【京都】アンティーク着物の専門店なのに「どくろコレクション」がスゴイお店!「戻橋」
(ようこそ夏の京都へ。今から皆さんを『どくろ』の世界へとご案内いたしましょう。きっと涼しくなりますよ……)
私ごとで恐縮です。
数年前、うちの隣の家から白骨死体が出てきました。
お隣さん、僕が引っ越してきたときからずっと空き家だったのですが、いたんですね、人が。
そして死んで何年も放置されていたとは。
事件性はないとのことだったのですが、さすがに数日は寒気が止まらなかったです。
さて本題です。
夏の暑さを忘れさせてくれ、それどころか背筋まで凍るような、膨大な「“どくろ”コレクション」が、京都のとあるスポットに眠っているのをご存知でしょうか。
その場所は、上京区にあるアンティーク着物の専門店「戻橋」(もどりばし)。
実はこちらの店主さんが日本で指折りの“和どくろ”蒐集家なのです。
僕は今回、本来は非公開で鑑賞は予約制だという「どくろコレクション」を拝見させていただきたいとお願いしました。
おだやかな表情をたたえた石仏が軒先で迎えてくれるアンティーク着物の専門店「戻橋」。
(近所のおっちゃん感がある愛らしい石仏が目印)
ガラス戸を開けると、おぉ~。
天井まで朱く塗りこめられた一階部分では、おびただしい数のアンティーク着物がシャンデリアの灯りに照らされています。
(ポップで色とりどりなアンティーク着物が吊るされた一階部分)
あでやかでパンチが効いた彩りと柄。
和と洋のデザインが狂おしく交錯し、絢爛たる迷宮空間がつくりだしています。
着物だけではなく、カラフルな端切れや、レトロモダンなハンドバッグなどなど、品ぞろえ豊富。
どれも持ち込みや出張買取でこの建物に集まってきた、さまざまなドラマをはらんだ商品ばかり。
店主の渡辺健人さんは32歳。
想像していたより、ずっとお若い方でした。
(店長であり日本画家の渡辺健人さん。32歳)
渡辺さんは三十代前半という若さで、なぜアンティーク着物を商おうと思われたのでしょう?
渡辺
「小学生の頃から父親に連れられ、よく骨董市へ出かけていました。骨董市に漂うアヤシイ雰囲気は、幼ごころに惹かれましたね。そして骨董を見ていくうちに、明治~大正~昭和初期の、日本と西洋の文化がまざったような不思議な柄の着物が好きになったっていったんです。この時代のアンティーク着物は生地も織り方も独特で、染料も染色方法もいまにはないもの。だから現在ではこういった妖艶な発色は再現できないんですよ。そこがまたアンティーク着物の魅力ですね。そうやって学生時代からアンティーク着物を集めていたので、お店を開くのは僕にとってとても自然なことだったんです」
なるほど。
年齢はお若いけれど、古い着物の扱いはベテランのキャリアをお持ちだったのですね。
それにしても小学生の頃から骨董市へ通い、近代の着物を物色していたとはシヴい!
そうして幼少期に骨董市で触れた着物を通じて日本文化にめざめた渡辺さんは、都西安高校で日本画を学び始め、成安造形大学の日本画コース在学時には早くも京都の骨董界隈で名を馳せる新鋭コレクターとして頭角をあらわします。
卒業一年後にはおもにアンティーク着物を扱うフリーの古物商となり、さらにおよそ4年前に、祖父の代に建てられたというこの古民家で「戻橋」をオープンするに至りました。
では、いよいよ噂の「どくろコレクション」があるという二階にあがらせていただきます。
(どくろコレクションがある二階へと続く階段。チェック柄で早くもインパクト絶大)
パッショネイトな赤黒チェック模様の階段をあがると、うわぁ……。
そこにはさらに艶めかしさを強めた、乱調の美学がみなぎるおそるべし空間が現れました。
(和と洋の美意識の乱反射を感じる二階部分)
(着物と西洋アンティーク家具が混在する応接間)
「遊郭の要素を採りいれた」というその部屋は、ソファの上に謎めいた日本人形が並んでいたり、横たわった鏡の上に無数の鞠が転がっていたりと、耽美的で不気味なムードが充溢。
(ソファに並ぶ、いわくありげな日本人形たち)
(横たわった鏡の上に無数の鞠が)
渡辺
「怪しくて怖い世界が好きなので、自分が好きなものを置いていったら、こうなったという状態ですね。え? この部屋で幽霊を見たことがあるか、ですか? それは……どうですかね……」
そういって、なぜか霊的な質問をそっと遮った渡辺さんでした。
なにかあったのでしょうか。
ちなみにこの二階はギャラリーや撮影スタジオとして機能しており、渡辺さん自身が撮影するだけではなくレンタルも可能。
ヴィジュアル系アーティストのプロモーション動画撮影に貸し出したこともあるのだそう。
(渡辺さんがこの部屋で撮影した写真その1)
(渡辺さんがこの部屋で撮影した写真その2)
(渡辺さんがこの部屋で撮影した写真その3)
そして! 遂に対峙した、噂の「どくろ」たち……。
着物、明治時代の着物の図案集、掛け軸、絵巻物、さらに野ざらしになった人間の死体が腐敗し、次第に白骨化してゆく過程を描写した「九相図」(くそうず)などなど、息をのむ作品の数々。
(杖にどくろを挿して歩いていたという一休宗純など、どくろを描いた掛け軸や絵巻物がズラリ)
(どくろの掛け軸がこれほどたくさん一堂に集まっている場所は極めて珍しい)
(どくろ柄の着物ってこんなにあるのか! と驚かされる)
(死体が朽ちていく経過を九段階にわけて描いた仏教絵画「九相図」(くそうず))
どくろ! どくろ! どくろ! の大集合。
いったいどれくらいの数があるのでしょうか?
渡辺
「着物と掛け軸がメインで、掛け軸がおよそ50本。着物が300着といったところでしょうか。どくろ柄って本当に珍品で、なかなか出ないんですよ。全国まんべんなく出るけれど、反面、集中して出る地域もない。それゆえ探すのがたいへんなんです。入手にはかなり苦労しますし、買い取る際の価格も正直、かなり高額です。ですのでこれだけの数が一か所に集まっている場所は京都のみならず日本でも極めて少ないと思います。これらは完全に僕のコレクションで、どなたにもお売りしていません」
滅多に出ないどくろ柄を300着も集めるなんて、そうとうに骨が折れる努力。
「着物に特化したどくろ柄コレクター」として、渡辺さんは日本有数、もしかしたら日本一かもしれないのです。
つぶさに見てみると、ひとことで「どくろ柄」と言ってもさまざまな表情があることがわかります。
リアルなものもあれば、デフォルメを効かせたものもあり。
これ見よがしに目立たせた柄もあれば、凝視してやっと判別できる隠れキャラも。
襦袢や羽織の裏側にだけ染められ、脱がなければ見られない粋なはからいもあったり。まさに裏モノ。これを着ていた御仁はかなりの遊び人だったのでは。
(囲碁に興じる白骨たち。楽しそう)
(すすきが揺れる秋の夜道を散歩する白骨くん。怪奇より風流を感じる)
(ダンスする白骨たち。怪奇よりレイブを感じる)
(どくろを前面に押し出したデザイン。もとの持ち主はそうとう骨のある男だった様子)
(どくろをパターン化したおしゃれなタイプ)
これらどくろ柄の着物は、いったいどういう人たちが着ていたのでしょうか?
渡辺
「どくろ柄の着物は、時代的には幕末から大正、昭和初期に流行ったと思われます。女性用の着物も少しあるのですが、ほぼ男性用です。ただ、もとの持ち主がどういう人だったか、なぜ流行ったのかという資料が、ほとんど残っていない。魔除けや蘇生を意味する縁起物として描かれたという説もあるんですが、確証はないです。とにかく謎が多くて、解明できていない部分もどくろ柄の魅力なんです」
どくろが死や破滅ではなく魔除けや蘇生を意味する縁起物だったという説は、日本人の当時と現在の「どくろ観」の違いが感じられて、面白いですね。
新選組局長の近藤勇も、わざわざどくろ柄の稽古着をあつらえたという伝説がありますし。
(昭和初期のものと思われるどくろ柄の着物には梵字が。「仏教的な意味がありそうですが、実は単なる文字の羅列なんです」。時代が新しくなると、現代の英字入りTシャツの感覚に近くなっているのかも)
では、そもそもなぜ渡辺さんは、どくろ柄に惹かれたのでしょうか?
渡辺
「きっかけは、日本画に描かれたどくろですね。日本画にはどくろや妖怪がよく出てくるんです。河鍋暁斎(かわなべ・きょうさい)などのどくろ絵を模写しているうちに、どくろが好きになっていきました。日本画に登場するどくろって、怖がらせるだけではなく、滑稽なキャラクターとして描かれたものが多いんです。骨だけなので表情がないはずなのに、感情が伝わってきて、観る者を飽きさせないんです」
確かに渡辺さんが集めたどくろたちは、恐怖というより、とぼけたシャレが効いていて(シャレコウベだけに……)、生きている間のしがらみにもうとらわれずに済むという開放感があり、それでいてしんみりさせるペーソスも見受けられます。
彼らは無表情なはずなのに、表情が豊かなのです。
こうして日本画から影響を受けてどくろ柄を蒐集するようになった渡辺さんは、大学時代から今日まで、自らも岩絵具(鉱石を砕いて作った顔料)を用い、どくろ絵を描いています。
絵師としての雅号は「京髑髏」(きょうどくろ)。
(渡辺さんは自らも『京髑髏』の名でどくろ絵を描いている)
(『京髑髏』の作品)
さらに渡辺さんは京髑髏という名で、ほかに手ぬぐいやがま口など和小物のデザインなどもされています。
(貴重などくろ柄の生地を再利用したがま口)
はじめはゾクゾクする納涼を目的としてこちらを訪れましたが、ユーモラスな彼らを見てほほえむことしばしばで、むしろ心があたたかくなりました。
血も肉もない彼らに、血となり肉となるパワーをもらいました。
そうそう、和どくろは元来「蘇生」のシンボルという説あり。
そして思えば「戻橋」という店名も、死者が霊界から現世へと戻る橋として言い伝えられる「一条戻橋」(いちじょうもどりばし *同じ上京区に現存する橋)が命名の由来。
こちらのどくろたちには、暑気を払うだけではなく、失った活力を取り戻させてくれる効果があるのかもしれません。
そして! この夏、そんなどくろたちに会えるチャンスがあります!
来たる2016年7月29日(金)から7月31日(日)までの3日間、こちらの「戻橋」で、普段は非公開という渡辺さんの「どくろコレクション」を予約なしで、しかも無料で鑑賞できるのです。
(7月29日(金)~7月31日(日)「日本の髑髏絵・掛軸展 ―冥界からの招待状―」)
(さあ勇気を出して、あなたも戻橋の二階へあがってみよう!)
どくろたちに会いに、ぜひ足を運んでみてはいかがでしょう。
究極のダイエッターであるナイス骸(がい)たちと過ごす、ちょっと怪しいサマータイム。
はじめはとっつきにくいかもしれませんが、意外とチャーミングな和どくろの魅力に、あなたは骨抜きになってしまうかも。
店名■戻橋(もどりばし)
住所■京都市上京区中立売通黒門東入役人町237
営業時間■13:00~18:00
定休日■不定休
電話■090-5977-6061
特別展「日本の髑髏絵・掛軸展 ―冥界からの招待状―」
京髑髏所蔵品を展示します。
開催日■2016年7月29日(金)~7月31日(日)
開場時間■11:00~19:00
入場料■無料
会場■「戻橋」二階 特設展示場
アクセス■http://kyodokuro.gafunet.com/access.html
(吉村智樹)
*画像提供:渡辺健人