結局「電王戦」ってどうなったの?~コンピュータ将棋はプロ棋士を超えたのか~

2015/8/29 11:00高橋 雄輔高橋 雄輔


将棋電王戦棋士激闘録〈第3回〉
将棋電王戦棋士激闘録〈第3回〉
池田 将之 滝澤 修司 内田 晶 著(ピーエスクリエイティブ)


400年以上の歴史をもつ将棋界。その伝統的な世界を揺るがしているのが、圧倒的な計算力をもつコンピュータ将棋だ。1秒間に数百万~数千万もの局面を読む将棋ソフトに対して、プロ棋士の分は悪い。いま「将棋棋士」という職業の存在意義が危機にさらされている。

パンドラの箱が開いたのは2012年。ニコニコ動画を運営するドワンゴの主催によって、プロ棋士とコンピュータソフトが戦う「電王戦」が誕生した。棋士のプライドをかけた真剣勝負が話題となったが、2013年から始まった5対5の団体戦では2年連続で負け越し。「将棋が強い」というプロ棋士の威信をおびやかす結果となった。

今年の「電王戦FINAL」では3勝2敗と初めてプロ側が勝ち越し、土俵際でふみとどまった。しかし、事前研究を徹底してコンピュータの弱点をつかなければ、もはや大半のプロが負けるとみられている。


「機械学習」でプロ棋士の指し手を模倣できるように

いつのまに、これほど将棋ソフトは強くなったのか。コンピュータ将棋の開発が始まったのは1970年代だが、当時はルール通りの手を指すのが精いっぱい。80年代になるとパソコンやファミコン用の将棋ソフトが登場し、初心者が楽しめるレベルへと成長した。90年代にはアマチュア初段以上の実力になったといわれている。

コンピュータ将棋に技術革新が起きたのは2005年。従来のアプローチとは異なる手法で開発した将棋ソフト「Bonanza(ボナンザ)」が彗星のごとくあらわれ、翌年に並みいる強豪ソフトを打ち負かしたのだ。2007年には渡辺竜王(当時)との公開対局が行われ、終盤までトッププロと互角の戦いを演じている。

Bonanzaの強さの秘密は「全幅探索」と「機械学習」という手法にあった。「全幅探索」とは、考えられる可能性をしらみつぶしに計算すること。これは人間の「読み」にあたる部分である。ハードの発達にともない、コンピュータチェスと同じ方法論が有効になったといわれている。

「機械学習」とは、大量のデータをもとにコンピュータ自らが学習して強くなる手法。Bonanzaの場合、約6万局のプロ棋士の棋譜(対局の手順を記録したデータ)を解析して局面の評価関数を抽出し、自動的に調整していく。この機械学習により、プロと同じように局面の「形勢判断」をする能力が身につくわけだ。

2009年にはBonanzaのソースコードが公開され、同じ手法が他のソフトにも導入されるように。現在の最強ソフト「Ponanza(ポナンザ)」も当初はBonanzaメソッドを使って開発されていた。


来春、「叡王戦」優勝棋士とコンピュータが二番勝負で対決

羽生名人は全タイトルを独占した1996年に、いまの危機的状況を予言している。「コンピュータがプロ棋士を負かす日は? 来るとしたらいつ?」というアンケートに対して、「2015年」と答えたのだ。ほとんどのプロ棋士が「まだまだ先」「プロが負ける日は来ない」といった主旨の回答をするなか、極めてシビアな見通しを示している。

そして2015年4月、団体戦形式の「電王戦」はいったん幕を閉じた。しかし、異種格闘技戦ともいえるコンピュータとの戦いはニコ生の人気コンテンツへと成長。将棋ファンの期待も高まっている以上、もうパンドラの箱は閉まらない。

今年6月にはトーナメント形式の新棋戦として「叡王戦」が開幕し、その優勝者が来春にコンピュータソフトと二番勝負を行うことになった。ついにタイトルホルダーとコンピュータとの決戦が初めて実現するかもしれない。

ただし、羽生名人と渡辺棋王は「叡王戦」に参加していない。棋界を代表するビッグネームなので興行的に出し惜しみをしているのか、プロ棋士の最強神話を守るために戦いをさけているのか。おそらく、どちらの目的もあるだろう。

総合格闘家のヒクソン・グレイシーは当時、日本人最強といわれていた桜庭和志と戦っていない。そして「400戦無敗」という最強神話を守ったまま引退した。全盛期のヒクソンと桜庭のどちらが強かったのか、いまでは知るよしもない。羽生名人も同じ道をたどるのだろうか。


伝説のチェスチャンピオンが羽生名人に語った言葉

知性の象徴とされるチェスの世界チャンピオン、ガリル・カスパロフがコンピュータに敗れたのは1997年。IBMが開発したチェス専用のスーパーコンピュータに六番勝負で負け越し、世界的なニュースとなった。昨年に来日した同氏は羽生名人との対談で次のように語っている。

「私は人工知能の発達を前向きにとらえている。人類をおびやかす存在ではなく、われわれにとって便利になると信じている。そのためにもチェスや将棋のコンピュータ対決の経験を活用することが重要。人間とコンピュータの考え方の違いが明らかになり、協力する方法を編み出すことができる
(引用元:将棋ワンストップ・ニュース『ETV特集「羽生善治×ガルリ・カスパロフ対談」。人工知能、加齢、引退、チェスと将棋の違いなど 』)

はたして人工知能が人間の知性を上回ったとき、どうやって共生していくのか。人間に残された役割はなんなのか。コンピュータソフトの進化と将棋界の危機(もしくは好機)が、めざすべき未来への道しるべとなるかもしれない。

(高橋雄輔)

※(編集部追記:本文中で初出時に引用元表記が抜けておりました。お詫びして訂正いたします。2015年9月3日10:00)