江戸時代の二次創作を堪能する!太田記念美術館で「浮世絵と中国」が開催中

2023/1/12 18:40 虹

2023年1月にスタートする展覧会には、魅力的なものが多数あります。その中でも、太田記念美術館で1月5日に開幕した「浮世絵と中国」は、その名のとおり浮世絵と中国文化の関係という珍しいテーマを扱った展覧会です。



日本文化をひも解くと、中国から影響を受けたものが多いのはご存知のとおり。そこには単に作風を模倣しただけではなく、中国文化を咀嚼・吸収し、いかにアウトプットをしていったかという歴史があります。

それは浮世絵においても言えること。本展では【18世紀の浮世絵と中国】【19世紀の浮世絵と中国】【見立てと戯画】の3つの章で、中国文化が浮世絵の世界にどんな影響を及ぼしたか、また、浮世絵の中でどう変化していったかを、豊富な作品と共に紹介します。
※本文中に記載のないものは、全て太田記念美術館蔵です。


ハイコンテクストな楽しみ方が主流だった18世紀


▲会場風景

第1章で紹介されるのは、18世紀における浮世絵と中国文化の関係。
浮世絵と聞くと名所や市井の風俗、美人画に役者絵などを連想する方も多いと思いますが、こうした画題と並行して、中国から伝わってきた技法を浮世絵に反映させる試みも行われました。そのひとつが遠近法です。

18世紀に中国で生まれた「蘇州版画」は、西洋の遠近法(透視画法)や明暗表現を取り入れているのが特徴です。この蘇州版画に影響を受け、日本では「浮絵(うきえ)」と呼ばれるジャンルが誕生。新たな版画表現が確立されていきました。

▲歌川豊春《浮絵異国景跡和藤内三官之図》 安永(1772-81)前-中期頃


技法だけではなく、中国発の詩文と浮世絵のコラボレーションもはじまります。
この頃中国文化を嗜んだのは、知識を備えた一部の人たちでした。そのため「わかる人にはわかる」という、ハイコンテクストな楽しみ方が主流だったのです。

▲鈴木春信《林間煖酒焼紅葉》 明和5年(1768)頃 衝立にある「林間煖酒焼紅葉」は唐代の詩人、白居易による漢詩の一文。紅葉を焼いて酒を温める遊女の絵柄も、元ネタを知っている人が画題を楽しめるという作りになっている。


しかし物語などをきっかけに、しだいに中国文化は庶民へも広がりを見せるようになりました。そしてついに、「水滸伝」という爆発的なブームが巻き起こるのです!


民衆が熱狂した中国発の物語 プロによる二次創作も

▲葛飾北斎『新編水滸画伝』初編三巻 文化2年(1805) 個人蔵  曲亭馬琴と葛飾北斎の黄金タッグが送る『新編水滸画伝』はベストセラーに。中国をイメージした鳥瞰図も発売されるなど、江戸時代の庶民にとって中国文化が一気に身近なものになっていく。

葛飾北斎を筆頭に、絵師たちは中国の物語に登場する人物を描くようになりました。
歌川国芳もそのひとり。彼が描いた水滸伝のキャラクターたちは筋骨隆々の「ザ・豪傑」で、物語と相まったその躍動感に人々は白熱します。

▲歌川国芳《通俗水滸伝豪傑百八人之壱人 浪裡白跳張順》文政11年(1828)頃

加えて国芳は原作のアレンジにも挑戦。少し改変を加えることで、キャラクターの活躍に厚みを持たせ、日本人好みの展開を試みたのでしょう。謂わばこれは、プロによる二次創作。国芳が描いた水滸伝の錦絵は大ヒットし、彼を一躍スターダムへと押し上げました。

▲その後国芳は、あの「三国志」も手掛けている。こちらは三枚続で構成されており、スケールの大きさも魅力。手前は《通俗三國志之内 劉玄徳北海解圍》 嘉永6年(1853)11月



豪傑譚だけじゃない! 中国風の花鳥画が人気に

庶民へ浸透した中国文化は、物語だけではありません。それまでは文化人や一部の人のみが嗜んだ漢詩の世界も、花鳥画とともに広がっていきました。

▲会場風景


▲文鳥好きにはたまらないこちらは、歌川広重による《鉄線花に文鳥》 天保末-弘化(1840-48)


国芳と比肩する歌川派の絵師・歌川広重をはじめ、花鳥画に漢詩を乗せた流麗な作品が人気を呼ぶようになります。
中には日本風にアレンジされたものも。もとの意味よりも装飾性が重視されたモチーフなど、このジャンルでも文化が独自の変化を遂げていることが確認できます。


「現パロ」から「男女逆転」、「推しの概念」に「if」まで 今に通じる異文化の楽しみ方

本展を締めくくるのは「見立て」や「やつし」といった、いわゆるパロディを伴う、日本における中国文化の受容です。

▲宮川一笑《やつし菊慈童》 18世紀前半 日本でも有名な菊慈童の話。実は中国の故事ではなく、日本において独自に成立した説話なのだそう。


先に紹介した原作アレンジの他にも、物語の登場人物を想起させる物や符号を描いた「見立て」、当世風に描いた「やつし」は、現代で言う「推しの概念」や「現代パロディ」に通じると言えるでしょう。

▲柳々居辰斎《見立西王母》 寛政末-文政初年(1798-1820)頃 崑崙に住むと言われる最高位の女仙。3000年に一度実ると言われる桃など、西王母のアトリビュートを描くことで西王母そのものを描かずともそれを連想させる、まさに「推しの概念」。


また、男性キャラクターを女性キャラクターとして入れ替えた「男女逆転もの」も大変な人気を博し、見立てとやつしを備えた「中国古典の登場人物を、当世風かつ身近な女性になぞらえた」作品が多数登場しました。

▲北斎の高弟、蹄斎北馬による《やつし草盧三顧》天保(1830-44)頃 一見雪の中を友人宅へ向かう婦人たちに見えるが、三国志の「三顧の礼」に見立てられた作品。


ちなみに前述の国芳による水滸伝シリーズがヒットする前に、曲亭馬琴は豪傑たちを女傑に置き換えた『傾城水滸伝』を執筆しています。バトルものと言えば男性キャラが主流の時代に、女性キャラたちが奮闘する同書は、多くの女性読者から支持を得たようです。
現代でも人気のある「アクティブに活躍する女性像」は、江戸時代の人々にとっても魅力的だったのでしょう。


「浮世絵と中国」展は、このように日本における中国文化の受容とその変遷を、実際の作品を鑑賞しながら味わうことができる展覧会です。また、当時の人々の楽しみ方に現代の私たちとの共通点を見つけられることも、本展の大きな見どころと言えるでしょう。
会期が短く1月29日(日)までとなっています。ぜひお見逃しなく。


浮世絵と中国
▮会場:太田記念美術館
▮会期:2023年1月5日(木)~1月29日(日)
▮休館日:1月10、16、23日
▮開館時間:10時30分~17時30分(入館は17時まで)
※1月18日(水)より一部展示替えあり
詳しくは太田記念美術館公式サイトへ:http://www.ukiyoe-ota-muse.jp/