もはや肩までつかれる美術館。アート作品満載の銭湯『桂湯』がスゴイ!
▲扉を開けると、そこはお湯だけではなく、アートで溢れた銭湯でした
こんにちは。
関西ローカル番組を手がける放送作家の吉村智樹です。
こちらでは毎週、僕が住む京都から耳寄りな情報をお伝えしており、今回が34回目のお届けとなります。
さてさて、そろそろゴールデンウイーク。京都でも国際レベルに人気が高いアーティストの企画展やビッグなアートフェスが目白押し。楽しみにしていらっしゃる方も多いでしょう。
でも……混むんですよね……。
長蛇の列を経て、押しも押されもせぬアーティストの作品を押したり押されたりしながら近づいてもチラ見が精一杯。憶えているのは人の後頭部だけ。もう「人の頭だけ見るっていう現代美術」なんじゃないかと思うほどの混雑にへとへとになってしまいます。
そんなあなたに、リラックスしてアートを楽しめる京都の超穴場をお教えしましょう。
しかもそこは、疲れるどころか、元気を回復できるリフレッシュスポットでもあるのです。
それが銭湯「桂湯」(かつらゆ)。
阪急京都本線・嵐山線「桂」(かつら)駅の東口から徒歩5分の場所にあります。
■一見地味目な銭湯。しかし店内は……
「銭湯でアート? なにそれ意味わかんないぞハゲ」と思うかもしれません。確かに遠目には、黒の板塀が印象的な、小ぶりで古風な銭湯が一軒あるだけ。
▲一見、街の一画にある、ごく普通の銭湯
しかし……接近してよく見ると、看板はどうやらハンドメイド。ディック・ブルーナの色彩構成を思わせるアートライズされたものでした。キャッチコピーやイラストからも独自性の湯気がたちのぼっており、ただならぬ予感が。
▲ブルーナカラーを思わせる配色、廃物を利用したオブジェ。早くもただごとではない予感をはらむ看板
▲コピーライティングにも独特なセンスが
▲味のあるイラストも満載(のちにこれがご主人自らのアートワークだと判明する)
下足場にも脱力の造形作品の数々が。
▲下駄が貼りつけられた下駄箱。「箱」の字のデザインに刮目すべし
▲こんなふうにパロディが続々と現れる
そして脱衣場への扉を開けると、あーーーー! こ、こ、これは壮観。
▲天井には「ゆ」のデザイン文字がびっしりと女湯、男湯を貫いている
▲ギャラリーと脱衣場が合体したような不思議空間
▲天井だけではなくあちこちにオブジェが点在しているのがわかる
天井には「ゆ」の字をデザインしたスクエアなパネルがびっしり。さらに壁に掲げられているのは、おびただしい数の改造時計。次いで謎めいたオブジェ群が点在。アートとデザインが泉のようにたぷたぷ湧きあがっています。これはもう銭湯というより「ニューヨク近代美術館」。正直、外観からは、ここまでアートで満載な銭湯だとは想像もつきません。
▲手作りと思わしき時計やオブジェ
▲銭湯ならではの時計も
▲レタスの葉や魚まで時計に
▲謎オブジェがここかしこに
先鋭的なデザインアートに目がうろうろしてしまいますが、建物そのものも見どころが豊富です。木材を組んだ天井は、有名なお寺や神社、お城などにも多くも使われる「格天井」(ごうてんじょう)という伝統的な様式。さらに浴室の入り口には、かつて入母屋造りだった時代の名残りも観られます。
▲柱を使わず木材を格子状に組んで強度を保つ「格天井」。浴室の入り口には入母屋造りの名残りも見受けられる。建築としても興味深い
■天井をびっしりと覆う「ゆ」の字アート
ご主人の村谷純一さん(むらやじゅんいち 69歳)は、この「桂湯」の2代目。故人である先代から引き継ぎ、14年目を迎えます。
▲「桂湯」二代目ご主人、村谷純一さん
ここ「桂湯」は昭和4年に先人が建てた銭湯を昭和33年に初代のお父さんが買い取ったもの。計89年という長い歴史をいだきます。飴色に輝く脱衣かごは開業当時のまま。現在も大切に使い続け、移ろう時間の厚みを随所に感じることができます。
▲ガラスの扉の向こう側に整然と並ぶ脱衣かご。同じものはもう作れないという貴重なもの。ガラスが入った脱衣棚は珍しく、銭湯マニアも遠方からよく見に来るのだそう
特徴は地下水の流れを汲む井戸水を使っているところ。桂湯は水道水ではなく、日本酒の神様「松尾大社」と同じ水系の澄んだ地下水を沸かしているのです。
▲天然の井戸水を沸かした清潔な浴室。女湯はピンク、男湯は鶯色のタイル。とてもポップな印象。タイルは200角サイズという大きなもので、これを浴室に使う銭湯は珍しいのだそう
村谷
「恵まれた立地です。水がきれいな場所に銭湯を持てて、自然のありがたさをかみしめています。なので、いい湯加減にしないと地下水に申し訳ない。湯加減だけは僕の自慢かな」
そう語る村谷さんの、まさに芸術的と呼べる絶妙な火入れにより、熱すぎずぬるすぎず、とげのない、やわらかなお湯を堪能することができます。僕は取材の別日にお風呂をいただきましたが、あまりの湯温のちょうどよさに、とろとろにとろけそうでした。
そして! やはり訊きたいことは、女湯男湯合わせておよそ80作品が並ぶという、目にも楽しい天井の「ゆ」のデザイン文字群。わざわざメーカーに特注したという42センチ角の段ボール用紙の上に創意工夫が溢れ、シャワーのように降り注ぎます。なかにはロープを使って文字を表した立体作品や、ユニクロのパロディ「ユニフロ」なんてものまで、どの作品も見逃せません。
▲ロープを用いた立体造形も
▲ユニフロ 。確かにユニークな風呂だ
これらはすべて村谷さんがお描きになられたものですか?
村谷
「いえ、私の作品は三分の一。あとの三分の二はお客さんが描いたものなんです」
え、入浴したお客さんが描いたもの?
村谷
「はい。女湯には女性が描いた作品、男湯には男性が描いた作品を天井に掲げています。お子さんから80代のお年寄りまで、いろんな世代の方が描いてくれたんです。番台で申込書と専用の紙を用意していますので、お声をかけていただければお渡しします。作品展示は入浴料込みで500円でお請けしています」
入浴料込みで、ご、500円? 入浴料は430円ですから、実質70円でずっと展示していただけるのですか! それは安すぎます。
村谷
「作品は私が手直しもしますので、正直赤字(笑)。でもいいんです。現在の量になるまで2年半。これからも皆さんの作品で天井がにぎやかになってゆくのが楽しみなんです」
わずか70円で自分の作品を展示してもらえるギャラリーって、そうそうないですよ。美大生やデザイナー志望の若者は自分の才能を世に問うチャンス! これから桂湯の天井はクリエイターの湯(とう)竜門となるのでは。
▲一枚500円(入浴料430円込み)で展示してもらえる「ゆ」アート
▲作者名も明記してもらえるのが「いいね!」
▲80歳を超えた方が描いたシヴい古銭アート
▲お子さんの作品も
▲テレビのロケでやってきた壇蜜の作品もある
■はらはらするほどの時計の量
そしてもうひとつ目を引くのがユーモラスでポップな改造時計の数々。そうとうな物量があるとお見受けしましたが。
村谷
「時計の改造は5年前から始めました。『お客さんが笑ってくれるかな?』と思ってサイコロを文字盤にしたのが始まりです。女湯と男湯合わせて100台はあります。作り続けているので増えていってますね。素材ですか? だいたい100均で買ったもの。100均で買った時計をばらし、針とムーブメントを別の素材に仕込みます。あとは、蟹を食べたあとの甲羅を利用したり。とはいえ安いものばかりではないんです。日本酒の瓶の栓を文字盤に並べたものは高くつきましたね。日本酒一本1000円として12個だから1万2000円以上かかっているんですよ」
100均で買ったキッチン雑貨や、蟹を食べたあとの甲羅、意外や意外1万2000円以上かかっていた高級(?)時計も、どうりで生活感に彩られていると思いました。時間に追われる暮らしへの風刺も効いているような。
村谷
「そんなつもりもなかったんですが、浴室にも時計をつけたときは『はよ出ていけって言われてるみたいで落ち着かんわ』って怒られたことがあります(笑)」
▲意外と製作費がかかっている日本酒の蓋時計。奥に見えるサイコロの文字盤時計が記念すべき第一作目
▲素材は主に100円ショップで購入した生活雑貨
▲定規を組み合わせて人の顔に
▲蟹を食べたあと、残った甲羅を時計に。こちらの改造時計は村谷さんの暮らしに密着している
▲浴室にも手作り時計が。「いま何時なのかがわかるので助かる」「出て行けと言われているようで落ち着かない」と賛否両論なのだとか
▲時計は続々と新作が。現在製作中なのがクッキー型とプチ食品サンプルの時計
■手作りアートの背景には波乱の人生が
ではいったい、なぜ村谷さんはデザインやアートワークができるのでしょう。
村谷
「ある事情で、デザインとかかわることになりました。僕は京都産業大学に入ったのですが、あの頃ちょうど学生運動が盛んな時代で、*東大紛争にかかわって退学となったんです」
註*東大紛争……東京大学において1968年~1969年にかけて続いた大学紛争。警視庁機動隊およそ1200人が大学構内に出動するほどの騒動となった。
た、退学ですか?!
村谷
「はい。大学は自主退学を勧めてきましたが拒否し、それにより退学処分となりました。一年と少しで退学させられましたから、ほかに行くところがない。それで新年度ではないにもかかわらず無理を言ってデザイン学校に入り、学びなおしたんです。そうして父から銭湯を受け継ぐまで、ずっとフリーで店舗関係のグラフィックデザインをやっていました。お店のロゴを考えたり、メニューやマッチなど細かいものまで。看板も手描きして、取り付けまで立ち会っていました」
そんな波乱の人生だったのですか……。そして平面から立体まで手掛けられるスキルは、その人生の中で体得されたのですね。ではフリーランスでデザインお仕事をしていた村谷さんが銭湯に転業されたのはどうしてですか?
村谷
「親父が亡くなる前に、僕に『母さんが生きているあいだはこの風呂屋をやってくれないか。あとは売るなり壊すなり好きにしていいから』と言い遺しましてね。はじめはデザインの仕事もしながら桂湯を手伝うようになりました。母もそれから8年後に亡くなったのですが、親父は好きにしていいといったけれど、やっぱり銭湯を遺したいという気持ちが強くなったんです。街のコミュニティの場として必要だなと。それで桂湯を専業にすることに決めました」
なるほど、村谷さんが桂湯を継承され、ここ数年で銭湯とデザインアートというふたつの要素が合致したというわけですね。
村谷
「母はお客さんのことが大好きで、お客さんと話をすることを楽しみにしていたし、もてなしたいという気持ちが強かった。それでいつも季節の花を飾っていたんです。活け花をしたり、造花をこしらえて、脱衣場を花いっぱいにしていました。僕も造花づくりを手伝っていたので、母が亡くなったあとも引き続き飾り付けをやっていたんです。そして次第に『よし! やるんなら大々的にやろう!』という気持ちが強くなっていきました」
▲花を絶やさなかった亡きお母様の意思を継ぎ、村谷さんも生花を欠かさない
▲全面禁煙を決めたとき、巨大オブジェでその決意を表明した。村谷さんの「やるんなら大々的にやろう!」スピリッツがさく裂。店主のメッセージがカタチとなって可視化されるのが桂湯最大の特徴
▲カッティングシートを切って企業パロディロゴを作成するなど、店舗デザインをやっていた時代のスキルをいかんなく発揮
▲ハロウインの日には暖簾も変わる。このように季節や行事を大切にしながらお客さんとの交流をはかっている
村谷さんはデザインやオブジェ制作だけではなく、有志グループ「西京銭湯部隊沸いてるんジャー」とともに脱衣場でハロウインイベントを行ったり、夏休みはマジックや腹話術など親子で遊べる催しの『わくわく桂湯』を開くなど、地域活性のポータルな場として開放し、交流を深めています。これこそが巷でよく耳目にする「ソーシャルデザイン」の最好例ではないでしょうか。
村谷
「あと11年で100周年です。それまで桂湯は続けたいですね」
ひたひたのいいお湯、そしてさまざまなアイデアの湯船に肩までとっぷりつかれる桂湯。あなたもいい湯加減のアートとデザインの泉に手足を伸ばしてみませんか。
名称●桂湯
住所●京都市西京区桂木ノ下町21-2
電話●075-381-4344
営業時間●15:30~22:30
入泉料●中学生以上430円 小学生150円 幼児無料
*毎月26日は「ふろの日」で、大人(同伴)につき小学生以下3名無料です。
定休日●月・金
Facebook●
https://www.facebook.com/1010.Katsura/
(吉村智樹)