【京都】天井からヤカン!金物だらけのカフェ「カナモンヤcafeイヌイシ」がスゴイ!
(カフェに来たはずなのに、なぜか「のこぎり」や「金づち」がズラリ並んでいます)
「カフェ」で過ごすひとときは、リラックスできて、いいものですよね。
さて、「カフェ」とひとことで言っても、さまざまなタイプがあります。
「ブックカフェ」「猫カフェ」「ふくろうカフェ」。
この頃は、お昼寝ができる「ハンモックカフェ」が全国各地にできはじめています。
このように近年、お茶するだけではない“複合型カフェ”が人気を呼んでいます。
しかし、こんな複合型カフェは、きわめて珍しい。
それが京都にある「金物カフェ」。
カフェのゆるふわなムードと、いかつい金物。
複合型カフェが人気とはいえ、さすがに合わない気がしますが……。
いったい、どんなお店なんでしょう。
やってきたのは園部町(そのべちょう)。
2006年に南丹市(なんたんし)と合併した林業の街です。
(林業が盛んな園部町だけあって、駅を降りると植木で町名が記されています)
かつては園部城の城下町だっただけあり、静かで整然とした街並み。
(日本最後の城下町。静かで落ち着いた、風通しのよい街並み)
目指すカフェは、JR山陰本線「園部」駅から20分ほど歩いた商店街にあるといいます。
あ、これだ。
(てなもんやならぬカナモンヤcafe。標準語に訳すと金物屋cafe)
ベランダに「カナモンヤcafe」と書かれたタペストリーが掲げられています。
カナモンヤとは関西弁で言う「金物屋」さんのことでしょう。
(「暮らしの店 犬石」。日用雑貨の専門店だった時代の名残りか)
そしてその下には「暮らしの店 犬石」(いぬいし)の文字。
外観から察するに、どうやら、もとあった古い店舗の装飾を残しながらリノベーションしたカフェのようです。
(さすが金物カフェ。表の看板はバケツ)
(品ぞろえが幅広い!)
では入ってみましょう。
おお、こ、これはすごい……(息をのむ)。
(圧倒される量のキッチン用品。ここ本当にカフェ?)
(よぉく見ると、ちゃんとカフェスペースがある)
天井からはヤカンや金桶がぶらさがり、ラックには鍋やフライパン、鍋やざる、魔法瓶などが大小のキッチン用品がびっしり。
(カウンターのまわりも商品が満載)
(鍋越しのカフェ)
(ざる越しのカフェ)
(やっぱりどう見てもシュールな光景)
(さすが郊外。獣を捕まえるワナまで売られています)
金物カフェだという予備知識があってさえも驚くほどの物量。
もし、そういうカフェだと知らないで扉を開けたら「すみません! 間違えました!」と退散しかねない不可解な光景です。
ご主人は犬石圭一(いぬいしけいいち)さん(55歳)。
(マスターの犬石圭一さん)
このお店はいつオープンしたのですか?
犬石
「カナモンヤcafeイヌイシの名でカフェにしたのは2013年の12月からなんですが、母体の犬石金物店はおよそ100年前からあったんです。僕で三代目です」
なるほど。
やはり前身が金物屋さんだったのですか。
店構えにいい意味で古風な雰囲気を感じたのは、永い歴史があるからなんですね。
(お父さんの時代の広告。ちなみに『犬石紙店』は書店となって現存している)
しかし100年の歴史をゆうする老舗が、どうして突然カフェに?
訊きたいことはたくさんあるのですが、まずはケーキセットを注文しましょう。
(コーヒーを運んでくれる犬石さん。手に持っているトレンチ? らしきものが気になる)
出てきたコーヒーを見て、さらに仰天。
(コーヒーは金属製のキッチンパッドに置かれて運ばれてきた。ケーキセットは750円)
受け皿が、串揚げの油切りや、鍋物野菜の水切りに使う金属製の「穴開きパッド」じゃないですか。
さすがカナモンヤcafe。
思わず笑ってしまったけれど、コーヒーもレアチーズケーキも、すごくおいしい。
犬石
「コーヒーは国際品評会入賞豆をブレンドしています。ケーキも自家製です」
いいお味です。
よく考えたら、素材のよさはもちろん、こと調理器具に関してはプロフェッショナルなお店ですもんね。
さて、なぜ代々続く金物屋さんをカフェにしようと思われたのですか?
犬石
「僕は南丹市役所に29年務めていました。そして勤務しているあいだ、時代とともに街の商圏が国道沿いに移転していったんです。この商店街も以前はたくさんお店が並んでいたんですけど、すっかりさびれてしまった。喫茶店ひとつないという状態になり、『このままでは街の人どうしが会話できる場所すらなくなる』という危機感を抱いていたんです。それで早期退職をし、実家に『カフェに転業しないか』と提案したいんです」
確かに京都の郊外は、いまどこでもそういう傾向にあるのです。
ショッピングモールが国道沿いに建ち並び、ロードサイドはにぎやかなのに、いわゆる「街なか」がさびしくなっています。
ではその当時、金物店の状況はいかがだったのでしょうか。
犬石
「正直、厳しかったですね。大型量販店ができて、お客さんが小売店で金物を買うという習慣もなくなりつつありました。父が脳血栓で倒れて以来、母と僕の妻で切り盛りしていましたが、金物だけで家業を続けるのは限界が来ていたと思います。カフェにしないかと言ったのは、それもあったのです。屋号が犬石なので『カフェ ドッグストーン』とかどうやろうと」
「カフェを開きたい」という想いは街の状況と、実家の状況を鑑みてうまれたものだったのですね。
とはいえ周囲の人々にとっては寝耳に水のハナシ。
その提案は、すんなり受け入れられましたか?
犬石
「いえ。やはり両親からは『売れなくなったとはいえ100年続いた店なので金物屋を残したい』と反対されました。それ以降、あーでもないこーでもないと揉めたこともあったし、葛藤も、言い争いもあったんです。それで『だったらもう、金物屋とカフェを同じ店のなかでやったらええやないか』ということになったんです」
なんと!
ユニークきわまりない「金物カフェ」は、ご両親と息子さん、双方の願いを一緒の鍋に入れて実現したカタチだったのですか。
決して奇をてらったアイデアではなかった。
どちらかがあきらめる、ではなく、店を継ぐにはこういう方法もあるんですね。
(トイレのマークは商品の金具を組み合わせて表現)
(トイレの壁には愛らしいレリーフが)
(よく見ると、素材はふすまなどに使う飾り金具)
(ホーロー鍋のふたを自ら時計に改造。お隣のサインは園部町出身の任天堂取締役、宮本茂さんのもの)
こうして誕生した前代未聞のメタリックカフェを、妻の洋子さん(54歳)はどのように思っていらっしゃったのでしょう。
洋子
「私は金物カフェになることにはぜんぜん抵抗がなかったですね。むしろ私たちの代で金物屋の歴史を途絶えさせてしまうことのほうがいやでした。金物カフェになったことで金物屋が残って、お義父さんもお義母さんもすごく喜んでくれましたし」
こうして京都の郊外でこうして幕を開けた金物カフェ。
社交場ができて街の人も大喜び……かと思いきや、返ってきた反応は決して明るいものではありませんでした。
オープンしてしばらくは中高年の方々から「なんでこんなにちらかってるの。カフェだけにすればおしゃれなのに」と批判的な声が少なくなかったのです。
そうしてすぐには理解を得られない日々が続きましたが、意外なところから人気に火がつきました。
犬石
「古すぎて売り物にならない鍋や釜や、もう生産されていないデッドストックの金属製品も飾っていたんです。すると若いお客さんが『これ、かわいい』と言ってくれて、友達を連れてきてくれるようになった。石炭を入れるバケツとか、見たことがなかったんでしょうね。それが新鮮やったんやろうなと思います」
(新品の状態のままアンティーク化してしまったむかしの金物をミュージアムのように展示している)
(石炭バケツはフォルムが独特。いま見るとおしゃれでかわいい)
(さすがにもう使い道がない炭を入れて使う小手アイロン)
(昭和の時代に新聞に折りこんでいたチラシも残しているんでございます)
(仏壇などに使う宮飾金具「海老錠」。クロムハーツみたいでかっこいいと若い男性が買っていくのだそう)
(回転しながらゆで卵を花形に切る器具。どういう仕組みなんだ)
100年の歴史がある金物店ゆえに倉庫には、いまの暮らしにはフィットしない、使われなくなった商品が売れ残ったまま眠っていました。
カフェをオープンする際に倉庫から発掘したお役御免な金物たちは、久々に陽の光を浴び、別の輝きを放ち始めたのです。
取っ手のついた炭アイロン、金属製の水筒など、丸みを帯びた金物を若いお客さんが「かわいい」と言い始め、これまで金物屋だった時代にはまず来なかった若年層がお茶を飲み、さらに金物を買うために来店するようになったのだそう。
「金物カフェ」は、頭に金ダライを落とされたような衝撃をおぼえる、かなりの異次元空間でした。
でもこのお店の業態は、京都では避けて通れない「伝統と継承」の問題に対する、ひとつのしなやかな回答でもあるよなあ、と、僕には思えたんです。
(ご夫婦で営まれる金物カフェ。老舗が生き残るひとつの方法がここにある)
店名●カナモンヤcafeイヌイシ(犬石金物店)
住所●京都府南丹市園部町本町34
電話●0771-62-0133
営業時間10:00〜19:00
定休日●毎週火曜日 毎月第1・第3日曜日
(吉村智樹)