ファンタジーをデザインした【上野リチ】の回顧展が開催!

2021/9/30 20:25 虹

上野リチを知っていますか?

初めて名前を聞くという方も多いと思います。
誕生時の名前はフェリーツェ・リックス(愛称はリッツィ)。19世紀末、ウィーンの裕福なユダヤ系実業家の家に生まれた彼女は、京都出身の建築家・上野伊三郎と結婚し、京都に移住します。
日本では「リッツィ」を日本風に発音した「上野リチ」と名乗り、日本の伝統工芸を取り入れながら、幅広いデザインに携わりました。


▲上野リチ・リックス《プリント服地[野菜]》1955年頃[再製作:1987年]
京都国立近代美術館


今回世界で初めて上野リチの仕事の全貌を追う、包括的な回顧展が日本で開催されます。
私自身も展覧会のお知らせを見るまで、上野リチについて全く知らなかったのですが、上野リチ、すごい! 可愛い! 知らないのはもったいない‼
これは押さえておきたいデザイナーだと太鼓判を押したくなるほど、彼女の優れた才能に驚きました。

▲「ポートレート:上野リチ・リックス」1930 年代 京都国立近代美術館


愛らしくモダン、ハッとするような色彩に溢れたデザインは、現代を生きる私たちの目にも魅力的に映ります。本展を機に一気にファンが増えるのではないでしょうか。
そんな上野リチについて、展覧会開幕前に少しだけご紹介したいと思います。


リチの作品と生涯

1893年オーストリアのウィーンにて生まれたリチは、19歳のときにウィーン工芸学校に入学し、ウィーン工房を主宰する建築家のヨーゼフ・ホフマンコロマン・モーザーらに学びました。ヨーゼフ・ホフマンといえば、グスタフ・クリムトらと共にウィーン分離派を立ち上げた人物ですね。

工芸学校を卒業したあと、リチはウィーン工房に入ります。そしてこの工房で身体の動きを利用した柔らかく滑らかな曲線や、豊富な色彩を使って鮮やかなデザインを誕生させました。

▲「上野リチ・リックス《ウィーン工房テキスタイル・デザイン:夏の風》1922年 クーパー・ヒューイット スミソニアン・デザイン・ミュージアム、ニューヨーク Museum Purchase from Smithsonian Collections Acquisition and Decorative Arts Association Acquisition Funds. Cooper Hewitt, Smithsonian Design Museum, Smithsonian Institution. Photo credit: Matt Flynn © Cooper Hewitt, Smithsonian Design Museum

ここで培われた礎は生涯彼女の作品の中で貫かれることとなりますが、その色彩感覚、モチーフの組み合わせ方たるやまさに天才的。草花や野菜、動物などといった誰もが知る身近なものが、リズミカルに配されています。

▲上野リチ・リックス《ウィーン工房テキスタイル・デザイン:紫カーネーション》1924 年 クーパー・ヒューイット スミソニアン・デザイン・ミュージアム、ニューヨーク Museum Purchase from Smithsonian Collections Acquisition and Decorative Arts Association Acquisition Funds. Cooper Hewitt, Smithsonian Design Museum, Smithsonian Institution. Photo credit: Matt Flynn © Cooper Hewitt, Smithsonian Design Museum/
色のバリエーションを変えて、ひとつのデザインを多様化させることも。その場の目的や雰囲気に合わせて、テキスタイルや壁紙を選べるような工夫もありました。


転機は彼女が32歳のときに訪れます。
リチは、当時ヨーゼフ・ホフマンの下で働いていた京都出身の建築家・上野伊三郎と結婚。その翌年には伊三郎の故郷である京都に渡り、そこから10年の間、ウィーンと京都を行き来しながら活動を続けました。

▲「伊三郎とリチ、船上にて」1924 年 京都国立近代美術館


リチが京都に移住したのは大正時代。
ひとつ前の明治時代の京都では「図案家」という職業が生まれ、日本の工芸界の発展に大きく寄与しました。こうした土壌とリチのデザインはとても相性が良かったのでしょう。
1935年に京都市染色試験場図案部の技術嘱託、そして1951年には、リチは京都市立美術大学(現・京都市立芸術大学)工芸科の図案専攻講師となっています。

▲上野リチ・リックス《七宝飾りプレート[石竹]》1950 年頃 京都国立近代美術館


暗い時代を照らす 明るく優しいデザイン

リチが精力的に活動をしていた頃、世界はまさに激動の時代でした。恐慌や太平洋戦争が起こり、人々の生活にも暗い影が落ちていたことは想像に難くありません。
しかしそれをものともしない明るく元気な色彩やさしいイメージを、リチは生み出し続けています。

▲上野リチ・リックス《プリント服地デザイン[象と子ども]》1943年 京都国立近代美術館


「デザインにはファンタジーが必要」
リチはそう語っていたといわれています。

私たちが日頃受け取る「ファンタジー」という言葉の意味合いは、どちらかというとおとぎ話や幻想などを想起させますが、ドイツ語でファンタジーは「想像力」といった意味を持ち、また古代ギリシャ語由来では「想像力」や「出現」、少し時代を下って「先を見通す」、「光を当てる」といった意味もあるようです。

独創性を大切にしたリチのデザインは、天武の才ともいえる持ち前の色彩感覚と想像力を発揮し、この先の時代を見通し、その道筋を明るく照らそうとしたのかもしれません。 みずみずしく生命力にあふれた彼女の作品は、多くの人の心に彩りを与えたことでしょう。
太平洋戦争終結後は京都の地場産業とも協働したほか、夫婦で後進の育成にも力を注いでいます。また、リチは彼女の戦後の仕事の集大成ともいえる日生劇場(東京・日比谷)のレストラン「アクトレス」の壁画を手掛けるなど、幅広い活躍を続けました。

▲上野リチ・リックス《クラブみち代 内装デザイン(1)》1950 年代 京都国立近代美術館/内装の仕事は、ほかにもいろいろと手掛けていたようです


日本で愛されたウィーンのデザイナー

上野リチは京都に移住して74歳で没するまで、日本という地に大きな功績を残しました。しかし彼女の生み出す作品は決して日本に阿ったものではなく、あくまでもウィーンのデザインを基点にしたものでした。
リチより少し前の時代に活躍した図案家の杉浦非水や神坂雪佳のデザインを見るとわかりますが、リチの感性そのものが図案と好相性なのです。本展ではウィーン工房に大きな影響を与えていた日本の美術品、工芸品の特質が、リチのデザインの根底にあるのではないかということにも言及しています。

▲上野リチ・リックス《七宝飾箱:馬のサーカスⅡ》1950 年頃[再製作:1987 年]京都国立近代美術館


多くの人に愛されたリチのデザインは、日本はもちろん、世界に遺されています。
生まれ育ったウィーン、京都市染色試験場から派遣されたニューヨーク、そしてその生涯を終えた京都と、3つの都市から彼女の作品が集う上野リチ展。
展覧会は京都国立近代美術館で11月16日より、そして東京の三菱一号館美術館では2022年2月18日より開催されます。

三菱一号館美術館は、展覧会にあわせたカフェメニューも人気ですよね。リチをイメージしたメニューがどのようになるのか、今からとても楽しみです。そしてリチのデザインを取り入れたグッズがどのように展開されるのか、こちらも非常に楽しみですね!

この機会にぜひリチのデザインを知り、その世界を味わってみてはいかがでしょうか。

上野リチ:ウィーンからきたデザイン・ファンタジー


【京都】
会場:京都国立近代美術館
会期:2021年11月16日(火)~ 2022年1月16日(日)
公式ホームページ:https://www.momak.go.jp/

【東京】 会場:三菱一号館美術館
会期:2022年2月18日(金)~ 5月15日(日)
※会期中展示替えがあります
特設サイト:https://mimt.jp/lizzi/