手は旅をする~ドローイング~

2015/7/28 17:25 鴻池朋子 鴻池朋子

ドローイング1 (C)Tomoko Konoike


先日、絵を描いていて突然、絵を描くっていうのは合理的なことなんだって発見しちゃったんです。絵を描くことは合理的だなんていままで一度も思った事はなかったんですよ。でも、スケッチなんかを例に挙げると、効率よく整理された線を選択して紙に一本描くのなんか、まさにそう思いましたよ。動物のスケッチなんかも、動物の体はどんな構造になっているか、脚をどのように運ぶのかなんてよくよく観察して描いたりするわけなんですが、そうすると、そういう思考の中から一番効率的に合理的に選ばれた線が画面に描かれていくわけですよ。たった一本のラインの背後にたくさんの情報を潜ませて、描かれる時は研ぎすまされてたった一本描かれるわけですからその線は大変合理的。故にその線はとってもおしゃべりですよ。何に似ているかっていうと文字。文字も合理的ですよね。だから絵って言語という思考が介入しやすくて危ういんだと合点がいきました。デザインすることにも似てる。引き算して洗練していく作業が。詩もそう。研ぎすましていく作業だから。なーんかみんな似ていて嫌だな。



ドローイング2 (C)Tomoko Konoike



ドローイング3 (C)Tomoko Konoike



ドローイング4 (C)Tomoko Konoike

私は、「絵」って素朴な原初的な行為だろうと思ってやってきたんですね。でも実は、ずっと前から何か嫌らしさがあるなあ、性に合わないなあって思っていたんですよ。それがこの合理的なところだってわかって、やっとそれまでの「絵」とさよならできると思いましたよ。思考が介入しやすい危うさって、絵の弱点ですよ。みんなそれに気づかないの。だから近代以降、文字と同じで意味っぽい絵ばっかりになるわけだ。じゃあどうするのかな。それが私の現在の絵の始まりですよ。自分だけの視覚に頼らない物の捉え方、合理的効率的ではない事の集積。芸術家がまた難しい事をいっていると思わないで。新しい絵を描くことは、それはそれは楽しいですよ。



ドローイング5 (C)Tomoko Konoike