目撃すると幸せに? 宝塚ファッションでラーメン屋さんのチラシを配る男装の麗人がいた!
▲宝塚風メイクでキメた謎の麗人。その正体は?
こんにちは。
関西ローカル番組を手がける放送作家の吉村智樹です。
こちらでは毎週、僕が住む京都から耳寄りな情報をお伝えしており、今回が30回目のお届けとなります。
さて「幸せになれる都市伝説」って、ありますよね。
たとえば「ドクター・イエロー(新幹線の軌道を検査するための事業用車両)を見ると幸せになれる」や「ブルームーン(青く見える満月)を見ると幸せになれる」などなど。
めったに出会えないものは、そういったハッピー都市伝説を生みだします。
実は京都にも2年ほど前から「宝塚ファッションと宝塚メイクでラーメン屋さんのチラシを配っている人がいる」という噂が、まことしやかに語られ始めました。
なぜ、京都で宝塚ファッション?
なぜ、ラーメン屋さんで宝塚ファッション?
しかもロードサイドに限らず、バスや電車内での目撃情報まであったのです。
宝塚ファッションで公共の交通機関を利用しているの?
もう“謎しかない”という、UMAの世界。
決まった場所には現れず、発見される時間もまちまち。
あまりに神出鬼没なために、いつしか「見ると幸せになれる」という噂まで経ちだしたのです。
僕も「いつか眼福にあずかりたい」と常々願い、悩ましき日々を送っていました。
しかし、運がないというか縁がないというか、これまでまったく出会えなかったんです。
しまいに、その噂自体を疑うほどに。
ところがある日、いるではありませんか、北大路の歩道でチラシを配布している男装の麗人が。
▲いた!
▲間違いない。きっとこの人だ
▲見目麗しい立ち姿
遂に遭遇!
やっぱり実在したんだ!
僕は勇気を出して声をかけ、件のラーメン屋さんでお話をうかがうことにしました。
いったいなにゆえに、なにがどうして、こうなっているのかと。
この人の名は、月城(つきしろ)すみれさんといいます。
▲日頃は宝塚ファッションでラーメン店「塩見家とんとん」のチラシを配布している月城(つきしろ)すみれさん
――失礼な質問ですが、性別をお教えいただけますか。
月城
「はい。男です」
――男性ですか。つまり“男装の男性”だったのですね。
月城すみれさん(年齢非公開)は兵庫県有馬のご出身。
お母様のご実家が京都の山科だったことを縁に、現在は京都を拠点とされています。
本業は「営業マン」。
ビルメンテナンスや飲食店、農園や青果店など多角経営している会社におつとめで、ラーメン屋さんのチラシ配布も、この会社の仕事の一環。
2014年の夏に下鴨にオープンした「塩見家とんとん」では屋外での宣伝活動のほか、経理も担当されています。
▲「塩見家とんとん」では屋外での宣伝活動のほか、経理も担当されている
▲店長の塩見聡朗さんと
街頭での配布は、だいたい週に5、6日。
つまり一週間のほとんどをこの男装で過ごされています。
配布時間はまちまちで、朝早くから出没する日もあれば、お昼から夜遅くまでの場合も。
チラシの配布エリアは、北は岩倉、南は四条烏丸までアトランダム。
市バス車内での目撃例が多いのは、このエリア内をバスで移動しているからなのです。
さらに自宅でメイクされるため、電車での通勤も帰路も、このいでたちのまま。
ときどきTwitterで「電車の同じシートに宝塚の男役みたいな人が座ってた!」というツイートを見受けるのも、このためなんです。
▲営業時間中は屋外でのチラシ配布が主な仕事なのでお店にはいらっしゃいません。ご注意
――では、なぜ宝塚ファッションとメイクで男装されるようになったのですか?
月城
「そうですねえ……反動というか」
――反動?
月城
「ずっと勉強ばかりしてきたんです。私は神戸大学の理学部物理学科を卒業し、京都大学大学院の人間環境学研究科で糖尿病のデータ解析をやっていました。モラトリアムの時代が長かったんです。ずっと研究室で学ぶ生活で、不満はないけれど満足もない、という日々を送っていました。大学院ですごい人たちに出会いすぎて自分には太刀打ちできないと感じていましたし、『私は将来どうしたらいいんだろう。このままアカデミックな道に進んでいっていいのだろうか』とずっと悩んでいたんです」
――京都大学の大学院に進まれていたんですか!
月城
「はい。男装を始めたのは5年前からです。研究室と自宅を往復する悶々とした暮らしをしていて、『このままではなんのプラスにもならない。状況を変えるために、これまでの自分とはまったく違うことをやってみよう』と思い、木屋町にある、コスプレや女装をしているお店に飛び込みました。そしてその後、祇園のショーパブなどへ遊びに連れて行っていただいたりしました。普段はまず行かないお店へ行ったり、普段はやったことがないことをやることで、なにか新しい発見があるのではないかと思ったんです」
――大学院在学中にショーパブへ、ですか。えらい急展開ですね。それまでメイクやコスプレをする経験というのはおありだったのですか?
月城
「まったくなかったです。せいぜい日焼け止めを塗る程度でした。ショータイムなんて出演するのはもちろん観た経験すらなかったです。ただ、メイクをしてみて、自分でも意外なほど抵抗感がなかったんです。心地よいというか、それはまさに自分自身の“新しい発見”でした」
――宝塚歌劇風な男装の麗人に扮するようになったのはどうしてですか?
月城
「お店のママが、メイクをした私を見て『あんた、宝塚の男役みたいやな』と言ったのです。そして他の方からも『男役のままバーテンダーをやってみたら?』とも(バーテンダー時代に現在の会社のオーナーと知り合った)。だったら極めてみようかなと。とはいえ宝塚ってそれまで一回も観たことがなかったし、何組があるかも知らない状態でした。それで西梅田にある、月組OGの美宙果恋(みそらかれん)さんが営まれているカフェバーへ、メイクや衣装の着こなし方などを教わりに行ったんです。ものすごくダメ出しを受けて、目からうろこ。『あー、こうしたらいいんか』の連続で、それが私の第一次革命でした。それ以降、もっと勉強したいと思って他のOGの方々を訪ねたり。本物の宝塚の舞台を観に行くようになったのも、これがきっかけですね」
実は月城すみれさんは、京都にとどまらず、兵庫県の宝塚大劇場周辺でも頻繁に目撃されています。
なんと、このメイク、この衣装のままで可能な限り公演ごとに劇場へ通い、お茶会などイベントにも参加していらっしゃるのです。
この頃は現役ジェンヌにも顔をおぼえられ、挨拶を交わすこともあるのだとか。
▲花組ふうなポーズ
▲この姿で公演も鑑賞する
――実際に宝塚歌劇をご覧になって、どのような感想をもたれましたか?
月城
「初めて観たのは月組の『エドワード8世』でした。実は観る前に心に決めていたことがあったんです。それは『宝塚の世界がもし自分に合わなかったら、メイクもファッションも今後はやめよう』と。そして観終わったら……その迫力にすっかり魅了されました。なにより男役の方の後ろ姿の凛々しさに感動しました。『ああ、ここまでかっこよくなれるんや』って。それから宝塚にハマりましたね」
――宝塚風のメイクをするようになってから宝塚歌劇にハマるというのは、逆走というか、きわめてユニークな導入ですね。メイクやリーゼントにはどれくらい時間がかかりますか?
月城
「2時間はかかります。髪は石鹸でがっしがしに洗ってから『VO5』ヘアスプレイをふって、『ダンネットL』という専用器具をあてながらドライヤーで乾かし、ジェルで抑えます」
▲「VO5」とジェルで髪はカッチカチに
▲リーゼント専用器具「ダンネットL」(そんなのあるんだ)通称”男役ネット”でリーゼントを屹立させる
――リーゼントの専用器具があるとは知りませんでした。そしてメイクももちろん、お衣装がキマッてますね。どちらでお買い求めになるのですか?
月城
「いえ、実はこれ、手作りなんです」
――て、手作りですか!?
月城
「はい。ラインストーンをひとつひとつピンセットで。ラインストーンの数ですか? ズボンだけで1000個、燕尾服のほうには1600は打ち込んでいると思います。これが色違いで3ポーズあります」
▲衣装はラインストーンひとつひとつを手で射ち込んだ労作
▲色違いで3ポーズの衣装がある
――そんなに手間がかかっていたのですか。それにしても、宝塚スタイルで日中に外にいるというのは、どのような気持ちなのでしょうか。
月城
「チラシを配布し始めて2年ちょい。最初は正直、この格好で外に出るのは怖かったですよ。皆さん遠慮なしにじーーと見てきますしね。修学旅行生から囲まれることもあります。ただ、もう委縮することはなくなりましたね。ほぼ毎日この格好ですからもはや変身願望ではなく、僕にとって日常ですし。表現形態と生活が密着していて、ひとつのキャラクターになっているなと客観的に思います」
――屋外で活動をしていらっしゃると、人の目もそうですが、気候の変化もたいへんでしょうね。特に京都は寒さも熱さも厳しいですから。どの季節がつらいですか?
月城
「やっぱり真冬ですね。燕尾服って寒いんですよ。京都は気温がマイナスにまでさがりますし」
――夏はどうですか? 汗でメイクが落ちるのではないですか?
月城
「夏は夏でしんどいですが、メイクは落ちないんです。実はこのメイクはドーランで、ファンデーションではないんです。四層塗っているんで汗は出ません。ただ毛穴がドーランで覆われているので、汗が出ないのは出ないなりに、つらいですね」
――忙しい時期ってあるのですか?
月城
「それはやっぱり4月です。大学の新入生にチラシを配るために、早朝から大学周辺に出かけています。塩見家とんとんは2階がお座敷になっていて、メニューも豊富ですので、新歓コンパなどに使っていただきたいので」
――では最後に、いつもチラシで宣伝していらっしゃる『塩見家とんとん』の人気商品をお教えください。
月城
「では『とんとんラーメン』(930円 税込み)をお勧めします。このとんとんラーメンは鶏、豚骨、魚介の“トリプルスープ”に、レアチャーシュー、厚切りチャーシュー、角切りチャーシューの“トリプルチャーシュー”がトッピングされた、一杯で3つの味が楽しめるラーメンです」
▲「レアチャーシュー」をはじめ3種類のチャーシューがトッピングされたトリプルスリーなお味の『とんとんラーメン』(930円 税込み)
月城
「昨年の夏に店長が『よそにはないオリジナルなラーメンが作りたい』という想いから試行錯誤して生み出した渾身の力作で、麺もこのとんとんラーメンのために打った特製なんです。あと、ネギも大原や八幡の自社農園から直送したもので、とっても新鮮なんです。シャキシャキで甘みがあり、スープや麺とよく合います」
――本日はどうもありがとうございました。お身体に気をつけて、頑張ってください。
話を訊き終えると、月城すみれさんは再びバスに揺られ、別の配布場所へと向かいました。
なんでも新入生を迎える春はキャンパス周辺をめぐるため、出没場所が広がるとのこと。
月城さんに出会えるチャンスも増えますね、すみれの花が咲く頃に。
そして目撃すれば幸せになれるのか、信じるか信じないかは、あなた次第。
名称●塩見家とんとん
住所●京都市左京区下鴨東本町28-9
TEL● 075-744-1332
営業●平日11:00~14:30 17:30~22:30
土日祝 11:00~22:30
定休日●木曜
URL●http://www.403tonton.com/
(吉村智樹)