アルバイトを3つも掛け持ちして私設フィギュアミュージアムを開いた男性に会ってきた!

2017/3/20 17:38 吉村智樹 吉村智樹




▲大きなゴジラのプラモデルを愛おしそうに見つめる男性。ここは彼が永年の夢をかなえて開いた私設のフィギュアミュージアムなのです



こんにちは。
関西ローカル番組を手がける放送作家の吉村智樹です。
こちらでは毎週、僕が住む京都から耳寄りな情報をお伝えしており、今回が31回目のお届けとなります。





さて全国的に、多くの学生さんが、この週末から春休みに入ることでしょう。
新学年までのあいだ、桜の開花も予想される春の京都をめぐってみてはいかがですか。


おすすめは、昨年11月にオープンしたばかりの、一軒のフィギュアミュージアム
築100年を超える町家を改装して生まれたこのできたてほやほやミュージアムは、なんと館主さんがバイトを3つも掛け持ちし、自力の自腹で開いた渾身の博物館。
この日の取材も「バイトが終わってからでいいのなら」と時間を割いてくださったのです。


目指すフィギュアミュージアムがある場所は、平安時代から職人さんたちが多く住む手しごとの街、西陣。



▲高級絹織物「西陣織」発祥の地であり、現在も織物産業が集中する地域。日本で初めて映画館ができた場所でもある


「西陣織」などのテキスタイルが全国的に有名ですが、それだけではなく有職畳や仏具、靴やカバンなどの匠たちが、その技をいまに受け継いでいます。


プロ仕様なシヴい風情が漂う西陣の街を歩いていると……ありました!



▲瓦葺の日本家屋。でもフィギュアミュージアム


その名も「たてくんミュージアム!」。
さすが京都、軒先にはのれんが掲げられています。



▲のれんが目印の「たてくんミュージアム!」



▲このブタのキャラクターはいったい……


この方が自宅を改装してフィギュアミュージアムを開いた“たてくん”こと館長の楯秀樹さん(たてひでき 46歳)。



▲「たてくんミュージアム!」館長の楯秀樹(たてひでき)さん


祖父母が暮らしていたこの西陣の古民家に21歳から移り住み、現在は母の喜枝さん(よしえ 73歳)とふたりで暮らしています。


楯秀樹さんは歯科衛生技工士の専門学校を卒業後、わずかのあいだ歯科の仕事に携わったのち、父親が営んでいた家業の旅行代理店を手伝います。
さらにこのフィギュアミュージアム建設費用をつくるためにアルバイトに明け暮れる日々だったとのこと。



「ミュージアムはオープンしましたが、現在もバイトをしながらじゃないとやっていけないのが現実です。日中は母に受付をしてもらって、僕はホテルのベッドメイクのアルバイトが終わって夕方から、ここにいるようにしています」


念願のミュージアムのために自身の部屋を提供してくれた父の豊さん(享年75歳)は昨年5月に急死(詳細は後述)。
お父様の形見とも言えるこのミュージアムは、町家の雰囲気をそのまま残した外観といい、クラシックなのれんといい、雅趣を帯びた西陣の街並みにとてもマッチしています。
とはいえ反面、なかでフィギュアが並んでいるとは思えない意外性もありますね。



「いつか京都の観光名所になってほしいし西陣に貢献したいという気持ちがあって、あえて和風にしました。海外から観光で来られた方たちが外観を写真に撮っていかれるのを見て、『これでよかったんやな』と安心しました」


■フィギュア約3000体がぎっしり!


では、さっそくおじゃまします。
引き戸を開けると……ふ~む。ご自宅を兼ねているだけあって、玄関には小さな受付があるものの、一見して感じる印象は、アットホームな「おうち」。本当にここがフィギュアのミュージアムなの? と、ちょっぴりおどおどした気持ちに。


不安を抱えつつ楯さんにうながされ2階へ。
そして……「うあ(絶句)、すげえ……」。
2階で観た驚愕の光景に、心配は一気に吹き飛びました。



▲楯さんに案内され、訪れた2階。ここが自宅を改装したフィギュアミュージアム。楯さんはこの部屋のロフト部分で生活している












▲新旧の人気者がぎっしり並んでいる


3部屋ぶんの隔たりをぶち抜いて広げた空間には、ゴジラや仮面ライダー、ウルトラマンなど昭和より続くビッグネームから、「ストライクウィッチーズ」の美少女たちなど比較的最近のキャラクターまで、アニメ、特撮、変身ヒーロー、戦隊、怪人、怪獣、ロボット、魔法少女、エトセトラ、大小おびただしい数のフィギュアがぎっしり








その数は「把握していた頃でおよそ3000体。それから増え続けているので、いまはもうはっきりわかりません」とのこと。 いやあ、目測では3000はとっくに超えています。


とりわけ目を引くのがアニメ『けいおん!』の独立コーナー。実は楯さん、これまで観たすべてのアニメの中で筆頭級に好きなのが、この『けいおん!』なのだとか。



「好きな点ですか? 癒されるところでしょうね。5人の個性があって、ボケとツッコミがあって。いまどきこんな平和な世界って現実にはないでしょう。あとはやっぱり『けいおん!』を製作した京都アニメーションの“絵”の魅力ですね。アニメなんだけれど、生きているんですよ」


▲大好きな『けいおん!』のフィギュアに頬がほころぶ楯さん


■意外にも60代女性はアニメや特撮の知識が豊富


お客さんはやはり若い方が多いですか?



「年齢層は幅広いです。中学2年生の男の子が、ファーストガンダムのフィギュアだけをずっと見ていたり。女性の方もよく来館されます。特に60代くらいの方は、作品をよくご存じなのです。怪獣や怪人の名前なども、すらすらおっしゃる。僕よりずっと詳しい方も。なんでもお子さんが幼い頃に一緒に観ていたので、内容をよく憶えているのだそうです」


年配の女性が怪獣や怪人の名前をすらすらと。子供だけではなく、お母さんたちにとってもヒーローの活躍や怪獣怪人たちの悪行の数々は想い出に刻まれているんですね。



「あと、外国人のお客さんも多いんです。アメリカ、オーストラリア、香港、インド、などなど。先日はエクアドルから来日された方もお見えになりました。僕は父の旅行会社を手伝っていたので、仕事で海外を訪れたことも少なくなく、そのとき現地の方に親切にしてもらえると本当にうれしかった。だから今度は僕がそうしたい。できるだけ丁寧に接して、京都のいい想い出にしていただけたら嬉しいですね」


■レア物はないけれど、愛はある


これほどひしめいていれば、相当なお宝もあるのでは?



「いえ、希少価値が高いものはありません。マニアックなものもそんなにはないです。テレビで放映していたキャラクターの、誰でも買えるものがたくさんあるというだけです。限定品がいくつかありますが、それもとびきり高額であったりレアだというわけではありません。『子供心にタイムスリップ』がこのミュージアムのポリシーで、普通のものを楽しんでいただければ」


そう語りつつ、大好きなフィギュアを見つめている楯さんの表情が本当いいんだよなあ。



▲展示されたフィギュアたちへのまなざしがとても優しい


それに、希少品ではなくオーソドックスな品物が並んでいるというのは、それはそれで得難い空間です。
後世に遺すのが難しいのは、実際は広く市販されたものなんですよね。
量産されたものの方が次代に伝わらない。そういった暮らしに密着したフィギュアがここに多く保存されていることがもう充分に価値があると思います。



「珍しいものといえば、この大きなゴジラのプラモデルでしょうか。歯科衛生技工士時代に使っていた歯を削る器具で作ったんです。制作に苦労し、完成までに3か月もかかったので想い入れもあり、未来の人に宛てたメッセージを紙に書いて封じ込めました。僕が死んだあと、誰かがそれを読んでくれればいいなと思います」



▲歯科衛生技工士時代に使っていた歯を削る器具とエンジンを使ってゴジラのパーツを加工した



▲完成までに3か月を要した






▲ラッカーで着色。ラッカーは「どれくらい使ったかわからないほど使った」のだとか



▲大きすぎて室内では作業ができず、中庭を占拠して造形に没頭した



▲完成したゴジラのプラモデル。体内には未来に人へのメッセージを書いた紙が封じてある



▲こちらは『スターウォーズ』に登場するヨーダ。目や身体に彩色を施し、ご当地・西陣織の金襴で和装にした。「西陣とフィギュアの融合を演出してみた」とのこと。海外からの入館者にことのほか好評なのだとか



▲放送エリアという点では、これはある意味でレアもの。テレビ東京系列で放映された特撮ドラマ『牙狼―魔戒烈伝―』のフィギュア


■陳列の基準は「自分が観た作品」


それにしても個人の蒐集品とは思えない物量です。タイトルも多く、名だたるヒット作はほぼ網羅されているのではないですか?



「そんなことはないんです。すべてをフォローするのは無理ですね。並べる基準は“自分が観た作品”。よくお客さんから『“ジョジョ”がないじゃないか』『“艦これ”はなぜないんだ?』と言われ、申し訳ない気持ちになるのですが、観ていなかったので」


観た作品のフィギュアを置く。観ていないものは置かない。ここはフィギュアミュージアムであるとともに楯さんの個人史資料館でもあるのですね。とにかく昭和のものなら愛着あるなしにかかわらずなんだって置く総花的レトロミュージアムよりもずっとお客さんに対して誠実だと感じました。


■仮面ライダーのガシャポンがハートに火をつけた


では楯さんはいったい、いつから、どうしてフィギュアを集め始めたのですか?



「15年前、ガシャポンで『仮面ライダー』の指人形が売られているのを見つけたのがきっかけです。僕は昭和45年生まれ。まだゴールデンタイムで特撮の子供番組が放映されていた時代に幼少期を過ごしました。小さい頃から仮面ライダー、ウルトラマン、あと超人バロム1が好きだったんです。とはいえ中学に入ると、もうすっかり忘れていました。そんなんでずっと観ていなかったのですが、ふと『懐かしいなあ』と思って、なんとなくひとつ買ったんです。そしてその仮面ライダーのシリーズが第10弾を超えていたのを知りました。『え! そんなに以前からあったの!? なんとかして過去の分も集めないと!』って、なぜか火がついたんですよ」



▲初めてガシャポンで引き当てたのが「仮面ライダーX」というところがシヴい



▲「仮面ライダー2号」一文字隼人を演じた佐々木剛さんのサイン。一緒に撮った写真も


たまたま買ったガシャポンが、そこまで強い延焼力をもつとは。
それまでなにかコレクションするご趣味はおありだったのですか?



「いえ、なにも。それまでの僕は、たばこも吸わない、お酒も飲まない、趣味といえるようなものもまったくない生活をしていて、その反動なのか、一気にコレクションへ没頭してしまいました。とはいえ、ここまで集めてしまうとは自分でも夢にも思わなかったですね」


それまで無趣味だったという楯さんは、仮面ライダーの指人形をコンプリートするため、秋葉原の専門店へ片っ端から電話で問い合わせたり、自分で自分に驚くほどのめりこみました。幻の第一弾を台湾で入手できたときは、「自分は蒐集する運命にある」とすら思ったのだとか。


■1日13時間半アルバイトをしてフィギュアを購入


そののち、楯さんは仮面ライダーについてフィギュア専門誌で調べるうちに「この作品もほしい」「この作品もあるのか」と欲しいものが増え、生活はいっそうフィギュア中心に。



「フィギュアを買うために時給800円のアルバイトを1日13時間半働いて……そんな生活を15年続けてきました。1日24時間のうち『こんだけ働いたら、こんだけフィギュアが買える』。そればかりを考えてきました」


1日13時間半もアルバイトをしてフィギュアを……しかもお父さんが自営する旅行代理店を手伝いながらなので、ほぼ不眠不休です。
フィギュアを買い集めることはすなわち、楯さんにとって、生きることだったのです。



▲子供の頃、特に好きだったという『超人バロム1』のコレクションも充実



▲母親の喜枝さん曰く「子供のころからアニメや特撮が大好きで、テレビにかじりついていました。家族で外食しようと誘っても『今夜はバロム1があるから行かへん』って言うて、ついてきませんねん」


■1500万円の工事費と父親の死


そうして楯さんがフィギュアミュージアムの開館を目指しはじめたのが、いまから6年前。とはいえ造るのは自宅の中。いまは亡きお父さんも、初めは家を博物館化することに反対していたのだとか。



「親を説得するために、開設の費用はすべてアルバイトで稼いで自分で出しました。まず築100年以上経って傾いている家そのものを1000万円かけてリフォームし、次にミュージアムを開くための改装費に500万円をかけました。もう、節約節約ですよ。交通費を浮かすために自転車で通勤し、外食はもちろん、喉が渇いてもジュース一本買えなかった。水道水をボトルにつめて持ち歩いていました。それでも足りずに途中、いとこのおばさんから120万円を借りましたが、それもすべて返済しました。そうやって態度で示すことで、両親を説得しました。母に聞いた話では『ああいう、後に残る趣味は、ええもんかもしれんなあ』と、親父も理解をしてくれていたようです」



▲生前の父・豊さん


いい話ですが、いやしかし、フィギュアミュージアムを開くために、アルバイトで1500万円も貯めるって……息をのみますね。


そんなことがあって実際の工事に着手しはじめようとした昨年の5月、まるで自分の部屋を息子に譲るかのように、お父さんは大動脈破裂という病気で、なんと突然死。楯さんは、もっとも苦労して作った想い入れのあるゴジラのプラモデルを、かつてお父さんが使っていた部屋に展示しています。


お父さんが亡くなった一か月後の6月から工事が入り、次に楯さんが越えねばならなかった難関が“猛暑”。陳列の作業は真夏と重なってしまいましたが、工事中のため、まだエアコンを設置することができなかったのです。



「ひとりで棚をすべて組み立てて、箱から出したフィギュアを並べ、人生の中で一番がんばった時期でした。親父が命に代えて譲ってくれた部屋なので、手を抜いてはいけないと思いました。とはいえ暑くて暑くて、熱中症のようにふらふらになりながら作業をしていました」



▲Googleストリートビューで検索すると、現在も工事の様子が残っている



▲扇風機一台が唯一の拠り所だった真夏の作業



▲陳列ケースはすべて自分で組み立てた



▲混乱を極める開館準備期間


暑さにうだり、朦朧とした状態にあって、杖のように頼りになったのは、ほかでもない、掛け持ちしたアルバイトで得た技術だったのだそう。



「細かいところまで目を配るのはベッドメイキングのバイトが、ディスプレイにはスーパーマーケットでの商品陳列のバイトが役に立ちました。バイトをやっていてよかった。人生に無駄はないですね」


▲ディスプレイにはスーパーマーケットでの商品陳列のバイト経験が役に立ったという


缶ジュース一本買うことすら我慢をし、父の死を乗り越えてやっとこぎつけたフィギュアミュージアムの完成。楯さんはお客さんゼロの日でも必ず掃除をし、清潔さを保っています。


そしてここまでの決して平坦ではなかった道のりを、豚のオリジナルキャラクター『プ~ちゃん』とのドラマとして、Webサイトにて連載をしています。のれんに描かれた豚のキャラクターは、楯さんのもうひとりの姿だったのですね。



▲運がよければ楯さんがあみだしたオリジナルキャラ『プ~ちゃん」に会えるかも。「プ~ちゃんの中には、どなたが入っているのですか?」と尋ねたが「中の人などいません」なのだとか



▲「たてくんミュージアム!」のWebサイトでは、ミュージアム開設までの道のりを描いた楯さん作画による連載漫画が読める。お地蔵さんは楯家の中庭で本当に鎮座している


取材後日、楯さんから、このようなメールをいただきました。


「現在、並べているフィギュアはTVでみた偉大な漫画家の方のキャラクターばかりですが、フィギュアミュージアムなだけに、いつか将来、たてくんミュージアム!のマスコットキャラクター『プ~ちゃん』のフィギュアを生み出し、並べることが、僕の『夢』です。絶対叶うと信じて頑張ります!」


「フィギュアミュージアムを開く」という大きな夢を自力でかなえた楯さんの次なる目標は、自分自身が生みだしたキャラクター『プ~ちゃん』のフィギュアをそこに並べること。


ひとつのフィギュアを手づくりして置くだけなら、その願望はたちまち実現するかもしれません。
しかし楯さんが言う「並べる」は文字通り、名だたるフィギュアに並んでしかるべしポピュラリティを得るという意味が多大に含まれているのでしょう。


新たな夢に向かって、今日もアルバイトをしながらクリエティブの海へと漕ぎ出す楯さん。
大好きな「けいおん!」ではメンバーが卒業してゆきましたが、楯さんのフィギュア道に終わりはなさそうです。


平安時代から職人が集まる、ものづくりの街、西陣。
この西陣に、現代の技巧の粋を集めたフィギュアのミュージアムができたこと、新しいものを生もうとしている人がいることは、決して偶然ではないように思えました。



名称●たてくんミュージアム!
住所●京都市上京区今出川通小川西入飛鳥井町273
電話●075-414-6143
予約専用電話●075-431-4871(12:00~14:00)
*予約なしでご入場いただけます。
*スペースの都合上、約10名で人数制限いたします。
その場合、予約された方のご入場を優先させていただきます。
開館●10:00~20:00(入館 19:00まで)
入館料●大人(中学生以上)¥600
小人(小学生以下)¥300
身障者割引 ¥500 (手帳をご呈示ください。)
休館日●不定休 要確認
URL●http://tatekunmuseum.com/




(吉村智樹)