福山雅治にNKOTB、ボン・ジョビまで…仁義なき【バブルラジカセ】の戦い!

2016/12/7 10:30 DJGB DJGB

レベッカは今も、リバティの中に、いますか。

こんばんは、バブル時代研究家のDJGBです。

2016年12月9日(金)~12月27日(火)まで東京・池袋のパルコミュージアムで「大ラジカセ展」が開催されます。4月に大阪で開催され好評を博したイベントが、満を持して東京に巡回です。



1968年、アイワからラジオ付きのカセットレコーダーが発売されたのが「ラジカセ」の元祖。80~90年代にかけ「ラジカセ」は少年少女たちにとって、流行をキャッチするためのマストアイテムでした。

レトロ家電としての「ラジカセ」の魅力が見直されるようになって久しいですが、中でも1988~1992年ごろまでに発売された国産の大型機種は通称バブルラジカセとして、一部で熱狂的な支持を集めています。

今日は「大ラジカセ展」を前に、バブルラジカセ2大メーカー、ソニーとパナソニック(当時は松下電器)の争いを、CMからふりかえりましょう。



■重低音ブームに火をつけたソニー「DoDeCaHORN」

●CFS-DW60「めっぽう重低音」(1986年)4万3800円

通常のスピーカーでは出しにくい重低音を補うため、ラジカセとして初めて「サブウーファー」を搭載したのが、ソニーの「DoDeCaHORN(ドデカホーン)」。ここから、ラジカセの大型化=バブルラジカセ化が始まりました。ちなみに型番のDは「DoDeCaHORN」、Wは「ダブルカセット」を表しています。

同年には、CDが再生できる「DoDeCaHORN CD」も登場。


●CFD-D77「寝た子を起こす重低音」 (1987年)7万6800円

当時ソニーはグループを挙げてCDの普及に取り組んでおり、盛田昭夫会長(当時)のリーダーシップのもと、持てる技術を余すことなくつぎ込み、赤字覚悟でCDプレーヤーを開発していました。その結果、1984年末頃にはLPレコードの10分の1程度だったCDの生産枚数は、1986年には4500万枚を超え、LPレコードを逆転しています。(参考:Sony History)。



■ライバルはコンポだ!パナソニックは「XBS」で対抗

●RX-DT70「重低音がスゴイ、エクストラバスシステム」 (1986年)6万5800円

いっぽうの松下電器(現在のパナソニック)は、「XBS(エクストラバスシステム)」を搭載して重低音を強化。ソニーより少し低めの価格帯で、しかもリモコン付きというおトク感を訴求することでソニーに対抗を始めます。この数年前には2社を中心とした「VHS vs ベータ」のビデオ規格戦争があったことも忘れてはいけません。



■攻めすぎたCMで国際問題寸前に!

●CFD-DW95「太平の眠りを覚ます重低音」 (1987年)8万7800円

「ウォークマンで音楽を聴くサル」に代表されるように、このころソニーのCMはその独特なセンスで日本のみならず世界でも評価されていました。が、タイの涅槃仏像を模したセットを使ったこのCMは「仏教徒の気持ちを侮辱するもの」とタイ大使館から抗議を受け、放送取りやめに。


●CFD-DW93 「恋すると、誰だって、君だった。」(1988年)5万9800円

この年の1月、ソニーはCBSレコードを買収。その傘下にあるコロンビアレコードに所属していたのが、当時売り出し中の5人組アイドル、ニュー・キッズ・オン・ザ・ブロック(NKOTB)でした。CMソングは「Please Don't Go Girl」。ソニーにとってハードとソフトはビジネスの両輪だったのです。


●CFD-900「New kids on the block in DoDeCaHORN」 (1989年) 7万6800円

バブル絶頂の1989年も、「DoDeCaHORN」とNKOTBの勢いは続きます。まだ日本人には耳慣れなかったラップでNKOTBに「ド・ド・ド・ド・ドディカホーン!」と言わせることのできる強い経済バンザイ。大ヒット曲「Step by Step」のリリースは翌1990年です。



■考えるな、感じるんだ! 「コブラトップ」の衝撃

●RX-DT99「コブラトップが牙をむく」 (1990年) 6万4500円

ハード・ソフトの両面で世界戦略を推進するソニーに対し、パナソニックが繰り出しだ秘密兵器、それが「コブラトップ」でした。ラジカセ上部の操作パネルが、リモコン操作でまるでコブラのように立ち上がります。ええ、立ち上がります。何がスゴイのかは考えてはいけません。


●RX-DT909「テクノ・コブラトップ」 (1991年) 6万6000円

翌年には、こちらの操作に音声で応える「テクノ・コブラトップ」を投入。CMに起用された川村かおりも思わずロシア語で「すごい。。。」。このほかにJun Sky Walker(s)を起用したバージョンも制作されました。


●RX-DT75「マジカル・コブラトップ」 (1993年) 6万6000円

パナソニックの進化はとどまることを知りません。1993年には、手をかざすだけで「コブラトップ」が立ち上がるという驚愕のギミックを搭載した機種を投入。CMに起用されたのは、この年ドラマ「ひとつ屋根の下」でブレイクした福山雅治。彼が、のちに「ブラトップ」のCMで人気だった吹石一恵と結ばれたのは、何かの因縁でしょうか(違)



■大物バンドたちもラジカセ戦争に参戦!

重低音ブームはほかのメーカーにも波及します。三洋電機(サンヨー)は「おしゃれなテレコ」路線からの脱却を図り、1988年に「ZooSCENE(ズシーン)」を投入。CMに起用されたのはあのボン・ジョビでした。同年、ビクターもロックバンドBUCK-TICKを起用し「CDian(シーディアン)(のちにCDiossに改名)」を発売。「重低音がバクチクする」というコピーが話題に。

迎え撃つソニーも1991年、大型の液晶パネルと電動スタンドがついた「ソナホーク」を投入するなど、激しい戦いが繰り広げられました。



■バブル期、なぜラジカセはデカくなったのか?

それにしてもバブル期、ラジカセはどうして高級化・巨大化したのでしょう。バブルラジカセの価格帯は6万~9万円前後。多くの中高生にとってはクリスマスプレゼントにお年玉を合算してようやく手が届くかどうか、という憧れのアイテムでした。サブウーファーを搭載したから大きくなった、という物理的な理由はあるとしても、そもそもご家庭のお坊ちゃん、お嬢ちゃんの聴くラジカセにそんなに重低音が必要だったのか、そしてコブラトップが立ち上がる必要があったのか、という疑問は残ります。

「ベータ」の二の舞を避けるため、ソニーが赤字覚悟でCDプレーヤーの普及に取り組んでいた、というのは見逃せないポイントです。前述のようにソニーはハード・ソフトの両面で世界戦略を展開しており、背景には日本経済の強さがありました。

パナソニックとしても負けるわけにはいきません。パナソニックのラジカセには、傘下のオーディオブランド、テクニクスの技術も惜しみなくつぎ込まれます。「コンポ並みの音質」「コンポのような豪華さ」を追求する中で、いつしかラジカセの設計はどんどん高級化、大型化してゆきます。そして当時はまだ、その高い理想を製品化できる技術を持った国内工場がたくさんありました。

現在バブルラジカセは、並のミニコンポを凌駕する高音質と、独特のフォルムやギミックが再評価され、一部の人気機種は中古市場でも高値で取引されています。そこには甘酸っぱい青春の思い出だけでなく、多くの日本の技術者とビジネスマンの夢と技術が詰まっているのです。

「大ラジカセ展」公式サイト


(バブル時代研究家DJGB)