【終戦直後の広島】カラーで見る原爆投下7ヵ月後の広島のリアル
どうも服部です。昭和の動画を紐解いていくシリーズ、今回は記事公開日が8月6日の原爆の日直前ということで、日本における空爆の被害状況を調査したUSSBS(米国戦略爆撃調査団)によって撮影された、広島に原爆が投下された約7ヵ月後のカラーフィルムを取り上げました。
※動画はページ下部にあります。

最初に入るカチンコの日付は「APRIL 8 46」、1946年(昭和21年)4月8日。原爆投下よりほぼ8ヵ月後のタイミングです。右下に「HIROSHIMA」と入っています。

映像にナレーションはありませんが、「US National Archives(アメリカ国立公文書記録管理局)」の元記事に掲載されている撮影メモによると、ダッジ(現在、米クライスラー社の1ブランド)のセダンだそうです。ペシャンコになっています。



映像前半では破壊された建物ばかりが次々と映し出されていきます。以前公開した拙著「【カラーで見る】原爆投下7ヵ月後の広島が衝撃的すぎる」で取り上げた映像は、編集され多少演出された場面があったりしましたが、この映像では、ただただ被害状況(米軍にとっては爆撃効果)だけを捉えていきます。

映像の3:04あたりに瞬間入るカチンコから、遡って3月13日からの日付になっています。原爆投下の7ヵ月後です。カメラマンは、このシリーズではおなじみ映画監督兼カメラマンの三村明氏(海外名:ハリー三村)に変わっています。


原爆投下後7ヵ月経ってもこの瓦礫の山です。

崩れかけている壁に「三和銀行(いくつかの合併の後、現・三菱東京UFJ銀行)」の文字が見えます。

映像の5:15頃には、静止画では気付きにくいですが、瓦礫の中で何か探しているような人たちの姿を捉えています。

5:45頃から瓦礫をアップに捉え、段々と上にアングルを移していくと「原爆ドーム」が見えてきました(広島平和記念資料館の資料によると、原爆ドームと呼ばれるのは占領が明けた=昭和27年頃だそうです)。この原爆ドームのほぼ真上で原爆は炸裂しました。

舗装された道を自転車で走る男性の姿。撮影メモによると爆心地から200フィート(約61m)のところだそう。

再び、少し近づいての原爆ドームの姿。

先ほどの自転車が走っていたのと同じあたりを奇麗な和装の女性が歩いてきます。


「【カラーで見る】原爆投下7ヵ月後の広島が衝撃的すぎる」の冒頭に登場した「日本基督教団 広島流川教会」のようです。撮影メモによると爆心地から3000フィート(約914m)離れていますが、壁だけが残っている状態です。爆心地から半径約2kmがほぼ全焼したといわれています。

元安川に架かる橋を荷台にたくさんの人を乗せたトラックが走っていきます。

同じ橋を自転車が疾走していきます。

防護柵は崩れ落ちそうな状態です。

こちらは橋の上を通る広島電鉄(広電)の路面電車。

車道を歩いて行く歩行者。右側の歩道と思われるところとの間には亀裂ができていて危険な状態です。

もちろん、自転車も車道を走っていきます。

今度は広電を正面から捉えています。線路の下の石畳が、傷んでいる箇所が見受けられます。

同じ橋を今度は馬車が渡っていきます。

こちらは川沿いの道を行く馬車。

お母さんでしょうか、手を引かれて歩く男の子。

ちょっと離れてから、カメラが気になったのでしょう、振り返ってます。

続いては、高台から橋の様子を捉えています。広電や馬車がいて。

トラックに……、


歩行者の姿も。周囲の状況はまだまだ悲惨ですが、人々はたくましく生活をしているのです。

何を運搬しているのでしょう、川をいく船の姿も捉えています。
以上、前半の原爆の破壊力をひたすら伝えた内容から、後半の各種交通機関や歩行者の姿など終戦直後をたくましく生きる人々のリアルな生活までを捉えた貴重映像の、場面場面を切り取ってお伝えしてきましたがいかがでしたか。引き続き、歴史の1ページを紐解いていければと思います。
(服部淳@編集ライター、脚本家) ‐ 服部淳の記事一覧
※最新記事の公開をFacebookページとTwitterにてお知らせしています(「いいね!」か「フォロー」いただくと通知が届きます)。
【動画】「Atomic Bomb Physical Damage, Blast Effect, Hiroshima, 03/13/1946 - 04/08/1946」