十代目が起こした革命。60作品以上もの「アニメのお酒」を生みだした「白糸酒造」

2017/3/6 10:20 吉村智樹 吉村智樹





▲250年の歴史を誇る蔵元「白糸酒造」が2013年に発売した『最低野郎』(ボトムズ)。これは『装甲騎兵ボトムズ』をモチーフとした日本酒。これがスマッシュヒットとなり、老舗の酒蔵は劇的に変革することとなるのです
©サンライズ



「これまで取り扱ってきたアニメは、およそ60作品。現在入手可能なのは約30作品で、アイテム数は300を超えているでしょうか。もう数えきれないくらいありますね」


取締役の宮崎美帆さんは、こうおっしゃいます。
おっとこれ、アニメグッズではなく、日本酒のお話なのです。


こんにちは。
関西ローカル番組を手がける放送作家の吉村智樹です。
こちらでは毎週、僕が住む京都から耳寄りな情報をお伝えしており、今回が29回目のお届けとなります。


さて、京都といえば「酒どころ」
たくさんの老舗の酒蔵があります。


いいお酒は枚挙にいとまがありませんが、2013年発売以来、とりわけ人気なのが白糸酒造の『最低野郎』


『最低野郎』と書いて「ボトムズ」と読みます。
実はこの最低野郎という名のお酒は、1983年に放送を開始し、いまだ根強いファンを持つアニメ『装甲騎兵ボトムズ』をモチーフにしているのです
2013年の発売当時、「前年から4000万円も売り上げをアップさせた驚異のアニメコラボ日本酒」と話題となったので、ご存知の方は多いと思います。

そしてこの「最低野郎」を生んだ白糸酒造は、実はアニメとのコラボ商品はこれだけではなく、なんと販売しているお酒のほとんどがアニメ関連なのです


日本で唯一、アニメとがっつり盃を汲み交わした酒造会社、白糸酒造
いったいどんなところなのでしょう。
僕は訪ねてみることにしました。


訪れたのは二条城のすぐ近く。
その建物は、しっとりと歴史が刻まれた、重厚なたたずまいの町家でした。





アニメを思わせるようなものは、外観にはなにひとつありません
本当にここで合っているのかな?


おそるおそる、扉を開けると……。


ほお……。


一見、老舗らしいおもむきと格式をたたえた和室。
ところが並んでいるのは、最低野郎をはじめ、ベルセルク、ヘタリア、ダンガンロンパ、有頂天家族、宇宙兄弟、黒子のバスケ、新世紀GPXサイバーフォーミュラ、大逆転裁判 -成歩堂龍ノ介の冒險などなどアニメ作品のラベルやこも樽のお酒がズラリ。



▲白糸酒造の名を全国に知らしめたアニメのお酒第一弾『最低野郎(ボトムス)』
©サンライズ



▲ベルセルク
©三浦建太郎(スタジオ我画)・白泉社/「ベルセルク製作委員会」


▲ヘタリア
©2015 日丸屋秀和・幻冬舎コミックス/ヘタリア製作委員会



▲黒子のバスケ
© 藤巻忠俊/集英社・黒子のバスケ製作委員会



▲おそ松さんの金平糖と落雁セット。白糸酒造はお酒だけではなくお菓子も販売している
©赤塚不二夫/おそ松さん製作委員会


「白糸酒造株式会社」は250年前の明和4年(1767年)に、日本三景のひとつ「天橋立」で知られる現在の京都府宮津市で創業した老舗の酒蔵です。
酒米の栽培から自社で行う一貫体制のもとで起業し、現在も天橋立で、すっきりさっぱりした辛口の清酒を醸し続けています。
風情豊かな日本家屋にアニメラベルのお酒がずらり並ぶ、おそらく日本でもっともユニークなこちらの酒屋さんは、酒蔵直送のアンテナショップだったのです


この方が白糸酒造の取締役、宮崎美帆さん(40)。



▲白糸酒造の十代目、取締役の宮崎美帆さん


宮崎さんは白糸酒造の十代目
「天橋立本店・京都二条城支店企画営業本部長兼取締役」という長い長~い肩書を一手に担い、とにかくなんでも自分で動くパワフルなハイパーキャリアウーマン。
そして十代目にして、白糸酒造の日本酒を一気にアニメに寄せた大改革者であります


この日も、3月12日(日)まで嵐電主要駅と東映太秦映画村で開催されている『刀剣乱舞 -ONLINE- ~京の軌跡 スタンプラリー弐~』で販売するお酒の出荷作業で大わらわ。
十代目である宮崎さん自ら、女性スタッフたちともにラベルを手貼りします。



▲『刀剣乱舞』のスパークリング果実酒
©2015-2016 DMM GAMES/Nitroplus



▲取締役自ら女性スタッフたちと、イベントで販売するお酒のラベルをスティック糊で手貼り


そんな宮崎さん、お声もプロの声優さんさながらにリリカルで、耳にとても心地いい。
さすがアニメのお酒を生み出してきた方だと感心しました。


では、250年もの永い歴史を擁する老舗の酒蔵が、いったいどういういきさつでアニメ一色になったのか、おうかがいしてみましょう。


――宮崎さんがアニメに触れたきっかけは?


宮崎
「母が言うには、2歳の頃から熱心に観ていたそうです。動く絵に夢中だったようで、それは現在もまったく変わらないですね」


――2歳からとは筋金入りですね。では、初めに好きになった作品は?


宮崎
「いやぁ、ありすぎて、とても選べないです。幼い頃に好きでよく観ていたのは『週刊少年ジャンプ』で連載されていた作品が多かったです。ドラゴンボール 北斗の拳、シティーハンター、聖闘士星矢、幽☆遊☆白書……などなど。うちは母親が厳しくて漫画雑誌やコミックスを買ってもらえなかったんです。なのでアニメ化された作品をテレビで観るという習慣でした」


――少年漫画のアニメ化作品がお好きだったんですね。


宮崎
「少年たちが苦しんで成長し大人になっていく過程を描いた作品に感動したんです。少年ジャンプ掲載作品以外なら、機動戦士ガンダムもそういう少年時代を描いた物語が好きで、ガンダムをきっかけに日本サンライズ(現在のサンライズ)の作品群に影響を受けました。アニメを観るときに制作会社を意識するようになったのもサンライズが第一歩ですね」



▲機動戦士ガンダムでギレン・ザビを演じた銀河万丈さんのサイン


――白糸酒造が全国に名をはせる転機となった『装甲騎兵ボトムズ』のお酒「最低野郎(ボトムズ)」も日本サンライズが製作したアニメですね。


宮崎
「少年の精神を描くという点で一貫しているのかな。サンライズの作品はずっと好きなんですよ」


――そこまでアニメがお好きでいらして、ご自身がアニメのクリエイターになるという考えはおありではなかったですか?


宮崎
「高校を出て、アニメの制作会社で下描きをしたり、声優の事務所に入ったこともあったんです。でも、自分が現場にいると『あれ? なんか違う……』という気がしたんですよ。アニメを好きでいつづけるためには、自分が作品づくりに関わるべきではないのかなって。いまでもアニメ熱が冷めないのは、純粋にファンという立場で観ているからだと思います」


――それはとてもよくわかります。憧れの存在には近づきすぎてはいけないのかもしれませんね。


高校を出た宮崎さんは、兵庫県の園田学園女子大学に進学し、在学中にアニメの現場を体験しました。
そして卒業後は大学教授の助手を経て、天橋立へ帰郷。
地元神社で巫女さんとなるのです。


――アニメに夢中だった宮崎さんが酒造会社をお継ぎになられたのは、先代の勧めですか?


宮崎
「いえ、九代目は私の母なんですが、母も父も、私に継がせようとは考えていませんでした。それどころか会社を終おうとしていたんです


――ええ! なぜ?


宮崎
「酒造りは重労働ですし、女性が酒屋をやるつらさを母は知っていたので、自分の代で歴史を閉じるべきだと考えていたようです。私もそれまでまったく継ごうという意思がなかったのですが、30歳の頃にそれを聞いて驚いてしまって。『だめだよ閉じちゃ。それはまずいよ!』って自然に口から言葉が出ていました。私もしばしば会社を手伝っていて、配達についていったり、お得意さんまわりをするのがとても楽しかったんです。その楽しかった記憶が蘇ってきて、自分が継がねばならないという気持ちが湧きあがってきました


――廃業をお考えだった先代のお母様は、継ぎたいと申し出た宮崎さんに、なんとおっしゃいましたか?


宮崎
大反対でした。『やるべきではない。勝算もないのに継がせない。これまでにない自分ならではのエッセンスを加えて勝てるものがないのなら継ぐことは許さない』と。母親ではあるけれど事業家なので、なんのプランもないまま私が継ぐと倒産してしまう危険性を感じたのではないでしょうか。それで、私にできることってなんだろう、私が地元や会社に貢献できることってなんだろうと考えたとき、好きなアニメと日本酒のコラボがひらめいたんです。そうして、ひとりでサンライズさんにお願いにあがり、2013年に『最低野郎(ボトムズ)』が生まれました。前例がなかったので、がむしゃらでやりましたね」


――なんと、大ヒットした「最低野郎」は、まだ宮崎さんが白糸酒造をお継ぎになっていらっしゃらない時期に誕生したんですか! 宮崎さんもすごいし、それをさせた先代のお母様も懐が深いですね。



▲宮崎さんの「サンライズ愛」が結実して誕生した清酒『最低野郎(ボトムズ)』


「アニメで地域貢献」
宮崎さんにとって、実はそれは初めてのことではありませんでした。
お父さんは観光協会の会長をやっており、いい景観があるにも関わらず若年層の観光客が少ないことに思い悩んでいたのです。
そんなさなかの2010年、苦しんでいたお父さんに宮崎さんは「国定公園でのコスプレイベント」を提案します。


しかし往時は現在ほどコスプレに対する地域の理解がなく、宮崎さんは一軒一軒、地元のお宅を訪問し、説明に力を尽くしたのだそう。
とてもしんどい日々だったそうですが、コスプレイベントは全国から800名を集客し、大成功



▲宮崎さんはアニメによる地域貢献を考え、京都の名所でコスプレイベントを開催している


さらに京都の日本海側を走る北近畿タンゴ鉄道(現:京都丹後鉄道)を自分たちの手でセルフラッピングし、「けいおん!」や「宇宙戦艦ヤマト2199」などの作品で痛車ならぬ“痛電”化して利用客数を増加させるなど、アニメというコンテンツが町おこしの原動力になる手ごたえを感じていました。


――しかしながら、いきなりアニメと日本酒のコラボとは、さすがに突拍子ないという気がします。


宮崎
「実は白糸酒造は代々、それぞれが挑戦をしてきているんです。祖父が特に変わった人で、『日本酒と観光は切っても切れない関係だ。観光面にも力を入れないと地酒は成り立たない』と言って、酒造会社なのに丹後海陸交通(丹後半島周辺地域で路線バス・船舶・ケーブルカーおよびリフトを運営)という交通会社を起ち上げ、フランスからリフトを取り寄せたり、ホテルを建てたりしていたんですよ。そういう冒険する社風があったので、止められることはなかったです」


――とはいえ気になるのはお母様の反応ですが……。


宮崎
「メカニックデザイナーの*大河原邦男(おおかわらくにお)さんの作品展で、ボトムズや『蒼き流星SPTレイズナー』とのコラボ商品を販売させていただいたんですが、そのとき母が大河原さんに私を『後継者の美帆です。よろしくお願いします』と紹介してくれたんです。初めてだったですよ、後継者と言ってくれたのは。それまで『娘の美帆です』としか言ってくれなかったのに。ああ、やっと認めてくれたんだなぁと……。あの時は、うるうるきましたね」


*大河原邦男……アニメーション作品における日本最初の専門メカニックデザイナー。『機動戦士ガンダム』に登場するモビルスーツのデザインで知られる。『装甲騎兵ボトムズ』に登場するAT(アーマードトルーパー)は自信作だと答えているのだそう。


――うぅ、いいお話ですね。白糸酒造のお酒を燗でいただきながらしみじみ聞きたいエピソードです。今後の展開はどのようにお考えですか?


宮崎
「これからもアニメ商品をたくさん作っていきたいです。でも、お客様が『白糸のお酒だから買う』っていうふうにならないといけないですよね。うちはスタッフも杜氏も若いですし、アニメとお酒、ともに新しいことをやっていけそうだと考えています」



▲吉松孝博氏がラベルを描き下ろししたブリード加賀のスパークリングワイン
©サンライズ


▲「勇者王ガオガイガー」に登場するGGG機動部隊所属の救助支援型ロボット「超竜神」の「氷竜」と「炎竜」の2種を、白糸酒造の若き杜氏が味で表現した。アニメ世代の杜氏だからこそなせる技。米たにヨシトモ監督描きおろし題字の特別仕様ラベル
©サンライズ



宮崎さんはアニメのお酒と併行し、アニメに特化した社団法人「GO-TAN!」を発起。
原画展、声優さんやクリエイターの講演会、コスプレイベント、痛車とのコラボレーションイベント、ラッピング電車などなど、アニメによる地域貢献に精力的に挑んでいます。



▲攻殻機動隊と、天橋立を望む日本海の幸である蟹(甲殻類)をラベルにミックスしたその名も「甲殻機動隊」
©士郎正宗/講談社
©1995士郎正宗/講談社・バンダイビジュアル・MANGA ENTERTAINMENT
©2004 士郎正宗/講談社・IG, ITNDDTD
©士郎正宗・Production I.G/講談社・攻殻機動隊製作委員会


お酒造りも、若い杜氏とともに作品世界を表現した味も追及。
まさにアニメに酔心し、アニメとともに陽が昇る日々を生きていらっしゃるのです。


アニメに特化したBarなら、街のあちこちに誕生しています。
そして日本酒もいまやここまでアニメと仲良くなってきているのですから、夜な夜な最低野郎たちが集い、カウンター越しに大将や女将と話を弾ませる「アニメ割烹」や「アニメ小料理」のお店が、いつか京都にできてほしいなと考えました。



▲白糸酒造のスタッフたちも宮崎さん主催のイベントに参加していた現役コスプレイヤーなのだ


名称●白糸酒造 京都二条城支店
住所●京都府京都市中京区御池黒門上ル織物屋町210-1
電話●非公開
営業日●火曜日~日曜日
営業時間●14:00~19:00
定休日● 月曜日・水曜日
URL●http://sake-shiraito.com/




(吉村智樹)