台湾人の夫と京都をめぐる話題の漫画『京都ご近所物語』の作者ムライさんに会ってきた!
▲新刊『京都ご近所物語』(イースト・プレス)を上梓された漫画家ムライさん。トレードマークはキャスケット。今日は台湾人の夫「ゴ」さんとお子さん3人お揃いでインタビューです
こんにちは。
関西ローカル番組を手がける放送作家の吉村智樹です。
こちらでは毎週、僕が住む京都から耳寄りな情報をお伝えしており、今回が37回目のお届けとなります。
いま、京都にまつわる一冊の漫画が注目を集めています。
それが『京都ご近所物語』(イースト・プレス)。
これは、『マキーナ』などで知られる京都在住の漫画家ムライさん(28歳)が、夫の「ゴ」さん(呉 塵罡/ゴ ジンカンさん 36歳)とともに、京都の観光スポットを訪れたり、伝統行事や居住地域の習わしを見つめなおしたりしながら日々を営んでゆくコミックエッセイ。
京都ご近所物語
イースト・プレス
京都に移り住んだ著者夫婦が、京都のいいところを再発見。
四季折々の食や催事はもちろん、何気ない日常にも心が弾む。
夏暑くて冬寒いのもまた楽し。
観光だけじゃ味わえない──京都は住んでも、いいところ。
暑さも寒さも美味しいものも。
京都の日常コミックエッセイ!
▼試し読み
http://matogrosso.jp/kyoto-gokinjo/01.html
http://matogrosso.jp/kyoto-gokinjo/02.html
http://matogrosso.jp/kyoto-gokinjo/post-164.html
確かに京都は不思議な街。
ご近所に世界遺産や国宝、重要文化財がゴロゴロある。
室町時代に創業した和菓子屋さんなんて珍しくない。
毎日なにかしらの伝統行事やお祭りがある。
そして、北国にも負けない冬の寒さと、南国をうわまわる夏の猛暑に見舞われ、いやがうえにも季節感をおぼえる、そんなワンダーランドなのです。
著者のムライさんはお隣の滋賀県出身。
編集者で、大学の非常勤講師でもある夫のゴさんは台湾出身。
ふたりは京都精華大学「マンガ学部」で出会い、結婚。
現在は幼い男の子(家族で初めての京都出身者!)と三人で、“鰻の寝床”と呼ばれる京都ならではの細長い家で仲よく暮らしています。
▲滋賀ケンミンのムライさんと台湾出身の夫・ゴさん。ふたりのあいだに生まれた長男さんが家族初の京都出身者となった
▲住むのは“鰻の寝床”と呼ばれる古民家。近世の京都は間口の広さに比例して課税されたため、正面が狭く奥行が長い家屋が一般化した
▼おふたりのなれそめは、こちら
http://matogrosso.jp/kyoto-gokinjo/td.html
ある日、京都で結婚生活をスタートさせたムライさんの心境に変化が。
はじめは「いつでも行けるからいいや」と、名所や景勝地にさして関心を示さなかったムライさん。しかし、次第に「もったいない」と考えるようになり、夫婦で散策を始めることに。
祇園祭、五山の送り火、伏見稲荷、嵐山、賀茂なす、鱧(はも)、エトセトラ。
風物詩として必ずニュース番組で報道される、されどご近所すぎて興味の圏外にあった超メジャーな祭事や百景をあえてめぐり、旬の食材を味わい、ふたりは1000年の歴史が現在の暮らしにも溶け込んでいる京都のすごみに改めて気づくこととなります。
この『京都ご近所物語』は、そんな心の機微を淡々と綴ったコミック随想記。
大きな波乱があるわけではない。されど、街を吹き抜ける川風の心地よさと、歩くことで見えてくる楽しさや喜びがしみじみと伝わってくる、じんわりほんわか心にしみる一冊です。
今回は、一年間のご近所取材を終え、このたび単行本を上梓されたムライさんと夫のゴさんにお話をうかがいます。
■台湾出身の夫のほうが京都に詳しい
――ムライさんは滋賀県のご出身ですが、京都精華大学「マンガ学部」に進学されるまで、京都に対してどのような印象をお持ちでしたか?
ムライ
「観光地というイメージでした。そして『京都国際マンガミュージアム』が羨ましかったです。あと美術館がたくさんあるのもいいなと思っていました」
▲京都市中京区の旧・龍池小学校跡地にできた京都国際漫画ミュージアム。所蔵されている漫画を、屋外の芝生へと持ち出して読むことができる
――ということは大学進学前の十代の頃はけっこう京都にいらしていたのですか?
ムライ
「いえ……実は、大学に通うまでは京都を訪れることはほとんどなかったです。滋賀県は京都の隣ではありますが、うちからはけっこう遠かったんです。もしも漫画を学べる大学が京都になかったら、いまも住んではいなかったかもしれません」
――それに対して、ゴさんは京都在住歴が長いですよね。
ゴ(呉)
「1999年に京都へ来て、およそ18年、ずっと京都です。日本は京都以外、住んだことがありません。自分の故郷がある中華圏では“京都”は日本の地名とは別に『古都、古い都』という意味があり、古代の首都という部分に憧れを抱いていました」
――外国人の夫と暮らすコミックエッセイといえば普通、生まれた国が違うことから生じるカルチャーショックによって展開していきますが、『京都ご近所物語』は、ムライさんのほうがゴさんから京都について教わっていて、正反対なところがユニークだと思いました。
ムライ
「そうなんです。教えられてばっかり(笑)」
■有名すぎて行かないままの名所や祭事に足を運んだ
――この『京都ご近所物語』は、どのようないきさつで誕生したのですか?
ムライ
「担当さんに『私、普段あんまり京都のお寺とか行かないんですよ』と話をしたら、『じゃあ、京都をめぐるエッセイ漫画を描いてみないか?』と勧められたのがきっかけです。単なるよそからの観光漫画ではなく、ここで暮らしている私たちが改めて体験するという視点は面白いなと思い、取材を始めました。毎月催事を見つけては出かけ、その体験を描きおろししました」
――なるほど。住んでいるからこそ意識しなかった京都を見直すというコンセプトから始まったのですね。そして読ませていただいて改めて「京都ってホント、名だたるイベントが毎月あるもんだなあ」と感心しました。実際に行ってみて特に心に残っている行事や場所はなんですか?
ムライ
「5月の流鏑馬(やぶさめ)が面白かったですね。馬が全速力で走っている姿を目の前で観たのは初めてだったし、観客が『わーっ!』って盛り上がるさまがすごくて、甲子園の阪神戦くらいの熱気。正直、この漫画の企画がなかったらわざわざ現場へおもむくことはなかったでしょうし、この楽しさを知らないままだったと思います。取材をきっかけに流鏑馬が大好きになって、今年も早めの時間に行って、一番いい席を取って観覧しました」
▲流鏑馬は葵祭に奉納される神事。公家の衣装で馬を走らせながら3か所の的に鏑矢を放つ。的を射抜くたび大きな歓声があがる
――京都の祭事や神事って静穏としてうやうやしいイメージがありますが、そんなに熱く盛り上がるのですか。僕も行ってみたいです。ゴさんはいかがですか?
ゴ(呉)
「三十三間堂ですね。敬愛する漫画家の平田弘史先生が描いた『弓道士魂 〜京都三十三間堂通し矢物語〜』という名作歴史漫画があって、絵では知っていたのです。写真などもよく見ていたので、鑑賞したつもりになっていました。しかし実際に自分の目で確かめると、想像以上の迫力がありました。仏像の並び方が異様というか、現実感を失うほどに」
▲観音立像がある寺院では日本最長の歴史を誇る。およそ1000体もの等身大の仏像が立ち並ぶ光景は圧巻
――有名すぎて実際に見たような感覚におちいっている寺社仏閣や建造物って、ありますね。金閣寺や銀閣寺なども写真や映像で何度も目にしていて『行った気』になってしまいますものね。
■地蔵盆は一大イベント!
――この『京都ご近所物語』は、決して有名ではないご町内の催しや習わしにもスポットを当てているのが新鮮でした。特に地蔵盆の日に4メートルもの数珠を回す習慣があるなんて、まったく知りませんでした。
ムライ
「夏の地蔵盆は滋賀県のうちの周辺でもありましたし、地蔵盆そのものは近畿地方ならどこでもやるみたいなのですが、“数珠回し”は京都に来て初めて体験しました」
▲子供たちが輪になって座り、僧侶の読経にあわせて無病息災を祈願しながら長い数珠を回していく習わし。地蔵盆は近畿全域で行われるが数珠回しは京都ならではのもののようだ
ゴ(呉)
「もともと職人さんが多く住む街で、住民の結束力が強いです。地蔵盆も子供からお年寄りまで大勢参加して、ともに楽しいひとときを過ごします。私もご町内の方々と一緒にお地蔵さんを運んだり、お地蔵さんを置く棚を組み立てたり、その日はけっこう頼りにされます」
――街のコミュニティがいまも残っているのがいいですねえ(しみじみ)。
ムライ
「そうなんです。夏はご近所さんと一緒に花火をしたり、秋は運動会をしたり。よく『京都人はイケズ』『京都人はよそ者に厳しい』って聞くけれど、そういう目に遭ったことがぜんぜんないです」
■「寒い」と「暑い」が強烈な京都
――そんなあたたかな人情が息づく京都で、ツライことってありますか?
ムライ
「やっぱり冬の寒さです。いまだに冬になると京都へ来たことを後悔してしまう(笑)。降雪量なら故郷の滋賀のほうが多いのに、京都はもっと寒く感じます。寒さの質が違うのか、足元から体内へ入りこんでくる冷たさがありますね。冬の京都は祭事が多く繁華街もにぎやかなので外出していると楽しいですが、家の中にいるとどうしても寒さがじわじわきますね」
ゴ(呉)
「私は夏の暑さです。京都で生まれて初めて熱中症になりました。40度もの高熱にうなされているのに汗が出ない。変な暑さなんです」
――京都は気温の高低差が激しいですよね。僕も大阪人の“よそさん”なもので、冬と夏のあいだだけは「帰ろうか……」と弱気になってしまいます。
■和菓子の人気の秘訣は「人さばき」
――この『京都ご近所物語』の大きな魅力のひとつは食べ物だと思いました。焼き筍、棒天ぷら、にしんそばなどなど、京都ならではのおいしそうなものが続々と登場し、よだれが溢れるのを止められません。特にお好きな京都の食べ物はなんですか?
ムライ
「和菓子の水無月(みなづき)です。写真で見て存在を知ってはいたのですが、京都に引っ越してくるまで食べたことがなかったです。初めて口にしたときは衝撃でした。蒸し暑さを忘れさせてくれるひんやりした食感とほのかな甘み。虜になってしまって、いろんなお店で買って食べ較べをしていました。『6月限定と言わず一年中売ってくれよ~』と思いましたね」
▲ういろうに小豆を乗せ、三角に切った涼しげな和菓子。小豆は悪魔払い、三角の形は暑気を払う氷を表している。本来は一年のちょうど折り返しにあたる6月30日に、この半年の罪や穢れを祓い、残り半年の無病息災を祈願する神事「夏越祓(なごしのはらえ)」の神事にいただくものだが最近は6月中なら食べられる
ゴ(呉)
「私は出町柳にある『ふたば』の豆餅です。味のよさもさることながら、ごつごつした見た目の異様さに惹かれました。そしてあの大行列をさばくテクニックに驚きました。いつもすごく長い行列ができているのですが、意外とすいすい進んで、すぐ買えます。そういうさばき方のうまさも人気店の秘訣なのでしょうね」
▲赤えんどう豆が練りこまれた餅でこしあんを包んだ素朴な豆大福。大人気でいつもすごい行列ができるが、神業的な客さばきでそう長時間並ばずに購入できる
■京都の行事ってこんなに楽しいんだ!
――では最後に、一年を通じて京都を歩いてこられて、いま京都について思うことはありますか?
ムライ
「お寺などでの行事とか、堅苦しいものだと思いこんでいました。けれど、もっと気軽に、『こんなに楽しめるんだ』っていうのがわかりました。“お雛流し”とか本当にいいもので、この子がもう少し大きくなったら連れていきたいですね」
▲平安時代から続く行事。桟俵(さんだわら)に流し雛を乗せ、御手洗川に流すと心が清められ厄から逃れられると言われている。近年は最後に幼稚園児による合唱が行われる
▲流し雛は男子の参加ももちろんOK。家族で京都の神事に参加するのはきっと楽しいはず
ムライさんが描く『京都ご近所物語』には、ここで暮らす夫婦の目線で描かれた、等身大の京都の姿があります。
そして僕はこのコミックエッセイを読み、京都だけではなく、全国津々浦々さまざまな場所に住む人々が、「ご近所」のよさを見直し再評価する(あるいは初評価する)きっかけとなる本ではないかと思いました。
読んで京都へ行きたくなることはもちろん、たとえば東京に住む人が「今度の週末、東京タワーへのぼってみようか」、そんな気持ちにさせてくれる漫画なのではないかと。
そして!
今週末の6月10日(土)『京都ご近所物語』発売記念トークイベントが開催されます!
『京都ご近所物語』発売記念イベント
「移住者から見た京都のいいところあれこれ」
京都に移り住んだ漫画家と編集者夫婦が、再発見した京都のいいところを話します。
ムライさんによるサイン会もあり。
日時:6月10日(土)
開場:午後7時30分
開演:午後8時
会場:ホホホ座1階
URL: http://hohohoza.com/
住所:京都市左京区浄土寺馬場町71 ハイネストビル
出演:ムライ、呉ジンカン
聞き手:佐藤守弘先生(京都精華大学教授・視覚文化研究者)
予約料金:1000円 当日料金:1500円
(ともにホホホ座1階500円商品券付)
予約方法:件名を「ご近所物語」とし、お名前・電話番号・人数をご明記の上、1kai@hohohoza.comまで送信下さい。
電話予約は075-741-6501まで。
店頭でもご予約可能です。
京都ご近所物語(イースト・プレス)
著 者: ムライ
定 価: 1080円(本体1000円+税8%)
ISBN: 9784781615219
http://www.eastpress.co.jp/shosai.php?serial=2745
ムライ
滋賀県出身、京都府在住の漫画家・イラストレーター。 京都精華大学マンガ学部出身。 同大学在学中に月刊IKKI(小学館)にてデビュー。主な著作に『路地裏第一区~ムライ作品集~』『マキーナ』(共に小学館)、『砂海の娘~CAT IN THE CAR~』(辰巳出版)などがある。
http://kusamurai.web.fc2.com
ちなみに今回、インタビューをさせていただいた場所は、お気に入りの場所として『京都ご近所物語』にも登場する、京都市役所にほど近い『カフェ コチ』。
多種多彩な自家製パンと日替わりキッシュがおいしいと評判のカフェです。
▲『京都ご近所物語』にも登場する「カフェ コチ」の、野菜とベーコンたっぷりなアヒージョ(680円)と自家製パンの盛り合わせ(300円 ともに税込み)。どちらも絶品でした!
協力:イースト・プレス、スタジオキッチュ、「カフェ コチ」、せろりあん
(吉村智樹)
https://twitter.com/tomokiy