他者との関係から自己の有限を無限に変える 「李禹煥」展が開催

2022/9/5 08:00 虹



国立新美術館にて、「国立新美術館開館15周年記念 李禹煥」が開催中です。

国際的に知られる李禹煥(リ・ウファン)は、「もの派」と呼ばれる表現の動向を代表する現代美術家です。
東京では初の大規模回顧展となる本展では、1960年代末に制作された最初期の作品から始まり、李の活動の中で核となる「もの」を使った立体(彫刻)作品と、平面(ペインティング)による作品、その双方から「あるがままをアルガママにする」という彼の芸術を通覧する構成となっています。


李禹煥とは


▲《対話》2020年 作家蔵

李禹煥の作品は、日本でも様々な美術館に収蔵されています。名前を覚えていなくても、作品を見れば「知っている」と思う方もいらっしゃるかもしれません。
1936年に韓国の慶尚南道に生まれた李は、ソウル大学校美術大学に入学します。在学中に親戚会う用事で来日した彼は、日本に残って学ぶことを決意し、日本大学文学部で哲学を専攻しました。

大学卒業後、日本画団体に所属した李は、美術的な表現に向かうようになります。一方で「もの派」と呼ばれる表現の動向の、中心的な人物にもなりました。


▲《関係項―鏡の道》2021 / 2022年 作家蔵

「ものともの」や「ものと人」、「ものと空間」などの関係性について表現し続ける彼は活動の場を広げ、2000年以降、世界を舞台に個展が開かれるようになります。2010年には香川県直島町に「李禹煥美術館」が開館するなど、今世界でもっとも注目される現代美術家の一人として活躍しています。


もの派ってなに?

本展に限らず、美術展を見ていて、解説や作家の略歴の中に「もの派」という単語を見かけたことはありませんか? 「印象派」や「ナビ派」のように、表現の動向を表すこの言葉。でも「もの」って何? 「物」のこと? そんなふうに不思議に思った方も多いのではないでしょうか。


▲左:《関係項(於いてある場所)Ⅰ 改題 関係項》1970 / 2022年 作家蔵 / 右:《関係項(於いてある場所)Ⅱ 改題 関係項》1970 / 2022年 作家蔵

1960年代末に現れた日本美術史上でも重要な動向である「もの派」の「もの」は、ずばり「もの(素材)」を指します。石や鉄など、自然物あるいは人工物の素材を極力ありのままの状態で提示し、それらを結び付けることで関係性を探ることを目的としました。

さて、この「極力ありのままの状態」とは、つまり「(手を加えて)作らないこと」になりますが、「作らないこと」も結果として作品を「作ること」になる──こういった相互関係もまた、李の活動を見るうえで重要な視点となっていきます。


李禹煥が見る 「もの」と「もの」、「もの」と「人」の関係

「作らないこと」と「作ること」、「もの」との関係……なんだか哲学的で難しいような気がしますが、まずは実際に李禹煥の作品を見ていきましょう。


▲《風景 Ⅰ,Ⅱ,Ⅲ》1968 / 2015年 個人蔵(群馬県立近代美術館寄託)

こちらの巨大な絵は、李が美術的な表現活動を始めた初期、1968年に制作した作品です。鮮やかなピンクの蛍光塗料で描かれたこの絵は、まるで周囲の白い壁をほんのりと染めているかのように見えます。

《風景》というタイトルがついていますが、カンヴァスの中に風景が描かれているわけではありません。この作品の存在が周囲に作用することで風景が生まれると考えるならば、すでに李はこの頃から「もの」との関係性を表現していると言えます。



▲《現象と知覚B 改題 関係項》1968/2022年 作家蔵 :撮影:山本倫子

続いてこちら。大きな石がガラスの上に乗っています。
よく見るとガラスにはヒビが入っていますね。自然の石と人工のガラスという、それぞれ異質なものが「あるがまま」の形で提示されていますが、石をガラスに落とし、そこに偶発的なヒビができることで、両者に「関係」が生じることになります。

あらゆるものは世界との関係性、出会いによって完結する──李の作品の核は、ここにあると言えます。
「自分から出発して他者や外部と関係し、自己を越える表現を開いた」とする李は、「自己は有限でも外部との関係で無限があらわれる」と語ります。
彼の作品の代表的なシリーズである〈関係項〉はまさにこのことを表現しており、その素材のあるがままの存在を、他の素材、そして時に鑑賞者を介入させることで、無限に変化させているのです。


描かない部分の存在を描く

そういった関係性を、李は平面作品ではどのように表現しているのでしょうか。
展覧会後半で展開される平面作品の空間では、描くことで時間の経過を表現した〈点より〉〈線より〉シリーズから、その後の〈対話〉や〈応答〉などのシリーズで、李の表現をひも解きます。


▲会場風景 〈点より〉シリーズ

おびただしい点が規則的に描かれた〈点より〉と題されたシリーズ。こちらは絵の具を筆につけ、点を描き、だんだんと絵の具が掠れていく様子から時間の経過を表現した作品になります。


▲会場風景 〈線より〉シリーズ

〈線より〉も同様に、筆を走らせ一本の線を描き、線が消えたらまた新しく線を描くという反復を行いました。大きな筆で一定のリズムを刻むこれらの作品は、静謐で穏やかな中にも、鋭い緊張感を見る者に与えます。


ある時期、体調を崩した李は今までのような線が引けなくなってしまいます。しかしそこで偶然生じた歪んだ線と線のあいだの空間に、彼は新たな関係性を見出しました。


▲左 《応答》2021年 作家蔵 / 右 《対話》2020年 作家蔵

次第に李は「描かれていない」部分の存在に着目するようになります。
そして生まれたのが〈対話〉〈応答〉のシリーズです。カンヴァスの中にある描かれた部分、描かれていない部分の関係、そしてその作品と周囲の空間との関係を、李は表現していくようになります。


音声ガイドと鑑賞ガイドを使おう



本展では、お手持ちのスマートフォンで利用できる音声ガイドを無料で提供しています。李禹煥本人の言葉を交えながら、俳優の中谷美紀さんがナビゲートする音声ガイドは、豊かな鑑賞体験の手助けをしてくれるはず。中谷さん自身が李禹煥作品をよく見ているということもあり、内容は充実しています。

また、担当キュレーターによる解説も収録されており、初めて李禹煥の作品を見るという人にも深い理解を与えてくれます。
イヤホンやヘッドホンを持参して出かけましょう。
※会場内では無料Wi-Fiが使えます。また、ご希望の方には音声ガイド機の貸出しも行っています。


そしてもうひとつお勧めしたいのが、「鑑賞ガイド」です。


▲会場で配布されている「李禹煥鑑賞ガイド」

子ども向けのガイドですが、満腹家もぐもぐさんによる李禹煥の年表が、本当に本当にわかりやすい! これはぜひ手に取って欲しいと思います。



▲《関係項―アーチ》2014 / 2022年 作家蔵

一見難解に見えますが、とてもシンプルで理解しやすく、自分の内側と外側へ無限に思いを巡らすことができる李禹煥の世界。
「誰かと一緒に行くのが常だけれど、いつか一人で美術館に行ってみたい」
そんな風に考えている人がいたら、この展覧会こそうってつけだと思います。

作品の周りをゆっくり回ってあらゆる角度からそれを鑑賞し、静かに作品と対話してみてください。きっと李の言う「表現は無限の次元の開示である」という言葉が、じんわりと伝わってくるはずです。

国立新美術館開館15周年記念 李禹煥
◆会場 国立新美術館 企画展示室1E
◆会期 2022年8月10日(水)~11月7日(月)
◆休館日 火曜日
◆入館料 一般1,700円、大学生1,200円、高校生800 円
 ※中学生以下は入場無料。

展覧会公式サイト:https://leeufan.exhibit.jp/