【なんと明治時代!】120年前の東京・日本橋を撮影した超貴重映像

2016/12/30 18:31 服部淳 服部淳

どうも服部です。昔の映像を紐解いていくシリーズ、2016年ラストとなる今回は、なんと120年前の1897年撮影というフィルムをピックアップしました。

1897年というと、明治30年。日清戦争終戦の2年後であり、日露戦争勃発の7年前。江戸幕府最後の将軍、徳川慶喜(1913年没)や、西郷隆盛に江戸城の無血開城を受け入れさせた勝海舟(1899年没)、日本の初代内閣総理大臣である伊藤博文(1909年没)など、幕末から明治にかけての偉人たちもなお存命の時代でした。

元映像は、US National Archives(アメリカ国立公文書記録管理局)のウェブサイトにて公開されているこちらの映像の一部(5:32頃から)のようですが、日本の映像部分のみを切り出し、映像を見やすく修正したバージョンがYouTubeに投稿されていたので(※2017年2月時点では再生不可に)、画像はそちらから切り出しています。忙しい師走にぴったりな、50秒ほどのコンパクトなサイズです。
※修正版の映像はページ下部にあります。


だだっ広い道路を人々が大手を振って歩いています。ヘンリー・フォードが初の四輪自動車の試作に成功したのは、この前年である1896年のことなので、自動車の存在はまだありません。

場所は、面影はまったくありませんが、東京の日本橋周辺のようです。「世界大百科事典」によると、柴田常吉氏らの撮影によるもののようです。

柴田常吉氏の作品は、他にも1899年に歌舞伎を撮影した「紅葉狩」などの作品も現存しています。

「紅葉狩」


映像の内容に戻ります。カメラの前を大八車を引いた男性が横切っていきます。


すると、画面左端に人力車が2台やってきて、そのうちの1台が乗客男性の指示(上の画像はちょうど指差しをしているところ)によって、画像中央のほうへ曲がっていきます。


ここが乗客男性の目的地のようです。人力車から立ち上がり、ひざ掛けを外します。次に気になるのが、人力車手前右にいる男性二人。


はっきりと見えませんが、学生さんでしょうか。左側にいる男性が手にしているものを右側の男性が見せて(貸して?)ほしいようで奪い取ろうとしますが、交わされ画面から消えていきます。


ここで画像右端にいるのが、人力車を降りた乗客男性。いかにも裕福そうな恰好をしています。


人力車はまた画像左端へと戻っていきますが、なんと乗客男性と思われる男性もその後ろを追っていきます。カメラの前で降車したのは、撮影のためだったのでしょうか。


やはりカメラが気になるようで、道行く人たちは遠巻きに見ていきます。日本で初めて映画が公開されたのは、この2年前の1895年のことといわれているので、ほとんどの人は映像を撮影しているのだとは思いもしなかったのでしょうね。



1分にも満たない映像でしたが、1年を締めくくるにふさわしい、とても貴重な内容でした。2017年も引き続き、歴史の1ページを紐解いていければと思います。

(服部淳@編集ライター、脚本家) ‐ 服部淳の記事一覧

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【動画】「Auguste & Louis Lumière: Une rue à Tokyo (1897)」