「静岡」という岡はないのになぜ「静岡県」? 意外と知らない地名の由来まとめ

2014/7/30 18:25 服部淳 服部淳




どうも、服部です。今回はタイトルのごとく、「静岡」という岡はないのになぜ「静岡県」みたいな、ナゾの地名の由来を調べてみたいと思います。

●静岡
まずは、その「静岡」の由来から。静岡県庁のホームページで調べてみると……。

「静岡」の由来
“府中という地名はたとえば駿河府中、甲斐府中のように特定の地名を表すと言うよりも、むしろ地方の拠点をあらわす名称です。明治2年、新政府はこのまぎらわしい名称を避けるため、駿府藩に対して府中という地名の変更を命じてきました。藩内で検討した結果、「静、静城、静岡」の3つを考案し、政府に報告しましたが、このうち「静岡」が採用され、6月の家達の藩知事任命の際、初めて使用されました。なお、「シズオカ」の「シズ」は賤機山に由来すると言われています。”

最後の一文のところがもっと知りたいのに……。

が、ありました。静岡市役所前に「静岡の由来」という、ぴったりなお題の石碑があるじゃないですか。



読みにくいので打ち出してみますと、

「静岡の由来」
“明治二年(一八六九)廃藩置県を前にして駿府または府中といわれていた地名の改称が藩庁で協議された 重臣の間では賤機山にちなみ賤ヶ丘といったんは決まったが藩学校頭取の向山黄村先生は時世を思い土地柄を考えて静ヶ丘即ち「静岡」がよいと提案され衆議たちまち一決 同年六月二十日「駿州府中静岡と唱え替えせしめられ候」と町触れが達せられた(後略)”

ざっくり要約すると、明治2年の改称の際、重臣たちが市の中心に位置する「賤機山(しずはたやま)」にちなんで「賤ヶ丘(しずがおか)」と命名しましたが、偉い先生の提案で「賤」を「静」に変更し「静岡」にしたということらしいです。賤の字が「賤しい(いやしい)」とも読める、県名にはふさわしくない漢字だからでしょうか?

その「賤機山」を航空写真で見てみると(赤枠部分)、



「静岡県庁」や「静岡市役所」、「静岡駅」にもほど近い中心地にあります。標高は171m、戦国時代には山頂に「賤機山城」というお城があったそうです。



●神奈川
お次は、静岡のお隣「神奈川県」。こちらも現在の地図に「神奈川」という川は存在しません。

神奈川県も、まずは神奈川県のホームページから見てみたんですが、由来については詳しく書かれてなく……。

ということで、もうひとつの神奈川! 横浜市神奈川区のホームページ神奈川区の歴史というページを見ると……載っていました。

冒頭に“いくつかの説があり、本当のところはわかりませんが...。”と断りがあり、2つの説が紹介されています。1つ目は……。

“その昔、区内を流れていた小さな流れを「上無川(かみなしがわ)」といっていました。 それは、いつも水が涸れてほんの少ししか流れていない。水源地もどこかわからないので、「上(かみ)がない川」と呼ばれていました。それがいつしか「み」「し」の二字を略して「かな川」をいうようになったという話です。”

そして2つ目は……。

“日本武尊(やまとたけるのみこと)が東方へ赴く際、今の神奈川の海辺柚ヶ浦に船出の用意をしました。そこが「上無川(かみなしがわ)」なのでした。その時、倭姫(やまとひめ)にいただいた宝剣が金色燦然としてこの川水に映ったので、この地を金川(かながわ)と名付けました。その後時が移り、源頼朝がこの金川(かながわ)の風光を賞し、「<金>は西の方角をつかさどるというが、西方は上(かみ)にあたるし,皇城(こうじょう=都、天子のすむところ)にもあたる。これは神を大いに示す地である。」として<大いに示す>を「奈」の字にして、金川→神大示川→神奈川とすべきだといったので、その時から金川を神奈川としたという話です。”

うーん、2つ目はちょっと物語がかりすぎて信じにくいですかね。「上無川(かみなしがわ)」がやがて「かながわ」になったというのは、2つの由来の共通点なので、これはガチっぽい気がします。



●吉祥寺
県名になっている全国区のものから一気に東京ローカルになってしまいましたが、「吉祥寺」です。「東京の住みたい街ランキング」などで、たいてい上位に入る、東京都武蔵野市に位置する人気の街です。

周辺に住まれてる方には常識かもしれませんが、実は「吉祥寺」に「吉祥寺」というお寺は存在していないんです。しかも、昔に存在していたワケでもない。

江戸時代、1659年の大火事で住居を失った諏訪山吉祥寺(現在の文京区本郷一丁目あたり)の人々がこの地を開拓・移住し、愛着のある「吉祥寺」と名付けたことに由来するのだそうです。

(服部淳)