エステー「消臭力」のCMが大ヒット!その仕掛人綴る「『心』が分かるとモノが売れる」
この原稿を書いているさなか、「緊急事態宣言」や「まん防」(まん延防止等重点措置)が全面解除される、そんなニュースが報じられました。
2度のコロナワクチン接種後に感染する「ブレイクスルー感染」が起き、再拡大の危険性をはらんだ「第6波」到来が予想される昨今、まだまだ予断を許しません。
しかし、7月から約2カ月半も続いたコロナトンネルからいったんは脱出できる見込み。長い闘いでした。おつかれさまでした。ホッとしている人はきっと多いでしょう。
幾度も繰り返された緊急事態宣言は、消費者の行動を大きく変えてしまいました。「できる限り外出しない」「密になる場所へは出向かない」「一人で行動する」。そしてそれは「買い物を控える」「買い物の機会を奪う」結果へとつながったのです。あなたもきっと見たでしょう。「閉店」と貼り紙をした空き店舗の数々を。
緊急事態宣言が明けても、必ずしもすべての生活様式が元へ戻るわけではない日本。これからの時代、どうすればモノが売れるのか。
おススメの新刊を紹介するこの連載、第68冊目は、ヒットCM「消臭力」を手掛けたクリエイターの新刊「『心』が分かるとモノが売れる」です。
■新型コロナウイルス禍で感染対策に力を尽くしたエステー
新型コロナウイルス禍で大きく注目された企業が「エステー」。消臭剤、防虫剤、除湿剤、冷蔵庫脱臭剤などを販売している日用化学メーカーです。かつては「エステー化学」という社名で、化学の力をお茶の間に届け続けた企業として知られています。
日本がコロナ禍にあえぐなか、エステーは業務用除菌剤を開発して病院や行政へ寄贈したり、指先抗ウイルス加工を施した薄手のキッチン用手袋を開発したり、さまざまな方法で感染対策に取り組みました。これまで培ったウイルス対策のノウハウをいかんなく発揮したのです。
そう、コロナ禍はエステーにとって、言わば大きな商機、ビッグビジネスのチャンスであったはず。
■あえて「抗ウイルス」を押し出さなかった理由とは
にもかかわらずエステーはコロナ禍のあいだおよそ1年間、決して「除菌」や「抗ウイルス」を前面に謳ったCMを打ちませんでした。マーケティング素人の私からすれば「もったいない」と残念に思ってしまうのですが、理由は「短期的な収益は得られても、中長期的に見ると、お客様からの信用を失うから」なのだそう。
外出自粛要請が現在よりもずっと高圧的であった頃、パチンコ店に並ぶ人たちが罵声を浴びせかけられ、人が人を憎み、「コロナ鬱」という新しい言葉が生まれるほどこの国には鬱屈した空気が流れていました。そのような状況下でウイルスの存在を意識させて購買を促すのは逆効果。そんなつもりはなくても結果的に恐怖心をあおり、消費者は「火事場で金もうけをしようとしている」と感じてしまうでしょう。
そこでエステーは、もっと未来を感じさせる広告を打ったのです。それが、アーティストの西川貴教が崖の上から「空気を変えるぞー!」と大声で叫ぶCM。抽象的な内容にもかかわらず、明日をも知れない不安におののく日々を送る人々の胸に届き、SNSには「泣きました」「明日も頑張ろうと思いました」と、CMに感謝するつぶやきが続々と並んだのです。
■自らも苦境に立たされたマーケター
このCMを手掛けたのがクリエイティブ・ディレクター/マーケターの鹿毛康司(かげこうじ)さん。エステーでは「消臭力」をCMのパワーでヒットさせた仕掛人として名高い方。「特命宣伝部長」の異名を取り、コロナ禍で経営が切迫した学習塾を前年比の1.5倍にV字回復させたほか、さまざまなシーンで困っている人たちを救ってきました。
鹿毛さんが歩んだ道は、決して安泰ではありませんでした。2000年に雪印集団食中毒事件が起きたとき、マーケティンググループに属していた当事者なのです。転職先は現在よりもずっと規模が小さかった時代のエステー化学。往時は大手の広報マンたちから下に見られ嘲笑され悔しい想いをしたのだそう。それだけに独立後した現在も、つらい立場にいる人の気持ちが分かる、心が通ったCM制作に定評があります。
■「心」を読むマーケティングとは
そんな鹿毛康司さんの新刊が「『心』が分かるとモノが売れる」(日経BP)。この本には、なんとなくおしゃれでカッコいいけれど虚ろなマーケティング論とは一線を画する、「消費者の心」に寄り添うリアルな方法論が惜しみなく公開されています。
鹿毛さんのマーケティングは真に迫ります。たとえば「一人暮らしの若者は週に5日、自炊をしている」というデータがありました。多くのマーケターは「若者は残りの二日、外食を楽しむ」と読んで事業計画をたてる。しかし鹿毛さんはアンケートに回答した人たちの背景をもっと踏み込んで調べるのです。すると「一人暮らしの若者は週に5日、自炊をし、あとの二日は作り置きを食べる」現実が見えてきた。つまり、おしゃれマーケターたちが思うよりもずっとずっと、若者たちの貧困は進んでいるのです。
(C)Koji Kage 2021 (C)日経BP
たとえば研究者が「16畳の広さであってもすみずみまで行き渡らせる芳香剤」を開発したとしましょう。会社の広報なら普通は額面通り「16畳の広さをすみずみまで行き渡らせる芳香剤です」とセールスしてしまう。しかし鹿毛さんは、くささを消したいと考えている人たちが果たして16畳もの広い家に住んでいるのだろうかと疑問を持ち、訴求ポイントを「商品の小さな」のほうへ寄せる。狭い部屋でもじゃまにならない小ささであると。
そうやって「心」に深く潜り、庶民の暮らしを慈しみながら売り上げをアップさせ続けているのです。
エステーは終戦後、疎開先の母親の着物が虫に喰われていた様子に胸を痛め、防虫剤を開発したのが起業のきっかけなのだそう。その後、「除菌」の一大ブランドとなりました。私たちはつい「日本は戦後から豊かになった」と考えがちです。しかし実際はむしろ貧しくなっている。緊急事態宣言が明け「大不況時代」がやってくると予想されるいま、人々の心の声に耳を傾けるマーケティングは、すなわち「生き抜く」ということなのでしょう。
「心」が分かるとモノが売れる
鹿毛康司 著
1,870円(税込)
日経BP
●糸井重里氏推薦の書
お客様は心を教えてくれない。
だったら自分の心を使えばいい。
手法と理論を超えた、目からウロコの実務書がここに誕生!
糸井氏は 「いちばん謎なのはじぶんである。いちばん親しいのはじぶんである。だったら、じぶんと語りあおう」 と推薦する。
仕事を大きく前進させる秘策満載の一冊です。
●なんらかのカタチで「売り上げ」に責任がある人へ
ネット担当者、マーケター、広告、広報、商品開発担当、営業の方々などそれぞれの立場で売り上げを上げるためにさまざまに努力されていることでしょう。
ところが、お客様は論理的に行動しているわけではありません。
お客様自身さえ気付いていない「心」が行動に影響を与えています。
マーケティングの世界ではそれを「インサイト」と呼びます。
誰もが簡単にインサイトを見つけられる手法やツールは、残念ながら今のところありません。
しかしながら、 「自分の心」を使えば、インサイトを導きやすくなります 。
本書ではできる限り分かりやすく、どなたでも 今日から実践できる思考のトレーニングも提案 しています。
★ビジネスの突破口は「心」の理解にある
★95%の消費行動は「心」が決めている
★調査では解決できないことがある
★心のパンツを脱ぐとお客様の心が見えてくる
★お客様の心に沿って炎上を防ぐ
●実力マーケターにして有名クリエイター、実務家にしてグロービスMBA教授の筆者が分かりやすく「心」と「売れる」を解明する。
https://www.nikkeibp.co.jp/atclpubmkt/book/21/282980/
吉村智樹
https://twitter.com/tomokiy