2度の逮捕を経て京都へ拠点を移した乙女のカリスマ、嶽本野ばらさんに会ってきた!

2016/11/7 17:45 吉村智樹 吉村智樹




▲「乙女のカリスマ」として知られる人気作家の嶽本野ばら(たけもとのばら)さんは、2015年の二度目の逮捕ののち、棲み処を京都へ移していました



こんにちは。
関西ローカル番組を手がける放送作家の吉村智樹です。
ここでは毎回、僕が住む京都から、耳寄りな情報をお伝えしております。


小説家、エッセイストの嶽本野ばら(たけもとのばら)さん。
きっと、ご存知でしょう。
『下妻物語』『エミリー』『ロリヰタ。』など多数のヒット作を世に送り出し、「乙女のカリスマ」として知られる人です。
いまでは一般用語となったゴシック/ロリータの文化も嶽本野ばらさんの活躍によって普及した部分はとても大きい。


そして嶽本野ばらさんには、もうひとつの顔があります。
それは「薬物で二度逮捕された作家」。
2度目となる2015年の逮捕により、氏は主戦場である紙媒体から姿を消しました。


あれから1年5か月。
嶽本野ばらさんは、このたび告白エッセイ集『落花生』(サイゾー)を上梓。
めでたく復帰を遂げたのです……が、その新刊たるや、表紙も帯も栞紐も、それどころか天地も小口も真っ赤という、潜血を浴びてしたたるような、まがまがしくもパッショネイトな装丁。
ど肝を抜かれました。



▲どこもかしこも真っ赤という大胆極まりない装丁でいきなり衝撃を与えるエッセイ集『落花生』


そして帯に書かれているのは、

僕がしなければならないのは、
薬物への渇きを
断ち切る作業ではない。
欲しいと思いながら、
恥ずかしくない方法で
生き延びていくことです。



再々犯の可能性をにおわせるようにも読め、しおらしき反省文などなく、挑発的ですらあり、それでいて胸を打つものでした。


逮捕の状況、取り調べの光景、精神科病棟で断薬にいそしむ日々、30年ぶりに帰る京都の実家での暮らし。
血が出るほど赤裸々につづられたこの本のページをめくるうち、僕はどうしてもご本人に会ってみたくなりました。


『落花生』(サイゾー)
著者:嶽本野ばら




二度目の逮捕から1年5ヵ月―復帰第一弾! 告白のエッセイ。

「人は一から遣り直すことなど出来ない。過去はチャラにならない」(あとがきより)。

2015年4月23日、小説『下妻物語』などで知られる作家・嶽本野ばら氏は麻薬及び向精神薬取締法違反により、逮捕されました。

二度目となった薬物での逮捕と、依存症治療の日々、およそ30年ぶりに過ごす故郷・京都、そして、図らずも取り戻した家族との時間——。

著者が、これまで隠してきたドラッグや逮捕、自身の創作活動への思いと、伏せてきた家族ついて、初めて自らの言葉で綴られます。

本書は、嶽本野ばらの反省文であり、告白文です——。





▲「僕がしなければならないのは、薬物への渇きを断ち切る作業ではない。欲しいと思いながら、恥ずかしくない方法で生き延びていくことです。」(帯より)




■『三度繰り返しません』と書いたところで誰も信用しない


――先ごろ上梓された単行本『落花生』は、2度目の逮捕後に初めてお書きになったエッセイ集ですが、本当に赤裸々な内容で驚きました。特に「僕は君に、三度、薬物を使用しないという誓いを立てません」「また使う可能性を否定しません」と書かれている部分は衝撃を受けましたし賛否両論あるだろうなと思いました。「もうやらない」とは、お書きにならないのですね?


嶽本野ばら
「薬物で捕まることはもう懲りていますし、もし3回目やったら完全に抹殺されてしまう。それはわかっています。でも、だからって僕が『三度繰り返しません』と書いたところで誰も信用しないでしょう。『どうせ、またやるだろう』と。だから自分にプロテクトをかけるためにも『やるかもしれませんよ』と言っておいたほうがいいと思ったんです」


――なるほど。「やるかもしれない」といった旨を公言することによって自制するんですね。ということは、もうやらないのですよね。


嶽本野ばら
「いやあ、それはわかりませんよ」


――おお……。そして驚いたのは保釈中に京都に拠点を移されたこと。これは京都にいるお母様が身元引受人になられたからですか?


嶽本野ばら
「そうなんです。うちの親は『こいつをこのまま東京でひとりで暮らさせておくと死んでしまう』と思ったようで。今回はどういう結果になっても京都に連れて戻ろうと考えていたらしいんです」


――野ばらさんはいま京都で、薬物依存を治癒するため精神科のお医者様へ通っていらっしゃるそうですね。


嶽本野ばら
「はい。今日も通院日で、さっきまで病院にいました」





■このまま死んでしまったら、カッコ悪いな


――2度目の逮捕理由は「麻薬及び抗精神薬取締法違反の疑い」でしたが、法律に抵触する薬物を使うようになるきっかけのひとつとして「遺品の整理」があったというのも意外でした。


嶽本野ばら
「捕まる少し前から、部屋の整理を始めていたんです。ただ僕、整理整頓って、苦手なんですよ。片付けをするときフラストレーションがたまってしまうから、どうしても薬物を使いたくなる。だから気持ちをアゲるため“作業用”に吸ったりもしていたんです」


――なぜ自分の“遺品”を整理する必要があったのですか? まさか、自殺を考えていた?


嶽本野ばら
「自分で死のうとはしていなかったんですが、『このまま自分は死んでしまうんだろな』という気持ちが次第に強くなっていたんです。理由ですか? かなりもう精神的に……金銭的な……負債とか……いろいろあって、気持ちが落ちていたんです。丁度、東日本大震災の後くらいからですよね。自分が被災者でもないのに、なんか、うーん、希望が失せたような状態になってしまって。それで『この部屋でもし死んでも、一週間、下手したら一か月、誰にも見つけてもらえない可能性あるな。このまま孤独死して死体が腐敗するなんて普通にあるなあ』と。おつきあいしていた女の人はいませんでしたし、担当編集者だって、連絡が取れないからってわざわざ家まで来てくれる人って、いないなあと考えて。それで『このまま死んでしまったら、カッコ悪いな』と思って整理を始めたんです」


――野ばらさんが他人に見られては恥ずかしいものって、なんだったのですか?


嶽本野ばら
「いやらしいビデオとか、AKBはいいけど、ブックオフで買ったほかのアイドルの写真集とか。死んでからその娘のことが好きだったと思われたら、パブリックイメージとしてちょっといやで。一応、乙女のカリスマだし……。『野ばらって、やっぱりあの子も男の子だったのね、うふふ』とか言われるのはちょっと。だから死んだときに遺品整理をされてもいいように、それなりにカッコはついているようにしておきたかったんです」





■出版不況で初版部数が減らされ、現在はほぼ無収入


――気持ちが落ちこんでいた原因に、経済的な困窮があったようですが、そんなに厳しい生活をされていたのですか?


嶽本野ばら
「本はよく出していたんですけれど、初版部数がどんどん落ちていって。デビューの頃は一万部とか刷ってもらっていたのが、出版不況でじょじょにじょじょに、5000、4000と減らされて。京都に戻ってきてからは、ほぼ無収入。現在は実家に養われています完全に」


――野ばらさんは2012年に小学館から『破産』という私小説もお出しになられていますね。散財が過ぎたために家賃とカードの返済額がほぼ同じになってしまう日々をつづったリアルでショッキングな内容でしたが、自己破産はしていないですよね?


嶽本野ばら
「してはいないけれど破産しているも同然な状態でした。何社かのカードで、自転車操業で返済していました。でも焦げついてしまうと、これまで借りている分が全額請求されちゃうんです。そしてひとつカードが止まると矢継ぎ早にすべて止まる。しかも住民税とか税金を滞納してるやつも差し押さえ申請が来てしまう時期と重なって、ぜんぶ合わせるとけっこうな額になっていたんです。昔なら印税などで返していく算段もたったんですが、仕事は以前ほどはなく、それもできなくなっていました。破産するつもりで弁護士さんに相談したこともあるけれど、『自己破産すると海外へ行けなくなりますよ』と言われ、それはいやだなと。それで周りのものを売ったりしながら、なんとかやりくりしていました」


――状況が好転することはなかったのですか?


嶽本野ばら
「いやあ、よくない時期はよくないことが重なるんですよ。たとえば、支払いをするためにどうしても近日中に5万円がいる。この5万円の捻出の方法がない。でもどうにかして5万円をこしらえた。そんなとき『そうだ、風水の神様はお便所に宿っているというから、お便所を掃除しよう』と思ったんです。それで甲斐甲斐しく掃除していたら、なんかのはずみにスポンジがパイプの中に詰まってしまって。業者さんを呼んだら、スポンジを取る修理費に4万円も請求されて、僕はなんのために掃除したんやって……。弱り目には祟り目が来るものなんですよね。そんなことが毎日のようにあって、すっかりやる気が失せていました。実は『破産』を出した後の頃のほうが金銭的にはひどかったんです。ほぼ、収入は絶たれていました」





■罪を犯しているという意識はなかった


――違法な薬物をするきっかけは、元をたどれば貧困にあったのですか?


嶽本野ばら
「いや、それはぜんぜん違いますね。ドラッグと貧乏はまったく関係ない。困窮しなくてもドラッグは使っていたはず。純粋に、鋭敏になる感覚が好きだったんです。合法なものなら、いくらでもやらせていただきますという姿勢だった」


――野ばらさんは2007年に大麻取締法違反(所持)の現行犯で逮捕され、復帰第一作として『タイマ』(小学館)という、このときの経験をもとにお書きになった私小説をお出しになられています。そしてこのたび再犯とあいなったわけですが、吸っている薬物が違法だという意識はあったのですか?


嶽本野ばら
「なかったです。むしろ、一度大麻で逮捕されているから、違法なものはやらないでおこうと思っていました。そして大麻を吸ったら違法になるから合法なもので我慢しているという気持ちだったんです。だから使用しているものは、その時点ではまだ法律の規制にひっかかっていない成分の脱法ドラッグだと信じてやっていました」


*脱法ドラッグ 法律による規制がないであろう代替の薬物を表す言葉。現在は「危険ドラッグ」と呼ばれる。


――ということは、違法薬物を我慢するために、合法だと信じたものを吸ったら、それもまた違法だったということなのですね。では、ご自身では法律をかいくぐっていると思っていた薬物で、なぜ逮捕されるに至ったのですか?


嶽本野ばら
「逮捕の一か月くらい前に上野で危険ドラッグを吸いながらぼんやり歩いていたところを警察官から職務質問され、『一応検査ね』『どうせ(麻薬成分は)出ないだろうけれど調べとくね』って持っていかれたんです。職質(職務質問)ってこれまで何度もされていて、検査したハーブから取り締り対象のものが検出されなかったので、これを機会に辞めなさいと注意はされるものの、法的処置はなかった。今回もそうだと思っていました。ところが一か月後、警察がゴールデンウイークの前に逮捕状を持って家に来て。『出ましたよ』って」


――おばけじゃないんですから。


嶽本野ばら
「罪を犯しているという意識はなかった。危険ドラッグで我慢していたのに逮捕されるのはおかしいと思っていました。なのでしばらくは『違法だとわかっていただろ?』『いえ合法だと思っていました』『違法な成分が入っている可能性があると思っていただろ?』『いや合法なものしか入ってないと思っていました』と水掛け論になっていました。ただ『合法違法にかかわらず薬物で得られる快楽を積極的に得ようとしていたわけだろ?』と訊かれると、もちろんその感覚がほしくて買っていたし、袋に『お香です。人体に摂取しないでください』と書いてあるものを体内に吸収して、薬物による効果を得ようとしていたことは確かで、そこでもう言い返せなくなりましたね。そうして次第に対話する司法側とのコンセンサスがとれるようになっていきました」





■どこに留置されているかを外部に知らせる術がなかった


――この『落花生』には勾留中に「選挙へ行く、行かない」で揉めたくだりなど、手に汗握る生々しいエピソードが多数収録されていますね。そしてそんなこともあってか、保釈まで一か月もかかっていたんですね。正直、2度目の逮捕に関しては、詳細がすぐには報道されなかったと記憶しています。


嶽本野ばら
「僕がどこに留置されているかを外部に知らせる術がなかったので、誰も面会に来てくれなかったんです。外部に知らせられない理由ですか? 留置されている人間は、ひとりだけ他者に連絡を取っていいという決まりがあるんです。ただ『電話番号や住所をソラで言えなきゃいけない』と。そんなもの、憶えてない。実家の番号も憶えていない。携帯電話を見ればわかるんですが、その携帯電話は押収されていますしね。編集者の電話番号も、いちいち記憶していません。物理的に外部へ連絡を取る手段がなかった。だから自分がいまどうなっているのか、報道されているのかどうかもよくわからない状態で、しばらくは弁護士もつけられなかったんです」


――野ばらさんのお母様が拘留されている場所をさがしだして訪ねてきてくれたおかげで弁護士がつけられたんですね。


嶽本野ばら
「大麻で捕まった時に弁護してくれた先生に再びお願いしました。先生も『僕しかでけへんやろうな』って引き受けてくれました。でも、めっちゃ怒られましたよ。『あほか君は!』『僕らはあのときなんのために君を弁護したと思ってるんだ!』って。警察の人より怒ってる。どうしよ、殴られると本気でビビりました」





■このまま東京にいても、あんまり意味がないのかな


――最初の話に戻りますが、今後も京都を拠点にされるのでしょうか? 東京へは戻らないのですか?


嶽本野ばら
「はい。京都にいることにしようと。ずっとこのまま京都に居続けるでしょうね」

――京都には文芸書を扱う大きな出版社はありませんし、作家として生きてゆくのに不便ではないですか?


嶽本野ばら
「うーん。出版社よりも、お買い物に困るのがちょっとね……。でもまあ、親ももうけっこうな歳なので、そのうち介護しなきゃいけないですし、看取らなきゃいけない。そういうこともあって、これを機会にこのままこっちにいようと思います」


――せっかく上京して成功したのに……。


嶽本野ばら
「そうですね……。でも実は、二度目に逮捕される一年位前から『このまま東京にいても、あんまり意味がないのかな』とは思い始めていたんです。昔に比べるとインターネットが発達して、とくに東京を拠点にしてなくても問題なくいろんなことがこなせるし、うちの家から新幹線なら2時間半で東京に着いちゃいますしね。用事があれば行くし、寝食はこっちで留まっているという生活でいいのかなと」


嶽本野ばらさんは現在、京都の実家に暮らしながら、新作の執筆に取り組んでおられます。
また雑誌の新連載も決まり、今後の展開が楽しみでなりません。

二度目の逮捕から1年5か月経って上梓された復帰第一弾エッセイ集『落花生』は、賛否巻き起こること必至の、驚異の一冊でした。
しかし、なんでしょう、このすがすがしい読後感は。
それは、「嫌なものは嫌」という美学を貫き、性に合わないものに媚びるくらいなら高潔な落下を選ぶ、作家の覚悟に触れたからでしょう。



嶽本野ばら(たけもと・のばら)
京都府生まれ。
小説家・エッセイスト。
1998年に『それいぬ-正しい乙女になるために-』(国書刊行会/文春文庫)でエッセイストとして、2000年には『ミシン』(小学館)で小説家としてデビュー。
以来「乙女のカリスマ」として名を馳せ、ロリータファッション及びその周辺文化の旗手となる。
代表作は『下妻物語』(同)、『エミリー』(集英社)、『ロリヰタ。』(新潮社)など。
『下妻物語』は映画化され、大ヒットを記録。
『エミリー』『ロリヰタ。』は2年連続で三島由紀夫賞候補に選出された。
2007年に大麻取締法違反(所持)の現行犯で、2015年には麻薬及び抗精神薬取締法違反の疑いで逮捕される。





「落花生」 嶽本野ばら 著
ISBN-10: 4866250666
ISBN-13: 978-4866250663
サイゾー
1700円(+消費税)


(取材・撮影/吉村智樹)