究極、ファミコン、新人類…「1986年の流行語大賞」がいろいろ意味深

2016/11/23 10:30 DJGB DJGB

「SMAP解散」って流行語?とお感じのみなさんこんばんは、バブル時代研究家のDJGBです。

その候補選定には異論も多いようですが、何はともあれ、今年も「ユーキャン新語・流行語大賞」の季節です。

ということで、12月1日(木)に予定されている2016年の大賞発表を前に、30年前の1986年(昭和61年)の同賞をピンポイントでふりかえります。BGMは1986オメガトライブの「君は1000%」(1986年5月1日発売)を推奨。


■新語部門
●金賞 究極 受賞者:雁屋哲



金賞はグルメブームを巻き起こした『美味しんぼ』の原作者、雁屋哲の手に。東西新聞の山岡士郎による“究極”のメニューと、その父親である美食倶楽部の海原雄山が提供する“至高”のメニュー対決が話題を呼び、現在では日常語に定着しています。


●銀賞 激辛 受賞者:鈴木昭(神田淡平 店主)

 

激辛ブームの端緒には諸説ありますが、1984年には湖池屋がスナック「カラムーチョ」を、1985年にはベルフーズ(当時)がカップ麺「カラメンテ」を発売しています。そんななか、東京・神田のせんべい店「神田淡平」が70年代から販売していたせんべい「激辛・特辛子」が元祖として注目され、銀賞の受賞となりました。


●銅賞 ファミコン 受賞者:山内溥(任天堂株式会社 社長)



30年前は「子供たちの視力と学力を低下させ、運動不足にし、感情を奪う」と散々な批判を受けていたファミコン。それが今や、世界中が熱狂し、日本の首相がオリンピックの舞台でコスプレする存在となりました。先ごろ発売された手のひらサイズの「ニンテンドークラシックミニ ファミリーコンピュータ」もまだまだ品薄状態です。


●表現賞 川の手 受賞者:山崎榮治郎(東京都墨田区長)



“山の手”に対して“下町”という表現はいかがなものか、というポリティカリーコレクトの発想から編み出された言葉が「川の手」。毎年4月末に荒川区で開催されている「川の手あらかわまつり」もこのころ始まったイベントです。2013年には荒川と綾瀬川をまたぐ都道314号線に「川の手通り」の通称が名付けられました。


●表現賞 家庭内離婚 受賞者:林郁(作家)



すでに関係は冷え切っているが、世間体などの理由から離婚できずにいる夫婦を表現した言葉。ドラマ「金曜日の妻たちへ」の開始は1983年ですが、シリーズ最高視聴率を記録したのは1985年の第3作「金曜日の妻たちへIII 恋におちて」でした。

翌1986年もトレンド?は続き、緒方拳 主演の映画「火宅の人」など不倫をテーマにした映画がヒット。またこの年は玉置浩二と石原真理子、佐藤浩市と手塚理美といった大物カップルの不倫報道や、年上の有名俳優との叶わぬ恋をうわさされた岡田有希子の自殺も衝撃的でした。


●表現賞 アークヒルズ 受賞者:森泰吉郎(森ビル株式会社 社長)


オフィスビルや高級マンションに加え、サントリーホール、ANAインターコンチネンタルホテル東京(かつては東京全日空ホテル)などが集う複合型施設「アークヒルズ」はこの1986年に完成。ちなみにARKという言葉には、赤坂(Akasaka)と六本木(Roppingi)を結ぶ(Knot)という意味が込められているそうですよ!



■流行語部門

●金賞 新人類 受賞者:清原和博、工藤公康、渡辺久信(ともに西武ライオンズ)



それまでの世代とは異なる価値観で、テレビやマンガ、音楽などのサブカルチャーをリード、あるいは傾倒する若者を称し、『朝日ジャーナル』編集長(当時)の筑紫哲也が名付けた言葉。もともとはネガティブな意味で使われがちでしたが、この年の西武ライオンズでは、ルーキー清原和博をはじめとした若手が大活躍。明るく、物おじせず、さわやかなふるまいで、それまでのプロ野球選手のイメージを覆したことから、「新人類」もポジティブなニュアンスを帯びるようになりました。

が、、、30年後の今年、清原は…。


●銀賞 知的水準 受賞者:マイケル・サラモン(ロイター通信社 支局長)


『日本はこれだけ高学歴社会になって、相当インテリジェントなソサエティーになってきておる。アメリカなんかよりはるかにそうだ。平均点から見たら、アメリカには黒人とかプエルトリコとかメキシカンとか、そういうのが相当おって、平均的にみたら非常にまだ低い。』

当時の首相、中曽根康弘による自民党の研修会でのこの発言は、日本国内では当初話題になりませんでしたが、ロイター通信が海外に報じたことで、世界中から大きな批判を浴びました。政治家の失言・暴言は、今も昔も変わらないようですね。


●銅賞 「亭主元気で留守がいい」 受賞者:上山英介(大日本除虫菊株式会社 社長)


「キンチョー」のブランド名で知られる大日本除虫菊株式会社は、それまでもユニークなCMで幾多のヒット商品と流行語を送り出してきましたが、中でもこの「ゴン」は秀逸でした。このCMで注目を集めた女優のもたいまさこは1989年、「やっぱり猫が好き」で恩田三姉妹という当たり役に出会います。


●大衆賞 おニャン子 受賞者:おニャン子クラブ(株式会社フジテレビジョン)


前年に結成された「おニャン子クラブ」からはこの年、新田恵利、国生さゆり、渡辺美奈代、渡辺満里奈らがソロデビューを果たします。1986年にオリコンチャートシングル1位を獲得した全46曲中、実に30曲が「おニャン子クラブ」関連のものでした。


●大衆賞 「プッツン」 受賞者:片岡鶴太郎




ダチョウ倶楽部の持ちネタとして知られる“アツアツおでん芸”の開祖、片岡鶴太郎はまだボクシング挑戦前。その名もずばり「鶴ちゃんのプッツン5」という冠番組でMCを務めるいっぽう、佐野元春プロデュースでレコードもリリースするなど、マルチタレントとして活躍中でした。


●大衆賞「やるしかない」 受賞者:土井たか子(日本社会党 中央執行委員長)



受賞した表記は「やるしかない」ですが、「やるっきゃない!」のほうがしっくりきます。 この年、社会党(当時)初、そして憲政史上初の女性党首に就任した土井は、若者の本音を知るためにディスコを訪れたり、「クイズダービー」に出演してパーフェクトを達成したりといったパフォーマンスで、世間の支持を集めました。


●特別賞 150円台 受賞者:加藤隆一(株式会社東海銀行 頭取)



前年の1985年9月22日、先進5か国 (G5) 蔵相・中央銀行総裁会議で、世界的なドル安への誘導が決まります。いわゆる“プラザ合意”です。それまで1ドル=230~240円前後で推移していた為替レートは一気に変動し、1年後の1986年には1ドル=150円台まで円高が進みました。110円で“円安”と言われる現在とは隔世の感があります。


●語録賞 「バクハツだ!」「なんだかわからない」 受賞者:岡本太郎(画家)


岡本がマクセルのCMで「芸術は爆発だ!」と叫んだのは1981年のこと。この年、日本テレビのバラエティ番組「鶴太郎のテレもんじゃ」に出演したことで、そのユニークなキャラクターがお茶の間にも浸透します。

いっぽうMCとして岡本をイジっていた片岡鶴太郎は前述の通り「プッツン」で大衆賞を受賞していますが、それが今や、片岡のほうが芸術家です。


●不快語追放応援賞 地揚げ・底地買い 受賞者:馬渕晴子(女優)




2012年にこの世を去った女優、馬渕晴子は、住んでいた赤坂のマンションが地上げ屋の被害にあったことから、他の住民とともに「生活と権利と自治を守る会」を結成。不動産業者との法廷闘争が世間の注目を集めました。あと不快語追放応援賞ってなんだ。


まとめ:いろいろ示唆に富む30年前の流行語

1986年の空気はいかがでしたでしょうか。

この年の日本では円高による不況が深刻化する一方で、庶民にもグルメブームが巻き起こり、またファミコンのような世界に通用するイノベーションが生まれています。すでに都心では「地揚げ」が始まっていました。1986年12月27日の日経平均株価は18701円(終値)。円高不況を徹底的な合理化で克服した日本企業は、このあとバブルへと突き進みます。

30年の時を経て、受賞者たちの多くが鬼籍に入っていますが、中曽根元首相は98才でご健在。人々は相変わらず不倫に走りがちですが、当時は「亭主元気で留守がいい」と笑い飛ばす余裕がありました。そしてやはり、清原和博の転落には、複雑な思いを抱える人も多いでしょう。

2016年の受賞者のみなさん、人生は長い目で見ないとわかりませんよ!


(バブル時代研究家DJGB)