京都の新名物? 和菓子と洋食が合体した「あんこカツ」を食べてきた!
▲和と洋の究極のコラボキュイジーヌ。いったいどんな料理が登場するのでしょう
こんにちは。
関西ローカル番組を手がける放送作家の吉村智樹です。
こちらでは毎週、僕が住む京都から耳寄りな情報をお伝えしており、今回が28回目のお届けとなります。
さぁ、今週から3月。
厳しい寒さがやっとやわらぎ、京都の和菓子店に春色のお菓子が並び始めました。
“あんこもの”のおいしさとデザインの愛らしさでは他県の追随を許さない京都。
京あんこが織りなす創意と工夫、バリエーションの豊かさには、感嘆のためいきをつかされます。
そして、あんこを使うのは和菓子店だけとは限りません。
京都のとある飲食店では、甘いあんこを“料理の素材”として用いているのです。
しかもそれは和食ですらないのだとか。
料理に、あんこ?
それはいったい、どんなメニューなのでしょう。
ていうか……うまいんすか? それ。
“あん”ずるより、まず行動。
わたくし、さっそく“あんこ料理”のあるお店へ行ってまいりました。
たどり着いたお店は山科(やましな)の住宅地のなかにあり、静穏な造り。
▲閑静な住宅街にあるお食事処「和」(なごみ)
一見、とびきりユニークなあんこ料理がある店だとは思えない構えです。
この方がお食事処「和」(なごみ)のオーナー料理人、田村公亮さん(たむら・きみあき)(43歳)。
▲お食事処「和」のご主人、田村公亮(たむら・きみあき)さん
この山科で生まれ、30歳で出身地にこの「和」(なごみ)を開きました。
お店の様子は、いなせで小粋な割烹料理店といった雰囲気。
カウンターがあり、畳敷きの小上りがあり、テーブル席があり。
旬を採り入れた手料理に舌鼓を打ちつつ、うまい地酒と、店主との会話を楽しみ……たまりませんね。
そんな品のよい室内でもうひとつ目を引くのが、他の和食の店ではまずお目にかかれない、天上から吊り下がったいくつもの恐竜の造形作品。
▲和風な造りの店に恐竜のオブジェが
いにしえの古都を通り越して、いにしえのジュラ紀にまで想いを馳せることができます。
恐竜が大好きだという田村さんのお子さんのために博物館から譲ってもらったという貴重なオブジェで、家族経営ならではのアットホームさと、枠にとらわれない柔軟な姿勢が感じられます。
さて、メニューを開くと……おお、これだ。
「あんこカツ」(単品1450円 定食1600円 税込み)
▲チーズカツより上にある「あんこカツ定食」。隣のページの「あんこと漬物のパスタ」も気になる
これに違いない。
この「あんこカツ」って、どのようなお料理ですか?
田村
「豚肉と豚肉のあいだあんこをはさみ、パン粉をつけて油で揚げた、当店のオリジナルメニューです」
豚肉の間に、あんこを……なぜ……。
訊きたいことは鬼のようにあります。
が、まず「あんこカツ」はさることながら、割烹料理店然とした雰囲気のお店に洋食メニューがあること自体が意外だったのですが。
田村
「実は和食の世界に入るまで、洋食の世界でシェフをやっていたんです。高校時代、『料理の鉄人』というテレビ番組が好きで、この番組に登場する洋食の料理人たちに憧れたのがきっかけです。専門用語でフランベっていうんですけれど、料理にアルコールをかけて火をつけ、『ぼっ』と燃えるのがかっこよかったんです」
料理人のスタートは洋食だったのですか。
これは合点がいきました。
そうして田村さんは高校時代からレストランでアルバイトをはじめ、十代で早くもハンバーグなどひと通り洋食が作れるようになっていたのだそう。
洋食のシェフをつとめ、技術を体得した田村さんは、料理の世界を広げたいと思い、次は和の世界へと飛び込みます。
そこは、ふぐやすっぽんもさばく、祇園で名の通ったお店でした。
ただ……。
田村
「和食の世界は厳しかった……。縦社会で、座ることすら許されなかった。かろうじて掃除の時間だけ、こっそり座れたんです」
厳しい板場の修業を経て、板前として技に磨きをかけた田村さんは、ついに独立。
30代でこの「和(なごみ)」の暖簾を掲げることになりました。
自分の城をオープンするにあたり、田村さんには、ひとつの指針がありました。
それは洋食と和食、ふたつの料理界で腕を鍛えた職人だからこそたどり着いた境地。
田村
「僕は子供が好きで、気軽にお子さんを連れてこれる、家族で楽しめる店をやりたかったんです。京都の和食って値段も敷居も高く、大衆店がない。子供を連れて行ったら嫌われる場合が多いんですよ。でも僕はもっと低価格で、ファミリーがおいしいものを食べられるお店がやりたかった。小さなお子さんが大人になったらまた来てほしいですし。なので和食というカテゴリーそのものをはずし、“お食事処”と銘打ったんです。幸い僕は洋食も和食も学んできたので、ビーフシチューも作れるし、とんかつならソースから自分でやれる。『ここに来たら、とにかくおいしいものが食べられる』。そんな店にしたかったんですね」
なるほど。
和食でも洋食でもない、家族で楽しめる“お食事処”。
店名である「和」は、人と人とをつなぐ「和」であり、洋食と和食の“和”合を指していたのですね。
▲「ファミリーで楽しめる大衆店にしたい」という想いから、京都の小料理店にある独特な敷居の高さを完全に取っ払っている
ならば、洋食であるとんかつに、和素材であるあんこがはさまっていても、不思議ではないですよね。
……って、いえいえ、やっぱり不思議です!
「それ、ヘンなんじゃないか?」という気持ちがどーしても拭い去れません。
いったいなぜ、いったいなぜ、いったいなぜ、とんかつにあんこを?
田村
「もともとは裏メニューだったんです。お客さんに驚いてほしくて、なにかないかなって、考えていたんですよ。そして、ふと思い出したんです。和食の料理人として修業をしていた頃、先輩が競馬が好きで、特に『アンカツ』こと安藤勝己騎手(あんどうかつみ/現競馬評論家)のファンだったんです。僕はいつも馬券を買いに行かされていたのですが、そのときよく『アンカツ買ってこい』って言われていたんです。そしてその記憶が、僕がずっと思っていた“京都=和菓子=あんこ”というイメージとリンクして、アンカツ……あんカツ……『あんこカツだ!』って(笑)。それで、とんかつとあんこの組み合わせを思いついたんです」
あんこカツのルーツは、競馬の騎手だったんですか!
豚肉料理の発想の原点が、まさかウマだったとは。
こうして安藤勝己騎手の愛称と京都の和菓子から着想した裏メニュー「あんこカツ」は、お子さんやお年寄りをはじめ次第に「おいしい」と評判となり、お店のG1ともいえる表メニューに昇格しました。
ではさっそく、あんこカツ、ひと皿オーダーさせていただきましょう。
よろしくお願いします。
田村
「わかりました。豚肉はロースを使います。そして、そこに自家製のあんこを乗せます」
▲豚肉をまな板に敷いて、あんこを手に。やっぱりシュールな光景
▲豚ロースにあんこを乗せる。そ、想像以上にあんこの量が多い……(冷や汗)
あんこは京都丹波産の高級小豆を使った粒あん。
これを豚肉の上にオン。
おお、あんこがけっこう、てんこ盛りですね。
思っていた以上にボリューミーです。
こんなにたくさんのあんこ、豚肉とマッチするんだろうか……正直不安。
おや、使っているあんこが、水分が少なく、硬めですね。
田村
「最初は市販のあんこを使ったんです。でも甘すぎたり水分が多すぎて破裂して危険だったり。なので試行錯誤しながら豚肉に合うあんこを自分で炊きました」
ええ!
ということは、ここにあるあんこは「とんかつ用に作られたあんこ」なのですか。
▲水分が少なく、高級小豆がみっちり詰まった「とんかつ用のあんこ」。このあんこそのものがめちゃめちゃおいしい
単なるあんこ入りとんかつではなく、あんこそのものに改良がくわえられているんですね。
まさにオリジナルメニュー。
▲あんこがはみ出ると破裂の危険性があるため、豚肉でがっちりくるむ
▲パン粉をしっかりまぶし
▲あんこ入りなので、揚げが浅いと冷たく、揚げすぎると爆発する。油のジャストな状態をしっかり見極める
▲あんこに火が通った瞬間を見逃さない田村さん
▲揚がった! スーパーフライ!
▲完成です!
さあ、できました!
断面が……なかなかのディープインパクト……。
▲豚、あんこ、豚、あんこ、豚。究極の「萌え断面」
正直、箸を持つ指が震えます。
そしてここでもうひとつ疑問が。
このあんこカツは、なにをつけて食べるのですか?
とんかつソースは、さすがに合わない気がします。
田村
「和食の料理人時代に僕があみだしたオリジナル調味料『公(きみ)さんのポンドレ』がおすすめです。京都の農家から直接購入した6種類の野菜で仕込んだ手作りポン酢です。調味料や下味づけにも使える万能調味料なんですよ」
▲田村さんが開発した万能調味料『公(きみ)さんのポンドレ』ほか山科なすを使った『公さんの山科ポン酢』や『公さんのあん梅』(以上650円 店内購入なら税込み)『公さんの青汁で酢』(700円 店内購入なら税込み)など、お好みに合わせて
なんとあんこカツにつける調味料まで独自開発だとは。
小豆のように粒よりなアイデアの数々、頭が下がります(と言いつつ、あんこ&ポン酢で、さらに頭は混乱)。
では、(おそるおそる)いただきます。
お?
おお?
おおお?
おおおお、おいしい!
まず、熱を帯びて「しとっ」としたあんこそのものが絶品です。
そして小豆のほろほろした食感とロースのもっちり、カツころものさくさく感の相性がいい。
さらに万能調味料「ポンドレ」の酸っぱしょっぱさが、ふたつの異なる食材の縁を取り持っています。
これは餡ビリーバブルなお味。
奇特なものを食べているというより、「あんこと豚肉、なぜこんなに合うのに普及していないの?」と疑問がわくほど完成しています。
田村
「僕はいつか“おはぎ”のように、定着すればいいなと思っているんです。おはぎって、不思議じゃないですか。ごはんにあんこですよ? おにぎりにあんこが入っていたら皆いやがるでしょう。でもごはんにあんこを乗せたおはぎは『おはぎはおはぎ』ということで、もう浸透してしまっている。あんパンだって、出始めの頃はおかしいと思われたはず。でもいまやもう暮らしに溶けこんでいます。あんこカツも20年30年経ったら一般化してほしいと考えているんです」
あんこカツの一般化。
田村さんはそんな願いを胸に、「ありそうでないものつくり隊」を旗揚げ。
お店を飛び出し、マルシェや手作り市へ積極的に参加しています。
そしてイベントでは食べやすいスティックタイプの「あんこカツ」(500円 税込み)を提供しているのです。
▲イベントで販売するスティックタイプの「あんこカツ」は小倉あんだけではなく抹茶あんもある。あんこに豚肉を巻きつけてゆく
▲しっかり衣をまとわせ
▲こちらも「ちょうどよく」熱を通す
▲できた! かぶりつくと豚の香ばしさ、あんの甘みがじゅっと沁み出てくる
▲スティックタイプなので串カツ&アメリカンドッグ感覚で(手にしているのは妻の宏子さん)
田村
「B級グルメと呼ばれることに抵抗はないです。むしろ京都にはこれまでB級グルメがなかったので、こんなふうに気軽に食べられるものも京都にあるんだって知ってほしいですね」
洋食と和食でたたきあげられた田村さんの料理人としての総括が、ここにあるように思いました。
A級の職人が揚げるB級グルメ、ぜひ味わってみてください。
名称●お食事処「和」(なごみ)
住所●京都府京都市山科区西野大鳥井町78-3
電話●075-592-8005
営業時間●予約制
URL● http://www.nagomi515.com/
▼取材追記
「あんこカツ」がおいしいのはもちろん、付け合わせの「肉じゃがロングポテト」が驚きの新食感で、とてもデリシャスだったのです。
▲ロングロングロングなつけあわせ。これなんと「肉じゃが」なのです
漉した肉じゃがを、にゅるっと押し出して揚げた棒状のポテト。
一本の長さはなんと20センチを超えます。
▲肉じゃがを押し出し、そのまま油へ流し込む
▲長~い
▲揚げたてはもちろん、ちょい冷めどきにはいっそうもちもち感が増してうまい
食感は、もっちもち。
たとえるなら、じゃがいもでできたポン・デ・リング。
しかも冷めるにしたがい、さらにもちもち感を増してくるのが不思議。
ただのマッシュポテトではなく元が肉じゃがなので、味の深みもあります。
イベント時のあんこカツと並ぶ人気商品。
この新しい味覚を体験しない手はないですよ。
(吉村智樹)