録するより、『利用してもらいたい』という想いのほうが強いから。だから文章やデータでの記録も大事。画像だけではなくアメニティや設備などの様子も詳細に残して、それを読んだ人が興味を抱いて行ってくれるのが、もっとも嬉しいことなのです。昭和遺産ラブホテルは利用する人がいるからこそ延命できるのだと考えています」
■「回転ベッド」という名のタイムマシン
――他に誰もやっていない素晴らしいことですね。では命名された「昭和遺産ラブホテル」とは、具体的にどのようなホテルを指すのですか?
あまみ
「*『風営法』が改正されたのが1985年(昭和60年)で、この年を境に電動式のベッドなどを新しく設置することが困難になりました。なので “1985年以前をひとつの目安として、昭和の趣が残るラブホテル” のことを昭和遺産ラブホテルと呼んでいます。実は、奇しくも私が生まれた年で、私自身にはこの頃の原体験がないのです」
*風営法……「風俗営業等の規制及び業務の適正化等に関する法律」の略称。1985年(昭和60年)に「女子少年の性非行の場に供されることが極めて多い」という“仮定”から強化され、風紀の悪化を懸念した自治体の条例により、遊び心が充溢した形態でラブホテルを新規開業することはひじょうに難しくなった。
――風営法が改正された年にお生まれになったのですか。昭和遺産ラブホテルの申し子じゃないですか。ではなぜ昭和のラブホテルに関心を抱かれたのですか?
あまみ
「きっかけは2013年、奈良県の香芝にある『アイネ』でした。私のハンドルネーム*『逢根(あいね)あまみ』の元となったホテルです。そのアイネに昭和時代の回転ベッドがまだ残っているという情報を知って、どうしても見たくなりました。それまでそういったものを見たことがなかったので、京都から奈良県までドライブしたのが始まりです。そして『すごい! こんな世界があるんや!』と衝撃を受けたんです。それから、ほかの昭和遺産ラブホテルを見たくなりました」
▲奈良県にあるホテル『アイネ』香芝店の回転ベッド。部屋全体が鏡張りの異次元空間
*「逢根(あいね)あまみ」の「あいね」は、強く影響を受けた奈良県のラブホテル「アイネ」から名付けた。「あまみ」はSABEの漫画『世界の孫』の主人公「甘栗甘水(あまぐりあまみ)」に似ていると言われたことがきっかけで使いはじめた。
おだ犬
「僕は回転ベッドなどが華やかかりし頃をギリギリ知っている世代なので『懐かしい』という感覚がありました。それで彼女と同じように、僕も昭和のラブホテルに夢中になりました」
――奈良県で回転ベッドと出会って、おふたりで「終末トラベラー」として活動されるようになったのですね。
あまみ
「そうなんです。私は免許証がないので彼の運転で行動します。彼の仕事は土日が休みなので、動けるのは週末だけ。なので『終末』と『週末』をかけている部分もあります」
――おだ犬さんは、せっかくの週末の休日がラブホテル取材に充てられて、つらくはないですか?
おだ犬
「いいえ。ラブホテルを記録することは、とても楽しいです。デザインの仕事をしているので、ものづくりという点でも面白い。それにふたりとも、もともと昭和を感じさせるレトロスポットや珍スポットが好きで、漫画や音楽や映画の好みも似ていました。彼女がすごいと思うものは僕も同じようにすごいと思っていて、これまでどこへ行くのもだいたい一緒に行動していましたし、その延長線上。僕のなかでは、わざわざ行くというより、もともとずっと一緒なので自然なことなのです」
――活動を始めてしばらくの間は、おおっぴらにはしていなかったそうですね。
あまみ
「記録活動はあくまで夫婦の趣味にとどまっていました。現在ほどTwitterやInstagramを使っていなかったですし、成果を人に見せるような思いや考えはありませんでした。それにやっぱりラブホなので、わざわざおおっぴらに言うことでもないかなって。まさか自分たちでもこんなに燃えて、深く広く取材や研究をするようになるとは当時は思っていなかったです」
■人気ラブホテルの廃業にショック!
――では、単なる趣味から飛躍したのはいつですか?
あまみ
「2015年から激化しました。三重県の松阪にあった『ナポリパート2』というホテルさんが急に廃業することになり、それがショックで。とても大きなホテルで、内装が豪華で造りがしっかりしていて、三重県を代表するラブホテルでした。それなのに廃業するなんて。そのとき『そうか。昭和のラブホテルって、早く記録を残しておかないと、なくなってしまうんだ』という焦りの気持ちが湧いてきたのです。それ以来、廃業されるまでナポリパート2へ三週かけて部屋の撮影にいそしみました。従業員の方が廃業に際してお客様やホテルについての想いを聞かせてくださって、その時におっしゃった『若い子が面白い部屋だって言って来てくれるんだよ』っていう言葉にとても胸を打たれました。ならば、せっかく撮った写真や残したメモなので、知ってほしい、行ってみてほしいという気持ちもあって、webサイトの運営に本腰を入れることにしました」
▲いまはなき『ナポリパート2』に設置されていたスペーシーな可動式ベッド! そして「愛」。宇宙からのメッセージが聴こえてくるような部屋だった
おだ犬
「2015年以降、訪ねるラブホテルの数も増えました。ミニコミを発刊するようになったのもこの頃です。彼女が思いつめたように『残したい』と言ったんです。それを形にしてあげたいなと思って写真撮影を手伝い始め、誌面をデザインするようになりました」
■意外と役立つ「10年以上前の2ちゃんねる」
――僕もおふたりのおかげで、初めて目にした桃源郷のようなホテルがたくさんあります。それにしてもものすごい情報網ですが、どうやってありかを調べるのですか? ホームページなどなさそうなホテルばかりですが。
あまみ
「電話帳くらいしか資料がないです。でもそういうホテルさんにこそ、お宝のような部屋やベッドがある。だから行って確かめるしかない。部屋はあるけれど使われていない場合もたまにあります。その時はお願いして、特別に開けてくださるホテルさんもあります」
――特別に開けてもらう……もう洞窟探検のような世界ですね。事前にネットで調べることはないですか?
あまみ
「ホテル検索サイトやストリートビューもひと通り見ますが、参考になるのは10年以上前の『2ちゃんねる』のログ。『内装が昔っぽかった』とか書かれていると、アタリである可能性が高いです」
――そういったホテルさんに京都からわざわざ来たとなると、先方も驚かれるのでは?
あまみ
「はい。フロントの方が『なんで来たの?』って驚かれる場合もあります。『この部屋が観たくて京都から来たんです』『はぁ?』って。それで不審に思われることも。でもたまに面白がって会計をする小窓やインターフォン越しに、いろいろお話をしてくれる場合もあります。そしてそうやって会話していると、ホテルの人が『うちはお年寄りにしか受け入れられない』と思い込んでしまっているのがわかります。そうじゃないって知ってほしいし、そのためにも再評価して、広く伝えられたらいいなと改めて思います」
おだ犬
「とにかくすごい製作費をかけて造っていたのがわかるだけに、眠らせておくのが本当にもったいないです」
■おすすめ「いま行けるラブホテル」
――では、おふたりが勧める「いま行ける昭和遺産ラブホテル」をお教えください。
おだ犬
「僕はやはり、ラブホテルを取材するきっかけとなった奈良県の『アイネ』香芝店です。和室が多いのが特徴で、部屋の中に木造の屋形船が設置してあるなど、豪華です。細かい意匠にもお金をかけていて、すみずみまで見どころが多いです。あと、故障して停止したまま長く放置されていた回転ベッドが修理され、再び動くようになりました。これもぜひ経験してほしいです」
あまみ
「私は同じ奈良県の『アイネ』の五條店。ここは “宇宙系” で派手。私がもっとも好きなタイプです。小さな電球が仕込まれていて星空を模した天井や、部屋と風呂を仕切るステンドグラス、ディスコみたいにきらびやかな照明。ラブホテルの魅力が詰まっています。部屋に入ると無重力かのような浮揚感をおぼえる。あの非日常感はすごい。インテリアデザイナーたちの『本気』を感じますね」
――この時代に回転ベッドが復活したのは、間違いなくおふたりが伝播のために力を尽くされたからですよ。再評価することで、ホテルにその想いが伝わったのだと思います。では最後に、今後はどのように活動をされますか?
あまみ
「昭和遺産ラブホテルって維持が難しく、絶滅寸前です。訪れたあとに廃業したホテルも少なくありません。でも反面、若い人たちが興味を持っている。お客さんを喜ばせたいという気持ちが詰まった、夢のような部屋を実際に体感してほしい。そのためにこれからは見学会ができたらいいなと考えているところです」
▲息の合ったコンビネーションで「昭和遺産ラブホテル」を記録する旅を続けるご夫婦。ちなみに自撮り棒は自分たちを撮影するわけではなく、高い位置、あるいは這うほど低い位置にある意匠の撮影に重宝している様子
この日、「ラブホテルを記録する際、必ず持っていくものは?」という質問に、ちょっと意外な答えが返ってきました。
それは「一筆箋」。
「素晴らしいお部屋でした。ありがとうございました」と書き置きをするために携帯しているのだそう。
そういった細やかな心遣いがあるから、ホテルさんたちがおふたりの記録活動に協力してくれるのでしょうね。
ラブホテルのラブは、男女間の恋愛を指すだけではないのだなと感じました。
どうでしょう。
これでもまだラブホテルはダサいでしょうか。
終末トラベラー ~昭和遺産ラブホテル、終末観光の記録~ http://shumatsutraveler.club/
協力:HOTELアイネ
(吉村智樹)
https://twitter.com/tomokiy