毎週月曜日は寄席に変身する銭湯へ行ってきた!

2016/12/5 11:55 吉村智樹 吉村智樹





▲落語家・月亭太遊さんのホームグラウンドは、なんと「銭湯」なのです



こんにちは。
関西ローカル番組を手がける放送作家の吉村智樹です。
ここでは毎回、僕が住む京都から、耳寄りな情報をお伝えしております。


さて、昨夜12月4日(日)に放送された「M-1グランプリ2016」では銀シャリが12代目チャンピオンの栄冠に輝きました。
それにともない現在ネットには漫才のニュースが続々と報じられています。
僕はお笑いが大好きなので、昨夜から一睡もせず、片っ端から読み漁っております。


そんななか、こちらでは落語の話題を
京都には、熱い笑いのスピリッツがたぷたぷに湧きあがる、ある落語のホットスポットがあります。
しかもそれは、とても意外な場所。
なんと銭湯なのです。


訪れたその銭湯の名は「錦湯」(にしきゆ)。


ひしめきあうおよそ130軒もの店舗のほとんどが京野菜や川魚など食料品を扱う「錦市場」。
錦湯は、京都の台所と呼ばれるこの商店街のアーケードを抜けた、すぐの場所にあります。



▲「はも」など京都で好まれる食材が揃う「錦市場」



▲並んでいるおよそ130軒のほとんどが食料品店。料理人たちも買い出しにやってくるプロ仕様の商店街だ



▲「錦」と書かれた商店街を抜けると、そこには……。


商店街のアーケードを抜け、眼前にそびえるのは、「錦湯」。
昭和2年創業というこの銭湯は、木造の三階建て。



▲威風堂々とした木造建築の「錦湯」。当代で三代目という歴史ある銭湯だ



▲営業日であることを知らせる「本日あります」も京都の独特な表現



▲陽が暮れると「錦湯劇場」と書かれた提灯にあかりがともる


そして午後8時、「錦湯劇場」と点された提灯に誘われ、どっしりと風格をたたえる建物の引き戸を開けると、いきなり番台が登場。



▲履き物を脱ぐ土間にいきなり番台がある珍しい構造



▲番台に落語家さんたちの千社札が貼られているのも、ここならでは



▲いまでは京都でも少なくなった脱衣用の柳行李をキープするシステムが、ここにはまだ遺っている



▲柳行李は現在の価格でひとつ8万円。すべて職人の手作りで、もう修繕が効かない貴重品だ



▲川魚の専門店が広告を出すなど、お客さんにプロの料理人が多いことが随所に見て取れる


いいあんばいに塗装がはげた木製のロッカー、いまではめったに見る機会がなくなった柳行李(やなぎごうり)、格子状の天井など、レトロ京都ここにあり。
築80年を超え、戦前の姿をいまなお残す、入浴できる文化財なのです。


そしてこの得難いタイムトリップ空間が、毎週月曜の夜になると寄席に変貌を遂げるのです



▲風情たっぷりな木造の脱衣場が寄席に変身



▲客席の背中にキープ洗面器が並んでいるのも銭湯寄席ならばこその光景



▲月亭遊真さん



▲桂三実さん



▲漫才のセンサールマン



▲トリは月亭太遊さん


入場料は「投げ銭」
満足度に合わせ、閉演後に自分で料金を決めるシステム。


懐かしい籐むしろの上に座布団が敷き詰められ、脱衣場は客席にチェンジ。
高座は浴室の硝子戸を背にしつらえられ、すっかり寄席スタイルに。
とはいえ隣にめくり台ではなく体重計があるのが銭湯ならではの光景



▲体重計を横に落語を。これもまた銭湯寄席でしか味わえない景色


客席を見渡すと、さすが観光都市京都、海外からのお客さんもいらして、みんな大笑い。
湯を沸かすほどの熱い笑いが国境を越え、ラフ&ピースな雰囲気に包まれています。



▲黒人のお客さんからも笑顔がこぼれる



▲楽屋は隣の脱衣場。マッサージ機で身体をほぐす一般の方とともに


銭湯としては定休日ですが、この日もほかほかの笑いに肩までつかることができます。


この錦湯での銭湯寄席がスタートしたのが2014年10月。
以来ほぼ絶え間なく続き、なんとこのたび110週目(!)を迎えたのだそう。


さまざま地域寄席や落語会がありますが、毎週決まった曜日にブランクなく開催され、それが100回を超えているスポットは関西のみならず日本中探しても少ないのでは? しかも銭湯でですよ。


このように毎週月曜日開催の「錦湯劇場」は、落語の定席小屋がなく、とりわけ若手の出番が少ない京都において、活きのいい新鋭たちの噺を浴びるように聴けるひじょうに貴重な場所となっているのです。


この「錦湯劇場」を発起し運営しているのは、入門6年目の月亭太遊(つきてい・たいゆう)さん(32歳)。



▲「錦湯劇場」の発起人、月亭太遊さん


ひと目見ると決して忘れられない巨漢なキャラクターの持ち主。
創作落語のおもしろさには定評があり、この頃はラップと落語を融合させた「らぷご」も編み出しています。


それにしても、チケット制や定額制ではなく「投げ銭」とは、勇気のいるシステムですね。
満足できないと払わないお客さんもいるかもしれません。


月亭太遊
「落語って、堅ぐるしく考えてしまう方が多いんです。落語会はハードルが高いように思われています。なので、お金のことはさて置いて、とにかく銭湯へ行く感覚で『ふらっ』と来てほしかった。夜8時からという遅めの開演にしているのも、学校が終わってから、会社が終わってからでも間に合うように。とにかく気楽に訪れてほしい。そして『落語を観たぞ』っていう経験がある人をひとりでも多く増やしたいんです



▲毎週月曜日の夜はホームベースであるこの錦湯で熱演


「落語を観た経験がある人を増やすことが、落語の明日につながるはず」。
そう話す月亭太遊さんは、てっきり京男かと思いきや、意外にも九州の大分県出身。
京都へやってきたのは2年半前。


YOUはいったいなぜ京都へ?
そして、どういういきさつで銭湯とかかわりを持つことになったのでしょう。


月亭太遊
「もともと京都という街が好きだったんです。そこへきて会社が*『京都府住みます芸人』を募集しはじめたので、自分で応募しました。ただ、京都府住みます芸人に選ばれながらも、定住できるところがすぐに見つけられず、一時はホームレスとなり、ネットカフェで暮らしていたんです。そして銭湯通いをするうちに親しくなった錦湯のご亭主・長谷川泰雄さんに『住めるところはないですか』と相談をしたところ、『なら、うち(錦湯)に住めばいい。いま2階は誰も使っていないから』と言ってくださって。それから錦湯に居候するようになりました。2年くらい住まわせていただいて、お風呂も使わせてもらいました。家賃ですか? それが、一度も受け取ってくれなかったんですよ」


*『京都府住みます芸人』……吉本興業が開始した、笑いと地域密着をテーマとした「あなたの街に“住みます”プロジェクト」の一環。日本47都道府県のみならず現在は海外まで芸人が住み込み、「住みます芸人」として地域活性化に一役買っている。


なんと月亭太遊さんは、かつてこの錦湯で寝泊りをしていたのです。


「錦湯」三代目のご主人であり、月曜日は錦湯劇場の席亭となる長谷川泰雄さん(68歳)は、若きパフォーマーやクリエイターたちにたいへん理解がある方。
これまで店内をDJたちに貸し出してクラブイベントが開かれたり、ジャズのライブが開催されたりなど、この錦湯はさまざまなかたちに変化し、ユニークなイベントが繰り広げられてきました。
そうして、ついたニックネームが「ふろデューサー」


そんな長谷川さんは月亭太遊さんを見て「まず『明るいやつや』と思った」といいます。



▲若手の落語に理解があり、月亭太遊さんを無料でここに住まわせた「錦湯」のご主人、長谷川泰雄さん


長谷川
「いるだけでその場が明るくなる。そういう若手の落語やないと、聴きたくならへんもん。この人は面白いな、きっと面白いことをやりよるなと思ってね。そやから住むところを提供したんです」


そうして長谷川さんのお眼鏡にかない、銭湯で暮らすようになった太遊さんは、京都における銭湯の現実に直面してしまうことになるのです。


月亭太遊
「銭湯の数がものすごく減っている事実に驚きました。この10年間で100軒も減って、いま残っている銭湯はおよそ130軒。そしてあと10年経ったら、70軒まで減ると予想されているんです。銭湯って地域コミュニティの場じゃないですか。京都からそれがなくなるのは悲しい。銭湯に居候をさせてもらっていたこともあり、PRなどで恩返しがしたい。でも僕にできるのは落語しかない。それで銭湯のご亭主さんを数珠つなぎにしてゆく落語会を始めたんです」


銭湯への感謝の想いを込めて取り組んだ巡回型落語会の名は「ちゃいちゃい寄席」
「ちゃいちゃい」とは風呂を意味する京都の幼児語。
現在も継続中で、多い月は2回も開催し、いつも盛況です。


そして恩返しのためにスタートしたこのちゃいちゃい寄席が、太遊さんの落語に対する考え方に、深くフォードバックすることとなります。


月亭太遊
「ちゃいちゃい寄席は幅広い世代の方が集まってくれますし、お子さんも多く、とてもアットホームなんです。ただそれゆえ、ご近所の方どうしでわちゃわちゃしてしまい、客席のほうが賑やかだったりする。容赦なく電話も鳴るし、途中の出入りやトイレに立つ人も多い。ちゃんとした寄席のように舞台があって出囃子が鳴って、そういう洗練された雰囲気はないです。そんなラフな状況下でお客さんに喜んでもらうには、落語とはどういうものか以前に『おもしろいかどうか』がすごく重要なんやなって、身にしみてわかりました。ただただ、おもしろい。おもしろかったら、けっこう複雑で難しい噺でもお子さんも理解して笑ってくれるし、その場の一体感が本当にすごいんです」


当初は銭湯のPRのためにと起ち上げた脱衣場での落語会は、反対に太遊さんを丸裸にし、丸洗いし、笑いとはなんぞやという原点へ立ち返らせたのです。



▲銭湯で落語をするに至った経緯を語る太遊さん


こうしていよいよ開幕したのが、ここ錦湯での毎週月曜日の定期開催
太遊さんは、ウイークリーで新作をおろすという、はた目にも地獄な課題を自ら課した落語会に取り掛かったのです。


月亭太遊
「やるからには、『俺はこれが好きや!』っていう気持ちを伝えられる落語がつくりたかった。落語とはこういうものだという先入観を自分自身がとっぱらい、お客さんにも払拭してもらって、ただ見て、ただ面白い、そういう噺を。だから、ほかの地域寄席ならふさわしくないであろうエッジが効いたネタもずいぶんおろしました。けれど、ちゃんとやると受けいれてもらえるんですね。そうして『すごいネタやってるな』って噂が広まって、次第にお客さんが増えていったんです」


湧きあがるクリエイトの泉に、まさに入泉するお客さんが増えていったこのセルフスパルタ式落語会は、さらに形態を変化させながら進歩していきました。
はじめは太遊さんのネタおろしがメインだった「ネオ落語フロンティア」(風呂とかけてある)。
次いで「若手をたくさん呼んで新しい落語の中心地になってほしい」という想いを込めた「ネオ落語セントラル」(銭湯とかけてある)へ。
そうしていよいよ、落語に限らず演劇や音楽など他ジャンルの演者も招く現在の「錦湯劇場」と、あいなったのです。


月亭太遊
「銭湯で落語をやるようになってわかったんです。銭湯って劇場として即戦力なんです。そもそも人が集まるように造られていて、温かみがあって、ネタがやりやすい。特にこういう歴史のある銭湯は、そのまんま寄席にできる雰囲気があるし、落語とバッチリ合っていたと思うんです。こんな形で落語と銭湯が共存しながら現代に受け継がれればうれしい。だから僕だけではなく、いろんな落語家が全国でやってほしいし、お客さんに観に来てほしいです」


ひとっ風呂浴びるつもりで、ふらりと立ち寄れる湯ニークなスポット、錦湯劇場。
いつもの銭湯と同じように、こころぬくぬくになれること請け合い。
なにかとせわしい師走、笑ってリフレッシュして、新たな一週間をスタートさせましょう。



▲月曜日の夜に錦湯へ行くと、この顔に逢える


名称●錦湯
住所●京都府京都市中京区 堺町通錦小路下ル八百屋町535
電話●075-221-6479
営業時間●16:00~0:00
定休日●月曜日 *月曜日の20:00からは「錦湯劇場」開催


錦湯劇場Twitterアカウント
URL●https://twitter.com/nrkg_info
*開催時間変動あり Twitterアカウントを要チェック!


月亭太遊Twitterアカウント
URL●https://twitter.com/kotokyotocomte



(吉村智樹)