フェルメール「窓辺で手紙を読む女」修復で現れたキューピッドの〇〇を注視せよ!
「ドレスデン国立古典絵画館所蔵 フェルメールと17世紀オランダ絵画展」がいよいよ2022年2月10日(木)より上野、東京都美術館で始まります。
https://www.dresden-vermeer.jp/
新型コロナウイルス感染拡大の影響により、当初の予定していた1月22日から開幕日を延期しての開幕とあってより期待値も一層高まっています。
フェルメール「窓辺で手紙を読む女」は、これまで1974年(昭和49年)と2005年(平成17年)の2回来日し、国立西洋美術館他で展示されました。
ヨハネス・フェルメール《窓辺で手紙を読む女》(修復前) 1657-59年頃 ドレスデン国立古典絵画館
© Gemäldegalerie Alte Meister, Staatliche Kunstsammlungen Dresden, Photo by Herbert Boswank (2015)
こちらは修復前の「窓辺で手紙を読む女」です。東京の展覧会や海外で実際に自分が目にしたのもまさにこの作品でした。
当初、宗教画や物語画(「マルタとマリアの家のキリスト」「ディアナとニンフたち」等)を描いていたフェルメールが徐々に方針を変更し、風俗画を描き始めた「初期」の作品に当たります。
フェルメール作品には手紙が多く登場し現存する数約35点のうち実に6点に描かれています。その手紙を初めて表したのもこのドレスデンの作品です。
2005年に国立西洋美術館と兵庫県立美術館で開催された「震災復興10周年記念 ドレスデン美術館展 世界を映す鏡」の図録の表紙には当然、修復前の作品が用いられています。
「窓辺で手紙を読む女」には画中画が女性の背後の壁に描かれていることは、1979年の調査で判明しており、この展覧会の図録や他の書籍でもX線写真と共に紹介され、フェルメール本人が塗りつぶしたものだと考えられてきました。
ところが、2017年から開始された専門家チームによる修復プロジェクトにより、この上塗りはフェルメールの死後、何者かによって行われたものであることが明らかとなり、フェルメールの描いた姿に戻されることとなったのです。
2018年より修復が始まり何者かによって上塗りされた絵具を除去する作業が慎重に進められ2019年には上の画像のように次第に壁に描かれていた画中画(キューピッド)の姿か現れてきました。
ヨハネス・フェルメール 《窓辺で手紙を読む女》(修復中) 1657-59年頃 ドレスデン国立古典絵画館
© Gemäldegalerie Alte Meister, Staatliche Kunstsammlungen Dresden, Photo by Wolfgang Kreische
この作品がドレスデン国立古典絵画館に入ったのは1742年のこと。その当時は「レンブラント風」の作品という扱いで重要視されないどころか隅に追い遣られた作品でした。
それから100年以上後の1858年に、美術評論家グスタフ・ヴァーゲンが著した『ドレスデン王立絵画館の展示についての所見、および解説と所蔵目録』の中で極めて重要な作品であると他に先駆け断定し、フェルメールに人々の目を向ける嚆矢となったのです。
フェルメールの「発見者」として自らをプロデュースしたフランス人研究家トレ・ビュルガーよりも先に忘れ去られたデルフトの巨匠の作品について論じていたことになります。
ヨハネス・フェルメール 《窓辺で手紙を読む女》(修復後)1657-59年頃 ドレスデン国立古典絵画館
© Gemäldegalerie Alte Meister, Staatliche Kunstsammlungen Dresden, Photo by Wolfgang Kreische
忘れ去られたデルフトの巨匠・フェルメールに再び注目が集まる契機となった「窓辺で手紙を読む女」。それがこれまで誰かの手により違う姿に変えられていたとあっては、修復し元通りにしなければなりません。
途中経過も公開するなど積極的な情報公開を行い、2021年9月には修復が完了し、すぐさまドレスデン国立古典絵画館にてお披露目されました。
メルケル首相も観に行かれたこと日本でもニュースになっていましたね。
「Johannes Vermeer. On Reflection」
2021年9月21日~22年1月2日
コロナ禍でなければ、ドイツへひとっ飛びして観に行ったはずですが、それも叶わぬ状況。
この展覧会単に一般公開しただけでなく他のフェルメール作品も招聘しそれはそれは立派な「フェルメール展」だったのです。
Johannes Vermeer. Vom Innehalten | 10.09.2021—02.01.2022 | Gemäldegalerie Alte Meister Dresden
修復後ドイツ国内でのお披露目を終え、すぐさま日本にやってくてくれるのは今の世界状況を考えるまでもなく、大変大変有難いことです。
東京だけでなく、北海道、大阪、宮城へ巡回し2022年の11月27日まで日本に長期貸し出ししてくれるのです。
キューピッドの絵が現れた「窓辺で手紙を読む女」を観る前に少しだけおさえておきたいポイントをご紹介。
ヨハネス・フェルメール「ヴァージナルの前に立つ女」1672年 - 1673年頃 ロンドン・ナショナル・ギャラリー所蔵
「窓辺で手紙を読む女」の壁から現れた天使にどこか見覚えがあるな…と感じていた方もいるはずです。
およそ15年後にフェルメールが描いた「ヴァージナルの前に立つ女」の画中画と瓜二つです。
17世紀のオランダは一般市民が絵画を自宅に飾っていたので室内にいる女性を描いた作品の中に、壁に掛けられた絵が表現されるのは何の不思議なことではありません。
が、画家がそれを描く以上はそこに「意味」を持たせるのが普通です。つまり画中画は、作品中の人の状況や心の内などをそこはかとなく示すレトリックの道具として描かれているのです。
キューピッドの画中画があることで、左の女性が読んでいる手紙は男性からのラブレターであり、右の女性はこれからこの部屋に来る男性を椅子を用意して待っている場面と読み解けます。
フェルメールは同時代の他の風俗画家に比べこうした隠喩をあまり用いていないのが人気のひとつでもありますが、今回だけは数百年ぶりに陽の目を見たキューピッドに注目せざるを得ません。
ところで、先ほどこの2点に描かれた天使は瓜二つだと説明しましたが、実は大きな違いが1点あります。それこそ今回の「フェルメールと17世紀オランダ絵画展」最大のみどころと言っても過言ではありません。
キューピッドの足元を見比べると「ヴァージナルの前に立つ女」に描かれていないものが「窓辺で手紙を読む女」ではあることに気が付きます。
そう、それはキューピッドが足で踏みつけている仮面の有無です。
今回修復で出てきた天使は2つの仮面を足で踏みつけているのです。では、それはどんな意味が隠されているのでしょうか。
仮面は変装の道具であることから、欺瞞の象徴とされました。『西洋美術解読事典: 絵画・彫刻における主題と象徴』にも「欺瞞」「悪徳」の各擬人像の持物で、メルポメネ(悲劇のムーサ)の持物でもある。と記されています。
人間の愛ほどあやふやなものはありません。すぐに嘘をつくのもまた人間です。そうした欺瞞・悪徳(人間の二面性)を象徴しているのが仮面です。
それをキューピッドが踏みつけているということは…「誠実な愛の勝利」「恋する者はただひとり」といった意味をこの絵にもたらしていることになります。
乙骨先輩の「失礼だな 純愛だよ」の決め台詞が頭をよぎります。
2月10日(木) 上野、東京都美術館で「窓辺で手紙を読む女」の修復により現れたキューピッドの足元をまず真っ先にチェックしましょう。
経年劣化により変色したニスや埃が取り除かれ、画面全体がとても明るくなり、窓枠のフェルメールブルーや前景のタピストリーの赤も発色が良くなっている点も絶対に見逃せないポイントです。
「ドレスデン国立古典絵画館所蔵 フェルメールと17世紀オランダ絵画展」へいざ参らん!
「ドレスデン国立古典絵画館所蔵 フェルメールと17世紀オランダ絵画展」
会期:2022年02月10日(木)〜2022年04月03日(日)
※2月14日(月) は、臨時開室
休館日:月曜日、3月22日(火) ※ただし、※2月14日(月) 、3月21日(月・祝)は開室
時間:9:30~17:30(入室は閉室の30分前まで)
会場:東京都美術館
主催:公益財団法人東京都歴史文化財団 東京都美術館、産経新聞社、フジテレビジョン
後援:ドイツ連邦共和国大使館、ニッポン放送
特別協賛:アース製薬
協賛:大和ハウス工業、NISSHA
特別協力:ソニー・ミュージックエンタテインメント
協力:ルフトハンザ カーゴ AG、ルフトハンザ ドイツ航空、ヤマト運輸
https://www.dresden-vermeer.jp/
巡回展情報
【北海道展】
会場:北海道立近代美術館
会期:2022年4月22日(金)~6月26日(日)
【大阪展】
会場:大阪市立美術館
会期:2022年7月16日(土)~9月25日(日)
【宮城展】
会場:宮城県美術館
会期:2022年10月8日(土)~11月27日(日)
Die Restaurierung von Johannes Vermeers "Brieflesendes Mädchen am offenen Fenster"
西洋美術解読事典: 絵画・彫刻における主題と象徴
ジェイムズ・ホール (著), 高階秀爾 (監修)
https://www.dresden-vermeer.jp/
新型コロナウイルス感染拡大の影響により、当初の予定していた1月22日から開幕日を延期しての開幕とあってより期待値も一層高まっています。
フェルメール「窓辺で手紙を読む女」は、これまで1974年(昭和49年)と2005年(平成17年)の2回来日し、国立西洋美術館他で展示されました。
ヨハネス・フェルメール《窓辺で手紙を読む女》(修復前) 1657-59年頃 ドレスデン国立古典絵画館
© Gemäldegalerie Alte Meister, Staatliche Kunstsammlungen Dresden, Photo by Herbert Boswank (2015)
こちらは修復前の「窓辺で手紙を読む女」です。東京の展覧会や海外で実際に自分が目にしたのもまさにこの作品でした。
当初、宗教画や物語画(「マルタとマリアの家のキリスト」「ディアナとニンフたち」等)を描いていたフェルメールが徐々に方針を変更し、風俗画を描き始めた「初期」の作品に当たります。
フェルメール作品には手紙が多く登場し現存する数約35点のうち実に6点に描かれています。その手紙を初めて表したのもこのドレスデンの作品です。
2005年に国立西洋美術館と兵庫県立美術館で開催された「震災復興10周年記念 ドレスデン美術館展 世界を映す鏡」の図録の表紙には当然、修復前の作品が用いられています。
「窓辺で手紙を読む女」には画中画が女性の背後の壁に描かれていることは、1979年の調査で判明しており、この展覧会の図録や他の書籍でもX線写真と共に紹介され、フェルメール本人が塗りつぶしたものだと考えられてきました。
ところが、2017年から開始された専門家チームによる修復プロジェクトにより、この上塗りはフェルメールの死後、何者かによって行われたものであることが明らかとなり、フェルメールの描いた姿に戻されることとなったのです。
2018年より修復が始まり何者かによって上塗りされた絵具を除去する作業が慎重に進められ2019年には上の画像のように次第に壁に描かれていた画中画(キューピッド)の姿か現れてきました。
ヨハネス・フェルメール 《窓辺で手紙を読む女》(修復中) 1657-59年頃 ドレスデン国立古典絵画館
© Gemäldegalerie Alte Meister, Staatliche Kunstsammlungen Dresden, Photo by Wolfgang Kreische
この作品がドレスデン国立古典絵画館に入ったのは1742年のこと。その当時は「レンブラント風」の作品という扱いで重要視されないどころか隅に追い遣られた作品でした。
それから100年以上後の1858年に、美術評論家グスタフ・ヴァーゲンが著した『ドレスデン王立絵画館の展示についての所見、および解説と所蔵目録』の中で極めて重要な作品であると他に先駆け断定し、フェルメールに人々の目を向ける嚆矢となったのです。
フェルメールの「発見者」として自らをプロデュースしたフランス人研究家トレ・ビュルガーよりも先に忘れ去られたデルフトの巨匠の作品について論じていたことになります。
ヨハネス・フェルメール 《窓辺で手紙を読む女》(修復後)1657-59年頃 ドレスデン国立古典絵画館
© Gemäldegalerie Alte Meister, Staatliche Kunstsammlungen Dresden, Photo by Wolfgang Kreische
忘れ去られたデルフトの巨匠・フェルメールに再び注目が集まる契機となった「窓辺で手紙を読む女」。それがこれまで誰かの手により違う姿に変えられていたとあっては、修復し元通りにしなければなりません。
途中経過も公開するなど積極的な情報公開を行い、2021年9月には修復が完了し、すぐさまドレスデン国立古典絵画館にてお披露目されました。
メルケル首相も観に行かれたこと日本でもニュースになっていましたね。
「Johannes Vermeer. On Reflection」
2021年9月21日~22年1月2日
コロナ禍でなければ、ドイツへひとっ飛びして観に行ったはずですが、それも叶わぬ状況。
この展覧会単に一般公開しただけでなく他のフェルメール作品も招聘しそれはそれは立派な「フェルメール展」だったのです。
Johannes Vermeer. Vom Innehalten | 10.09.2021—02.01.2022 | Gemäldegalerie Alte Meister Dresden
修復後ドイツ国内でのお披露目を終え、すぐさま日本にやってくてくれるのは今の世界状況を考えるまでもなく、大変大変有難いことです。
東京だけでなく、北海道、大阪、宮城へ巡回し2022年の11月27日まで日本に長期貸し出ししてくれるのです。
キューピッドの絵が現れた「窓辺で手紙を読む女」を観る前に少しだけおさえておきたいポイントをご紹介。
ヨハネス・フェルメール「ヴァージナルの前に立つ女」1672年 - 1673年頃 ロンドン・ナショナル・ギャラリー所蔵
「窓辺で手紙を読む女」の壁から現れた天使にどこか見覚えがあるな…と感じていた方もいるはずです。
およそ15年後にフェルメールが描いた「ヴァージナルの前に立つ女」の画中画と瓜二つです。
17世紀のオランダは一般市民が絵画を自宅に飾っていたので室内にいる女性を描いた作品の中に、壁に掛けられた絵が表現されるのは何の不思議なことではありません。
が、画家がそれを描く以上はそこに「意味」を持たせるのが普通です。つまり画中画は、作品中の人の状況や心の内などをそこはかとなく示すレトリックの道具として描かれているのです。
キューピッドの画中画があることで、左の女性が読んでいる手紙は男性からのラブレターであり、右の女性はこれからこの部屋に来る男性を椅子を用意して待っている場面と読み解けます。
フェルメールは同時代の他の風俗画家に比べこうした隠喩をあまり用いていないのが人気のひとつでもありますが、今回だけは数百年ぶりに陽の目を見たキューピッドに注目せざるを得ません。
ところで、先ほどこの2点に描かれた天使は瓜二つだと説明しましたが、実は大きな違いが1点あります。それこそ今回の「フェルメールと17世紀オランダ絵画展」最大のみどころと言っても過言ではありません。
キューピッドの足元を見比べると「ヴァージナルの前に立つ女」に描かれていないものが「窓辺で手紙を読む女」ではあることに気が付きます。
そう、それはキューピッドが足で踏みつけている仮面の有無です。
今回修復で出てきた天使は2つの仮面を足で踏みつけているのです。では、それはどんな意味が隠されているのでしょうか。
仮面は変装の道具であることから、欺瞞の象徴とされました。『西洋美術解読事典: 絵画・彫刻における主題と象徴』にも「欺瞞」「悪徳」の各擬人像の持物で、メルポメネ(悲劇のムーサ)の持物でもある。と記されています。
人間の愛ほどあやふやなものはありません。すぐに嘘をつくのもまた人間です。そうした欺瞞・悪徳(人間の二面性)を象徴しているのが仮面です。
それをキューピッドが踏みつけているということは…「誠実な愛の勝利」「恋する者はただひとり」といった意味をこの絵にもたらしていることになります。
乙骨先輩の「失礼だな 純愛だよ」の決め台詞が頭をよぎります。
2月10日(木) 上野、東京都美術館で「窓辺で手紙を読む女」の修復により現れたキューピッドの足元をまず真っ先にチェックしましょう。
経年劣化により変色したニスや埃が取り除かれ、画面全体がとても明るくなり、窓枠のフェルメールブルーや前景のタピストリーの赤も発色が良くなっている点も絶対に見逃せないポイントです。
「ドレスデン国立古典絵画館所蔵 フェルメールと17世紀オランダ絵画展」へいざ参らん!
「ドレスデン国立古典絵画館所蔵 フェルメールと17世紀オランダ絵画展」
会期:2022年02月10日(木)〜2022年04月03日(日)
※2月14日(月) は、臨時開室
休館日:月曜日、3月22日(火) ※ただし、※2月14日(月) 、3月21日(月・祝)は開室
時間:9:30~17:30(入室は閉室の30分前まで)
会場:東京都美術館
主催:公益財団法人東京都歴史文化財団 東京都美術館、産経新聞社、フジテレビジョン
後援:ドイツ連邦共和国大使館、ニッポン放送
特別協賛:アース製薬
協賛:大和ハウス工業、NISSHA
特別協力:ソニー・ミュージックエンタテインメント
協力:ルフトハンザ カーゴ AG、ルフトハンザ ドイツ航空、ヤマト運輸
https://www.dresden-vermeer.jp/
巡回展情報
【北海道展】
会場:北海道立近代美術館
会期:2022年4月22日(金)~6月26日(日)
【大阪展】
会場:大阪市立美術館
会期:2022年7月16日(土)~9月25日(日)
【宮城展】
会場:宮城県美術館
会期:2022年10月8日(土)~11月27日(日)
Die Restaurierung von Johannes Vermeers "Brieflesendes Mädchen am offenen Fenster"
西洋美術解読事典: 絵画・彫刻における主題と象徴
ジェイムズ・ホール (著), 高階秀爾 (監修)