【伝説の洋画家の見たパリ、大阪、東京】東京ステーションギャラリーで佐伯祐三展開催中!

2023/2/2 21:00 yamasan yamasan

赤いレンガ壁と重厚なパリの街並み。
会場の雰囲気と作品がこれほどしっくりする展示はそう多くないのではと思える展覧会「佐伯祐三 自画像としての風景」が、JR東京駅の東京ステーションギャラリーで開催されています。


展示風景

東京ステーションギャラリーの展示室は、2階と3階に分かれていて、2階展示室はご覧のとおり、東京駅の赤いレンガ壁が残されていて、とてもいい雰囲気。
ところどころ煉瓦が欠けているのも時代の流れを感じさせて、いいアクセントになっています。


展示風景

東京駅が開業したのはおよそ100年前の1914(大正3)年。そして、佐伯祐三(1898-1928)が画家として活動していたのもおよそ100年前。
東京駅と佐伯祐三の何か不思議なご縁のようなものを感じます。

今回の展覧会は、東京では18年ぶりとなる本格的な佐伯祐三の回顧展ですが、作品を年代順に並べるのでなく、東京ステーションギャラリーならでは工夫が凝らされているのです。

展示構成
プロローグ 自画像
1-1 大阪と東京:画家になるまで
1-2 大阪と東京:〈柱〉と坂の日本-下落合風景と滞船
2-1 パリ:自己の作風を模索して
2-2 パリ:壁のパリ
2-3 パリ:線のパリ
3   ヴィリエ=シュル=モラン
エピローグ 人物と扉


3階展示室は「プロローグ 自画像」から始まります。


「プロローグ 自画像」展示風景

今回の展覧会のサブタイトルは「自画像としての風景」。
プロローグに自画像が展示されているのには意味がありました。
自画像は画家と自己との対面。そこには本人の心情や境遇などが色濃く反映されます。
展示室ですぐに目に入ってくる《立てる自画像》(1924年 大阪中之島美術館蔵)(上の写真左)は顔の部分が削り取られていますが、それには理由がありました。
(この作品のエピソードは解説パネルをご覧ください。)

これから佐伯の描くパリや日本の風景画をご紹介していきますが、風景画もまさに自画像と同じく風景と対面した作者の内面が映し出されたものだったのです。


今回の見どころの一つは、今まであまり注目されなかった、日本の風景を描いた作品がまとまって見られることです。

「1-2 大阪と東京:〈柱〉と坂の日本-下落合風景と滞船」展示風景

3階展示室では、大阪で生まれた佐伯が、東京美術学校(現在の東京藝術大学)に入学、結婚を機に東京・下落合にアトリエ付き住宅を構え、最初にパリに向かった1923年までと、1926年に一時帰国してから翌年パリに向かうまでの「一時帰国時代」の作品が展示されています。

※下落合のアトリエは現在、佐伯祐三アトリエ記念館として保存・公開されているので、この機会にぜひ訪れてみたいです。

中でも注目したいのは、帰国後、下落合周辺の風景や、大阪・安治川の滞船を描いた作品群。

「下落合風景」

「1-2 大阪と東京:〈柱〉と坂の日本-下落合風景と滞船」展示風景

東京郊外などにはパリのような高い建築物がなかったので、上部の空間を埋めるものとして「下落合風景」や「滞船」のシリーズで佐伯が描き込んだのは、電信柱と電線、船の帆柱と重なり合うロープでした。

「滞船」

「1-2 大阪と東京:〈柱〉と坂の日本-下落合風景と滞船」展示風景

順番は前後しますが、パリに行く前に描いた地元・大阪の作品と比べると、受ける印象が大きく異なるのがよく分かります。


「1-1 大阪と東京:画家になるまで」展示風景


続いて2階展示室へ。

今回の展覧会のもう一つの大きな見どころは、第一次と第二次パリ滞在の作品が同じ展示室の中に展示されているので、両方を見比べられられることです。

第一次パリ滞在のキーワードは壁のパリ


「2-2 パリ:壁のパリ」展示風景

ここで佐伯が執着したのは、パリの建物の重厚な壁の質感でした。
画面いっぱいに描かれた壁の質感がそのまま伝わってくるような、これぞ「佐伯祐三」といえる作品なので、《コルドヌリ(靴屋)》は、2種類ある展覧会チラシのうち一つのメインビジュアルに選ばれているのもよくわかります。
(上の写真の作品はどちらもタイトルが《コルドヌリ(靴屋)》で、左が石橋財団アーティゾン美術館蔵、右が茨城県近代美術館蔵。展覧会チラシに使われているのは前者の方です。)


展覧会チラシ

《コルドヌリ(靴屋)》だけでなく、佐伯は一つのモチーフの作品を繰り返し描きました。
「2-2 パリ:壁のパリ」の冒頭には、同じモチーフの作品が2点ずつ展示されています。
(下の写真の右2点。右から《門と広告》(埼玉県立近代美術館蔵)、《広告のある門》(和歌山県立近代美術館)。少しはがれた広告の表現がすごくリアルです!)

「2-2 パリ:壁のパリ」展示風景

上の写真左の作品のタイトルは、そのものずばりの《壁》(1925年 大阪中之島美術館蔵)。
この作品には、佐伯の作品には珍しく完成した日付(1925年10月5日)が記されています。佐伯は日本に帰国するため翌年1月にパリを発っているので、およそ2年間の第一次パリ滞在の最後にたどり着いた「壁のパリ」の到達点とも言える作品です。

体が弱く、不本意ながら日本に帰ることになった佐伯でしたが、3階の展示室で「一時帰国時代」で見た電信柱やマストを描いた作品のように、1927年からの第二次パリ滞在では、木の枝やポスターの文字など、パリに見る「線」を描くようになりました。

第2次パリ滞在のキーワードは線のパリでした。


「2-3 パリ:線のパリ」展示風景

今までは、厚塗りの壁があって、そこにポスターの文字が一面に描かれているのが佐伯作品の特徴だと思っていたのですが、必ずしもそうではなく、東京・大阪→パリ→東京・大阪→パリと移動するうちに描く対象の中心が「壁」から「線」に変わっていたことに気づかされました。


「2-3 パリ:線のパリ」展示風景

ところが、パリ郊外のモランに移ってからは、また画風が大きく変わりました。
ここでの特徴は、まるで書道家が大きな半紙に書くような力強くて太い黒い線。
近くで見ると、グイッという筆の勢いが伝わってきそうです。

「3 ヴィリエ=シュル=モラン」展示風景

「エピローグ 人物と扉」には、どれが絶筆かは特定できないものの、佐伯が最後の力を振り絞って描いた作品が展示されています。

モランからパリに戻った佐伯は体調を崩し、床に就く日が続きました。
そこで残したのは、自宅を訪れた立派な白髭の郵便配達夫と、モデルに使わないか、と扉をたたいたロシアの亡命貴族の娘や、わずかに体力が回復した時に屋外に出て描いた扉の絵でした。


「エピローグ 人物と扉」展示風景

展覧会チラシのもう一つのメインビジュアルはこの郵便配達夫。
東京ステーションギャラリーの入口でお出迎えしてくれるこの方は、人生の重みを感じさせるとてもいい表情をしています。


一方、貴族の出らしく鮮やか色の衣裳に身を包んだロシアの少女は、ロシア革命の混乱を逃れて安堵しているように見えますが、同時に、彼女が大人になるころパリはナチスドイツに占領されたので(1940年)、その後も家族とともに無事にパリで過ごせたのだろうかと気になってしまいました。


「エピローグ 人物と扉」展示風景

最後に展示されているのは扉の作品2点。
わずか30年の年月を駆け抜けた佐伯は扉の向こうに何を見たのか。そう考えると胸の中にグッとこみ上げてくるものがあって、立ち去りがたい気持ちになってきました。


今回の展覧会は、展示替えを含めて約140点もの伝説の洋画家の作品を見ることができる絶好の機会です。
佐伯祐三のファンの方も、あまりなじみのない方もぜひご覧いただきたい展覧会です。

展覧会開催概要
会 期  2023年1月21日(土)~4月2日(日)
休館日  月曜日(3月27日は開館)
開館時間 10時~18時(金曜日~20時)*入館は閉館の30分前まで
展覧会の詳細は同館公式サイトをご覧ください⇒東京ステーションギャラリー

巡回展情報 大阪会場 2023年4月15日(土)~6月25日(日) 大阪中之島美術館

※展示室内は撮影不可です。掲載した写真は、内覧会で美術館の特別の許可を得て撮影したものです。