『怖い絵』の中から本当に怖い絵を5枚選んでみた。

2016/3/15 13:00 Tak(タケ) Tak(タケ)


中野京子さん大ベストセラー『怖い絵』シリーズ。単行本、文庫本合わせると美術書としては異例の売り上げを誇っています。古今東西のアート作品は、美しい絵、心がなごむ絵ばかりではありません。ギョッとする作品から、思わず目を覆いたくなるようなものまで様々です。

  

『怖い絵』シリーズが多くの読者に支持された理由として、一見怖そうに観えない作品(たとえばドガがパリの踊り子を描いた「エトワール、または舞台の踊り子」)の裏に潜んだそれはそれは恐ろしい一面を、軽快な語り口で書き記した点にあります。

そんな中にも、パッと目にしただけで「わっ!」と思わず声をあげてしまいたくなるような、残酷でグロテスクな正真正銘の「怖い絵」も含まれています。今回は全3巻の中から厳選した本当に怖い絵をご紹介します。果たして最後まで見られますか…




ゴヤ「我が子を喰らうサトゥルヌス」1820~24年頃
プラド美術館

『進撃の巨人』で妙に人食いシーンに慣れてしまった私たちにも、この絵の恐ろしさはダイレクトに伝わってきます。今まさに食われている子どもは頭も腕も食いちぎられ完全に息が途絶えた状態です。

サトゥルヌスはギリシャ・ローマ神話に登場する農耕の神であり「時」をつかさどる神だそうですが、ある予言をおそれ自分の子どもたちを次々と食い殺してしまったそうです。こんな神話を好奇心旺盛な画家ゴヤが放っておくはずがありません。自分の筆でその世にも恐ろしい場面をリアルに描き出しました。

モニター越しにもその戦慄の恐怖がひしひしと伝わってきますが、プラド美術館で実際に対峙するとその迫力の前にしばし動けなくなってしまいます。なにせ1m50cmもある大きな作品なのですから。くわばらくわばら。




レーピン「イワン雷帝とその息子」1885年
トレチャコフ美術館

抱えられた瀕死の状態の男のこめかみから、鮮やかな色の血が勢いよく流れ出ているまさにその瞬間を描いた作品です。広い部屋には抱える者と抱えられる者の二人の姿しか描かれていません。一体だれがこんな酷いことをしたのでしょう?

ここで右京さんの登場を待つまでもなく、作品のタイトルからそのヒントを見つけ出すことが出来ます。瀕死の男性は雷帝と恐れられたイワン4世の息子、つまりこの国の皇太子。そして息子を抱える老人こそ雷帝その人に他なりません。

二人の間にどんな押し問答があったのかは分かりませんが、正気を失いまさに人間から「雷帝」に変貌を遂げた父が、息子を打擲し勢い余って死に追いやってしまいました。人は正気を失うと何をしでかすか分からない一番恐ろしい状態となります。「我が子を喰らうサトゥルヌス」はまさにその時を描いていますが、レーピンはその後を描くことでより深い恐ろしさを表現することに成功しています。




カラヴァッジョ「ホロフェネスの首を斬るユーディト」1598年頃
ローマ国立絵画館(バルベリーニ宮)

首を斬られて死ぬなんて考えたくもありませんが、こんな美しい女性になら…ルーカス・クラナッハやルネサンス期の画家が描いた「ユーディト」(ユディット)は斬り終えたあとの首を手にし笑みを湛えている作品が多くありますが、カラヴァッジョはそれでは満足がいかなかったのでしょう、今まさにホロフェネスの首を斬り落とす瞬間を描いています。

殺人を犯したことのあるカラヴァッジョが描いたとなると余計にリアルに観えてしまいますが、反面ユーディトの動きがどことなくぎこちなく思えてしまいます。まぁ人の首を斬ることに慣れている女性がいたとしたら、それはそれで怖いのでこれくらいおさえ目の表現でも十分なのでしょう。実際カラヴァッジョ以降この場面を描く画家が多く現れることになります。より凄惨な場面として。

ところで、ユーディトは身につけている白い服を、ホロフェネスの血で汚したくないがために、こんな不自然なポーズをとっているとしたらどうでしょう?確かに計算通り血しぶきは逆方向へ勢いよく出ています。そうだとしたら一番怖いのはこんな状況下で冷静な?判断が出来るこの女性自身ということになります。




ボッティチェリ「ホロフェルネスの遺体発見」1470年
ウフィッツィ美術館

描いた画家も時代も違いますが、この凄惨な殺戮の現場の「被害者」はタイトルが示す通り、ホロフェルネスです。とするならば、首をかき斬ったのは誰か?そう答えは簡単ユーディトです。カラヴァッジョ「ホロフェネスの首を斬るユーディト」が殺した側からの視点で描いた作品だとするならば、こちらのボッティチェリ作品は殺された側から描いたものです。

凄惨な現場も視点が逆転するだけで、見え方だけでなく感じ方、受け止め方も変わってくるものです。みなさんはどちらにより共感が持てましたか?親近感がわきましたか?そうした対象の絵ではないことは十分承知の上で2枚の作品を見比べた時、肩入れしたくなる方がきっとあるはずです。

本当に怖い絵というものは、鑑賞者の深層心理まで露わにしてしまうものなのです。




ルーベンス「メドゥーサの首」1617年
ウィーン美術史美術館

ネロとパトラッシュを天国にやさしく導いたイエスの作品を描いた同じ画家が描いたとは思えぬほど恐ろしい作品です。メドゥーサもしばしば画家の好奇心をくすぐり絵画化されましたが、ここまで死と直接的に結びついたリアルなものを描いたのは画家はルーベンスが初めてでした。

首の切り口からは臓器の一部や血管、皮膚がここまでリアルに描く必要が果たしてあったのかと首をかしげたくなるほど、詳細に描かれています。ここで写実力を発揮せぬとも良いと思うのですが…しかし、そこがルーベンスの譲れない点だったのでしょう。神話の一場面と描くのではなく、現実世界と何らかの接点を持たせたいとの思いが見え隠れします。

血の気を失った青ざめた唇は、夏目漱石『夢十夜』に登場する「女」をふと思い出させ、焦点を定めることをやめた眼球は、道尾秀介『背の眼』をもう一度読みたくなる衝動に駆りたてます。怖い絵画を忘れるべく文学の世界へ助けをもとめるかのように。そうそう、角川選書の『九相図をよむ 朽ちてゆく死体の美術史』山本聡美 (著) もこのルーベンス作品の新しい見方を提示してくれます。


  


「ボッティチェリ展」
会期:2016年1月16日~4月3日
会場:東京都美術館
公式サイト:http://botticelli.jp/


「カラヴァッジョ展」
会期:2016年3月1日~6月12日
会場:国立西洋美術館
公式サイト:http://caravaggio.jp/